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第56話 銀のすすき原(4)
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不意に風が止まった。
バシャン、と派手な音がして、なりあきさまと俺は暗闇のどこかに放り出された。
落ちたところは濡れていて、雨も降っていた。
俺はなりあきさまに包まれていたので、ほとんど痛くなかった。
「キヨノさん」
「なりあきさま」
「ご無事ですか」
「はい。なりあきさまは?」
「ええ、大丈夫です。ですが離れないでください。ここは一体どこだ」
闇の中、俺を目を凝らす。
ざわざわと葉擦れの音。目が慣れるとぼんやりとなにかの影をなんとなく感じる。
「あれ……。あれは、お庭の桜?」
地面に座ったままなりあきさまと抱き合いながら、見上げた影に見覚えがあった。
かっかっかっ、と下駄で誰かが走ってくる。
傘とカンテラが揺れている。
「旦那様っ?!キヨノさんっ?!」
「小林さんっ!」
俺が叫ぶとカンテラの光に照らされた寝間着姿の小林さんの顔が変わった。
それからが大変だった。
雨に濡れた地面に放り出された俺たちはもちろんどろどろになっていたので、「今は湯を沸かしている時間はないです」と小林さんに言われ、そのまま井戸まで連れていかれ、何度も水を頭からかけられた。
いくら春ではないといっても、水は冷たかった。
それからそのまま湯殿に連れていかれ、着ていたどろどろの寝間着を脱がされるとまた水をかけられた。
ふわりとした大判のたおるでなりあきさまにごしごしと拭かれる。
「これしか見つかりません」と小林さんが持ってきた洋風のぱじゃまという寝間着を着たが、なりあきさまのものだったので、ぶかぶかだった。
特にずぼんはずれるし、長すぎるし、困った。
なりあきさまが器用にずぼんの上を折って腰紐で結わえてくれたが、なんとも心もとない。
ずぼんの裾は何度も折り上げたが、生地が柔らかいのですぐに下りてきてしまう。
ご自分のぱじゃまを着たなりあきさまは笑いながら、「肩を冷やさないように」と新しい大判のたおるを肩からすっぽりとかけてくれた。
ご自分でも肩にたおるをかけると「よいしょ」と俺を持ち上げた。
「え。自分で歩けます」
「ズボンがずれるでしょう。少しの間です、我慢してください」
なりあきさまは笑いながら、小林さんと歩き出した。
連れていかれたのは厨房だった。
そこには寝間着姿の川崎さんと藤代さんが必死にお湯を沸かしていた。
「火のそばにどうぞ」と言われたので、俺たちは二人の邪魔にならないようにしながら火に当たった。
冷水で身体が冷え切っていたので、ありがたかった。
明るいところで見ると、なりあきさまの唇は血の気をなくし紫色になっていた。
俺がそれを言うと、「キヨノさんもですよ」と答えてなりあきさまは俺の肩や腕をたおる越しに力を込めてさすってくれた。
俺の寝間着もシノさんやハナさんならどこにあるかすぐにわかるそうだけど、二人は女性でみだりに寝間着姿を見せるわけにはいかないので、と小林さんが俺にすまなさそうに言った。
俺は首を横に振って「大丈夫」と伝えた。
藤代さんは泣きながら湯を沸かしていた。
「私の、力が足りないばっかりに……」
ナメカワさまがおっしゃっていたが、藤代さんが張った結界がすぐに破られたことで自分を責めていた。
「私が中川も連れていったせいだよ。藤代、すまなかったね」
「藤代さん、俺、帰ってきました」
「無事にお帰りになればいい、ってもんじゃないんですよう」
いつまでも泣く藤代さんに川崎さんが「ちんたら泣いてないで、さっさと湯を沸かせ」と持っていた火吹き棒で藤代さんをつっついた。
「ふぁい」と藤代さんは答え、手にしていた火吹き棒を吹いて火に空気を送った。
川崎さんも汗をだらだらとかきながら、湯を沸かしてくれた。
大鍋二つぶんの湯は二つのたらいに移され、水を足すと俺たちの足元に置かれた。
「足湯です。今晩は風呂は沸かせませんが、これで温まると思いますよ」
川崎さんに言われ、なりあきさまにうながされ、俺はそっと足首まで湯につけてみた。熱めの湯が気持ちいい。
足の先から温かさが全身に回る気がした。
「気持ちいい」
「そうですね、キヨノさん」
隣りに座るなりあきさまも「はぁ」と気持ちよさそうな声を上げていた。
湯はすぐに冷めてしまうので、たし湯をしながら足をつける。
川崎さんがほうじ茶を淹れてくれたので、みんなで飲んだ。
身体が内側から温まってくる。
うちにいて、横にはなりあきさまがいて、雨に濡れていなくて、夜風にも吹かれていない。
ああ、なんて安心できるんだろう。
俺は思わず横に座るなりあきさまに頭をこてんとつけていた。
「眠いですか」
「いいぇ」
「お疲れでしょう。身体が温まったから休みましょう」
「はぃ」
「皆もありがとう。明日の朝はゆっくりしてくれ。
行きましょう、キヨノさん」
俺がぼぉっとしている間になりあきさまが足を拭いてくれ、また抱え上げられなりあきさまのベッドに連れていかれた。
「おやすみなさい、キヨノさん」
「ふぁぃ、なりあきさ…ぁ」
***
一夜明けると早朝に土御門のお屋敷から電話がかかってきて、なりあきさまがこちらに戻っていらっしゃるとわかると、中川さんと佐伯さんが車で帰ってくる、と連絡があった。
シノさんとハナさんと、それからまた藤代さんがなりあきさまと俺を見ると泣き出した。
川崎さんは朝食に焼きおにぎりとお揚げさんの味噌汁を出してくれた。
夕方近くになって戻ってきた中川さんと佐伯さんに会うと、「よろしゅうございました」と中川さんが涙した。
翌日、なりあきさまはさっそくぱれすに向かい、これまでのことをスメラギさまにご報告した。
スメラギさまは頭を抱えながら、怒っていらしたらしい。
「ただでさえ傾国の狐出現で頭が痛いのに、それに加えて暁の君を取り込んだ、とはどういうことだ。
おまえが暴走したときにはどうすればいいんだ。
ああ、頭痛のタネが二倍になったではないか」
そうおっしゃりながらも、なりあきさまの力が安定してことは喜んでくださった。
俺はと言えば、ほくろが三つ増えた。
暁の君様が俺の首と鎖骨のところにつけた赤い痣は時間が経っても消えなかった。
なりあきさまがなんとかしようと力を使ったが、消すことはできず、ほくろに換えるのが精一杯だったそうだ。
「とても不愉快です」となりあきさまは怒っていらしたが、そのお顔にはにやりと笑う暁の君様の名残もあった。
***
すすきの原から屋敷に戻され、くたびれきってなりあきさまと抱き合って眠った翌朝。俺は早くに目を覚ました。
すぐには自分がどこにいるのかわからなかった。
腹に回された腕に驚き、そしてそれがなりあきさまのものだとわかると全身がかっと熱くなった。
俺、なりあきさまとハグ、してる。
ハグして、寝てる。
なりあきさまのベッドで寝てる。
これ、夢?
あまりの驚いてごそごそしてしまい、なりあきさまを起こしてしまった。
「……ん?キヨノさん、お目覚めですか」
「す、みません。まだお休みください」
「え、どうして」
なりあきさまが少しだけ身を起こし、俺の頬を両手で包むと顔を覗き込んでいらした。
なりあきさまの目の奥には青い炎が躍っている。
「キヨノさん」
「は、はい」
「ただいま」
「お……かえりなさい、ませ?」
「長い間お待たせしました」
「はぁ」
「思い切りハグしましょう、キヨノさん」
俺はぎゅううううううっとなりあきさまに抱きしめられた。
なりあきさまに。
あの、なりあきさまに。
やっと。
やっとだ。
今、抱きしめてくれているのは、なりあきさまだ!
「なりあきさまぁっ」
俺もなりあきさまの背中に腕を回し、思いっきり力を込めた。
ああ、なりあきさまなりあきさまなりあきさま。
しばらく抱き合ったあと、なりあきさまがまた俺の顔をのぞき込んだ。
なんだろうと思っていると「キス、しましょう」となりあきさまが囁いた。
どきりとした。ほっぺたが一瞬であっつあつになった。
なりあきさまがおかしそうに笑った。
え
なりあきさまの顔が近づいてきたので、ぎゅっと目を閉じた。
だけど。
さっき見たあれは。
なりあきさまの、くっきりと紫の瞳。
『そうですよ、キヨノさん』
『なりあきさま』
『恐ろしいことに私は祖様を取り込んでしまった』
「ふぁっ?!」
俺が唇を合わせているのに声を上げたので、なりあきさまは少し不満げなお顔をし、そしてまた深く唇を重ねた。
『私を制御できるのは祖様しかいらっしゃらず、そして祖様がいらっしゃればキヨノさんにふれることができる』
………
『私は不愉快ですよ。祖様も私を通してキヨノさんにふれることができるだなんて』
暁の君様…
『だけど、今はお力をお借りするほうが得策です。
こうでもしないと、キヨノさんにずっとふれることができない』
『はぁ』
『おや、キヨノさん。ご不満ですか』
『いえ、いや、なんだかよくわかっていなくて』
『祖様に乗っ取られないようにしますから、ご安心ください。
お陰で、と申しましょうか、力は安定している。
気を抜けば暴走しそうな不安定さがなくなりました』
『よかった、の?』
『ええ、よかったのですよ。
だから、ほら、こうやってキヨノさんとキスできる。
ね、もっと舌を絡めて』
「あ、ぅうっ」
『お嫌ですか』
『ぅうん』
『よかった。ずっとキヨノさんとハグやキスがしたかった。
泣いている貴方を抱きしめたかった』
『なりあきさま』
『はい』
俺も
『俺もとっても嬉しい。なりあきさまとキスできて、嬉しい』
『キヨノさんっ』
俺はなりあきさまにぎゅうぎゅう抱きついたまま、ぐちゅぐちゅと音がするキスを朝っぱらからしてしまった。
あまりに激しくて唇を離されたあとは目が回って、ベッドに倒れ込んだ。
そんな俺を紫の目で見たなりあきさまはにやりと笑った。
暁の君様かよぉ。
「おはようございます、キヨノさん。
そろそろ起きましょうか。
今日はきっと忙しいですよ。
中川と佐伯を土御門に残してきてしまったし、屋敷の者も心配しているでしょう」
やたらと元気ななりあきさまを俺はベッドの中から見ていた。
「キヨノさん?」
「はーい」
俺は返事をして、ベッドから出た。
今朝は明るいな。
梅雨明けももうすぐかな。
銀のすすき原 了
**
ブログ更新 第一部・完、みたいな? / キヨノさん 第56話
https://etocoria.blogspot.com/2020/07/kiyonosan-56.html
バシャン、と派手な音がして、なりあきさまと俺は暗闇のどこかに放り出された。
落ちたところは濡れていて、雨も降っていた。
俺はなりあきさまに包まれていたので、ほとんど痛くなかった。
「キヨノさん」
「なりあきさま」
「ご無事ですか」
「はい。なりあきさまは?」
「ええ、大丈夫です。ですが離れないでください。ここは一体どこだ」
闇の中、俺を目を凝らす。
ざわざわと葉擦れの音。目が慣れるとぼんやりとなにかの影をなんとなく感じる。
「あれ……。あれは、お庭の桜?」
地面に座ったままなりあきさまと抱き合いながら、見上げた影に見覚えがあった。
かっかっかっ、と下駄で誰かが走ってくる。
傘とカンテラが揺れている。
「旦那様っ?!キヨノさんっ?!」
「小林さんっ!」
俺が叫ぶとカンテラの光に照らされた寝間着姿の小林さんの顔が変わった。
それからが大変だった。
雨に濡れた地面に放り出された俺たちはもちろんどろどろになっていたので、「今は湯を沸かしている時間はないです」と小林さんに言われ、そのまま井戸まで連れていかれ、何度も水を頭からかけられた。
いくら春ではないといっても、水は冷たかった。
それからそのまま湯殿に連れていかれ、着ていたどろどろの寝間着を脱がされるとまた水をかけられた。
ふわりとした大判のたおるでなりあきさまにごしごしと拭かれる。
「これしか見つかりません」と小林さんが持ってきた洋風のぱじゃまという寝間着を着たが、なりあきさまのものだったので、ぶかぶかだった。
特にずぼんはずれるし、長すぎるし、困った。
なりあきさまが器用にずぼんの上を折って腰紐で結わえてくれたが、なんとも心もとない。
ずぼんの裾は何度も折り上げたが、生地が柔らかいのですぐに下りてきてしまう。
ご自分のぱじゃまを着たなりあきさまは笑いながら、「肩を冷やさないように」と新しい大判のたおるを肩からすっぽりとかけてくれた。
ご自分でも肩にたおるをかけると「よいしょ」と俺を持ち上げた。
「え。自分で歩けます」
「ズボンがずれるでしょう。少しの間です、我慢してください」
なりあきさまは笑いながら、小林さんと歩き出した。
連れていかれたのは厨房だった。
そこには寝間着姿の川崎さんと藤代さんが必死にお湯を沸かしていた。
「火のそばにどうぞ」と言われたので、俺たちは二人の邪魔にならないようにしながら火に当たった。
冷水で身体が冷え切っていたので、ありがたかった。
明るいところで見ると、なりあきさまの唇は血の気をなくし紫色になっていた。
俺がそれを言うと、「キヨノさんもですよ」と答えてなりあきさまは俺の肩や腕をたおる越しに力を込めてさすってくれた。
俺の寝間着もシノさんやハナさんならどこにあるかすぐにわかるそうだけど、二人は女性でみだりに寝間着姿を見せるわけにはいかないので、と小林さんが俺にすまなさそうに言った。
俺は首を横に振って「大丈夫」と伝えた。
藤代さんは泣きながら湯を沸かしていた。
「私の、力が足りないばっかりに……」
ナメカワさまがおっしゃっていたが、藤代さんが張った結界がすぐに破られたことで自分を責めていた。
「私が中川も連れていったせいだよ。藤代、すまなかったね」
「藤代さん、俺、帰ってきました」
「無事にお帰りになればいい、ってもんじゃないんですよう」
いつまでも泣く藤代さんに川崎さんが「ちんたら泣いてないで、さっさと湯を沸かせ」と持っていた火吹き棒で藤代さんをつっついた。
「ふぁい」と藤代さんは答え、手にしていた火吹き棒を吹いて火に空気を送った。
川崎さんも汗をだらだらとかきながら、湯を沸かしてくれた。
大鍋二つぶんの湯は二つのたらいに移され、水を足すと俺たちの足元に置かれた。
「足湯です。今晩は風呂は沸かせませんが、これで温まると思いますよ」
川崎さんに言われ、なりあきさまにうながされ、俺はそっと足首まで湯につけてみた。熱めの湯が気持ちいい。
足の先から温かさが全身に回る気がした。
「気持ちいい」
「そうですね、キヨノさん」
隣りに座るなりあきさまも「はぁ」と気持ちよさそうな声を上げていた。
湯はすぐに冷めてしまうので、たし湯をしながら足をつける。
川崎さんがほうじ茶を淹れてくれたので、みんなで飲んだ。
身体が内側から温まってくる。
うちにいて、横にはなりあきさまがいて、雨に濡れていなくて、夜風にも吹かれていない。
ああ、なんて安心できるんだろう。
俺は思わず横に座るなりあきさまに頭をこてんとつけていた。
「眠いですか」
「いいぇ」
「お疲れでしょう。身体が温まったから休みましょう」
「はぃ」
「皆もありがとう。明日の朝はゆっくりしてくれ。
行きましょう、キヨノさん」
俺がぼぉっとしている間になりあきさまが足を拭いてくれ、また抱え上げられなりあきさまのベッドに連れていかれた。
「おやすみなさい、キヨノさん」
「ふぁぃ、なりあきさ…ぁ」
***
一夜明けると早朝に土御門のお屋敷から電話がかかってきて、なりあきさまがこちらに戻っていらっしゃるとわかると、中川さんと佐伯さんが車で帰ってくる、と連絡があった。
シノさんとハナさんと、それからまた藤代さんがなりあきさまと俺を見ると泣き出した。
川崎さんは朝食に焼きおにぎりとお揚げさんの味噌汁を出してくれた。
夕方近くになって戻ってきた中川さんと佐伯さんに会うと、「よろしゅうございました」と中川さんが涙した。
翌日、なりあきさまはさっそくぱれすに向かい、これまでのことをスメラギさまにご報告した。
スメラギさまは頭を抱えながら、怒っていらしたらしい。
「ただでさえ傾国の狐出現で頭が痛いのに、それに加えて暁の君を取り込んだ、とはどういうことだ。
おまえが暴走したときにはどうすればいいんだ。
ああ、頭痛のタネが二倍になったではないか」
そうおっしゃりながらも、なりあきさまの力が安定してことは喜んでくださった。
俺はと言えば、ほくろが三つ増えた。
暁の君様が俺の首と鎖骨のところにつけた赤い痣は時間が経っても消えなかった。
なりあきさまがなんとかしようと力を使ったが、消すことはできず、ほくろに換えるのが精一杯だったそうだ。
「とても不愉快です」となりあきさまは怒っていらしたが、そのお顔にはにやりと笑う暁の君様の名残もあった。
***
すすきの原から屋敷に戻され、くたびれきってなりあきさまと抱き合って眠った翌朝。俺は早くに目を覚ました。
すぐには自分がどこにいるのかわからなかった。
腹に回された腕に驚き、そしてそれがなりあきさまのものだとわかると全身がかっと熱くなった。
俺、なりあきさまとハグ、してる。
ハグして、寝てる。
なりあきさまのベッドで寝てる。
これ、夢?
あまりの驚いてごそごそしてしまい、なりあきさまを起こしてしまった。
「……ん?キヨノさん、お目覚めですか」
「す、みません。まだお休みください」
「え、どうして」
なりあきさまが少しだけ身を起こし、俺の頬を両手で包むと顔を覗き込んでいらした。
なりあきさまの目の奥には青い炎が躍っている。
「キヨノさん」
「は、はい」
「ただいま」
「お……かえりなさい、ませ?」
「長い間お待たせしました」
「はぁ」
「思い切りハグしましょう、キヨノさん」
俺はぎゅううううううっとなりあきさまに抱きしめられた。
なりあきさまに。
あの、なりあきさまに。
やっと。
やっとだ。
今、抱きしめてくれているのは、なりあきさまだ!
「なりあきさまぁっ」
俺もなりあきさまの背中に腕を回し、思いっきり力を込めた。
ああ、なりあきさまなりあきさまなりあきさま。
しばらく抱き合ったあと、なりあきさまがまた俺の顔をのぞき込んだ。
なんだろうと思っていると「キス、しましょう」となりあきさまが囁いた。
どきりとした。ほっぺたが一瞬であっつあつになった。
なりあきさまがおかしそうに笑った。
え
なりあきさまの顔が近づいてきたので、ぎゅっと目を閉じた。
だけど。
さっき見たあれは。
なりあきさまの、くっきりと紫の瞳。
『そうですよ、キヨノさん』
『なりあきさま』
『恐ろしいことに私は祖様を取り込んでしまった』
「ふぁっ?!」
俺が唇を合わせているのに声を上げたので、なりあきさまは少し不満げなお顔をし、そしてまた深く唇を重ねた。
『私を制御できるのは祖様しかいらっしゃらず、そして祖様がいらっしゃればキヨノさんにふれることができる』
………
『私は不愉快ですよ。祖様も私を通してキヨノさんにふれることができるだなんて』
暁の君様…
『だけど、今はお力をお借りするほうが得策です。
こうでもしないと、キヨノさんにずっとふれることができない』
『はぁ』
『おや、キヨノさん。ご不満ですか』
『いえ、いや、なんだかよくわかっていなくて』
『祖様に乗っ取られないようにしますから、ご安心ください。
お陰で、と申しましょうか、力は安定している。
気を抜けば暴走しそうな不安定さがなくなりました』
『よかった、の?』
『ええ、よかったのですよ。
だから、ほら、こうやってキヨノさんとキスできる。
ね、もっと舌を絡めて』
「あ、ぅうっ」
『お嫌ですか』
『ぅうん』
『よかった。ずっとキヨノさんとハグやキスがしたかった。
泣いている貴方を抱きしめたかった』
『なりあきさま』
『はい』
俺も
『俺もとっても嬉しい。なりあきさまとキスできて、嬉しい』
『キヨノさんっ』
俺はなりあきさまにぎゅうぎゅう抱きついたまま、ぐちゅぐちゅと音がするキスを朝っぱらからしてしまった。
あまりに激しくて唇を離されたあとは目が回って、ベッドに倒れ込んだ。
そんな俺を紫の目で見たなりあきさまはにやりと笑った。
暁の君様かよぉ。
「おはようございます、キヨノさん。
そろそろ起きましょうか。
今日はきっと忙しいですよ。
中川と佐伯を土御門に残してきてしまったし、屋敷の者も心配しているでしょう」
やたらと元気ななりあきさまを俺はベッドの中から見ていた。
「キヨノさん?」
「はーい」
俺は返事をして、ベッドから出た。
今朝は明るいな。
梅雨明けももうすぐかな。
銀のすすき原 了
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