拝啓、悪女だったあなたへ〜運命を呪いきれない私より〜

藤也いらいち

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悪女の覚悟と聖女の後悔

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「あなたにはこの子の母親になってほしいの」

 彼女は大きくなった自身の腹を愛おしそうに撫でながら言った。

「どのような意味……でしょうか」

 王太子妃である彼女が王室魔術師の私をわざわざ人払いをしてから部屋に招いた。
 私はその言葉の重さを感じながら、その一方で彼女が冗談よ、と言って笑ってくれるのを望む。
 数年前、王太子の婚約者候補だった私に彼女がそんな冗談を言うはずがないことも十分に理解していた。


 王太子が学園での青春を謳歌した結果うまれた、婚約者争いという名の茶番劇。
 天才魔術師と呼ばれ魔術で国民を助けることで支持を集めただけの私と、類い稀なる才覚と美貌を持ち幼い頃から高位貴族としての教育を受けた彼女。王太子は二人のうちどちらかと婚約すると宣言した。
 世間は巷で人気の戯曲のように私に聖女、彼女に悪女という役を面白おかしく当て嵌める。途端、私たちの青春は国中の見世物に成り果てた。
 懸命に王太子の婚約者の席を奪い合った私たちは、民衆の期待に沿う役者だったはずだ。

 結果は彼女の圧倒的な勝利だった。
 婚約者争いで生じたすべての問題を完璧に解決した彼女はとても優雅で尚且つ恐ろしくもあった。学園の卒業とともに私と彼女の関係は聖女と悪女から、王室魔術師と王太子妃へと変化したのだった。

「わかっているでしょう」

 美しい笑みをこちらに向ける彼女。王太子妃付きの医術師は王室魔術師の管轄である。報告は私のところにも上がってきていた。

 彼女の体は出産に堪えられない。

「私がなんとかします」

 彼女の生まれつき脆弱な体。そのための医療魔術の研究は学園に通っていたときからずっと続けていた。私は敵役だったはずの、彼女のための魔術を手放すことがどうしてもできなかった。それは今、この時のための魔術だ。そのはずなのだ。

「えぇ、あなたのことは信じているわ」

「それなら……なぜ」

 彼女の顔から笑みが消える。

「あなたのこと、信じているの。正しく現状を把握する力があるとね」

 彼女の状態はあまりにも悪い。今の私の力では、間に合わない。
 そこまで見透かされていることに気がつき、思わず言葉につまると、彼女は再び笑みを浮かべ、頷いた。

「そう、それでいいのよ」

 だから、お願いね。そう続けると、美しい所作で白湯のはいったカップに口をつける。

 静かな絶望が足音も立てずに背後に立つ。生きることを諦めて前を向く彼女を私は止められない。

「王室魔術師の誓約をお忘れですか……」

 搾り出した言葉は、伝統に触れる形式的なものの確認。王室魔術師は王族との婚姻はできない。私は王太子と結婚することはできない。
 この采配は婚約者争いの敗者となった聖女に用意されていた結末だった。

 彼女は静かに首を振る。

「殿下にはもう話をしてあるわ、この子は魔術師の、あなたの養子になるの。次の妃候補はもう見繕っているから安心なさい」

「どういう」

「この子は女の子よ、後継者にはならない。でも私は死ぬの」

 告げられたのは悪女にされた彼女の結末。

 あぁ、この冷静さが判断力が私は恐ろしかったのだ。それと同時に危ういと思っていたのだ。

 気にかけていたつもりだった。私が彼女の一番の味方であると信じていた。

 彼女が王太子の子を授かればこの結果を迎えることを、私だけは知っていた。

 だから、私は王太子妃の座を欲した。私の覚悟とその行動を、彼女は決して許してはくれなかったけれど。

 私の計画は、彼女の全身全霊を持って潰された。その様子は純粋で無知な聖女が狡猾で優秀な悪女に挑んでいくようにも見えただろう。

 その実、彼女は私に諦めるための時間をくれていたのだ。

 王太子に、民に、国に、すべてを捧げることを選んだ彼女は一人で自身の運命を受け入れ、子の命とその後の人生を思案し、答えをだしてから私を頼った。

 彼女にとって私はいつまでも甘ったれた聖女のままらしい。

 あぁ、本当に私が聖女のままであれば。神にこの身を捧げれば。この運命は訪れることはなかったのだろうか。

「わかりました。そのお話、お受けいたします。誠心誠意、立派な魔術師に育て上げましょう」

 そう答えると、彼女は静かに頭を下げた。

「あなたの気持ちを利用して人生を奪う私を、許さないでいて」

「無礼を承知で……許す日など、来ないでしょう」

 これはかつての私たちが呪った運命の末路なのだ。
 部屋を退室し、見えないように服の下につけているネックレスにそっと触れる。二つのペンダントトップがついたいびつな、彼女とのすこしの友情と呪いの証。

 かつて親友だった私たち。役割を選び、決別を選んだ私たち。そして、別れを拒んだ私たち。

 すべての選択を一つずつ積み上げて、最後に出来上がったものに私たちは名前をつけた。

「愛していた」

 それはどちらの言葉だったか。いや、私たちではない、どこかの誰かの言葉だったかもしれない。


 ネックレスは私たちの心の残滓。

「身につけることが許される立場になった方が二人分のネックレスをつけましょう」

 そう言われて彼女から贈られた小さな赤い石と青い石の二本のネックレス。赤い方は私、青い方は彼女が持っていた。

――赤はあなたの色、青は私の色でしょ? ――

 そんな、分かりきった確認は一度もしていない。

 王太子妃が彼女に決まったとき、手渡された青のネックレス。

「私はもう、自由にアクセサリーも選べなくなるの」

 そう言った彼女の笑顔の奥に小さな安堵と覚悟を見つけた。




 王太子妃の国葬は伝統に則って行われた。彼女の好きではない色の花に囲まれて、彼女の好きではない色のドレスに身を包み、彼女の好きではない、いや、大嫌いな、涙で溢れていた。

 彼女の子は私の子として扱われるよう念入りに根回しされた。
 死因が子の存在を決定づけると、妊娠、出産の事実も、なぜ彼女が死んだのかすらも彼女の両親は知ることはない。

 彼女の名は歴史の泥に沈む。


 幼子を胸に抱き、前に進む。
 愛しい私たちの子が健やかであるように、運命なんてものに憎しみを持たぬように。

『あなたの気持ちを利用して人生を奪う私を、許さないでいて』
――私を、忘れないで――

『無礼を承知で……許す日など、来ないでしょう』
――生涯、忘れることはないよ――


 拝啓 悪女だったあなたへ

 私はあなたとともに、この子と歩いていくわ。

 聖女だった私より 敬具
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