眠れない夜は檸檬の香り

あきすと

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心残り

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言い出せなかった。まさか、こんなにも自分が臆病で意気地がないとは
思わなかったのだ。
大切な話を、切り出せば白島であればきっと聞いてくれただろうに。
今の自分の状況を、切り出したところで私に白島の心を繋ぎ止めることなど
出来やしないだろうと、思ってしまった。

私は、玄関で靴を履き終えると
「しばらく…居なくなる。きっとその内白島の耳にも話は行くだろう。」
しばらくの別れになる白島の顔をちゃんと、正面から見つめていたかった。

数年の航海に出ることになる。なんて、言えば
白島は、一体どんな顔をしただろうか。
少し、想像してみた。
どうだろう?少しくらいは焦ったり、寂しそうにしてみるのだろうか?

頬の緊張が、ゆっくりと解けていく。
『…また、海に?』
まさか、とでも言いたげな白島の表情。
私だって、本当ならば行きたくはない。
けど、拒否権など無いに等しい。
数日以内に、実家へと猫を預けに行かなくては。
「家は、借家で大家さんも居るから、しばらく開ける間にも、空気の
入れ替えを頼めるし…。何の心配もなく、私はまた大好きな海へと出ていくんだ。」

本心は、こんな時に顔を引っ込めてしまっていた。
まだ、寄りかかれない。
白島は、今自己修復中なのだ。
心の重荷を背負わせてしまう。

ただ、出立の前に…

「…白島に、最後に」
『最後じゃない。本当の最後の意味も知らないで、そんな事言うもんじゃないですよ。』
「は、ぁ…?」
『ちょっと、こっちに来て…何を隠してるのかは分からないけど、なんて顔してんだか。』
白島は、少しだけ屈んで私の上体を思った以上にしっかりと抱き締めてくれた。

「ぐ…ぅ、こら、白島。少し苦しい…」
嘘だった。ただ、胸にこみ上げてくる思いが辛くて苦しくて。
白島の腕に抱かれていると、とにかく心がザワザワして、
なのに安心する。

この男は、私の男。私の命が尽きるまで、何度も心に訴えかけては感情をさざめかす。
記憶から消えなくて、手の感触もありありと覚えてる。
しばらくの別れに、耐えなければいけない。
実は、あともう少しで白島に…私が留守の間に、家に住んでくれないか?と
言ってしまいそうになった。

でも、そこまで厚かましくはなれなかった。
『待ってます。俺にはいくらでも時間なんてあるから。』
「…あぁ、きっと無事に帰航するよ。」
顔を上げると、白島の顔が薄くにじんで見えた。
『…甘雨みたいだ。』
白島は、ぽつりとつぶやいて私の目元に、静かに唇を寄せた。

ふっと、香る初夏の…アレと似た
そうだ。
黄色くて、丸い夜の月の色。
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