眠れない夜は檸檬の香り

あきすと

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【幕間】波間に眠る人魚

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潮の香りは、郷里を思い出させてくれる。
ほのかに柑橘の匂いまでしだしたら、きっと里心がついてしまう。

大海原を往く私にとって、地上とは特別であり
海上での生活が当たり前に思えて来た今日この頃。

夜間、波の穏やかな海は人知れず私を眠りへといざなう。
日中、船上で浴びた日光が体に心地よい疲労感を与えたのだろう。

ベッドに入るにはまだ早い時間の様な気もしたが
今日はもう、意識の電源を落としてしまうのも悪くない。

枕に頭を預けてから、すぐに私は眠りに落ちていく。
気持ちいい程、ゆっくりゆっくりと。

深海にでも沈めていくかのように。

このもどかしい浮遊感に、終わりはあるのだろうか?
と、思った時。

コツン。

と、何かの物音がした。きっと夢の中での事だろう。
意味なんて無いんだ。
夢の中での視界は少しだけ霞がかっている。

トントン、と肩に触れられて振り返る。

あ…。

久し振りに、見たかった顔がそこにはあって。
私は単純に嬉しかった。

「白島…、」
出航してから3か月、写真も存在しない私の想いを寄せる相手の姿があった。
夢でもいい。いや、現実だろうか?分からなくなって来た。
白島はいつもなら、絶対に見せない笑顔で私の前に現れて
ひょい、と私の体をいとも簡単に抱き上げてしまった。

慌てふためく私に、白島は
『やっぱり、海にいるんですね。あんたは…』

直属では無いものの、白島は私の部下である。そして、私との歳の差もかなりあるのだ。
「私が場所を、選べないよ。きっと、生まれた時からの運命だと…。」
『あんたは、自分の本来の姿もここでは忘れてるみたいだけど。』

指摘された意味が分からなくて、私はただ困惑している。
何が言いたいのか。
「私の姿、とは?」
『自分の体、見てみたらいい。』

白島の大きな手のひらが、私の下半身を抱えている。
「んん…?ぇ、待て…何だこれは」
『ここは、願望が具現化する世界でもある。』
そういう事か。一気に気恥ずかしくなって、私は白島を突飛ばそうとしたのに
白島の腕に阻まれて、叶わなかった。

「これは、人魚じゃ…」
『俺も、このままあんたに逃げられて怪我でもされたら面倒なんで。』
白島はいつもの恰好に、足元は裸足だった。
「…しかし、なんて綺麗な海なのだろう。心が洗われる。」
『心の反映とでも言いますか。あんたと俺の心が、溶け合うと…こんなにも綺麗な世界に見えるんですよ。』

「でも、この世界では浅くて私は泳げない。」
『泳がなくても生きれますし。浅ければ深い海を望めばいい。それだけですよ。』
「深い海だと、白島が溺れてしまう。」
『加減てモンがあるでしょ?両方が生きれる世界を…想像して望めば。』

私は、この男の腕に居れればいい。なんて、しおらしい事を思うような性格でもない。
かと言って、深い海の底に帰りずっと白島を想いながら暮らすのも耐えられない。
だったら、

目をつむって、丁寧にイメージする。
一番愛着のある、あの海岸。
風は優しく、穏やかで水面のさざめきも静かな郷里の海。

ただあの風景だけを、想像した。

カモメが鳴き、いつしか私の体は温かく柔らかな砂浜の上に
横たわっていて。
手の感覚の先を見つめると、あの男と繋がっていた。
脚も、人のものに戻っておりホッとしたのもつかの間。

白島は、ゆっくりと体を起こし私の頬についた白い砂を
手で払い終えると口づけをした。

夢が終わる合図だと、感じ取った。
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