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俺達は10年前に会っていた
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紅月蒼依=人気アニメSROのヒロイン役アスカ役の声優。つまりは俺達声オタからすると中の人である。現役の女子高校生ではあるが、その彼女が同じクラスに転校してくるという夢みたいな展開に、俺はてっきりこれが授業中に眠りこけて見ている夢だと思い込んでいた。しかし、夢はほっぺたを抓っても醒めなかった。という事はこれが現実か。
朝HRの後はすぐに授業になる。しかし、お昼休みともなれば多少は時間も取れるというものだった。
紅月蒼依の周りには人だかりができていた。転校生に対する恒例の質問攻めというよりはクラスのオタク共がファンとして詰め寄せているようだった。それはクラス内に留まらない。学内中であり、そして、学年の垣根を超えていた。皆昼食を取る事など忘れて、俺達のクラス、1ーAに詰め寄せていた。
「あれは本物の紅月蒼依じゃねぇか」
「マ、マジかよ。俺、SRO毎週録画して見てるんだよな」
「俺なんて、原作のラノベ全巻初版で持ってるぜ」
外野のオタク達がざわめいていた。
「ず、ずっとファンでした! 握手してください!」
クラスの女子が紅月蒼依に握手を求める。
「え? あっ、はいっ」
蒼依は応える。やはり女子同士なら手を握るくらい抵抗がないようだった。
「ありがとうございます! 私、もう手を洗いません!」
「手はちゃんと洗ってねっ、ははっ」
熱烈な対応に蒼依は苦笑する。
「ず、ずるいっ! 蒼依ちゃん、俺、SROの単行本ここに持ってるんです! そ、それでこれサインペンで、サインしてくれませんか?」
「ず、ずるいぞっ。ちゃん付けなんて! いきなり馴れ馴れしいにも程があるだろ!」
「それに遠慮しろよ。今は昼休みだぞ。紅月さんだって昼ご飯を食べたいだろうし」
「そ、そうでしたね。い、今すぐじゃなくて良いんです。時間ある時で」
彼女の周りでは男子のオタク達の中で抗争が起きていた。今時アニメくらい割と多くの層が見ていた。彼女の事は多くのクラスメイトが知っていたようだった。
そんな中、俺は彼女の事を見ているだけだった。彼女の事を見ているだけで、同じ空気を吸っているだけでも幸福だったのだ。とてもそれ以上の事をする気にはならなかった。それ以上の事をすれば幸福のあまり天国に旅立ってしまいかねない。
そんな気がしていたのだ。
「……ちょっといいかな」
蒼依は立ち上がる。トイレかと思ったが、こちらに近寄ってきた。俺の方にだ。一瞬何事かと思った。
「ねぇ、君」
「は、はい!?」
思わず緊張のあまり硬直し立ち上がり、直立不動になった。
「い、いかがされましたでしょうか!?」
「放課後、時間あるかな?」
「あ、あります! 放課後はSROのアニメを観たり、ラノベを読んだりするだけで、特にこれといってやる事はありません!」
「……そうなんだ。あなたもSRO好きなの?」
「は、はい! 勿論です! 大好きで! 特にヒロインのアスカちゃんが大好きで、その、あの」
目の前にアスカちゃんがいる。正確には中の人ではあるが。中の人。その上に同じ年の美少女が目の前にいるのである。まさしく俺の理想のヒロイン(美少女)が目の前にいるのである。緊張のあまりまともに顔も見れない、まともに話せないのも必然じゃあないだろうか。
「……へえっ。それは良かった」
彼女は胸をなで下ろす。
「放課後、校舎裏に来て」
「えっ? なんで?」
「……用件はその時話すから。いいから来て欲しいの。だめかなっ?」
上目遣いで訊かれる。目の前のアスカちゃん(無論正確には中の声優さん通称中の人)が頼んできているのだ。断れるはずもない。
「だっ、だめなわけないですっ! 勿論、OKです」
「そう、よかったわ。じゃあ、約束よ」
アスカちゃん(中の人紅月蒼依)はそうウィンクした。それだけで俺のハートは打ち抜かれて、とろけそうになっていた。いや、完全にとろけていた。
だらしない表情をしていた俺に対して、クラスメイト達が詰め寄ってくる。
「一体、どういう事だってばよ! 花江! 紅月蒼依と知り合いなのか!?」
「い、いや、そういうわけじゃないと思うが」
俺は紅月蒼依のイベントに行った事はあるが、俺なんて米粒のひとつにしか映らなかっただろう。大勢の人達がイベント会場にはいたのだ。だから特別、印象が残るような出会いではなかったと思う。俺が来ていた事を紅月蒼依が認識してたかどうかすら怪しかった。
「知り合いじゃなかったらさっきの態度はおかしいだろうが!」
「俺が聞きたいくらいだよ!」
俺は叫んだ。ともかく、行ってみるより他になかった。緊張してどうしようもなくなるが。それでもそれ以外では疑問が解決しそうにもない。
俺は校舎裏に急いだ。校舎裏は人気が少なく、密会には適した場所だった。ただそれでもゼロにはならないだろう。俺と現役人気声優の紅月蒼依が直接顔を会わせるのはかなりの問題ではあると思った。
「ごめん。待った?」
「う、ううん。待ってないよ」
授業が終わり、ダッシュで校舎裏へと辿り着いた俺はアスカちゃん(紅月蒼依)よりも大分先に着いていた。
先ほどのやりとりはまるでデートの待ち合わせをしているみたいだった。
「それで、俺に何のようですか? 紅月さん」
何て呼んだらいいかわからなかったが、一応差し障りのない呼び方を選ぶ。他人行儀だが、そもそも他人でしかないので当然の事だった。他人どころか、神と一般人くらいに距離がある。好きなキャラクターの中の人と一ファンの間には、それくらいの距離感があるのだ。物理的な距離は近いが、心理的には限りなく遠いところにある存在だ。
「はぁ……」
溜息のような声を漏らすアスカちゃん(紅月蒼依)。
「やっぱり覚えてない?」
「な、何をですか?」
「10年前」
「10年前?」
「この街、鳳明市であなたと私は会っていたんだよ」
彼女は真顔で言う。その表情には嘘や冗談の色は混じっていなかった。本気の表情だ。
俺は思い出す。10年前。俺はこの地に住んでいた。だが、その時には一人として女の子の知り合いは出来なかったのだ。出来たのは男の子の知り合いばかりで。
顔は真剣だが、冗談を言っているか、勘違いをしているか、そのどちらか以外に思い当たる回答はなかった。
「……何を言っているのでしょうか。俺はその頃、知り合いになったのは全員男の子で」
「男の子っていうのは覚えているんだね。その頃、私、髪も短かったし、男の子みたいに帽子を被っていたからよく男の子に間違われたんだよ」
そう言われた俺は必死に考えた。思い出す。その結果、目の前の紅月蒼依と一人の少年の姿が重なった。
やんちゃだった少年。その無垢な笑顔。確かに、大きく変わりはした。あれから10年の時が過ぎているのだ。だが、その面影というものは残っている。そして雰囲気。
幼少期とはいえ、それなりの時間を過ごしたのだから。感覚としてのその雰囲気を覚えていた。
「……まさか、本当に君は」
俺は口をぱくぱくとさせる。驚いた、俺は心底驚いた。今まで生きてきた中で一番驚いたかもしれない。
「あおい君なのか」
ボーイッシュな見た目で、尚且つ名前も中性的な名前だったから、今の今まで、あの時一緒に遊んでいた少年が実は女の子だとは気づかなかった。だが、まさか、なんであの時遊んでいた少年(だと思っていた少女)がなぜ今、人気の声優。しかも俺が好きなアニメの好きなヒロインの中の人をやっているのか、理解が追いついてなかった。
「久しぶりだね。こーちゃん」
そう、彼女は10年前の彼女と重なるって(ダブって)見える笑顔を浮かべた。
朝HRの後はすぐに授業になる。しかし、お昼休みともなれば多少は時間も取れるというものだった。
紅月蒼依の周りには人だかりができていた。転校生に対する恒例の質問攻めというよりはクラスのオタク共がファンとして詰め寄せているようだった。それはクラス内に留まらない。学内中であり、そして、学年の垣根を超えていた。皆昼食を取る事など忘れて、俺達のクラス、1ーAに詰め寄せていた。
「あれは本物の紅月蒼依じゃねぇか」
「マ、マジかよ。俺、SRO毎週録画して見てるんだよな」
「俺なんて、原作のラノベ全巻初版で持ってるぜ」
外野のオタク達がざわめいていた。
「ず、ずっとファンでした! 握手してください!」
クラスの女子が紅月蒼依に握手を求める。
「え? あっ、はいっ」
蒼依は応える。やはり女子同士なら手を握るくらい抵抗がないようだった。
「ありがとうございます! 私、もう手を洗いません!」
「手はちゃんと洗ってねっ、ははっ」
熱烈な対応に蒼依は苦笑する。
「ず、ずるいっ! 蒼依ちゃん、俺、SROの単行本ここに持ってるんです! そ、それでこれサインペンで、サインしてくれませんか?」
「ず、ずるいぞっ。ちゃん付けなんて! いきなり馴れ馴れしいにも程があるだろ!」
「それに遠慮しろよ。今は昼休みだぞ。紅月さんだって昼ご飯を食べたいだろうし」
「そ、そうでしたね。い、今すぐじゃなくて良いんです。時間ある時で」
彼女の周りでは男子のオタク達の中で抗争が起きていた。今時アニメくらい割と多くの層が見ていた。彼女の事は多くのクラスメイトが知っていたようだった。
そんな中、俺は彼女の事を見ているだけだった。彼女の事を見ているだけで、同じ空気を吸っているだけでも幸福だったのだ。とてもそれ以上の事をする気にはならなかった。それ以上の事をすれば幸福のあまり天国に旅立ってしまいかねない。
そんな気がしていたのだ。
「……ちょっといいかな」
蒼依は立ち上がる。トイレかと思ったが、こちらに近寄ってきた。俺の方にだ。一瞬何事かと思った。
「ねぇ、君」
「は、はい!?」
思わず緊張のあまり硬直し立ち上がり、直立不動になった。
「い、いかがされましたでしょうか!?」
「放課後、時間あるかな?」
「あ、あります! 放課後はSROのアニメを観たり、ラノベを読んだりするだけで、特にこれといってやる事はありません!」
「……そうなんだ。あなたもSRO好きなの?」
「は、はい! 勿論です! 大好きで! 特にヒロインのアスカちゃんが大好きで、その、あの」
目の前にアスカちゃんがいる。正確には中の人ではあるが。中の人。その上に同じ年の美少女が目の前にいるのである。まさしく俺の理想のヒロイン(美少女)が目の前にいるのである。緊張のあまりまともに顔も見れない、まともに話せないのも必然じゃあないだろうか。
「……へえっ。それは良かった」
彼女は胸をなで下ろす。
「放課後、校舎裏に来て」
「えっ? なんで?」
「……用件はその時話すから。いいから来て欲しいの。だめかなっ?」
上目遣いで訊かれる。目の前のアスカちゃん(無論正確には中の声優さん通称中の人)が頼んできているのだ。断れるはずもない。
「だっ、だめなわけないですっ! 勿論、OKです」
「そう、よかったわ。じゃあ、約束よ」
アスカちゃん(中の人紅月蒼依)はそうウィンクした。それだけで俺のハートは打ち抜かれて、とろけそうになっていた。いや、完全にとろけていた。
だらしない表情をしていた俺に対して、クラスメイト達が詰め寄ってくる。
「一体、どういう事だってばよ! 花江! 紅月蒼依と知り合いなのか!?」
「い、いや、そういうわけじゃないと思うが」
俺は紅月蒼依のイベントに行った事はあるが、俺なんて米粒のひとつにしか映らなかっただろう。大勢の人達がイベント会場にはいたのだ。だから特別、印象が残るような出会いではなかったと思う。俺が来ていた事を紅月蒼依が認識してたかどうかすら怪しかった。
「知り合いじゃなかったらさっきの態度はおかしいだろうが!」
「俺が聞きたいくらいだよ!」
俺は叫んだ。ともかく、行ってみるより他になかった。緊張してどうしようもなくなるが。それでもそれ以外では疑問が解決しそうにもない。
俺は校舎裏に急いだ。校舎裏は人気が少なく、密会には適した場所だった。ただそれでもゼロにはならないだろう。俺と現役人気声優の紅月蒼依が直接顔を会わせるのはかなりの問題ではあると思った。
「ごめん。待った?」
「う、ううん。待ってないよ」
授業が終わり、ダッシュで校舎裏へと辿り着いた俺はアスカちゃん(紅月蒼依)よりも大分先に着いていた。
先ほどのやりとりはまるでデートの待ち合わせをしているみたいだった。
「それで、俺に何のようですか? 紅月さん」
何て呼んだらいいかわからなかったが、一応差し障りのない呼び方を選ぶ。他人行儀だが、そもそも他人でしかないので当然の事だった。他人どころか、神と一般人くらいに距離がある。好きなキャラクターの中の人と一ファンの間には、それくらいの距離感があるのだ。物理的な距離は近いが、心理的には限りなく遠いところにある存在だ。
「はぁ……」
溜息のような声を漏らすアスカちゃん(紅月蒼依)。
「やっぱり覚えてない?」
「な、何をですか?」
「10年前」
「10年前?」
「この街、鳳明市であなたと私は会っていたんだよ」
彼女は真顔で言う。その表情には嘘や冗談の色は混じっていなかった。本気の表情だ。
俺は思い出す。10年前。俺はこの地に住んでいた。だが、その時には一人として女の子の知り合いは出来なかったのだ。出来たのは男の子の知り合いばかりで。
顔は真剣だが、冗談を言っているか、勘違いをしているか、そのどちらか以外に思い当たる回答はなかった。
「……何を言っているのでしょうか。俺はその頃、知り合いになったのは全員男の子で」
「男の子っていうのは覚えているんだね。その頃、私、髪も短かったし、男の子みたいに帽子を被っていたからよく男の子に間違われたんだよ」
そう言われた俺は必死に考えた。思い出す。その結果、目の前の紅月蒼依と一人の少年の姿が重なった。
やんちゃだった少年。その無垢な笑顔。確かに、大きく変わりはした。あれから10年の時が過ぎているのだ。だが、その面影というものは残っている。そして雰囲気。
幼少期とはいえ、それなりの時間を過ごしたのだから。感覚としてのその雰囲気を覚えていた。
「……まさか、本当に君は」
俺は口をぱくぱくとさせる。驚いた、俺は心底驚いた。今まで生きてきた中で一番驚いたかもしれない。
「あおい君なのか」
ボーイッシュな見た目で、尚且つ名前も中性的な名前だったから、今の今まで、あの時一緒に遊んでいた少年が実は女の子だとは気づかなかった。だが、まさか、なんであの時遊んでいた少年(だと思っていた少女)がなぜ今、人気の声優。しかも俺が好きなアニメの好きなヒロインの中の人をやっているのか、理解が追いついてなかった。
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