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第31話(義弟ヘイト視点)逃げ帰った報告をする

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「……おお。戻ってきたか、ヘイトよ。実にご苦労……そして大儀であった」

「お待ちしておりましたわ、ヘイト様」

「英雄ヘイト様……私達にどんな武勇伝を聞かせてくれるのかしら?」

「ああ、楽しみだわ! 胸の高鳴りが抑えられそうにないですわ!」

 魔王軍から尻尾を巻いて逃げ帰ってきたヘイトは義父であるクレイ、及び囲んでいる貴族の三人娘達に出迎えられる。
 当然のように彼、彼女等はヘイトが無様にも逃げ帰ってきたという事も。魔王軍が健在であるという事も知らないのだ。

 その輝いた眼差しに、ヘイトは異様な程のバツの悪さを感じていた。物凄く気まずかったのだ。

「あ……あ、あの……その……そのだな……」

 ヘイトは悩んだ。どうするべきか、どう言い訳をするべきか。そもそも真実を伝えるべきか。嘘をついたところでどうしようもない。嘘はバレるものだ。その場の一瞬しか通用しない。魔王軍は今なお健在であり、アークライトに向かって進軍しているのだ。
 そうすれば一瞬でバレてしまう。束の間の自己保身など何の意味もない。いくらヘイトでもそのくらいの事はわかっていた。

(やっぱりあれか……本当の事を言うしかないのか……)

 間違いなく、義父は自分に失望するだろう。そして囲っている女達も。だが、あのモリガンという魔族の四天王は強力な存在だった。倒せる人間などそうはいない。その為、仕方なく撤退という選択肢を選んだのだ。

 誰だってそうするだろう。自分だけじゃない。恥ずべき事ではないのだ。仕方がない程に強い相手だったのだから。

 そう、ヘイトは考えた。『モリガンが強くて撤退せざるを得なかった』これを言い訳にして、極力失望の度合いを小さくしよう……そう考えたのである。それどころではない。あんな奴が攻め入ってきたとしたらこの国は無事では済まない。

 今から国を捨てて、逃げる準備をするべきだ。その準備にかけられる時間は今も刻々と減っている。

「す、すまない……義父(おやじ)、俺は魔王軍を止める事はできなかった」

 ヘイトは頭を下げ、義父クレイに謝罪をする。

「な、なんだと!? そ、それは本当か!?」

「そ、それは……ど、どどどど、どういう事なのですか!? ヘイト様!」

「ええーーーーーーーーーーーーーー! じゃあ、魔王軍は私達の国に攻めてくるって事ですかーーーーーーーーーーーー!?」

「わ、私達、私達はどうなるんですかーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 義父ヘイトと囲っている女達はヘイトから飛び出してきた予想外の言葉に混乱していた。

「それがな……ちゃんとした理由があってな。まず、落ち着いてくれよ。俺は魔王軍をバッタバッタ、薙ぎ払っていってな、ただ四天王の一角であるあの女、モリガンは別格だった。俺は奴を寸前のところまで追い詰めたが……奴の底力に命の危機を感じてな、仕方なく、撤退する事にしたんだ。ほら、俺様みたいな英雄が死にでもしたら、世界の危機に繋がるだろ? 俺様は絶対に死んじゃいけないんだ。だから、勇気ある撤退を……」

 ヘイトは指をもじもじさせつつ、見苦しくも言い訳を言い続けた。ところどころ話を盛っているのがこの期に及んで実に見苦しい事であった。

「貴様! 要するに敵を前にして尻尾を巻いて逃げたしてきたという事であろうが!」

 義父クレイは叱責する。

「ち、ちげぇって! そうだけどちげぇって! 仕方なかったんだって! 相手が強かったんだよ! それに逃げたんじゃねぇ! 俺様は勇気ある撤退をしただけだ、もっと強くなって、次は絶対にリベンジしてやる! その為にこの俺様があの時、死ぬわけにはいかなかったんだって!」

「もうよい……確かに魔王軍四天王は強敵揃いと聞く……お前が倒せないのも無理はない。お前には過度な期待だったようだ……」

 義父クレイは落ち着きを取り戻した。

「これに懲りたら少しは剣の稽古をして自分を磨け、世の中には上には上がいるのだ」

「へいへい……わかったよ、義父(おやじ)」

 ヘイトは話題を切り替える。

「それより……逃げた方が良い。魔王軍は間違いなく強敵だ。そして間違いなくこの国は攻め込まれる。そうなったら国の兵力じゃ、特にあのモリガンには太刀打ちできない可能性が高い……この国は侵略され、滅ぼされてしまう事だろう。そうなりゃ死ぬか……女だったら魔族の慰み者だ」

「そ、そんな……」

 女達は表情を曇らせる。明るい未来が一転、絶望の淵まで追いやられたのだ。

「まだ間に合う……魔王軍が攻めてくるまでには時間があるからな。俺達だけでも、逃げようじゃねぇか」

 ヘイトは人々の盾になるでもなし、自分達だけで逃亡する計画を立てた。

「き、貴様! それでもロズベルグ家の世継ぎか! 恥を知れっ!」

「う、うるせぇ! 死んだら元も子もねぇだろうが! 仕方ねぇんだよ!」

 義父クレイとヘイトは口論になる。

 ――と、その時の事であった。

「クレイ様! ヘイト様!」

 ロズベルグ家は裕福な家庭である。貴族といってもいいくらい、高貴な家柄でもある。それ故に、幾人もの使用人を抱えていた。

 そのうちの一人がヘイト達のいる部屋に、大慌てで飛び込んできたのだ。

「た、大変であります!」

「な、なんだと!? 魔王軍が攻めてきたのですか!?」

 やがて来るであろう、過酷な未来が意外にも早く来たのかと思い、平静を取り繕いつつも、内心穏やかではないクレイであった。

「い、いえ! そうではありません! なんと、魔王軍が撤退していったようですっ!」

「な、なんだとぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 クレイは叫ぶ。

「な、なんだって! それは本当か!?」

 ヘイトは大慌てをしていた。

「は、はい……その通りです。北の辺境で、何者かによって、退けられたようです。
国王は国を救った英雄を探しに、使者を送られましたそうです」

「そ、そんなはずはない……あの北の辺境には馬鹿兄貴と……それからエルフの女、ドワーフの女。その三人しかいかなかったはずだ……まさかあいつ等があの魔王軍を撤退させられるはずがねぇだろ……まさか、そのまさかがあったっていうのか?」

 使用人の報告を聞きつつも、ヘイトは半信半疑であった。

「……ふむ。だが、とりあえずは良かった。魔王軍は攻めてこないのだな……」

「え、ええ。その心配は当面ないです」

「良かったですわ……」

「ええ、本当……」

 ヘイトの報告に大慌てしていた面々は落ち着きを取り戻す。安堵の溜息を吐いた。

 ――そして、その数日後。アークライトの王城に国を救った英雄が訪問する事になる。

 その訪問の際に、そこにいる面々は思わぬ人物と顔を合わせる事となる。

 その人物とは何を隠そう……あのスキル継承の儀の際に、散々な扱いを受け、北の辺境へと追いやられたグランであった。

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