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間 物語の掟
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レジナルドはとても妙な男だと思う。
レジーナを殺しに来たはずなのに殺す気は無いなどと言い出すし、頻繁にレジーナに触れたがる。
朝、身支度を終えると執務室でダーリアに物語を聞かされる。そしてそれを書き写す作業が待っていた。勿論すぐ傍にレジナルドもいる。けれども彼らが必要だという物語の内容がレジーナにはよくわからない。それは道徳というもので、白の王国では小さな子供が頻繁に聞かされるものらしい。
「カンゼンチョーアクって言うのはよくわからないわ」
「レジーナの好きな、悪役が英雄にやっつけられる話だよ」
レジナルドはそう言って、レジーナのお気に入りの本を返してくれる。
どうやら彼はレジーナの日常に興味があるらしく、レジーナの勉強の時間に前の晩読んでいた本を貸して欲しいと言っていた。
「その本、挿絵がないな」
「ええ。お父様が私のために作らせてくれたの。挿絵があると文字に集中できなくなってしまうから」
そう答えるとレジナルドは首を傾げた。
「絵があった方がわかりやすいのではないか?」
「鏡さんが言うには、情報量が多すぎて混乱するんですって」
鏡に言われたとおり言うけれど、レジーナにはその内容もはっきりと理解できていなかった。ただ、挿絵の多い本は文字だけの本よりもずっと読むのに時間が掛かってしまう。だから文字だけの本の方が読みやすく感じられた。
「このお話もよくわからないけれど、どうして、天の下はみんな同じなんて言っているのかしら? だって、侍女と私は何もかも違うわ」
レジーナが訊ねるとレジナルドは頭を抱えた。
「人間と言う意味では同じだよ。怪我をすれば血を流すだろう? 酷いことを言われればレジーナも悲しいだろう? 侍女だって、レジーナに叩かれれば痛いし、酷いことをいわれたら傷つく」
レジナルドの言葉は、優しくレジーナの中に溶け込んでいくようだった。けれども、それはこの物語の指す意味とは違うような気がする。
「天帝の前では王も平民もみんな同じってこと?」
「それもあるが、レジーナ、この話が言いたいことは、人間は努力次第ってことだ。どんなに裕福な家に生まれて立派な家庭教師に囲まれていても、本人がやる気を出さなければ賢くはなれないし、貧しい家に生まれても自分で懸命に学べば賢くなれる」
レジナルドはレジーナのために随分噛み砕いて説明してくれたようだったが、レジーナには理解できなかった。
「つまり、そうだな。生まれた瞬間の無垢な心は育ち方により変わってしまうということだ」
レジナルドはそう言ってダーリアを見る。
「レジーナの教材には相応しくない話だったのではないか?」
「しかし、白の王国の子供たちは皆この話を聞いて育ちますよ」
ダーリアは呆れたようにレジナルドを見た。二人の話に、レジーナはますます白の王国のことがわからなくなってしまった。
「黒の王国では、いかに正義の王を困らせてから倒されるかっていうことを学ぶのよ」
これは黒の王国では当たり前の話だ。いかにして、他人を苦しめ、痛めつけ、恐れられるか。恐怖により支配すれば、力が大きければ誰も逆らわなくなる。そう、教えられる。しかし、レジナルドが深いため息を吐くことからも、それは普通では無いことなのだろう。
それでも、レジーナのお気に入りの物語では、悪い女王は最後に倒される。それも、とてもとても悲惨な方法で。
「永遠の命なんてちっとも楽しくないと思うの」
もう飽きたと羽ペンを置けばダーリアに睨まれる。
「まだ本日の課題が終わっていません」
「もう飽きたわ。お前の話はいつも退屈よ。それに、林檎のお世話の時間だわ」
レジナルドは庭師に任せればいいと言うが、レジーナはそうは思わない。
あの林檎はレジーナにとって非常に重要なものだ。溢れだすほど強大な魔力を発散させると同時に魔法をより強力なものへと変化させてくれる。制御出来ないほどの魔力を吸収してくれる林檎たちはレジーナにとってなくてはならない存在だ。
「仕方がない。レジーナ、行っておいで。俺もこれが終わったら庭に行こう」
そう、優しく笑んだレジナルドに驚く。
なんて綺麗なんだろう。絵画の中にいる人のようだとレジーナは思う。けれども彼は絵画の中の人より、ずっと柔らかいだろう。
「ええ、待ってるわ」
そう言って思わず笑う。
まさか自分がこんなことを言えるなんてレジーナは思いもしなかった。
いつもは、相手の方がレジーナに合わせるのだ。なのに今、レジーナはレオナルドに合わせようとした。
それはとても奇妙だけれども何故か温かく感じる。
「レジナルド陛下、甘過ぎます」
「レジーナは扱いが難しい。妥協も必要だ」
レジナルドの言葉は理解できないが、レジーナにとって好ましい話でもなさそうなので聞かなかったことにして部屋を出る。
ダーリアは嫌い。
あの魔女はきっとレジナルドにとってもよくない存在だ。そう思うと同時に、だったらレジーナ自身はどうだろうと考える。
レジーナは黒の女王。悪い女王だ。悪い女王を殺しにきたレジナルドを出来るだけ苦しめてから倒されなくてはいけない。それが物語の掟なのだ。
今更結末を変えるなんて出来るだろうか。
考えたところで、レジーナに答えは出せそうになかった。
レジーナを殺しに来たはずなのに殺す気は無いなどと言い出すし、頻繁にレジーナに触れたがる。
朝、身支度を終えると執務室でダーリアに物語を聞かされる。そしてそれを書き写す作業が待っていた。勿論すぐ傍にレジナルドもいる。けれども彼らが必要だという物語の内容がレジーナにはよくわからない。それは道徳というもので、白の王国では小さな子供が頻繁に聞かされるものらしい。
「カンゼンチョーアクって言うのはよくわからないわ」
「レジーナの好きな、悪役が英雄にやっつけられる話だよ」
レジナルドはそう言って、レジーナのお気に入りの本を返してくれる。
どうやら彼はレジーナの日常に興味があるらしく、レジーナの勉強の時間に前の晩読んでいた本を貸して欲しいと言っていた。
「その本、挿絵がないな」
「ええ。お父様が私のために作らせてくれたの。挿絵があると文字に集中できなくなってしまうから」
そう答えるとレジナルドは首を傾げた。
「絵があった方がわかりやすいのではないか?」
「鏡さんが言うには、情報量が多すぎて混乱するんですって」
鏡に言われたとおり言うけれど、レジーナにはその内容もはっきりと理解できていなかった。ただ、挿絵の多い本は文字だけの本よりもずっと読むのに時間が掛かってしまう。だから文字だけの本の方が読みやすく感じられた。
「このお話もよくわからないけれど、どうして、天の下はみんな同じなんて言っているのかしら? だって、侍女と私は何もかも違うわ」
レジーナが訊ねるとレジナルドは頭を抱えた。
「人間と言う意味では同じだよ。怪我をすれば血を流すだろう? 酷いことを言われればレジーナも悲しいだろう? 侍女だって、レジーナに叩かれれば痛いし、酷いことをいわれたら傷つく」
レジナルドの言葉は、優しくレジーナの中に溶け込んでいくようだった。けれども、それはこの物語の指す意味とは違うような気がする。
「天帝の前では王も平民もみんな同じってこと?」
「それもあるが、レジーナ、この話が言いたいことは、人間は努力次第ってことだ。どんなに裕福な家に生まれて立派な家庭教師に囲まれていても、本人がやる気を出さなければ賢くはなれないし、貧しい家に生まれても自分で懸命に学べば賢くなれる」
レジナルドはレジーナのために随分噛み砕いて説明してくれたようだったが、レジーナには理解できなかった。
「つまり、そうだな。生まれた瞬間の無垢な心は育ち方により変わってしまうということだ」
レジナルドはそう言ってダーリアを見る。
「レジーナの教材には相応しくない話だったのではないか?」
「しかし、白の王国の子供たちは皆この話を聞いて育ちますよ」
ダーリアは呆れたようにレジナルドを見た。二人の話に、レジーナはますます白の王国のことがわからなくなってしまった。
「黒の王国では、いかに正義の王を困らせてから倒されるかっていうことを学ぶのよ」
これは黒の王国では当たり前の話だ。いかにして、他人を苦しめ、痛めつけ、恐れられるか。恐怖により支配すれば、力が大きければ誰も逆らわなくなる。そう、教えられる。しかし、レジナルドが深いため息を吐くことからも、それは普通では無いことなのだろう。
それでも、レジーナのお気に入りの物語では、悪い女王は最後に倒される。それも、とてもとても悲惨な方法で。
「永遠の命なんてちっとも楽しくないと思うの」
もう飽きたと羽ペンを置けばダーリアに睨まれる。
「まだ本日の課題が終わっていません」
「もう飽きたわ。お前の話はいつも退屈よ。それに、林檎のお世話の時間だわ」
レジナルドは庭師に任せればいいと言うが、レジーナはそうは思わない。
あの林檎はレジーナにとって非常に重要なものだ。溢れだすほど強大な魔力を発散させると同時に魔法をより強力なものへと変化させてくれる。制御出来ないほどの魔力を吸収してくれる林檎たちはレジーナにとってなくてはならない存在だ。
「仕方がない。レジーナ、行っておいで。俺もこれが終わったら庭に行こう」
そう、優しく笑んだレジナルドに驚く。
なんて綺麗なんだろう。絵画の中にいる人のようだとレジーナは思う。けれども彼は絵画の中の人より、ずっと柔らかいだろう。
「ええ、待ってるわ」
そう言って思わず笑う。
まさか自分がこんなことを言えるなんてレジーナは思いもしなかった。
いつもは、相手の方がレジーナに合わせるのだ。なのに今、レジーナはレオナルドに合わせようとした。
それはとても奇妙だけれども何故か温かく感じる。
「レジナルド陛下、甘過ぎます」
「レジーナは扱いが難しい。妥協も必要だ」
レジナルドの言葉は理解できないが、レジーナにとって好ましい話でもなさそうなので聞かなかったことにして部屋を出る。
ダーリアは嫌い。
あの魔女はきっとレジナルドにとってもよくない存在だ。そう思うと同時に、だったらレジーナ自身はどうだろうと考える。
レジーナは黒の女王。悪い女王だ。悪い女王を殺しにきたレジナルドを出来るだけ苦しめてから倒されなくてはいけない。それが物語の掟なのだ。
今更結末を変えるなんて出来るだろうか。
考えたところで、レジーナに答えは出せそうになかった。
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