ご主人様と僕

ふじゆう

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30日目

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 体を丸くして毛布にくるまっている僕は、緩慢な動きで顔を上げた。この足音は、きっと彼女だ。ここに来て・・・どれほどの時間が経ったのだろう。彼女が信頼に足る存在かどうかなど、あまり考えられなくなってきた。頭に靄がかかったように、はっきりとしない。もう、抗う気力も体力もない。事実、彼女が提供してくれる食料と水がなければ、僕は生きて行く事すらできないのだ。
 どうやって、ここに来たんだっけ? どうして、ここに来たんだっけ? 
 どうして、僕は彼女に世話になっているのだろうか? 何も考えられない。
 ただ、腹が減って、喉が渇いた。
 彼女が床を踏む音が大きくなってくる。僕は虚ろな目で、前方の扉に視線を向けた。あの、扉の向こう側に彼女が立っている気配がする。僕は毛布を頭まで被り、視線を送る。扉は音も立てず、静かに開いていく。まるで、こちらの様子を窺うように、遠慮がちに扉は開かれた。
 薄暗い部屋の中で、僕と彼女の視線が合わさった。そんな気がした。彼女の笑みは、あまり自然ではないような気がする。努めて笑みを振りまいているようだ。
僕がそうさせて、しまっているのだろうか? 僕があまりにも頑なで、意固地になっているだけなのだろうか。彼女は献身的に、僕の食事や排泄物の世話をしてくれている。
 彼女は、信用に足る存在なのだろうか?
 疑心暗鬼は尽きないけど、それでも僕は恐る恐る彼女が提供してくれる食事を取る。自分でも日に日に衰弱していくのが、手に取るように分かる。それはそうだ。僕自身の体なのだから。
 彼女が提供してくれる食事は、水分が多いのか、柔らかいものばかりだ。僕の体の事を考えてくれているようだ。そんな彼女をいつまでも穿った目で見ていても良いものか。
「はい、ご飯だよ」
彼女は、僕専用のお皿と言っていた容器から、食事を手でひとすくいして、僕の鼻先へと伸ばした。僕は一度、身を引いて、彼女の手から顔へと視線を移動させた。そして、ゆっくりと、彼女の手に顔を接近させた。彼女の指先に鼻をつけて、匂いを確認する。鼻腔が美味しそうな匂いで充満し、胃袋を刺激した。胃袋がねじられたように、ギュルルルルと音を絞り出した。
 僕は、堰を切ったように、歯をむき出しにして、彼女の手にある食事を貪った。彼女の手は一瞬で空になり、僕の唾液で光っている。僕は唾を飲んで、お代わりをせがんだ。彼女は、僕の想いを受け取ったように、次々と食事を手に取り差し出してくれた。すると、彼女から鼻を啜る音が聞こえてきた。泣いているようだ。僕が遠慮なく食事を頂いた事が嬉しかったのだろうか。
「そんなに慌てなくても良いよ。ゆっくり食べなさいね」
 優しい声が頭上から降ってきた。しかし、僕の食事を取る勢いは止まらない。今まで、警戒心に支配されて、まともに食事を取れていなかったからだ。当然、むせ返ってしまう。彼女は、笑いながら、呆れたような表情を浮かべて、水を与えてくれた。
「まずは、食事をしっかり取って、元気にならなくちゃね。躾はそれからにしましょ。まずは、お座りを覚えなくちゃね」
 水をがぶ飲みしている僕の頭が、急に温かくなった。動きを止めて顔を上げると、檻の隙間から、彼女の華奢な手が伸び、僕の頭に触れている。あまりにも突然、無警戒になった僕に驚いた。今までは、触れられる事をあんなにも拒んでいたのに。
「ナツ。ここが君のお家だよ」
「・・・うん」
 僕は小さく返事をすると、彼女は嬉しそうに目元を拭った。
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