美しい影を持つ女神

あきすと

文字の大きさ
1 / 2

本は、確かなる世界そのもの。

しおりを挟む
新島 玲二の心には、1人の女神がいる。
名を、八千代 美影と言う。

【うだつの上がらない僕の心に
ある日女神が降臨した。】

新島は、どこにでもいる青年のようであって。その心の中の歪みには
恐らくまだ誰も気がついていない。

新島の勤め先は、駅近くの
カフェ。いたって真面目に働いている。
大学を卒業して、小さな本屋に就職したものの。
近隣に大きな商業施設がやってきて、その中の本屋とカフェを併設した小洒落た店内を視察と称して
見に行って、新島は愕然としたのだ。

「こんな空間に、うちの本屋が敵うわけがない。」
柔らかな温かみのある照明、
フロアーの木目、店内に流れる
絶対に聞かないようなジャンルの
音楽。
新島にとって、この店内は
異空間でしかなかった。

「自由に読める雑誌…」
マガジンラックでも無い、
ちゃんとした木の本棚に
平置きされた状態の雑誌も多い。

ラックに立てると、ページが
開いた物を置くと
とても見栄えが悪くなる。

カウンターの奥に、白いシャツの上から、紺色のエプロンを掛ける女性店員が、新島を見ている。

「………、帰ろう。」
遅番の上がりだからといって
この日ばかりは、新島も踵を返して
帰路に着いた。

それから、数日後。
休日を過ごす新島は、もう一度
あの商業施設にある本屋に行ってみる事にした。
平日と言えども、やはり人が多い。

座席数の多い広い間取りの中でも、
人の多さが目立っていた。
カフェには専属のスタッフが何人かいるらしく、カウンターの中で
上手く立ち回っている。

どこに落ち着くわけでも無い、
新島は書籍のコーナーに向けて
歩き出す。

と、
向かいから歩いて来た女性店員に
新島は、目を見開く。

『あなたの本だって、私は読んでみたいのよ?』
随分前に、言われた言葉と共に
記憶が蘇る。
風になびく髪を、指先で片方に
寄せながら彼女は、振り返ったものだ。

「美影、さん…」
思わず、声に出してしまっていた。
新島は売り場で足を止めていた。
歩いて来た女性店員は、新島を
一瞥して会釈をすると
何事もなかった風に、カフェの
カウンターへと引っ込んでしまった。

八千代 美影は、新島にとって
憧れの存在であり
高校時代の先輩後輩と言う関係だった。
生徒会執行部の、副会長と
会計の役を通して知り合った。

新島は、心の中で美影を女神と
慕い。それでも、ほとんど
会話を交わす事は無かった。

心の奥底に、熱いものがこみ上げかける。
何年前の話をしてるんだと、
自嘲しつつ彼女の視線が届かない
通路から、奥まった売り場へと
移動する。

情けない…。
肩がこれでもかと、下がってしまう。
新島にとって美影の存在は今でも
大きく、そして忘れられるはずが無い。
本を愛する、美影の期待に
新島は応えられないかもしれない。
『皆んな、持ってるはずの本よ?新島は知らないのね。まだ…』

高校生の頃の美影に問われて、
新島はネットでその情報を
集めようと、必死で調べた。
「普通の本とは、違うのか?」

都市伝説でもなさそうで、
新島は後日改めて
美影に聞いてみた。

『本は、あなただけの本よ?私になら見れるはずなんだけど…。』
生徒会室で、会報誌を編集していた
美影はパイプ椅子に座って
視線だけで新島を見た。

「何の本なのか、言ってもらわないと…探しようがありませんよ。」
『…待ってよ、今私が自分で探すから。座ってて。』
美影に促されるままに、
新島は椅子に座ったままで
視線を外せずにいた。

美影の本来の影が
やがてうごめき始める。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...