オッサンと、鬼神(後に嫁)

あきすと

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この手は離さない。

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振り返りもしないで、
背を向けて
ただ、前だけを見据えて
歩いて行く背中を見ていた。

心をどこかに
忘れてきてしまったのか。

分からない。
どうして、こんな事を望むのか。
その先に、本当に思い描くような未来があるのか。

自分には、考えても
考えても…分からなかった。

返り血を物ともせずに、
また一歩を踏み込む姿は
誰が見ても、おおよそ
少年がするような所業では無かった。

一言で言えば
ぞっ、とするような狂気。

しかし、声をかければ
けろりとしている。
それが、更に山口美祢を
恐ろしく感じさせていた。

少し離れた場所から、美祢の任務を見ていた。
あまりに、静かで
まるで何事も無かった様な振る舞い。
太刀筋も、乱れず
無駄が無い。

極めて、落ち着き払っている。これが、葵までをも
唸らせた剣腕かと思うと
釣り合いが取れない気がしてならなかった。

「なんで、あんな顔して人を斬れるのか…一番分からない。」

隣に来た柳部が、顎に手をあてながら眼を細める。

『まぁ、私としては順調に葵様の計画が進むから有難いです。今の所は。ただ、そろそろあちら側にも美祢の存在を知られてますからね。裏で動く分なかなか難しいですよ。表では大きく事を進展出来ませんから。』

今日の美祢は、なんだかいつもと違っていた。

『…っ、』
いつもなら、すぐに下宿に戻ろうとする美祢が
今日は、斬り捨てたまま
そこで立ち尽くしていた。

不審に思い、駆け寄る。
「おい、どうした?」

肩を掴み、目が合う。

『ぁ…っ、俺…腕を斬られてたみたいで、血が…』

それで…
美祢の足元には、小さな
血だまりが出来ていた。

「大丈夫、深くないだろ?見せてみろ。」

気が動転しているのか、
弱々しい瞳でこちらを
見ている。

そうか、あんなに強くてもやっぱり傷を負えば
美祢でもこんな顔をするんだな。

『深くは無い。けど…俺、』
「しっかりしろ。落ち着け。全く…」

袂から、晒しを取り出して
美祢の上腕に縛り付ける。

『医者、呼びましょうか?白島さん。』
「場所が場所だけにな…頼む。美祢、帰るぞ。ここじゃ止血しか出来ない。」

『ごめんなさい…俺、少し迷ったんだ。だからだ…。』

美祢が、刀身の血を払いゆっくり納刀して
肩を落として下宿へと歩き出す。

柳部は、世話になっている医者を呼びに町の方へと
足早に駆けて行った。

「大事な腕なんだ。一応は診て貰え。何も無いだろうがな。」

美祢のわずかに後ろを歩く。

『俺、自分の血には弱いんですよ。自分が無くなっていくような気がして。』
「間違っちゃいないさ。失血死は怖い。危機感持たない方が俺は、どうかしてると思うぜ。」

『…本当ですね。』

気のない返事だ。
しかし一体、何に迷いを
感じたのか。

「にしても、何を迷ったんだ?よかったら、話してくれないか?」

好奇心なんかじゃ無かった。
知らなきゃいけない気がしたんだ。

『俺、どうしてこんな事ができるのか。自分が分からなくなりました。』
「そうするのが、必要なんだと感じたんだろう?今の世を変えたいって。」

『そう。けど白島さん。ん…、安芸に説得されてから時々考えるようになったんだよ。正しい事をするのに誰かの命を犠牲にするなんて…間違ってるんじゃないかって。』

「正しい事なんて、無いだろう。ある角度からしたら、それは間違っているし…また違う人がみれば正解にもなる。それは、誰にも今は分からない。ただ、間違わずに生きるのは困難な話だ。いつも、振り返って初めてそれにも気が付く。結果を見てみないと、幸か不幸かは分からない。」

できれば、美祢には
明るい道に進んでもらいたい。そう思うのは、傲慢だろうか?
押し付けなんだろうか。

だが、確実に美祢は変わっていっている。
前は、あまり感情の起伏が無かったが。
今は、人間らしい弱さを
垣間見せるようになってきた。

『俺は、間違いたく無い。それは、取り返しがつかないから。』
夜道を、足音を消して歩く美祢が
こんな時でも警戒心の強い事にいたたまれない気持ちになる。

「取り返しがつかない…そんな事は滅多に無い。意外に皆人の間違いは勝手に都合良く直したがるもんだ。やるだけやって、潔く身を引くのも俺はアリだと思うけどな。」

『…そうなら、いいけど。』


下宿に戻り、美祢の部屋で着替えを手伝う。
寝着に袖を通す。

『美祢くん。』
襖を開けたのは、町医者の
青年だった。
名前は、確か…

『清流先生…、夜中にすみません。』

一瞬、美祢の顔が
安心したせいか緊張感が消えた。
『いいんだよ。さ、座って?止血は…もうしてあるんですね。失礼…』

美祢との間に割り入って
正座する。
美祢も、つられて座り
上衣を半身だけに袖を通した状態で手当てを施される。

『良かった。思いの外、浅かったようです。清潔にして薬を塗り、包帯をしておきましょう。筋が切れてなくて良かった。過ぎた事は、しばらく控えて下さいね。周りの皆様も、今は彼を静かに休ませてあげて下さい。後、体は冷やさないように。そんなに酷い創ではありませんが、経過が良くない場合には私を呼んで下さい。』

晒しを解き、傷口に薬を塗布すると美祢の顔が痛みに引きつる。

「…。」
まだ、腕だから良かったものの…これが急所だったらと思うと、頭が重くなるような気がした。

この、清流先生とやらには
美祢は少なからず心を開いている。
そんな雰囲気が、二人には有った。

まぁ、医者と患者は
信頼関係においては確かに厚いものがある。
自分の命を一時的に預けられる存在なんてのは、
俺でもきっと特別に感じてしまうんじゃないだろうか。
ましてや、こんな荒れた時代だったら、尚更だ。

『美祢くん、命は一つです。私は貴方のように刀を振るえません、貴方の守りたいもの…私の守りたいものは違うでしょうが、まずは己の命があってこそのものだという事を、どうか忘れないで貰いたいのです。ほんの少しの気の迷いでも、簡単に斬り付けられたりする剣術ならば…一層油断できません。』

程良い力加減で巻かれた包帯を見つめて、美祢が頷く。
『私は治療するのが生業。けど…傷付く姿を見たい訳がありませんよ。少し説教じみてしまいましたが、貴方を思っているとやはり勝手に言葉が出てしまうのです。早く、良くなりますように…と。』

温かな笑顔で、清流は
美祢の頭を撫でた。

「先生、夜中に突然お呼びたてして申し訳ない。美祢の治療、ありがとうございました。」
帰り支度をする清流医師に
深々と頭を下げる。

『あなた方、大人が美祢くんを支えられていないから…こうなるのではありませんか?まだ彼は子供同然。それで傷を負っただなんて、考えられませんね。確かに、傷は浅いですが彼の心は…深く傷ついていますよ。』

何も言い返せないし、
そんなつもりも無かった。

『先生!白島さんは…、白島さんは、俺にいつも剣を振るわないように言ってくれるただ一人の大人なんです。だから…白島さんは、何にも責められるような事は無い人なんです。心配してくれてるんです、それでも俺が聞かないだけで。』

安芸を見下ろしていた
清流が、美祢に視線を移し
『美祢くんは…白島さんの言葉に迷い始めているんですね。それならば、私がどうこう言う事もありません。…白島さん、二枚目ですしね。』

何かに察したように
清流は、品良く笑っていた。

『さぁ、帰ります。あ、白島さん?お暇そうですね
。美祢くんが熱を出さないか朝まで見ていて下さい。頼みますね。』

では、と清流が下宿を
後にした。

「あの医者、大丈夫なのか?」
ゆっくりと布団に入った美祢の頬に手を添える。

人の思いを、何も言わずに伝えるには…どうしたらいいのか。
そんな青くさい事を考えながら、ただ美祢の無事を
心から安堵した。

『ごめんなさい。』

「…謝るな。俺も、近くにいながら何も出来なかった。情けない話だよな。」

『そんな…、俺がまだまだ甘い証拠だよ。一瞬だって隙は与えちゃいけなかった。それだけだよ。』

美祢は、苦笑いをして頬に添えていた手に手を重ねてきた。

「おっさん二人が…オロオロしてな、情けないよ。あの医者に言われたい放題でも仕方ない。」
『清流先生は、俺を昔診てくれた事があって、前に久しぶりに再会して。時々話を聞いてもらってるんだよ。家に遊びに行ったりしてさ。』

「…そうか、お前にもそんな相手がいたなんてな。良かった、安心したよ。誰かと交流を持つのも大事だからな。」

拠り所は、ちゃんと
あったんじゃないか。

『俺、相談ばかりして清流先生には面倒かけてるんだよね。』
「…そんな、悩みでもあるのか?」

大人に聞いてもらいたい相談事だなんて。
『まぁ…あるけどね。安芸には言えない。』

言えない…か。

「そうか。…少し寝ろ。安静にしてないとな、せめて二、三日はな。」

『あっ…、うん。じゃあお休みなさい。ありがとう、安芸。』

手を名残惜し気に離した時の美祢の瞳が、なんだか
寂しげに見えたのは
気のせいだろうか?






蛇足。






『清流先生!』

『美祢くん、遊びに来てくれたのですか?嬉しいですね。』

『今日はさ、清流先生に相談があって来たんだ。聞いてくれるかな?』

『もちろんですよ、さぁ…一体どんな相談でしょう?』

『俺ね、実は…ここ最近気になる人がいるんだ。』

『おやおや、恋の悩みですか。たのしみですね。一体どんな人なんでしょ。』

『俺より、結構年上だよ。ちょっと怖そうなんだけどさ…色々叱ったり心配してくれて。時々顔を見に来てくれるんだ。』

『…それは、美祢くんが大切なんでしょうね。案外その人も、美祢くんが気になってるんじゃないですかね。どうでもいい人の心配なんて、先ずはしませんし。』

『え…?そうなの?俺の将来の心配するし、あ、でも時々意地悪言ってくるんだけどね。』

『美祢くんが、その人をもしかしたら翻弄していませんか?』

『まさか…⁉︎でも、構って貰えると嬉しいかな。でも、俺男だからなぁ…。』

『……?あの、もしかして相手は』
『男だよ?』

『………美祢くん!どうしてまた』
『別に、相手が男だから好きなんじゃないです。俺は、人柄が好きだから。…やっぱりおかしいですか?』

『おかしくは、ありませんよ。けど、茨の道じゃあありませんか。』

『いいんだ。いつか、伝わったらいいなって。今は、そう思えるように気持ちを抑えてるから。』

『当たってみたらいいですよ。貴方なら…きっと大丈夫です。こんなに愛らしいのですから。』

『…その人さ、俺の顔を見て女の人と間違うし、多分昔の好い人と似てるみたいなんだ。ちょっと切なくなったけど、少しでも可能性があるなら…って思っちゃうよ。』

『貴方が彼を大切ならば、きっと彼も貴方が大切ですよ。美祢くん、自信を持ってください。』

『清流先生…!ありがとう。ちょっと怖いけど、少しでも近づけるように頑張ってみる。』




閲覧ありがとうございました。
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