きみとは友達にさへなれない(統合)

あきすと

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②侵食

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家に帰ると、自宅兼店舗の昔からの橙色の部屋の明かりが
ホッと心を和ませてくれる。

祖父と共に暮らし、休みの日には階下の古書店で手伝いをして
隣の飲食店も祖父が人を雇って、日々どちらかの店の手伝いをする。

この春に志願校に入学出来てから、嬉しさと共に
入部したサークル活動がとても楽しくて。

祖父もそれとなく気をつかってくれている事が伝わって来る。
国立大ではあるから、私学よりもグッと学費は抑えられた。

まずは2年間でなるべく多くの単位を取得しつつ、3年次には就活を視野に入れて
計画的に動かなければいけない。

ただ、なぜ天文サークルにしたのか。
と、聞かれると本当に『何となく昔から興味があるから』としか
出てこない。

過去に、とある市の天文サークルに入ってみたいと思って
問い合わせをした所、定型の挨拶文に入会費の振込先が
電子メールで送られてきて、一気にガックリ来たものだ。

だって、あまりにも現実でしかない。
まだあの当時は高校生だったから、今より少し夢を抱いていたのだろう。

「ただいま、じーちゃん。」
店舗側から家に帰って来るなと、何度も言われているのに
ついつい忘れてしまう。

店内に並ぶ本を少しだけ吟味してから家に上がるせいでもある。

家に居る時は、ずっと本を読んでいる。
祖父の本なのか父の持ち物だったのかもお構いなしに。
1階の本棚は単行本や文庫本、専門書であふれかえっている。
2階の床が抜けるとマズイので、何年か前に移動したのだ。

『雪緒、また店から上がって…お前は』
「やって、お客さんそんな居らんかったし…」
『今、何時や思うとる。もう、店じまいだ。』

祖父はまだ夜の7時前だと言うのに。年々店じまいの時間が早くなっていく。
常連さんも、気をつかってくれているのが分からない訳でも無いだろうに。

家の隣は、小さなご飯屋さんで近頃ではカレーが美味しいと雑誌などにも
取材が入っている。

「明子さん、来てくれた?」
祖父の長女、つまりは俺の伯母さんが隣の店を回している。
ウチは昔からこんな感じなので、一般的な家庭の雰囲気とか言うモノを
俺はきっと正しくは知らない。

日々、祖父と俺は本に埋もれながら生活していて。
隣の明子伯母さんが、適度に世話を焼いてくれている。
『まだ店が忙しいんだろ。雪緒、手伝いに行ってこい。』
「え、メシは~?」
『儂はもう済ました。明子に食わせてもらえ。後で払っとく。』

祖父は本当に、自分勝手だと思う。おそらく6時過ぎにはもう
準備をしていて店番をしながら食事を済ませたんだな。

こんなさびれた古書店で、万引きするもの好きも居ないのだけれど
それでも、旧い価値ある本をいくつも販売はしているから
あまり気が抜けない。

近年では、俺も協力してネット販売にも対応できるようになってから
時々、売れたりするので生活は困窮している事は無かった。

祖父は店内の掃除には特に力を入れていて、いつも綺麗で
こざっぱりとした雰囲気は長年保たれている。

子供の頃に、本にわく紙魚を見た時はあまりのショックで
祖父に泣きついてたけれど。

「ん、じゃ先寝ててイイから。おやすみ。」
『あまり、長居するなよ?お前もさっさと帰って風呂入って寝ろ。』
「うん、そうする。」

夜間のバイトが不足している事もあり、夕方からの手伝いには
明子伯母さんも助かるのだと言ってくれる。
店の閉め作業も教えて貰えて、やっぱり親族だからかな?
信頼されているのだろうかと、誇らしかった。


エプロンをして、三角巾も頭にすると家の勝手口から外へ出て隣の店舗の
裏口にまわって入る。

丁度混む時間帯で、明子伯母さんに店のバックヤードで呼ばれた。
『お父さん、もう店閉めたの?まだ7時前よ…』
「~…お客さん居なくて最近すぐ夜は閉めるんだ。」
『どっか、悪いとか?』
「普通に元気なんだよ。もうご飯終わったって…」
『多分8時には家の電気消えるわね。』
「まぁじーちゃんも、歳ではあるから。」

真っ赤なバンダナの三角巾に、黒いエプロン。
明子伯母さんのいつものカラーだ。

俺はすぐに手を洗って、テイクアウトの注文の品をトレーに盛り付けていく。

店内はカレーのスパイシーな匂いがして、この場に居ると
本当にお腹が空いて来る。
祖父は気軽に、食べさせてもらえだなんて言ったけれど。
この忙しい時間帯に、出来る訳が無い。
むしろ俺が来たら、バイトの人が休憩に入るから。
こういう事も知る由もなく祖父は今頃風呂に入る準備をしているんだろう。

ものの数時間の手伝いだけれど、いつもあっという間に時間が過ぎて行く。
22時には閉店だから、その後は明子伯母さんと一緒に
その日のまかないを食べてから俺はレジ閉めを。
明子伯母さんは、明日の仕込みを始める。

バイトの人はサッサと帰宅するので、店の掃除なんかも俺がして帰る。

高校生の頃は20時までの手伝いだったけれど、大学生になってからは
もう少し働きたいと伝えた。
大学に通えているのは祖父のおかげでもある。
そして、生活を支えてくれる明子伯母さんのおかげだ。

今日も盛況で相変わらず忙しかったのが、集計金額からも感じられた。
『今、物価高だからね。仕入れも大変。でも、簡単に値段は上げられないでしょ』
「…まだお店のは手ごろな方だと思うよ。」
『じゃなきゃ、選んでももらえないわ。』

明子伯母さんの明るい笑顔に、俺もそれとなくつられてしまう。
「今日もご馳走様。美味しかった…」
『ね、大学どうなの?少しは楽しい事できてる?アンタ、本読むかバイトしかしないでしょ』
「楽しい事は、あるよ。天文サークルってトコに入ったし、今度星空の観測に行くんだ。あ、だから…
時々休ませてもらってもイイ?」

『イイに決まってるでしょ!そんな家であのお父さんと古い本に埋もれていないで…若いんだから。
もっと外で楽しい事、出来る内にしておかなきゃ。』

耳が痛い。明子伯母さんは俺と祖父を陰気くさいとジョークで言って来るが
本と陰気をかけてるんだろうな。

「ちゃんと、前もって予定があれば伝えるから。…よろしくお願いします。」
深々と頭を下げる。
親しき仲にも礼儀あり。
俺の好きな言葉だった。

『もちろんよ。でも、アテにはしてるからね!…あ、先月分のお手当まだ渡してなかった。ちょっと待ってて~』
明子伯母さんは店の奥の事務所に入って行った。
俺は、その間に外に出てシャッターを閉める。

『閉店ですか…?』
不意に後ろから声がして、
「22時閉店なんです。ごめんなさい。」
振り返ると
『…あれ、きみは千代の人…』
聞き覚えのある、冷たい声の主は
「アンタは…、ぇーっと…」
名前を知らないから、こういう時に困る。

『まさか、きみのバイト先なの?ココ』
「…一応は、そう。デス。」
『へーーーー。まぁ、僕は辛い物苦手だから。』

いや、何しに来たんだよ。と、言えるはずも無く。
「本来は定食屋ですけどね。」
『…ふぅん。似合っていると思うよ。その恰好。匂いは、少し僕には強いけれど。』

いちいち何なんだ?まるで上から下まで見られた後に値踏みされた気分。
「こんな裏通りに、どこか用事ですか?」
『いやね、馴染みだった本屋さんに久し振りに来たんだけど。どうにも、やってないみたいで。』

見たところ、彼は徒歩で来たらしい。
こんな辺鄙なところに、歩いてわざわざ来るなんて意外だ。

「え、もしかして…林泉古書店ですか?」
『そうそう、このお隣の。旧い本が多くて、良いものがあるんだけど。でも、店主が結構な高齢でね。』
「……あ、の…ソレ、ウチの祖父です。」

なんだかものすごく申し訳なくて、恥ずかしくなった。

『え………。そうなんだ?お孫さん?』
「ハイ。今日はもう難しいですけど。明日は俺が…この時間でいいですか?お店開けておきますよ。」
『もう少し、早くに来る。昔は遅くまで開いてたんだよね。』
「確か、随分と前は結構遅くまで開けてましたね。」
『夕方に来るよ。千代くんもきっと予定とかあるだろうし、無理はしないで。フツウにお客として来るから。』

話せば、もしかしたら良い人なんじゃないかと思ってしまう。
今日は、普段着で俺の前に現れて。
不思議な人だと思う。

「手に持ってる物、なんですか?」
『…これは、煙草。カートン買いしたんだ。コンビニで。』
「煙草、好きなんですね。でも、さっき匂いはしなかった。」

自然と出た言葉に自分でハッとした。

『戻らなくても良いのかな?』
「…あ、そうだ!では、お休みなさい。」
『うん、さようなら。』

すっかり彼のペースに巻き込まれて、時間を忘れかけていた。
店の中に戻ると
『今、話してた人…昔常連さんだったのよ。』
「え、そんな感じには全然…なんか、カレーが苦手だとかで」
『そう。カレーの提供を始めてから来なくなったの。相変わらずのイケメンよね~』

名前も知らない彼が、もしかしたら何年も前から
自分の家の近辺に来ていた事実を知った。


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