眠れない夜は檸檬の香り

あきすと

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見えない約束

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だから、手を伸ばせば触れられる距離はいけない。
『手、解けないんだろ…?』
「白島が絡ませてくるから…。でも、嘘はつけないものだな。」
しっくりと、肌に皮膚が触れて無意識の内に逃すまいと
搦めとる動作には、自らの願望が反映されているのだろうか。

『もっと、どうにもならないものを…俺は抱えてるからな。』
心当たりがない訳でも無かったが、何となく相手の口から言わせる事は
しのびなかった。
「私と、居ると…おかしな事を口にする者がいる。」
人によるのだろうが、言い寄って来る者もいた。
私と二人きりになった者は、心を何かにとらわれてしまうのか
どの角度から見ても、変になる。
『男狂わせは、アイツの十八番だと思ってたけど…呉、アンタにも
似たような雰囲気を感じる。』

聞くだけで、気の悪くなる言葉を白島が発して
私は、急に興が冷めてしまい手を緩くほどいた。
「誰と、比較してるんだ…。失礼な奴だな。」
途端に、面白くなくなる。白島が知らない誰かと
私を照らし合わせようとするなんて、やっぱり嫌だった。

『今から、もう数十年前の話だから気にしないでくれ。』
そんな昔に、興味は無いものの
白島が語るのであれば、過去の話ですら聞きたくなりそうな自分が
尚更、悔しい。
「白島、私は男色じゃ…ないぞ?」
かといって、まだ自分が女性を愛した事もなければ
恋愛感情に関しても、疎いことを自覚はしている。
まだ、誰も、愛した事がないなんて白島が聞いたら一体どんな顔を
するのだろうか?

『でも、女性も知らないって顔してますけど…当たってるでしょう?』
私は、それ程矜持の高い人間ではないと思っていたのに
白島に言われると、すぐにムキになりかける。
いけない、相手は、部下なのだ。
ここで語気を荒げれば、みっともない。
「…知りたい事は、うわべには無い。私が求めてる事はもっと、」
手を自らの胸元に当てて、ゆっくりと呼吸を整えた。

軽薄なのは、いけない。
でも、私でも誰かと何かを共有したいと思ってしまう。
たまたま、その相手が…この目の前の白島である。
たったそれだけの事なのに。
『…もっと奥底にあるんでしょ?』
なんだ、分かってるんじゃないか。だとしたら、やっぱり
「意地の悪い男だな。」
私には多くの言葉を向けてくるいつもの白島が、本当の姿なのだろう。
『俺、アンタの事…何故だか突っつきまわしたくなるらしくて。』

無理もないだろう。子供の頃の私が、白島の記憶からずっと消えていないのだ。
「もう、子供でもないのに…」
『だからですよ。もう、子供じゃなくなったから』
「齢25にして、まさか男に弄ばれるのか…」
考えれば、考える程に顔を背けたくなるような羞恥が襲ってくる。
『何にも、しませんよ。アンタとてつもなくめんどくさそうなんで。』

親に言われた言葉を思い出した。
【甘い言葉と、お菓子でそそのかす大人にはついて行かない事】
誘拐事件は、私の屋敷の目の前で白昼起こった。
母親が、電話の取次ぎに家に戻った一瞬のスキを狙われた。

ずっと、眠っていた私は目を覚ましてから泣きもせずに
とりあえず、空腹に悩まされる事となる。
どこかの小さな物置小屋に閉じ込められていた。
妙に喉が痛い。いや、単純に寒さが酷くて傍に置かれていた毛布に
くるまっていた事を思い出した。
あまりに辛い記憶は、消えてしまってはいるものの
救出に来てくれた白島に抱き締められた私は、熱を求めて
ずっと白島から離れなかったらしい。

「…はぁ、白島はいわば私の命の恩人であると言うのに。」
『また、懐かしい話を』
「肺炎になりかけていた私の傍を…ずっと離れなかったのはどうしてだ?」
白島は、ゆっくりと立ち上がって流しの前に行き、コンロに水の入った薬缶を
置き火を点ける。
『目の前の小さな命の灯を…見守っていたかった。だけです。』
「安芸…私は、道を外れる訳でもない。大きな感情の渦に飲まれてしまうのは
よくある話だろう。」

湯呑を2脚、戸棚から取り出して座卓に並べると
白島は首を横に振っている。
『言葉で、恋愛は片付きません。もう、この話はおしまい。』
「…だから、それが私には分からなくて…困ってると言うのに。」
薬缶から立ち上る湯気が、部屋の隅にたまっていく。
『俺が、教えるものでも無いんですよ。こればっかりは本人が、感じ取るものだから。』
茶を淹れられて、窓から吹き込む風に背中を吹かれながら
何とも言い難い場の空気の中で口にする、茶の味は苦々しかった。

「まだ、任には就けないだろうから自宅での療養に切り替わるだろう?」
『そうですね。左目も治療は必要ないものの、自然治癒がどの程度まで出来るのか。』
「毎日、祈っているよ…白島の傷が少しでも日々、癒えていく事を。」
自然と、笑顔で言えてしまっていた。
本心とは、こうもすんなりと言えてしまうものかと自分でも驚いた。

珍しく、白島が微笑んでいる。
あぁ、なんて心平らかな瞬間だろうと思う。
『アンタの祈りなら、効かないワケ無いだろうって』
いかにも気恥ずかしがる表情が、白島らしくて面白い。
性根の部分が、いまだに純粋さを持っているのか。
「やっぱり、今日の所はお暇するよ。いや、むしろ…私が手伝えばいいのだろうが、その…私の帰りを待つものが居て…」
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