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反逆のバハムート

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夜の事だった。
エルクが眠っている客間のドアが開く。

「誰ですか?」

「……先生」

 訪問者はリーネだった。女の子らしいネグリジェを着ている。

「どうしたのですか? リーネさん。こんな夜遅くに」

「怖くて眠れないんです。なんだか胸騒ぎがして」

「子供ですか……」

 エルクはため息を吐く。とはいえ胸騒ぎがするのは同感だった。嫌な予感をエルクは感じていた。

「一緒に寝ちゃだめですか?」

「だめです」

 エルクは即答した。

「ええええええええええええ! なんでですかあああああああああああ!」

「しーっ! リーネさん。静かにしてください。夜ですよ。皆さん眠っています」

「どうして一緒に寝てくれないんですか?」

「あなたは年頃の男女が一緒に寝る事の意味をわかっているのですか? 男女7歳にして同衾せずというでしょう」

「どーきん?」

「すみません。あなたには難しすぎる言葉を使いました」

「先生が隣にいないと、私怖くて眠れないかもしれません」

「まったく」

 面倒くさい娘だなとエルクは正直に思った。だが、迷惑をかけるわけにもいかない。特に竜王の逆鱗には触れたくない。

「仕方ないです。隣で寝て良いですよ」

「わーい! やったーーーーーーーー!」

 リーネは無邪気にベッドの隣に入ってきた。

「まったく、仕方のない子ですね」

「先生の匂いがします。男の人の匂い」

「加齢臭がしますか?」

「ち、違います! もっと良い匂いです。大人の男の人の匂いです」

「私は煙草を嗜みませんがなんか匂いがするんですかね」

 自分でも気づかない体臭があるのか、エルクは疑問に思った。

「するんです。先生から良い匂いが。それより先生なんで背中を向けているんですか。こっち向いてくださいよ。先生の顔見たいです」

「なんなんですか。人が理性を保つ為にわざと背を向けているのに、仕方のない子ですね」

 エルクはリーネと向き合った。

「くっ……」

 リーネの胸元からはそれなりの膨らみを覗かせていた。まだ未成熟ではあるがそれでも男の性的本能を煽るに十分なものであった。

「どうしたんですか? 先生」

「なんでもありません」

「もしかして、私の事やっと女だと意識してくれるようになりましたか?」

「あなたそれを狙ってわざとここに来たでしょう」

「わかりましたか!? 流石先生です。なんでもお見通しなんですね」

「良い年の男に夜這いなんてするもんじゃありませんよ。良い年の娘が」

 エルクはため息を吐く。せめて意識しないように目を閉じた。

 なんだか嫌な予感がした。リーネの息が近づいてくる気がする。
 目を開ける。

「リーネさん、あなた私にキスしようとしてきてるでしょう」

「バレましたか。流石先生、なんでもお見通しですね」

「大人をからかうんじゃありません」

「からかってません。私は本気なんです。先生は私とキスをしたくないんですか?」

「したくないとかしたいとかいう問題ではないんです。教師と元教え子として。そして仲間として超えてはならない一線があるんです」

 特定のパーティーメンバーと恋仲になるのはあまりよろしいことではない。肉体関係を結ぶのもそうだ。痴情のもつれは思わぬ綻びとなり周囲の和を乱す。

「ちぇっ。先生の意気地なし」

「自制心のある大人を意気地なし呼ばわりですか。酷いものです。ほら、拗ねててもどうしようもないですから、早く寝ますよ」

「はーい」

 リーネは仕方なく瞳を閉じた。

 ――と、その時だった。突如、爆音と振動が響いた。

「なんですかっ! この音!」

「激しい衝撃音がしましたね。これはタダ事ではありません。リーネさん、部屋に戻って冒険用の服に着替えてください。私も着替えます」

「はい!」

「それで外に出るんです! 皆にもそう伝えてください!」

 二人は着替えて外へと向かった。

 竜城の外に出た時、そこにはフィアとフィル。それから残りのパーティーメンバーもいた。見かけないのはバハムートの姿くらいだった。

「一体、何があったんですか?」
「わかりません……」

 見ると竜城が半壊している。

「先生! あれを見てください!」
 
 天空をリーネは指す。

「あれは! なんで!」

「嘘っ! どうしてっ!」

フィアとフィルは慌てた。

天空を飛翔しているのは一匹の黒竜だった。雄大なその姿。巨大なその竜は間違いない、竜王バハムートだ。

「どうしてバハムート様が!」
「わからない。何が何だか」

 フィルとフィアは混乱していた。

 竜王バハムートは本来の姿である黒竜の姿になっていた。それどころではない。その大きな口を広げた。

 そしてフレアを放つ。

 黒い波動は自国を破壊していった。一直線に建物をいくつもなぎ倒していく。
 バハムートは守るべき対象であるはずの自国を破壊していっているのだ。

「どうして!? バハムート様がなんで!?」

「わかりません。何かあったのでしょう。恐らくは精神支配系のアイテムか何かを」

「クックックック! ご明察であります。流石は噂に名高い錬金術師殿であります」

 どこからともなく声が聞こえてきた。白燭のような肌をした美少女が姿を現す。生気のない少女。黒色のドレスを彼女は着ていた。
 彼女は今まで誰もいなかった空間から突然姿を現す。黒い霧が彼女の姿を作り出していったのだ。

「だ、誰だお前は!」

「な、なんなのよ! バハムート様に何をしたのよ!」

「お初にお目にかかります。私の名はカーミラ」

 カーミラはお辞儀をする。

「魔王の四天王が一人にして、気高き真祖のヴァンパイア。トゥルーヴァンパイアでございます」

 カーミラは真っ赤な瞳を輝かせ、鋭い牙のような犬歯を覗かせた。




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