きみとは友達にさへなれない(統合)

あきすと

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⑯揺蕩う

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目を覚ますと、彼の声が数秒してから聞こえた。
一瞬、今どこで何をしているのか分からなくて視線をさ迷わせていると
『今、結局僕の家に来たんだけれど。』
放たれた言葉の意味を理解するのに時間を要した。

「どう言う事ですか…?」
『食事は準備してもらったから、大丈夫だよ。』

辺りは薄暗い。駐車場の一角に停車した車の中なのは分かる。
「家、ですか…てっきり、飲食店とかに行くものかと。」
『そう、しようと思ったんだけれど。ごめんね、迷惑だったかな?』

迷惑と言うよりも、何の心の準備も出来ていない。
と言うのが、心に引っかかっている。

車から降りて、後部座席の荷物は
『帰りも送るから、そのままここに置いておくと良い。』
と言われてしまい、かなり手持ち無沙汰のまま
彼の少し後ろを歩く。

「準備がしてあるって、誰か家の方が?」
『あぁ、…少し説明が難しいのだけれど。父親に私設秘書を1人つけてもらっていて。
すごく料理も上手くてね。急遽お願いしたんだよ。』
「…なんだか、現実離れした生活してるんですね。」
『あはは、確かに。うん…でも、ソレも仕事だそうだから。』

心の遠い人だと感じるのは、やっぱりこういう面があるからかもしれない。
「一緒に暮らしてる、とかでは無く?」
『…気になるの?』

エントランスでエレベーターを待っている。
妙な沈黙に心が焦りだす。

「いえ、もしそうなら…大変な仕事だと思って」
『まぁ、あの人からすれば半分は趣味らしいけれど。』

おそらくは、女性の秘書であろう事は察した。
「仕事が、好きなんですね…」
『安心していいよ、もう入れ違いにして帰ってもらったから。』
「ぁ、そう…ですか。」
『うん。千代くんはものすごく…こういう事にも気を遣うからね。』
「ハイ。って言っていいものか。でも、正直助かります。」

昇っていくエレベーターの中でガラス面に自分と彼の姿が反射する。
『……。』
にこりと笑われて、咄嗟に目を逸らした。
自分は、この人物を心のどこかで、酷く惹かれている。
に、違いない。

認めるのにはまだ、少し抵抗があるけれど。

『高所は平気?』
「透けて見えてると苦手ですね。」
『そっかぁ…。僕はわりと平気。』
「じゃなきゃこんな高層には住まないですよね。」
『住みだしたのは、ここ2ヶ月ほどの話なんだよ。』
「ぇ、まだそんなに…」
『うん。お葬式が終わってから。引っ越したんだ。』

やっぱり私生活が見えない。
普段から何をしているのかも分からないし、本当によく分からない。

「俺は、遠江さんの事これっぽっちも知りもしないし…理解も出来ていませんね。」

部屋の前まで来て、セキュリティーロックを解除するとドアが開いた音がして
玄関のライトが自動でついた。

『こういう生活、少し前までは僕もしてなかったんだけど。便利さに慣れて
増々自分が忘れっぽくなっていきそう。』
「…ウチはいまだにアナログのものが多くて、時間が止まってるみたいですよ。」
『だから、良いんじゃない?』

意外な言葉だと思った。

靴を脱ぎ揃えて、用意されていた恐らくは秘書さんが出しておいてくれた
スリッパを履いて、廊下からリビングに案内される。

『雑然としてたんだけどさ、片付けられたみたい。』
「…言わなくても良いですよ。まぁ、でもそうなりますよね。遠江さんは忙しいから。」
『こんな部屋に1人で暮らして…ゆくゆくは家業を継げだなんて、お話の世界だと思う。』
「逃げ出したくなりませんか?そんなにも…大きなものを用意されると。」

座ろう、とソファを勧められて彼が座ってから
斜かいで腰を下ろす。

『え、何で分かるの?』
「何となくですよ。だって、遠江さんを見ていると…何て言えば良いのか、心が波立つ。」
『…不安になるかな、もしかして。』
「どこに向かおうとしているのか、って感じています。」
『僕も、自分でも分からないよ。ただ、母が他界してからは道が1つしか無い訳では無いって思い出して。』

こんな機会はもう無いかもしれないのだから、色々と話しておこう。
「あの夜の事は、ずっと夢かと思って」
『そんなワケ無いよ。僕が今まで生きて来た中で…一番最低の落ち込みで、自分さえも消えてしまいたいと
思っていたんだけれど。でも、やっぱり…思い出と共に林泉古書店と、千代くんの事で考えが止まってしまった。』

「俺には残念ながら、遠江さんの記憶が多くは残って無くて…ごめんなさい。」
『いいんだよ。当時の僕と今の気持ちが確かに、混合されてはいるから。…さ、話はまた後にして
食事にしようか。』

彼がダイニングテーブルに先程完成したらしい料理の数々を並べていく。
何をしても絵になる、とはまさに彼の様な人を言うのかもしれない。
スッと伸びた背中、動きは早すぎず。かと言って遅くも無い。

何気なく飾られた絵や花など、インテリアに対しても引けを取らない
居佇まいが既に整っている。

「……はぁ。」
無意識にため息が出る。分からない。
相変わらず、本当に分からないままだ。
なぜ、遠江さんの様な人が自分に関りを持とうとするのか
見えないまま。

セッティングが終わったらしく、名を呼ばれてダイニングのテーブルの前に
促され椅子に座る。

『畏まらなくていいよ、僕の他には誰も居ないから。』
俺は思わず苦笑した。
「だから、余計に…ですよ。」

言われた彼は不思議そうに眼を丸くして、その後何事も無かった様に
グラスを手にし、俺にも勧める。
『未成年だよね、まだ確か。』
「そうです。」
『じゃあ、炭酸水?』
「水で大丈夫ですよ。」
『あぁ、本当に…実は僕も炭酸はそれ程飲まないんだ。でも、冷蔵庫に沢山買われてて…。』
「必要ないなら、言えば…っと、差し出がましいですよね。すみません。」
『うん。大丈夫…言えないんだよね、伝えるのが難しいよ。』

お人好しと言うよりかは、優柔不断な面もあるのだろうと
冷静な目で彼を見つめた。

グラスにはボトルからの水が注がれている。

「有難うございます。」
『僕は、千代くんの家に住みたいのにさ。』
「……え?なんでまた、俺の家…」
『だって、懐かしくて人の暮らす感じ…生活をしてるって思えて。好きなんだよね。』
「はぁ、住めば不便さが分かると思いますよ。」
『でもさ、そういう中でも僕らは暮らして来たでしょ。』

どう答えたら良いのか、正直困る。
本当にフワフワとしていて、掴み処の無い人だと思う。




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