過負荷

硯羽未

文字の大きさ
25 / 94
第12話 薄闇

12-1

しおりを挟む
 パジャマを脱がされそうになって、迷っていた壱流は我に返った。
 このままでは貞操の危機だ。
 具体的に竜司がどこまでを想定しているのかは知らないが、何をするにしても抵抗がある。
 ぷつん、と一番上のボタンが外された。

「そうだ竜司! いいこと思いついたから、一旦ストップ」
 いろんな考えが交錯する中、一つの可能性を思いつく。そうだ。記憶をなくしているからと言って、壱流単体に欲情するわけがないではないか。
 ただ、手近にいたからだ。
 そうであって欲しい。
 二番目のボタンを外そうとしていた指が、壱流の必死な呼びかけに停止した。

「たとえば?」
「えっと、おまえは俺に欲情したんじゃない……と思うんだ。単に、欲求不満なんだ。ずっと俺と一緒でさ、適当に抜くタイミングとかなかったんじゃないかなーって。きっとそうだよ。だから……あの……そ、そうだ。俺バイト代入ったし、フーゾクなんて行ってみようかっ!? 絶対女の子のがいいよ」
 ぐいぐいと押さえ込まれた体の自由を求めて身じろぎするが、上手く押さえ込まれてしまって解けない。
 なんとか苦肉の策をひねり出した壱流に、竜司は不思議そうに瞬きをする。

「そういうの、行ったことあるのか?」
「……物は試しに、何回か」
「楽しかったか?」
「ま、あ……それなりに。な、行こ? 俺とこんなことしたら、記憶が戻った時に絶対後悔するから! ……ダチじゃん?」
 なんとか心変わりしてくれないかと言葉を募るが、壱流の目をじっと見つめながら考えている男の、内心がまるで読めない。
 自分の上にいる竜司の重みが怖い。姿形も、喋り方も以前とそう変わらないのに、中身は知らない男だ。

 怪我を負った夜のことをまた思い出し、壱流は顔を歪める。
 あの時、何も起こらなかったら……今ここにいる竜司は存在しない。
 自分が悪い。
 さっき記憶が戻ったらと言ったが、もしずっと戻らなかったらどうしよう。

 どうしたらいいかわからない。

 今の竜司を、嫌いなわけではない。
 ただ、以前から知っている男が永遠に失われるのは、体が生きていてもちゃんと意識があっても、死んだのと同じだった。
 それとも、一からまた関係を築き上げることが出来るだろうか? 以前と同じに?
 ……このベッドでの現状で、それは微妙に難しい。一線を越えたら、いけない。

 竜司の形をした、誰か。

 ギターの音は変わらない。それは確かに竜司なのに、記憶がないだけでこうも対応に困るのか。早く以前の友達だった竜司に帰ってきて欲しくて、気ばかりが焦る。
「壱流……また、そんな苦しそうな顔」
 竜司の両手が、歪んだ壱流の顔をすっぽりと包んだ。その手は温かかった。
「壱流を可愛いと思うんだ」
「……え」
「母親から聞いた。壱流かばって怪我したって。それを気にしてるんだろう?」

 血が引いた気がした。
 知っていたのか。
 病院に運ばれた経緯は、勿論彼の母親には話した。落ち込んでいる壱流に対し、そのことで彼の母親は責めたりはしなかったが、いつ竜司本人に言ったのだろう。
 それでも壱流といる、と言ったのか。……何故だ。

「壱流を守れて良かった」
「そんなの……」
 静かに言われて、泣きそうになる。
 まだ、ちゃんと謝ってない。守れて良かったなんて言われたら、どうしたらいいのだ。
 全然良くなんかない。
 怪我したのが自分だったら、きっとこんなには苦しくなかった。記憶を失っても、たとえ死んでも、今みたいに辛くはなかった。
 自分だったら良かったのに。

「──ごめ」
 泣いたら駄目だと思ったから、我慢した。ここで泣くのは卑怯だ。
 竜司は小さく笑んで、「潤んでる」と下瞼の縁をゆっくりと舐めた。どきんとした。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

処理中です...