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第13話 義弟ヘイトとの思わぬ再会

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「なんだ? 聞きなれた声が聞こえてきたと思ったら、もしかして、てめぇはあの馬鹿兄貴か? クックック」

 嫌味な声が聞こえてきた。間違いない。幼少の頃からずっと生活を共にしてきたんだ。聞き間違えるわけがない。俺の義弟である、ヘイトであった。

「ど、どなたですか?」

 ヘイトはあの時と同じような、厭味ったらしい顔で俺を見下してきた。

「俺の義弟(弟)だよ……」

「弟さんですか……」

「弟って言っても……血は繋がっていない。実家であるロズベルグ家の養子なんだ」

「へー……」

「ヘイト様、どうしたんですかぁー?」

 間延びした声が聞こえてきた。ヘイトの周りには三人の淑女(レディ)達がいた。間違いない。あの時、スキル継承の儀の時にいた、貴族の娘達だ。ヘイトはこの三人を囲っているようだ。

「何かあったんですか?」

「なんでもない……あのスキル継承の儀の時、外れスキルを授かって国外追放された馬鹿兄貴がいただろ? どういうつもりかわからねぇけど、戻ってきたみたいだ。全く、どの面下げて帰ってきたんだろうな? クックック」

「ああ……あの時のお兄さんですか」

「へー、そうなんですか、なんでまた」

 気のない言葉を吐く貴族の娘達。

 ヘイトは隣にいる女の肩に腕を回す。公衆の面前である事なんてお構いなしだ。まるで自分がいかにモテるのかを、俺に露骨にアピールしているようだ。

「やっ……ヘイト様ったら。いけません……こんな往来の真ん中で」

 首筋に舌を這わせ、遠慮なく乳房を揉み始めた。しかし、女の抵抗は弱かった。主導権は明確にヘイトが握っているのだ。ヘイトのされるがまま、といった感じであった。

「いいじゃねぇかよ……別に減るもんじゃねぇんだから。見せつけてやりゃあいいんだよ。文句言う奴は、俺様の『剣神』スキルでボコボコにしてやるぜ。んで、馬鹿兄貴、どの面下げて俺達の国に戻ってきたんだよ? ああ!? てめぇは北の辺境に追いやられたんじゃなかったのか!?」

 ヘイトは俺に食って掛かってくる。

「てーか。てめぇ、生きてたんだな? てっきりあの北の辺境の環境に耐え切れずに死んだとばかり思ってたぜ。全く、ゴキブリ並みの生命力だな。しぶとい野郎だ。そこだけは誉めてやるぜ。それで、何しに、俺様のシマまで来たんだよ? 返答次第ではタダじゃおかねーぜ。てめーとロズベルグ家はもう何の関係もないんだからな」

「なんですか……その口の利き方は……いくらなんでもグラン様に無礼というものではありませんか!」

 温厚なリノアが珍しく見せた憤りであった。これほどまでに憤った彼女を俺は初めてみた。

「よせ……リノア。こんなところでこいつとやりあっても何にもならない」

 俺はリノアを制す。

「北の辺境では手に入らない商品や食糧の調達に少しだけお邪魔したんだ。手短に用件を済ませて帰るつもりなんだ……ヘイト。どうかここは見逃してはくれないか? それ以上の事は何もするつもりもないんだ」

「へっ……今回は見逃してやらぁ」

「ありがとう……ヘイト、ごぼっ!」

 ヘイトの拳が、俺の腹に炸裂する。

「へへっ……この拳一発で、勘弁してやるぜ」

「が、がはっ!」

 腹に良いのを貰って、俺は地面に崩れ落ちた。

「……これに懲りたら、二度とそのシケた面、見せるんじゃねぇぜ!」

「く、くそっ……」

 俺は地面でもがいていた。流石の俺でも憤りを感じざるを得なかった。ただ国内に一時的に戻ったというだけなのに、なぜこんな苛烈な仕打ちを受けなければならないのか。あまりに理不尽ではないか……そう思わざるを得なかった。

 パシィ!

「……ってぇな! てめぇ! 自分が何したかわかってんのか!」

 俺の憤りを代弁するかのように、リノアの平手打ちがヘイトに飛んだ。予想外の攻撃だったのか、ヘイトの顔が平手打ちで赤く腫れる。

「いくらグラン様の弟君とはいえ、これ以上の狼藉はとても我慢できそうにありません!」

 リノアはそう、言い放つ。

「つーかよぉ、てめぇは誰なんだよ! 面見せやがれ!」

「や、やめてくださいっ!」

 ヘイトは強引にボロキレのようなローブを捲り、リノアの素顔を露出させる。

「へっ……なんだ、こいつ。エルフじゃねぇか。こすい事考えやがって、兄貴。金がないからって、エルフを奴隷商に売りつけようとしたのか? 案外ゲスな事考えるじゃねぇか……」

「ち、違います! グラン様はそのような事をするつもりで私をお側においてくれたわけではありません!」

「だったらどんなつもりだって言うんだ? ええっ!? ああ、そうか。兄貴も意外にスケベなんだな……このエルフ女を性奴隷にして楽しんでたのか。どうだ、兄貴。このエルフ女の具合は良かったか?」

「……ふざけた事言わないでください! グラン様は私をそのような目的で置いてくれているわけでもありません!」

「嘘言ってるんじゃねぇ……馬鹿兄貴、こいつ、ちょっと貸せよ。人間の女も抱き飽きたところなんだ。たまにはエルフ女とヤんのも、新鮮で気持ちよさそうだぜ。兄貴のお古だってのは気になるが……この際だ。我慢してやるよ。クックック」

 ヘイトはリノアの手首を捕まえた。

「ふ、ふざけないでください! や、やめてっ!」

「暴れんなよ……近くの宿屋へ行くだけだ。何、すぐ気持ちよくなるさ。あんまり抵抗すると、痛い目見る事になるぜ」

 ヘイトは好き放題をし始めた。ロズベルグ家の次期当主に選ばれた事で、理性のタガが外れているのかもしれない。明らかに前よりも調子に乗り始めた。間違いなく、俺という目の上のタンコブがいなくなった事が影響している。邪魔者がいなくなったヘイトの暴走をもはや止められるものはいなかった。

「だ、誰か! 誰か助けて!」

「無駄だっての……この国じゃエルフに人権なんてねぇんだ。エルフなんてそこら辺の家畜と同じだからな。何されようと、俺を裁ける人間なんてこの国にはいねぇんだ」

「い、いや! やめてください! た、助けて! グラン様ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 リノアが泣け叫び、俺に助けを求めた。

「ふざけるな! ヘイト!」

 俺は立ち上がる。先ほどのボディーブローから回復したのだ。何とか立ち上がる事ができた。

「なんだ? この芋虫野郎。そのまま地べたはいつくばって寝てりゃぁ、痛い目に合わずに済んだのによぉ」

 ヘイトは鞘から剣を抜く。

「リノアを連れてかせるか!」

「グ、グラン様」

 仕方なく、ヘイトはリノアを解放した。剣を振るうのに邪魔だったからだろう。

「てめぇに何ができるんだ! 戦闘用のスキルを授かったわけでもねぇのに、この【剣神】スキルを授かった俺様相手に、一体何ができるって言うんだ!」

「何もできないかもしれなくても……やるしかないんだ。俺は俺なりに、立ち向かっていくしかないんだ」

 俺は【建築(ビルド)】スキルで『ビルドハンマー』を作り出す。

「へぇ……そっちがその気なら、やっちまってもいいんだよな」

 ヘイトは剣を構え、舌なめずりをした。物凄い殺気を放ってくる。
 まずい……勝てる気がしなかった。ヘイトは【剣神】スキルを持っているんだ。奴はこの世で最も剣技に優れた、剣傑になっている。俺では絶対に敵わない。普通に闘ったら絶対に勝てない。

「行くぜ! 馬鹿兄貴! その蛮行! 命を持って償いやがれっ!」

 ヘイトが襲い掛かってくる。俺はビルドハンマーを構え、そして、地面に振り下ろした。

「なっ!?」
 
 ド―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ン!
 
 けたたましい音と共に、土砂が飛び散る。大量の土煙が上がり、煙幕の役目を果たした。

 勝てるわけがない……俺がヘイト相手に。だが、勝つ必要などなかった。俺の目的はヘイトを倒す事ではない。ヘイトから逃げる事にあったのだ。逃げられるならなんだって良かった。

「行くぞ、リノア。逃げるんだ」

「は、はい……グラン様」

「へっ! 逃げればいいさっ! 馬鹿兄貴よ! 北の辺境に引きこもってろ! せいぜい風の噂で聞けばいいさっ! このヘイト様が魔王を倒し、世界を救った英雄になったっていう、伝説をよ!」

 ヘイトは俺を罵ってくる。

「クックック! アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ! アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ! アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!」

 そしてヘイトの哄笑がどこまでも響き渡っていくのであった。

 こうして俺達は奴から逃げ出し、再び北の辺境へと、逃げ帰っていったのだ。




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