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境界の無い海で揺蕩う
⑥帰る先
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「海月さん」
『なに…?雪緒』
俺は、海月さんに連れられて来た飲食店の看板を見て
思わず隣に立つ海月さんに、
「結構、やってくれるよね。」
簡素な言葉を投げかけた。
『雪緒が大事なものを、僕も大事にしたいだけだよ。…イヤ、だった?』
イヤな訳が無いのも、きっと十分わかった上で聞いて来るんだろうな。
「びっくり、した。結構バタバタしてたから移転して初めてなんだよね。」
前に住んでいた家の隣は、俺の伯母さんのお店が当たり前のようにあって。
第二の家みたいに、頻繁に出入りしていた。
祖父は、両親のもとに暮らしているし。
みんなそれぞれに、バラバラになって各々の暮らしを営んでいる。
これを、寂しく思うのか。
はたまた、あるべき姿になったと思うのかは自由だ。
『たまに、顔を見せてあげるときっと喜ぶよ。ごめんね、僕はひっそりと通っていたんだけどさ。』
「…謝らないでよ、海月さんがどこに行こうと…自由だよ。」
綺麗な外装から、前の店舗より少し広めのフロアには多くのお客さんが
席に着いていた。
なんとなく、久し振りに見る光景に嬉しくなる。
もうバイトはしていないけれど、感覚はずっと忘れないもので
キッチンには、明子伯母さんと見知らぬ女性が立っていた。
今日来る事を伯母さんには、海月さん伝えていなかったみたいで。
ごく自然に席へと案内をされ。
メニュー表を見ていると、
『いらっしゃいませ、お2人様』
明子伯母さんがお水の入ったグラスと、おしぼりを持って来てくれた。
「明子伯母さん、お久しぶりです。」
『…やっと、来たわね。遠江さんは、来てくれるのよ?相変わらず目立つからお店の中が
一気に華やぐのよね。』
「これからは、もっと顔出すよ。」
『雪緒なら、いつだってバイトに雇うから。いつでも言いなさい?』
明子伯母さんの活気のある雰囲気や、人の好さそうな笑顔を見ていると
やっぱり気が楽になる。
「バイトはさすがに、厳しいかな。そろそろ就活しなきゃだし。」
『正社員募集中よ。』
「~あはは、ありがとう。もし、困ってたらお願いするカモ。」
海月さんも俺と明子伯母さんのやり取りを見て、穏やかに笑っている。
オーダーを通してもらって、出されたレモン水を飲む。
ホッとした、明子伯母さんが相変わらず元気そうで。
まだ慣れない新店の空気に、店内をキョロキョロと見まわしていると
『これで、全部僕が雪緒に秘密にしていた事が無くなったかな。』
なんて言うものだから。
「秘密…?ぇ、あ…そんな全部を言わなくっても平気だよ。でも、海月さんが言いたいなら
ちゃんと聞くからさ。」
『雪緒相手だと、誠実で居ようって思う。』
「それは嬉しいかな。でも、変に無理はしないで。」
今までの、あくまでも自分から見た海月さんは充分に誠実だったし。
細やかな気配りも感じるから、事足りている事をちゃんと伝えたい。
『良かった。思い出の場所は1つでも多い方が嬉しいかなって。』
「ロマンチストだなぁ…。やっぱり、海月さんって物語の中に暮らしてる気がする。」
『…僕の心の内側を、知らないからそんな事が言えるんだよ。』
冷たく途切れる風な言葉を選べる強ささえも、海月さんの魅力だろう。
変調的で、情緒に富んでいて感傷も見受けられる独特の世界。
あまり表には出さない俺の恋愛の感受性は、海月さんにはどんな風に映っているんだろう?
「身も心も満たしてくれるお店だね。海月さんが言ってた通り。」
『良かった。安心して食べられるお店があるって、良いね。』
「馴染みの店っての?俺が作る料理って、だいたいは明子伯母さんから習ったのに。味や深みは
全然違うんだよね。」
『だから、良いんじゃないの?』
「そっかな?全く同じでなくても大丈夫?」
『うん。確かに…味を継ぐ事も素敵だけれど。雪緒が作る独自のものも同じくらい魅力があると
僕は思うんだよね。』
海月さんの人たらし具合は、本当に罪深い気がする。
こんな風に言われたら、嬉しいに決まっている。
店を後にする時に、明子伯母さんが俺の手に何かを渡してくれた。
外に出て、海月さんの車の助手席に乗ると
「ぁ…コレ…」
隣の運転席から海月さんが俺の方を覗き込む。
『ポプリ、かな?』
「明子伯母さん、こういうの作るの上手なんだよ。部屋に帰ったら開けてみよう。」
『スターアニスとか、面白いカタチしてるよね。』
「…ぇ~、分かるんだ。海月さん。」
『まぁ、少しならね。それに、お店にもスパイスのキャニスターいくつも置いてあったし。』
「案外、ちゃんと見てるんだね。」
多分、海月さんは生活空間にも本人は無意識だろうけれどかなり
こだわりがあって。
雰囲気にそぐわないものは、手にする事も無いのだろうなと
感じた事がある。
穏やかで、優しそうな笑みの瞳の奥には実はハッキリとした線引きがあるのではないか。
『さ、帰るのでいい…?』
「ズルい聞き方、」
『でも、家の方が落ち着くんでしょ。雪緒は。』
さすがに、何が?何の話?とは聞くのが野暮な気がして
ギアに左手をのせたままの海月さんの手の甲を、そっと指先で触れた。
「かえる。」
『だね……。』
『なに…?雪緒』
俺は、海月さんに連れられて来た飲食店の看板を見て
思わず隣に立つ海月さんに、
「結構、やってくれるよね。」
簡素な言葉を投げかけた。
『雪緒が大事なものを、僕も大事にしたいだけだよ。…イヤ、だった?』
イヤな訳が無いのも、きっと十分わかった上で聞いて来るんだろうな。
「びっくり、した。結構バタバタしてたから移転して初めてなんだよね。」
前に住んでいた家の隣は、俺の伯母さんのお店が当たり前のようにあって。
第二の家みたいに、頻繁に出入りしていた。
祖父は、両親のもとに暮らしているし。
みんなそれぞれに、バラバラになって各々の暮らしを営んでいる。
これを、寂しく思うのか。
はたまた、あるべき姿になったと思うのかは自由だ。
『たまに、顔を見せてあげるときっと喜ぶよ。ごめんね、僕はひっそりと通っていたんだけどさ。』
「…謝らないでよ、海月さんがどこに行こうと…自由だよ。」
綺麗な外装から、前の店舗より少し広めのフロアには多くのお客さんが
席に着いていた。
なんとなく、久し振りに見る光景に嬉しくなる。
もうバイトはしていないけれど、感覚はずっと忘れないもので
キッチンには、明子伯母さんと見知らぬ女性が立っていた。
今日来る事を伯母さんには、海月さん伝えていなかったみたいで。
ごく自然に席へと案内をされ。
メニュー表を見ていると、
『いらっしゃいませ、お2人様』
明子伯母さんがお水の入ったグラスと、おしぼりを持って来てくれた。
「明子伯母さん、お久しぶりです。」
『…やっと、来たわね。遠江さんは、来てくれるのよ?相変わらず目立つからお店の中が
一気に華やぐのよね。』
「これからは、もっと顔出すよ。」
『雪緒なら、いつだってバイトに雇うから。いつでも言いなさい?』
明子伯母さんの活気のある雰囲気や、人の好さそうな笑顔を見ていると
やっぱり気が楽になる。
「バイトはさすがに、厳しいかな。そろそろ就活しなきゃだし。」
『正社員募集中よ。』
「~あはは、ありがとう。もし、困ってたらお願いするカモ。」
海月さんも俺と明子伯母さんのやり取りを見て、穏やかに笑っている。
オーダーを通してもらって、出されたレモン水を飲む。
ホッとした、明子伯母さんが相変わらず元気そうで。
まだ慣れない新店の空気に、店内をキョロキョロと見まわしていると
『これで、全部僕が雪緒に秘密にしていた事が無くなったかな。』
なんて言うものだから。
「秘密…?ぇ、あ…そんな全部を言わなくっても平気だよ。でも、海月さんが言いたいなら
ちゃんと聞くからさ。」
『雪緒相手だと、誠実で居ようって思う。』
「それは嬉しいかな。でも、変に無理はしないで。」
今までの、あくまでも自分から見た海月さんは充分に誠実だったし。
細やかな気配りも感じるから、事足りている事をちゃんと伝えたい。
『良かった。思い出の場所は1つでも多い方が嬉しいかなって。』
「ロマンチストだなぁ…。やっぱり、海月さんって物語の中に暮らしてる気がする。」
『…僕の心の内側を、知らないからそんな事が言えるんだよ。』
冷たく途切れる風な言葉を選べる強ささえも、海月さんの魅力だろう。
変調的で、情緒に富んでいて感傷も見受けられる独特の世界。
あまり表には出さない俺の恋愛の感受性は、海月さんにはどんな風に映っているんだろう?
「身も心も満たしてくれるお店だね。海月さんが言ってた通り。」
『良かった。安心して食べられるお店があるって、良いね。』
「馴染みの店っての?俺が作る料理って、だいたいは明子伯母さんから習ったのに。味や深みは
全然違うんだよね。」
『だから、良いんじゃないの?』
「そっかな?全く同じでなくても大丈夫?」
『うん。確かに…味を継ぐ事も素敵だけれど。雪緒が作る独自のものも同じくらい魅力があると
僕は思うんだよね。』
海月さんの人たらし具合は、本当に罪深い気がする。
こんな風に言われたら、嬉しいに決まっている。
店を後にする時に、明子伯母さんが俺の手に何かを渡してくれた。
外に出て、海月さんの車の助手席に乗ると
「ぁ…コレ…」
隣の運転席から海月さんが俺の方を覗き込む。
『ポプリ、かな?』
「明子伯母さん、こういうの作るの上手なんだよ。部屋に帰ったら開けてみよう。」
『スターアニスとか、面白いカタチしてるよね。』
「…ぇ~、分かるんだ。海月さん。」
『まぁ、少しならね。それに、お店にもスパイスのキャニスターいくつも置いてあったし。』
「案外、ちゃんと見てるんだね。」
多分、海月さんは生活空間にも本人は無意識だろうけれどかなり
こだわりがあって。
雰囲気にそぐわないものは、手にする事も無いのだろうなと
感じた事がある。
穏やかで、優しそうな笑みの瞳の奥には実はハッキリとした線引きがあるのではないか。
『さ、帰るのでいい…?』
「ズルい聞き方、」
『でも、家の方が落ち着くんでしょ。雪緒は。』
さすがに、何が?何の話?とは聞くのが野暮な気がして
ギアに左手をのせたままの海月さんの手の甲を、そっと指先で触れた。
「かえる。」
『だね……。』
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