クリスマスに鍋

Kyrie

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クリスマスに鍋

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松本さん。
本人を呼ぶときのにそう言わなくなって長いけれど、心の中ではずっとずっと「松本さん」だ。その松本さんが小さな紙の箱と一緒に帰ってきた。
「ただいま、大輔」
「おかえり、夏紀さん」
俺が箱を受け取ると、松本さんは手を消毒したあと自室で着替えをし始めた。
俺は箱をそっと冷蔵庫に入れると、ガス台の土鍋に火をつけた。


今夜はクリスマス・イブだ。若い頃ならシャンパンかワイン、洒落たサラダにカルパッチョ、軽くつまめるピンチョス、オニオングラタンスープ、チキン、パンとそれに合うパテなどをテーブルに並べたものだった。
しかし、今では松本さんの希望でリビングにはこたつを置き、飲むのはビール。サラダは少し彩りをきれいにしてみたけれど、解凍した枝豆にパッケージを開けただけのクラッカーとクリームチーズ、チキンは俺の希望で出来合いの竜田揚げだし、断熱ボードと鍋敷きの上にはぐつぐつと音を立てている土鍋があった。

松本さんが部屋着でリビングにやってきた。
「大輔も遅かったんだろ。準備ありがとう」
「夏紀さんもプチ残業お疲れ様でした」
俺たちは定位置に座るとビールの缶を開け、グラスに注ぐと小さく「メリークリスマス」と言い、ぐびぐびとビールを飲んだ。

鍋を柚子のぽん酢で食べながら、松本さんと過ごすクリスマスは何回目だろうとぼんやり考えた。出会ってから毎年クリスマスを一緒に過ごしたわけではない。何度かくっついたり離れたりしながらここまで来た。
俺は松本さんと距離を取っていた。どうしても目で追ってしまう存在だったが、自分なんか相手にされないと思っていたので、報われそうもない想いはさっさとなきものにしたかった。
なし崩し的に付き合いが始まってしまったため、俺はいつまで経っても自分が松本さんの特別な存在であることに慣れなかった。

名前のこともそうだ。付き合いがそこそこ長くなり、ちょっと年上の松本さんが慣れたように俺を下の名前で呼ぶようになったのに対し、俺は頑なに「松本さん」と呼んでいた。元、とはいえ上司を下の名前で呼ぶのは抵抗があった。
松本さんが「名前で呼んでよ、大輔」と言っても呼ばずにいると、「また気が向いたら呼んでね」と大体は引き下がってくれていた。
しかし、そのときはセックスの途中で「俺の名前を呼んで」と耳元で荒い息と一緒に言われた。抱き合い下からリズミカルに腰を打ち付けられながらだったけど、それでも俺は「松本さん」と呼んだ。
ぴたりと松本さんの動きが止まった。
「お願いだから夏紀って呼んでよ、大輔」
ひどく情けない声だった。抱きしめられていたので見えなかったが、もしかしたら少し泣いていたのかもしれない。そんな情けない松本さんは初めてだった。俺は動揺した。
そう言えば、今日は強引に会う約束を昼休憩にさせられ、夕食もそこそこに松本さんの部屋に連れてこれらた。元気がなかった。いつもちょっと余裕ぶって、なにかあれば俺をからかっている松本さんとは違った。
俺は思わず呼んでしまった。
「………夏紀…さん」


「大輔、豆腐入れようか」
鍋用の小ぶりなお玉を持った松本さんに声をかけられた。
「うん。あと鶏も」
「うん。ね、今日の魚、なに?」
「カンパチ」
「いい出汁でてるな。シメの雑炊が楽しみ」
「俺も」
俺はよそってもらった豆腐をふうふうしながら食べる。
いつからだっただろう。こんなに気の抜けたクリスマスを過ごすようになったのは。鍋だよ、クリスマスに鍋。
「でもケーキも忘れずに」
松本さんが買ってきてくれたケーキだ。忘れないよ。冷蔵庫に入れたの俺だもん。
「うん、ちょこっと食べてケーキにしよう。雑炊、作ってくれる?」
「うん」
「そういや来月人間ドックだろ」
「それそれ。年末年始に飲み食いしたあとすぐだよ。数値あまりよくなくて当然。でも大輔もじゃなかった?」
「俺、2月。年度末近いから職場がピリピリしてストレスで数値悪くなりそう」
ここまで言って、俺は器と箸を置き、新しいビールの缶を開けた。
「ご飯がまずくなる。忘れて飲もう」
「ははははは。だな」
それぞれのグラスにビールをつぎ足し、改めて乾杯した。











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