30 / 36
第30話 砲台の本番
しおりを挟む「みなさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!
お待たせしましたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
遠方から声が聞こえてきた。あの小柄なリディアが、家から砲台を取ってきてくれたのである。せっせせっせと砲台を押してここまできてくれたリディアは甲斐甲斐しくもあった。
「リディア!」「リディアさん!」
俺達は頼もしい援軍の到着に、沈んでいた精神が多少は回復するのであった。
「二人とも、出来るだけ離れてくださーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!」
遠方からリディアの叫び声が響き渡る。
「ん? ……なんだ? あれは?」
まだ……この段階であるのならばモリガンの力があれば未然に防げた可能性は高い。だが、彼女は自身の力に対する、絶対的な自信があった。だが、時のその絶対的すぎる自信というものは慢心へとつながりかねない。そして今回の場合、その自信が慢心へと転化してしまったのだ。
「……面白い」
モリガンは微笑を浮かべる。
「虫けらが……何やら小細工をしようとしているようだ。クックック」
モリガンには余裕があった。虫けらである――人間やエルフやドワーフがどう足掻こうとも、自分には敵わないという絶対の自信があった。そうであるがゆえに、その足掻きを見て見たいという興味があった。
その足掻きを真っ向から受けた上でそれを上回る。その時の絶望的な表情というものをモリガンは見て見たくて溜まらなくなったのだ。
「な、何をするつもりなのでしょうか……あいつ等」
「よい……放っておけ。虫けらごとのの足掻きなど、大したものではない」
モリガンは余裕をもって俺達の反撃を見逃すのであった。俺達にとってはありがたい事この上ない。
「砲弾は詰めてあるか?」
俺は訊いた。
「え、ええ……勿論です」
リディアは答える。
「だったら問題ない。標準を合わせて、発射してくれ、リディア!」
「は、はい! わ、わかりました!」
リディアは砲台の標準を合わせ、
「標準よし!」
そしてトリガーを引く。
「発射(ファイア)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
リディアの掛け声と共に、砲台から砲弾が発射される。
「なっ!?」
着弾する瞬間——初めてあの冷徹なモリガンの表情が歪みを見せた、そんなような気がした。
爆発音が響く。着弾すると同時に、物凄い大爆発が起きたのだ。
「「「ぐわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」」」
大勢の魔族兵達の悲鳴が聞こえる。
「うっ! ごぼっ! モリガン様、お逃げ――ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
魔人クレイモアもまた、爆発に巻き込まれた。
無論、余裕をかましていたモリガンもまた例外ではない。
あれほど大量にいた魔王軍が砲台の一撃により、塵芥となったのだ。
「改めて間近で見ると凄い威力です……」
リノアはそう感心すると同時に恐れていた。強すぎるという力というのは頼もしいと同時に危険なものである。無意識に恐れを抱いたのであろう。
「あ、ああ……壮絶だったな」
「ふぅ……何とか間に合って良かったですー」
そう、リディアは胸を撫で下ろしていた。
――だが。あの大爆発の中で、一人だけ生存者がいたのだ。そう……あの魔王軍四天王のモリガンである。
無意識による魔力障壁(マジックシールド)を展開させている彼女は膨大な破壊力を持つ砲台による一撃を以ってすら、絶命たらしめるには威力が不足していたようだ。
――だが、流石の彼女を以ってすら無傷ではいられなかったようだ。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ。侮ったか……虫けらだと思って、甘く見すぎていた」
頭から流血し……さらには肩を抑えている。死亡には至らなかったが、それでも十分な痛手を彼女は負っていたようだ。他の魔族兵達が残らず絶命していったにも関わらず生き残っているだけでも流石と言わざるを得ない。
「しぶといな……あの爆発の中、まだ生きているのか……」
俺は嘆く。
「ええ……ですが、確実に弱っています。この状態だったら、もしかしたら私達でも勝てるかもしれません」
リノアはそう言った。
「リディア……予備の砲弾は?」
俺はリディアにそう聞いた。
「重くて、とても持ってこられませんでした。予備の砲弾まではとても……」
小柄な彼女が必死にここまで砲弾を押してきたのだ。砲弾には車輪がついている為、ある程度は摩擦力を減らしてスムーズに運ぶことができるが。
それでもリディアにとっては大きな負担だった事だろう。砲弾をここまで持ってこれるはずもない。
「……そうか、なら仕方ないな。俺達、自身の力で闘うしかないか」
「ええ……そうですね」
俺達は構えた。残りは手負いのモリガン一人だ。何とかなるかもしれない。あのヘイトの奴が残っていればもっと優位に闘えたのだが、仕方がない。ただ無事にモリガンに勝利した場合、ヘイトの奴が大人しく帰るとも思えなかった。
一転して俺達に危害を加えてくる可能性もあった。だからあいつが逃げ帰ったのは反って良かった面もあるかもしれない……そう考えられた。敵の敵が味方とは限らないからだ。特にあいつの場合。
なんにせよ、今この場にいない人間の力を期待していても仕方ない。俺達は今出来る事をやるしかないのだ。
――と、だが、モリガンの対応は予想外だった。
「損傷が思っていたよりも大きい……この私があんな虫けら共に負ける事などありえない……あって良いはずがない」
モリガンは嘆く。そうだ……モリガンにとって俺達との闘いは闘いではない。俺達にとっては命をかけた戦闘でも、彼女のような絶対的強者にとってはただの蹂躙である。
蟻を捻りつぶし、遊んでいるようなものだ。彼女にとってはただの戯れ事なのだ。
戯れ事に命の危機があっていいはずがない。彼女にとってはダメージを食らっている現状自体が想定外の出来事なのだ。
だから、わざわざ危険を冒してまで俺達と闘うなんて選択を彼女がするはずもなかった。
「……喜べ、虫けら共。今回は見逃してやろう」
どこかの義弟が言ったような台詞を今度はモリガンが放つ。
「逃げるのか?」
「ふざけた台詞を言うな! 見逃してやると言っているんだ! このまま闘ったとしても私が99%勝利する……だが、1%は可能性がある事を認めよう。そのような危険を私が冒せるはずがなかろう!」
モリガンは激昂した。
「……グラン様。モリガンは脅威です。このまま闘ったとして私達が無事に済むはずがありません。追いかけずに大人しく見逃しましょう」
「……ああ。そうだな。その通りだ。それに俺達の目的は彼女を倒す事ではない。魔王軍の進軍は退ける事ができた……それだけで十二分だ。予想以上の大勝利だ」
そもそも時間を稼ぐだけで十分だったのに、退ける事ができたのだ。その上に魔王軍四天王の一角を倒そうなんて虫の良い話であった。
「……それではさらばだ。虫けらども……次に会った時はこうはいかないからな。次は全力で叩き潰す」
そう言い残して、モリガンは忽然と姿を消した。恐らくは転移魔法(テレポーテーション)で魔王城に帰っていったのであろう。
「ふう……行ったか」
俺は胸を撫で下ろす。
「ええ……いなくなったようです」
「帰りましょうか……グラン様」
そう、リディアが言った。
「ああ……そうだな、帰ろうか。俺達の家に……やっぱり家にいる時が一番落ち着くよな」
こうして苦難を乗り越えた俺達は自分達の家に帰っていくのであった。
家に帰ってしばらくした後、思いもしない来客が訪れる事となる。
それはなんと、人間の国アークライトからの使者であった。
11
あなたにおすすめの小説
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!
にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。
そう、ノエールは転生者だったのだ。
そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる