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番外編 第48話 ぽつんと
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アルベルトたち使用人たちを従え待っていると、馬車が屋敷に入ってきた。
正面のドアの前で止まると颯爽とダ・カンが降り、手を差し出し妻のサユーラが降りるのを手伝った。
サユーラは夫に礼を言うと久しぶりに会う息子にハグをし、挨拶をした。
屋敷に主が帰ってきた。
要職に就く者は半期ごとに王都と領地を行き来するのが、新しいメリニャでのやり方となった。
ひとりの人物に権限が集中することを避け、また国の隅々まで広がる領地を自ら治めることにより、王都でも情報が集めることができる。
以前はロダも父と共に王都と領地を行き来していたが、兄が倒れたという知らせで王都に戻ってからというもの、父とは入れ違いで行き来している。
行った先で采配を振るう。
自分の力量が問われるのでロダも気は抜けないが、王都にはアルベルト、領地には同じように古くからダ・カンに仕えている頼もしい地元の男がいるので安心ではある。
3日後、ロダが領地へ旅立つことになっていた。
旅装を解き、ひとしきり両親がくつろぐとロダは父の元へ行った。
「どうした」
「お願いがあります」
「なんだ」
「このたびの領地入りの際、アルベルトを私の世話係として同行したいと思います」
「願い、というよりは決定事項のようだが?」
カヤによく似た形の深い茶色の目をしてダ・カンは息子を見る。
ロダの瞳は何も語らない。
「まぁ、アルベルトにはカヤのことでずっと苦労をかけているからな。
カヤも落ち着いたことだし、骨休みにいいか」
「はい」
「アルベルトに余計な心配をかけるなよ」
「はい」
どこまでなにを察したのか、ダ・カンの目もまたなにも語らなかったが、とりあえず許可が下りたので、ロダは礼を言って父の部屋から出た。
急にロダの世話係として領地に同行することを告げられたアルベルトは驚いた。
「それは、私のここでの働きがよくない、ということでしょうか」
「そんなことは言っていないだろう、アルベルト」
ロダは淡々と言う。
「おまえがいなければ、ダ・カンの屋敷はすでに崩壊していたよ。
ただ、トゥーモの力も見ておかなければね」
トゥーモとはアルベルトが自分の後継者にと期待している使用人のひとりであった。
「アルベルトがいればどうしてもトゥーモもおまえを頼ってしまう。
それに今なら父もいるだろう」
「しかし」
「決定事項だ。
準備をしておけ。
あちらはここより冷えるそうだ」
ロダはそう言い切り、アルベルトを下がらせた。
3日後、ロダはアルベルトや護衛の者を連れて領地へと旅立った。
***
ダ・カンの領地は、メリニャの国がこんなに巨大になる前の北西の端にあった。
国境に近く、砦も築かれていて、豊かな土壌で収穫されたものをそこに収めてもいた。
戦いで近隣諸国を吸収したため今の国境はもっと遠くなり、のんびりとしたたたずまいである。
ダ・カンの領地に屋敷も小ぢんまりしており、使用人も王都に比べると随分少ない。
今は収穫の時期も終わり、やや冷え込んでくる時期だった。
この静かな環境でロダは領地を治めながら、財務官になる勉強をするつもりだった。
父は財務大臣をしているが、新しい王になってから世襲制が廃止された。
幼少期から財務大臣になることを期待され、それに応えようと教育され生きてきたのでそのままの道を進むことにした。
今は候補生として財務官について王宮で仕事を手伝ったり、勉強をしたりしている。
領地に赴くときは候補生として職務から離れるので不利だったが、その分、見えてくるものが大きかった。
ロダは自分の置かれた状況に不満はなかった。
昼間はアルベルトを従え、領地を見て回った。
収穫が終わり、農具の手入れや家の修理をしている者が多かった。
ロダがやってくるとおおむね歓迎され、持ち寄られた料理とまだ若いワインで乾杯をした。
領主の息子がこんなところで食事をするのはアルベルトとしては不満であったが、少年の時から親の目を盗んでロダが農作業を本気で手伝っているのを知っている。
日に焼け、ドロドロになりながら農作業をしているロダは楽しそうだった。
兄を解放するために親と家の期待に応えているロダを一番長くそばで見ていたのが、アルベルトだった。
その日、ロダは午前中書類仕事をし、午後からは勉強をするために屋敷の自室に籠もっていた。
軽いノックの音がしてふわりと紅茶の香りがした。
「ロダ様、あまり根を詰めるのは返って効率的ではありませんよ。
少し休憩をなさってはいかがですか」
アルベルトが小さなトレイを持っていて、窓際の小さなテーブルに置いた。
「ん?
あぁ、そうだね」
ロダが大きく伸びをしてにっこりと笑った。
が、トレイの中を見て少し不満そうにした。
「カップの数が足りないようだけど」
「どなたかお客様でしょうか」
「おまえのだよ、アルベルト」
「まだそんなことを」
「じゃあ、座るだけ座ってくれ。
落ち着かないから」
アルベルトに一脚しかないテーブルとおそろいの椅子を勧め、自分は先ほどまで勉強をしていたときの椅子を持ってきて座った。
こうなっては頑固に引かないのを知っていて、大袈裟に溜息をつき、アルベルトはしぶしぶ座った。
「次からはおまえのも持っておいで、アルベルト」
「わたくしはお世話係ですから」
「ここは王都じゃない。
少しぐらい、羽根を伸ばしてはどうだ?
多少は目をつぶってやれるし、俺はきちんと勉強や仕事をするから監視役はいらないよ」
「ならばわたくしを王都に帰してください。
ここで私はなにをしたらいいのか、大変困っていますよ」
珍しくアルベルトの語気が粗くなった。
領地に屋敷には昔からの使用人がいる。
かつてアルベルトがここに来たときにはカヤとロダの世話係だったし、あるいはダ・カンの補佐としてだったので仕事はたくさんあった。
最近は王都の屋敷を任されているので、ここに来るのは久しぶりだった。
だが、理由もよくわからないままロダに領地に連れてこられ、仕事と言ってもやんちゃをする子どもでもなく、領主代理としての仕事はロダ一人で十分にこなせる。
やることがなく、まさか自分がロダの領地回りについて行ったり、休憩のためのお茶を淹れることが待ち遠しくなるとは思ってもみなかった。
「やりたいことはないの、アルベルト?
あなたはカヤと俺の兄弟にも、両親にも十分に尽くしてくれた。
兄も落ち着いたし、自分の幸せを考えたことはないのか」
「突然なにを言い出すのかと思えば」
呆れたように言葉を発し、「ばかばかしいことを言ってないで王都に戻してください」と続けようとしたが、そうできない紺碧の瞳の強さに自分が世話をしてきた兄弟に弟も大人になったのだと知った。
「ずっと、気になっていた。
アルベルトが幸せになってもいいのに、とずっと思っていた。
私たち家族はあなたに甘えすぎていた」
「……」
「結婚は?
恋人は?
なにか好きなものは?
ほしいものは?
行きたいところは?」
滑稽なほど真剣なロダにアルベルトは口の端を上げて卑屈な笑みを浮かべた。
「あなたもご存じでしょう。
私は子をなすことができません。
それで誰かを恨んではいませんが、女性にはあまりウケがよくありませんでした。
元来、そういったものには疎いのですよ。
好きなことは仕事、ほしいものはご主人様や奥様、そして坊ちゃまがたの幸せ、行きたいところ、というか、帰りたいところは王都ですかね」
アルベルトは小さなやんちゃ坊主だったカヤをかばって、大切な箇所に大怪我を負ってしまい、排泄はできるが生殖の機能は失っていた。
カヤはそれの罪悪感を覚え、強く強くなるのだと知恵と力と技を身につけると傭兵として家を出た。
時々、カヤからアルベルトあてにいくらか送金されているのもロダは知っていた。
それを全額ダ・カンに渡していたことも。
「さて」
アルベルトが椅子から立ち上がる。
言い返せずしゅんとしているロダに一瞥を送るが、この坊ちゃまに振り回されてばかりもいられない。
一礼をしてドアへ向かおうと身体の向きを変えた。
低い声がした。
「ならば」
アルベルトが動きを止め、振り返る。
両手を真っ白になるほど硬く組んで床を見つめているロダがうめくように声を絞り出す。
「私はまた置いていかれるのか」
ロダには泣きじゃくる少年が見えた。
『兄上が突然、騎士養成学校に入ったって本当?
また僕を置いていっちゃったの?』
ロダはいつも3つ違いの兄に置いていかれていた。
一緒に遊ぶ約束をしていても黙ってどこかに行ってしまう。
馬の遠乗りもまだ小さいから、馬に乗れないからと父と兄だけで行ってしまう。
母は屋敷を取り仕切るか父の世話をすることが多かった。
ひとり残され、ロダは泣いていた。
アルベルトもまた、ダ・カンやカヤについていってしまう。
自分の大切な人は自分ではなく、別の人のところに行ってしまうのだと思っていた。
悪意があったわけでも意地悪をしたわけでもない。
ただ兄は小さいうちから自分の力で歩んでいたし、両親も忙しいさなかだった。
屋敷の中で一番小さいロダは「いい子にしているんだよ」の言葉に忠実だった。
カヤが騎士養成学校に入り、家を出て寮生活になってからは両親やアルベルト、そして屋敷の使用人の関心が自分に向いたのがわかった。
それは嬉しくもあったが、虚しくもあった。
兄がずっとこの屋敷に居続けていたら、こんなに関心を持ってもらえなかっただろう。
カヤのことを溺愛しているアルベルトとは、「カヤを一緒に心配する人」としてロダの中に位置づいた。
ただたまに大嵐の夜や世話をしていた小鳥が亡くなったときには、アルベルトは一晩中そばにいてくれた。
それまでも世話係として関りはあるのに、そのときの手の温もりだけはずっと覚えていた。
「あなたもまだ私の手を煩わせたいのですか、坊ちゃま」
気がつくと、アルベルトはロダのそばに立ち、肩に手を置いていた。
「おまえがいなくては、俺の世話をする者がいないだろう」
「この屋敷にも適任者はいますよ」
「……」
「しかし」
「……」
「皆さん、お忙しそうだしうちの坊ちゃまは兄弟そろってわがままで好みがうるさいですからね。
余計な仕事を増やすわけにはいきません」
アルベルトがニヤリと笑った。
「置いていきやしませんよ」
「そうか」
ロダは顔を上げ、ゆったりと笑った。
「ならば、王都に帰りたいとそう再々言うな。
あとここに飲み物を持ってくるときにはおまえのも持っておいで」
「おやおや、とんだ甘えん坊さんだ」
2人は顔を見合わせると噴き出して、笑った。
***
舞台裏 第47話のアキトとマーガスについて
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正面のドアの前で止まると颯爽とダ・カンが降り、手を差し出し妻のサユーラが降りるのを手伝った。
サユーラは夫に礼を言うと久しぶりに会う息子にハグをし、挨拶をした。
屋敷に主が帰ってきた。
要職に就く者は半期ごとに王都と領地を行き来するのが、新しいメリニャでのやり方となった。
ひとりの人物に権限が集中することを避け、また国の隅々まで広がる領地を自ら治めることにより、王都でも情報が集めることができる。
以前はロダも父と共に王都と領地を行き来していたが、兄が倒れたという知らせで王都に戻ってからというもの、父とは入れ違いで行き来している。
行った先で采配を振るう。
自分の力量が問われるのでロダも気は抜けないが、王都にはアルベルト、領地には同じように古くからダ・カンに仕えている頼もしい地元の男がいるので安心ではある。
3日後、ロダが領地へ旅立つことになっていた。
旅装を解き、ひとしきり両親がくつろぐとロダは父の元へ行った。
「どうした」
「お願いがあります」
「なんだ」
「このたびの領地入りの際、アルベルトを私の世話係として同行したいと思います」
「願い、というよりは決定事項のようだが?」
カヤによく似た形の深い茶色の目をしてダ・カンは息子を見る。
ロダの瞳は何も語らない。
「まぁ、アルベルトにはカヤのことでずっと苦労をかけているからな。
カヤも落ち着いたことだし、骨休みにいいか」
「はい」
「アルベルトに余計な心配をかけるなよ」
「はい」
どこまでなにを察したのか、ダ・カンの目もまたなにも語らなかったが、とりあえず許可が下りたので、ロダは礼を言って父の部屋から出た。
急にロダの世話係として領地に同行することを告げられたアルベルトは驚いた。
「それは、私のここでの働きがよくない、ということでしょうか」
「そんなことは言っていないだろう、アルベルト」
ロダは淡々と言う。
「おまえがいなければ、ダ・カンの屋敷はすでに崩壊していたよ。
ただ、トゥーモの力も見ておかなければね」
トゥーモとはアルベルトが自分の後継者にと期待している使用人のひとりであった。
「アルベルトがいればどうしてもトゥーモもおまえを頼ってしまう。
それに今なら父もいるだろう」
「しかし」
「決定事項だ。
準備をしておけ。
あちらはここより冷えるそうだ」
ロダはそう言い切り、アルベルトを下がらせた。
3日後、ロダはアルベルトや護衛の者を連れて領地へと旅立った。
***
ダ・カンの領地は、メリニャの国がこんなに巨大になる前の北西の端にあった。
国境に近く、砦も築かれていて、豊かな土壌で収穫されたものをそこに収めてもいた。
戦いで近隣諸国を吸収したため今の国境はもっと遠くなり、のんびりとしたたたずまいである。
ダ・カンの領地に屋敷も小ぢんまりしており、使用人も王都に比べると随分少ない。
今は収穫の時期も終わり、やや冷え込んでくる時期だった。
この静かな環境でロダは領地を治めながら、財務官になる勉強をするつもりだった。
父は財務大臣をしているが、新しい王になってから世襲制が廃止された。
幼少期から財務大臣になることを期待され、それに応えようと教育され生きてきたのでそのままの道を進むことにした。
今は候補生として財務官について王宮で仕事を手伝ったり、勉強をしたりしている。
領地に赴くときは候補生として職務から離れるので不利だったが、その分、見えてくるものが大きかった。
ロダは自分の置かれた状況に不満はなかった。
昼間はアルベルトを従え、領地を見て回った。
収穫が終わり、農具の手入れや家の修理をしている者が多かった。
ロダがやってくるとおおむね歓迎され、持ち寄られた料理とまだ若いワインで乾杯をした。
領主の息子がこんなところで食事をするのはアルベルトとしては不満であったが、少年の時から親の目を盗んでロダが農作業を本気で手伝っているのを知っている。
日に焼け、ドロドロになりながら農作業をしているロダは楽しそうだった。
兄を解放するために親と家の期待に応えているロダを一番長くそばで見ていたのが、アルベルトだった。
その日、ロダは午前中書類仕事をし、午後からは勉強をするために屋敷の自室に籠もっていた。
軽いノックの音がしてふわりと紅茶の香りがした。
「ロダ様、あまり根を詰めるのは返って効率的ではありませんよ。
少し休憩をなさってはいかがですか」
アルベルトが小さなトレイを持っていて、窓際の小さなテーブルに置いた。
「ん?
あぁ、そうだね」
ロダが大きく伸びをしてにっこりと笑った。
が、トレイの中を見て少し不満そうにした。
「カップの数が足りないようだけど」
「どなたかお客様でしょうか」
「おまえのだよ、アルベルト」
「まだそんなことを」
「じゃあ、座るだけ座ってくれ。
落ち着かないから」
アルベルトに一脚しかないテーブルとおそろいの椅子を勧め、自分は先ほどまで勉強をしていたときの椅子を持ってきて座った。
こうなっては頑固に引かないのを知っていて、大袈裟に溜息をつき、アルベルトはしぶしぶ座った。
「次からはおまえのも持っておいで、アルベルト」
「わたくしはお世話係ですから」
「ここは王都じゃない。
少しぐらい、羽根を伸ばしてはどうだ?
多少は目をつぶってやれるし、俺はきちんと勉強や仕事をするから監視役はいらないよ」
「ならばわたくしを王都に帰してください。
ここで私はなにをしたらいいのか、大変困っていますよ」
珍しくアルベルトの語気が粗くなった。
領地に屋敷には昔からの使用人がいる。
かつてアルベルトがここに来たときにはカヤとロダの世話係だったし、あるいはダ・カンの補佐としてだったので仕事はたくさんあった。
最近は王都の屋敷を任されているので、ここに来るのは久しぶりだった。
だが、理由もよくわからないままロダに領地に連れてこられ、仕事と言ってもやんちゃをする子どもでもなく、領主代理としての仕事はロダ一人で十分にこなせる。
やることがなく、まさか自分がロダの領地回りについて行ったり、休憩のためのお茶を淹れることが待ち遠しくなるとは思ってもみなかった。
「やりたいことはないの、アルベルト?
あなたはカヤと俺の兄弟にも、両親にも十分に尽くしてくれた。
兄も落ち着いたし、自分の幸せを考えたことはないのか」
「突然なにを言い出すのかと思えば」
呆れたように言葉を発し、「ばかばかしいことを言ってないで王都に戻してください」と続けようとしたが、そうできない紺碧の瞳の強さに自分が世話をしてきた兄弟に弟も大人になったのだと知った。
「ずっと、気になっていた。
アルベルトが幸せになってもいいのに、とずっと思っていた。
私たち家族はあなたに甘えすぎていた」
「……」
「結婚は?
恋人は?
なにか好きなものは?
ほしいものは?
行きたいところは?」
滑稽なほど真剣なロダにアルベルトは口の端を上げて卑屈な笑みを浮かべた。
「あなたもご存じでしょう。
私は子をなすことができません。
それで誰かを恨んではいませんが、女性にはあまりウケがよくありませんでした。
元来、そういったものには疎いのですよ。
好きなことは仕事、ほしいものはご主人様や奥様、そして坊ちゃまがたの幸せ、行きたいところ、というか、帰りたいところは王都ですかね」
アルベルトは小さなやんちゃ坊主だったカヤをかばって、大切な箇所に大怪我を負ってしまい、排泄はできるが生殖の機能は失っていた。
カヤはそれの罪悪感を覚え、強く強くなるのだと知恵と力と技を身につけると傭兵として家を出た。
時々、カヤからアルベルトあてにいくらか送金されているのもロダは知っていた。
それを全額ダ・カンに渡していたことも。
「さて」
アルベルトが椅子から立ち上がる。
言い返せずしゅんとしているロダに一瞥を送るが、この坊ちゃまに振り回されてばかりもいられない。
一礼をしてドアへ向かおうと身体の向きを変えた。
低い声がした。
「ならば」
アルベルトが動きを止め、振り返る。
両手を真っ白になるほど硬く組んで床を見つめているロダがうめくように声を絞り出す。
「私はまた置いていかれるのか」
ロダには泣きじゃくる少年が見えた。
『兄上が突然、騎士養成学校に入ったって本当?
また僕を置いていっちゃったの?』
ロダはいつも3つ違いの兄に置いていかれていた。
一緒に遊ぶ約束をしていても黙ってどこかに行ってしまう。
馬の遠乗りもまだ小さいから、馬に乗れないからと父と兄だけで行ってしまう。
母は屋敷を取り仕切るか父の世話をすることが多かった。
ひとり残され、ロダは泣いていた。
アルベルトもまた、ダ・カンやカヤについていってしまう。
自分の大切な人は自分ではなく、別の人のところに行ってしまうのだと思っていた。
悪意があったわけでも意地悪をしたわけでもない。
ただ兄は小さいうちから自分の力で歩んでいたし、両親も忙しいさなかだった。
屋敷の中で一番小さいロダは「いい子にしているんだよ」の言葉に忠実だった。
カヤが騎士養成学校に入り、家を出て寮生活になってからは両親やアルベルト、そして屋敷の使用人の関心が自分に向いたのがわかった。
それは嬉しくもあったが、虚しくもあった。
兄がずっとこの屋敷に居続けていたら、こんなに関心を持ってもらえなかっただろう。
カヤのことを溺愛しているアルベルトとは、「カヤを一緒に心配する人」としてロダの中に位置づいた。
ただたまに大嵐の夜や世話をしていた小鳥が亡くなったときには、アルベルトは一晩中そばにいてくれた。
それまでも世話係として関りはあるのに、そのときの手の温もりだけはずっと覚えていた。
「あなたもまだ私の手を煩わせたいのですか、坊ちゃま」
気がつくと、アルベルトはロダのそばに立ち、肩に手を置いていた。
「おまえがいなくては、俺の世話をする者がいないだろう」
「この屋敷にも適任者はいますよ」
「……」
「しかし」
「……」
「皆さん、お忙しそうだしうちの坊ちゃまは兄弟そろってわがままで好みがうるさいですからね。
余計な仕事を増やすわけにはいきません」
アルベルトがニヤリと笑った。
「置いていきやしませんよ」
「そうか」
ロダは顔を上げ、ゆったりと笑った。
「ならば、王都に帰りたいとそう再々言うな。
あとここに飲み物を持ってくるときにはおまえのも持っておいで」
「おやおや、とんだ甘えん坊さんだ」
2人は顔を見合わせると噴き出して、笑った。
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