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先生ができた
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オリバーとヒューゴがレージュ家の屋敷に住み込みで研究をする家付きの学者になったのは、それから半月後のことだった。
オリバーは家付きの学者になる条件として、メグの家庭教師としても雇うことを求めた。
ローレンスはまだ早いのではと難色を示したが、オリバーの熱意に根負けしてそれを受け入れた。
申し出を聞きつけたメグがローレンスに頼み込んだのも大きな理由ではあるだろう。
メグとエルムは屋敷の敷地内に建てられた研究棟の扉の前にいた。
大量の本や資料が運び込まれていた研究室のすぐ隣は子供たちの勉強部屋が作られ、オリバーの講義はそこで受けることになったのだ。エルムはヒューゴから教わることになった。彼も若いがかなり優秀な学者らしい。
「メグ、そんなにうれしいの?」
口角が上がるのを抑えられないメグにエルムが声をかける。大事そうに1冊の本を抱えていた。
「えぇ、もちろん。でも、エルにいさまもでしょ? カロイ先生に教えてもらえるんだから」
「そりゃあ、楽しみだよ! いっぱい勉強してカロイ先生やサドロスキー先生みたいな学者になるんだ」
メグがそう言うと、エルムは頷く。エルムが気に入っている子供向けの図鑑を書いたのがヒューゴだとメグが知ったのは、オリバーがヒューゴを伴い屋敷に来た時だった。
エルムが図鑑のすばらしさについて話し出そうとするよりも早く、研究棟の扉が開いて、ヒューゴが顔を出した。
「ようこそいらっしゃいました、どうぞ中へ」
ヒューゴは二人を勉強部屋ではなく応接室へと案内した。部屋に入るとお菓子の甘い香りがする。シックな調度品で飾られた室内、テーブルの上にはケーキにクッキー、そしてティーカップが用意されていた。
「え?」
エルムが目を丸くする。メグもきょろきょろと周囲を見渡した。最奥にいたオリバーがメグたちのほうを振り向く。手元では魔術でお湯を沸かしているようだ。
「まずはゆっくりお茶でも飲みながら、お話ししようかと思いましてね。お二人は果実水でいいですか?」
エルムとメグが驚きつつも頷くと、ヒューゴがテーブルへと促す。
メグとエルムが椅子に座ると、ヒューゴが果実水を注いでくれる。しっかりと冷やされていたらしい果実水の入ったグラスがうっすらと曇った。透明なガラスは最近出回るようになったとメグはメイドから聞いていた。
お茶の入ったポットが用意され、オリバーとヒューゴも座ると、エルムが待ちきれない様子でヒューゴに図鑑の植物についてあれこれ質問を始めた。ヒューゴの返答を一言一句聞き漏らさないように真剣な顔をしているエルムを眺めながら、メグは口を開いた。
「メイドや執事は、いれないの?」
レージュ家の使用人は魔力の高い者が多い。室内でお湯を沸かしたり、飲み物を冷やしたり、日常的なことの魔術は魔力が高い使用人にやってもらえば効率的なのではとメグは思っていた。
その考えまで見えているのか、オリバーは少し気まずそうな顔をしながら頷く。
「爵位をいただいてはいますけれど、庶民の生まれですからね。お手伝いいただくのはどうにも落ち着かなくて。私の魔力量だと人を頼ったほうが早いのはわかっているのですが。ヒューゴはもちろん、私もまだ30歳にはなっていないですし、一応増える可能性も考えて断ったのです」
「30歳?」
「魔力量は30歳まで増えるのです。それまでは日常的に使っているほうがいいのですよ」
そう言うと、オリバーは紙とペンを出してきて簡単に人体図を描くと、右胸と左足、両掌に丸を付ける。
「生まれつきの魔力は右胸の真ん中にあるとされています。しかし、成長とともに左足、両掌にも魔力をためて置けるようになるのです。特に両掌は多く魔術を使うほどたくさんの量を使うことができるようになります」
「右胸の魔力量が変わることはないの?」
「けがなどの外的要因がない限り変わることはないですね。魔力が多いとされる人はこの右胸にある魔力が多い人を意味することが多いです。基礎魔力とも言います」
「……使った魔力は、どうやって回復するの?」
「食事や休息で自然に回復します。体力と一緒ですよ」
「そうなのね……」
メグはそれだけ言って黙り込む。考えている様子のメグをオリバーは嬉しそうに見つめた。
「魔力は外に出ると、どうなるの」
「式を使わないのであれば、即座に霧散します」
「式って?」
「魔力の通る道ですね。それに魔力を流し込むと魔術になります」
「魔力は式に流し込まないと形を成せない……」
メグは独り言のように呟きながら、果実水を一口飲んだ。さわやかな柑橘の酸味と蜂蜜の甘さがちょうどいい。
もう一口、と飲んでいると、オリバーが小さく笑った。視線の先には植物について熱く語っているヒューゴと熱心に聞くエルムの姿。
「雑談をしようと思ったのですが、結局勉強になってしまいましたね。魔術の式はいろいろなものがあります。しっかりお教えしますよ」
オリバーはそういうと、滑らかな所作でティーカップに口をつけた。メグの目には父が紅茶を飲むときと同じに見える。
「これも、学ばないといけないことですね。まぁ、私も教わった口ですが……」
メグの視線に気が付いたオリバーは少し恥ずかしそうだ。
「でもまずは、基盤となる勉学からですね。マーガレット様は私、エルム様はヒューゴという形になっていますが、内容次第では合同だったり、入れ替わることもあります。では、マーガレット様はまず、文字の手習いから。エルム様は基礎学問から学んでいきましょう」
オリバーを立ち上がると、奥の棚から紙の束を取り出し、メグの前に置いた。
紙には文字の手習いのためのなぞり書きと、絵と単語がセットになった問題集のようなものがあった。どちらも手作りのようだ。
エルムの前にもヒューゴの手によって手作りの教科書とノートが置かれていた。エルムは嬉しそうに教科書をめくってヒューゴにあれこれと尋ねている。
メグは自分に用意されたテキストを確認すると、席を立ち、オリバーの前で一礼した。
「よろしくお願いします。サドロスキー先生」
オリバーは家付きの学者になる条件として、メグの家庭教師としても雇うことを求めた。
ローレンスはまだ早いのではと難色を示したが、オリバーの熱意に根負けしてそれを受け入れた。
申し出を聞きつけたメグがローレンスに頼み込んだのも大きな理由ではあるだろう。
メグとエルムは屋敷の敷地内に建てられた研究棟の扉の前にいた。
大量の本や資料が運び込まれていた研究室のすぐ隣は子供たちの勉強部屋が作られ、オリバーの講義はそこで受けることになったのだ。エルムはヒューゴから教わることになった。彼も若いがかなり優秀な学者らしい。
「メグ、そんなにうれしいの?」
口角が上がるのを抑えられないメグにエルムが声をかける。大事そうに1冊の本を抱えていた。
「えぇ、もちろん。でも、エルにいさまもでしょ? カロイ先生に教えてもらえるんだから」
「そりゃあ、楽しみだよ! いっぱい勉強してカロイ先生やサドロスキー先生みたいな学者になるんだ」
メグがそう言うと、エルムは頷く。エルムが気に入っている子供向けの図鑑を書いたのがヒューゴだとメグが知ったのは、オリバーがヒューゴを伴い屋敷に来た時だった。
エルムが図鑑のすばらしさについて話し出そうとするよりも早く、研究棟の扉が開いて、ヒューゴが顔を出した。
「ようこそいらっしゃいました、どうぞ中へ」
ヒューゴは二人を勉強部屋ではなく応接室へと案内した。部屋に入るとお菓子の甘い香りがする。シックな調度品で飾られた室内、テーブルの上にはケーキにクッキー、そしてティーカップが用意されていた。
「え?」
エルムが目を丸くする。メグもきょろきょろと周囲を見渡した。最奥にいたオリバーがメグたちのほうを振り向く。手元では魔術でお湯を沸かしているようだ。
「まずはゆっくりお茶でも飲みながら、お話ししようかと思いましてね。お二人は果実水でいいですか?」
エルムとメグが驚きつつも頷くと、ヒューゴがテーブルへと促す。
メグとエルムが椅子に座ると、ヒューゴが果実水を注いでくれる。しっかりと冷やされていたらしい果実水の入ったグラスがうっすらと曇った。透明なガラスは最近出回るようになったとメグはメイドから聞いていた。
お茶の入ったポットが用意され、オリバーとヒューゴも座ると、エルムが待ちきれない様子でヒューゴに図鑑の植物についてあれこれ質問を始めた。ヒューゴの返答を一言一句聞き漏らさないように真剣な顔をしているエルムを眺めながら、メグは口を開いた。
「メイドや執事は、いれないの?」
レージュ家の使用人は魔力の高い者が多い。室内でお湯を沸かしたり、飲み物を冷やしたり、日常的なことの魔術は魔力が高い使用人にやってもらえば効率的なのではとメグは思っていた。
その考えまで見えているのか、オリバーは少し気まずそうな顔をしながら頷く。
「爵位をいただいてはいますけれど、庶民の生まれですからね。お手伝いいただくのはどうにも落ち着かなくて。私の魔力量だと人を頼ったほうが早いのはわかっているのですが。ヒューゴはもちろん、私もまだ30歳にはなっていないですし、一応増える可能性も考えて断ったのです」
「30歳?」
「魔力量は30歳まで増えるのです。それまでは日常的に使っているほうがいいのですよ」
そう言うと、オリバーは紙とペンを出してきて簡単に人体図を描くと、右胸と左足、両掌に丸を付ける。
「生まれつきの魔力は右胸の真ん中にあるとされています。しかし、成長とともに左足、両掌にも魔力をためて置けるようになるのです。特に両掌は多く魔術を使うほどたくさんの量を使うことができるようになります」
「右胸の魔力量が変わることはないの?」
「けがなどの外的要因がない限り変わることはないですね。魔力が多いとされる人はこの右胸にある魔力が多い人を意味することが多いです。基礎魔力とも言います」
「……使った魔力は、どうやって回復するの?」
「食事や休息で自然に回復します。体力と一緒ですよ」
「そうなのね……」
メグはそれだけ言って黙り込む。考えている様子のメグをオリバーは嬉しそうに見つめた。
「魔力は外に出ると、どうなるの」
「式を使わないのであれば、即座に霧散します」
「式って?」
「魔力の通る道ですね。それに魔力を流し込むと魔術になります」
「魔力は式に流し込まないと形を成せない……」
メグは独り言のように呟きながら、果実水を一口飲んだ。さわやかな柑橘の酸味と蜂蜜の甘さがちょうどいい。
もう一口、と飲んでいると、オリバーが小さく笑った。視線の先には植物について熱く語っているヒューゴと熱心に聞くエルムの姿。
「雑談をしようと思ったのですが、結局勉強になってしまいましたね。魔術の式はいろいろなものがあります。しっかりお教えしますよ」
オリバーはそういうと、滑らかな所作でティーカップに口をつけた。メグの目には父が紅茶を飲むときと同じに見える。
「これも、学ばないといけないことですね。まぁ、私も教わった口ですが……」
メグの視線に気が付いたオリバーは少し恥ずかしそうだ。
「でもまずは、基盤となる勉学からですね。マーガレット様は私、エルム様はヒューゴという形になっていますが、内容次第では合同だったり、入れ替わることもあります。では、マーガレット様はまず、文字の手習いから。エルム様は基礎学問から学んでいきましょう」
オリバーを立ち上がると、奥の棚から紙の束を取り出し、メグの前に置いた。
紙には文字の手習いのためのなぞり書きと、絵と単語がセットになった問題集のようなものがあった。どちらも手作りのようだ。
エルムの前にもヒューゴの手によって手作りの教科書とノートが置かれていた。エルムは嬉しそうに教科書をめくってヒューゴにあれこれと尋ねている。
メグは自分に用意されたテキストを確認すると、席を立ち、オリバーの前で一礼した。
「よろしくお願いします。サドロスキー先生」
応援ありがとうございます!
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