キヨノさん

Kyrie

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第54話 銀のすすき原(2)

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静かな場所だった。

きんっと冷えた夜の空気。
刺すように鋭い月の光。
肌寒く感じる風にうねり揺らぐすすきの銀の穂。
すすきの葉がざわめくかと思うのに、その音さえも暗闇に吸い込まれている気がする。

ふるふると震えていたはずなのに、俺は暁の君様に抱かれ、その温かさに包まれている。
とても心地よい。
とろんとした気持ちで暁の君様を見上げる。

耳たぶには紅いきらきらする丸い宝石が輝いている。
目と同じ色だ。

ここから見える暁の君様は横顔だった。
横顔も綺麗だ。
鼻の形も美しく、その下の唇も赤く濡れている。

俺がじっと見ているのに気づき、目玉だけを動かして俺を見る。
綺麗な、赤い目。

白檀が甘く香る。




心地いいなぁ。

何度そう思ったことだろう。
もうなにも考えたくない。

もうなにかを失うことも
誰かを失うことも
寒いことも
暑いことも
待つことも
待たせることも
寂しいことも
悲しいことも
なにも考えたくない。


自然と頭を暁の君様に預ける。
暁の君様はなにもおっしゃらず、口の端でにっこりと笑うと俺の髪をなで始めた。
白く細い指が俺の髪をなぞる。

気持ちいい。


「キヨノ」

暁の君様は俺の耳のそばで囁くように俺の名を呼んだ。
嬉しくなった。
それから恥ずかしくなって、暁の君様の胸に顔を埋めた。
暁の君様は小さく笑うと、また俺の髪をなでてくれた。






このまま、もっと一緒にいたい。と思った。

なにも考えなくてもいいことが、こんなにも俺を楽にするのかとも感じた。

なにをしなくても、暁の君様にお任せしておけばいいんだ。

そう思うと、とても安心できた気になって俺はそっと目を閉じた。

暁の君様の指が髪からほっぺたに動いた。
すりりすりりと俺のほっぺたをなぞる。
くすぐったい。
そのうち耳たぶをくにくにとつまむ。
くすぐったくて、にやっとしてしまう。



首、舐められた。

ちゅっと首のあたりで音がした。

なにそれ。ぴりりと痛くて、そして気持ちいい。

またちゅっと音がした。

「ん」

鼻から声が抜けた。

これ、もっとされたら、俺、どうなるんだろう。








***


「キヨノさーーーーーーーーーーーーんっ」

遠くから小さな声が聞こえた気がした。

「ぁ、んっ」

首を強く吸われ、意識がそちらへ移る。
暁の君様。

またちゅっと音がした。





「キヨノさーーーーーーーーーんっっ」

今度はもっとはっきり聞こえた。

俺が首を動かして声の聞こえたほうを向こうとした。
すると暁の君様が俺の頭を抱えて、「キヨノ」と名前を呼んだ。

「ぁい」

返事をしたつもりが、うまく声が出なかった。




「キヨノさんっ」

大きく。
はっきりと。
とても近くで。
名前を呼ばれた。

俺は暁の君様の手から逃れて力強く首を動かし、声のするほうを見た。

「なりあきさまーーーーーーーっ!!!」


そこには闇を破り、白い寝間着姿で髪を乱しながら俺のほうに駆けてくるなりあきさまがいらした。
俺は暁の君様の腕から離れて、なりあきさまのところへ行こうとした。
しかし、君様の腕はびくともしない。
不思議に思って君様を見上げる。

「こざかしい子狐が」

鋭い眼光でなりあきさまを睨んでいらっしゃる。
俺は動けないので、「なりあきさまああああああっ」と叫んだ。

「キヨノさんっ」





なりあきさまが荒くなった息を整えながら、君様と俺のそばで止まった。

おや様、キヨノは私の伴侶でございます。どうぞお放しください」

なりあきさまが叫ぶ。

「おまえは我がか」

「はい」

「この者は私の大切な御方。放すわけにはまいらぬ。おまえは新しいのを見つけるがいい」

「いいえっ。キヨノは私の妻。祝言を挙げ、契りを交わした仲でございます。私の許にいるのがふさわしいのです」

「そうかな。この者の全身全霊で拒まれているのに、か」

君様の赤い瞳がぐるりと回り、なりあきさまを見た。
なりあきさまは下唇をぐっと噛んだ。

「暁の君様、お離しください。お…私はなりあきさまのところに行きたいです」

「ならぬぞ、キヨノ」

「どうして」

君様は俺を間近で見た。
赤い目がゆらりと燃えている。

「そなたは私のそばにいるのじゃ。寂しい思いも悲しい思いもさせぬ」

「でも」

「そうじゃ。そなた、成明なりあきらの力を安定させたいと願っておるな」

なんで。
なんで君様はそれをご存知なんだろう。
力が安定しないとぱれすのどこかに閉じ込められるかもしれない、とナメカワさまがおっしゃっていた。
そんなふうになってはだめだ。

俺は君様の揺らぐ赤い目玉から目が逸らせなくなっている。

「私になら、できる」

「ほ、本当ごございますか」

「ええ、私は成明の祖。いともたやすいこと。
それに加えて」

君様は赤い唇を左右に引いて美しく微笑んだ。

「暴走してそなたに嫌われているそれも、解消することもできる」

「え」

「まことじゃ」

「それって、なりあきさまに俺が近づいても大丈夫ってこと?」

「そうじゃ」

「なりあきさまの手にふれても、抱きしめてもなにも起こらないってこと?」

「ああ、そうじゃ。成明がキヨノにふれてもそなたは一切拒むことをせず、受け入れることができる」

それは……

もしそうなったら、それは、なんて、嬉しい……




「キヨノさんっ、だめです」

なりあきさまが大声で呼びかける。

どうしてだめなのでしょう。

「祖様のすすめを受け入れてしまえば、私たちは二度と会えなくなる」



「そうなのですか、君様」

「成明に力を施すにはそなたが私のそばにいることを誓う必要がある。
どのみち成明は不要であろう。成明は己が住むところへ帰り、キヨノは私と共にいるのだから」

なりあきさまと会えなくなる?
なりあきさまと一緒にいられるなくなる?

「成明の力は安定し、小賢しいスメラギの地下牢に閉じ込められる心配もなくなる。
どうじゃ、キヨノ。成明のためにもここに留まるといい」

君様はよく響く声で俺の耳にむかって囁いた。


なりあきさまのために?
閉じ込められる心配もなくなる?



もしなりあきさまの力の暴走が止まらず、ナメカワさまのとらえられてしまったら。


少し考えただけでも身が震えるほどいやなものだった。
怖くて俺は君様のお袖に思わずすがった。












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