Fat,Nerd&Gay【連載版】

ROSE

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 デブでオタクでゲイ。
 それが俺を現すのに丁度いい言葉だ。
 これでもう少し明るく社交的だったら受け入れられたかもしれないけれど、根暗なコミュ障という印象を抱かれがちで、それが余計に俺を「キモい」人間だとカテゴライズしているだろう。
 テレビ番組でデブやゲイを売りにしているタレントの真似事なんてできないし、する気もない。
 強引なカテゴライズにはうんざりしている。
 伊達清だてきよしなんて名前は母さんが某演歌歌手のファンだったからつけられた。みんな「きよし」ってよりは「ふとし」だろうって思っているだろう。俺だってそう思う。
 子供の頃から体が大きく小児肥満の傾向にあったが、あの頃はまだ同級生達が構ってくれていた。小学生なんて虫取りが上手ければヒーロー扱いだし俺の他にいじめられている奴がいたんだ。おかげで今みたいな妙な立ち位置ではなかった。
 あの頃いじめられていたさくは、今じゃちょっとした人気者だ。生まれつき足が悪くて運動はてんでだめだが、顔がいい。昔から女の子みたいな顔だとは思っていたけれど、今はどこか浮世離れした美男子で、イマドキの言葉で言うならジェンダーレスな顔立ち、なんだろう。それに本人の穏やかでほんわかした性格が合わさって、特に女子からの人気が高い。
 今だって教室で女子に囲まれている。
 朔は自分からはあまり話さない。ただ、相手の話をうんうん聞いて、時々一言二言返事をする。かと言って会話が嫌いというわけでもなく、噂話にはたぶん誰よりも詳しい。朔に訊けば学校中の様々な情報が手に入るのではないかと言うほど、人の噂を把握している。きっと本人も噂話が好きなのだろう。
 たぶん学校中の弱味を握っているけれど、それを利用したりすることもない。
 秘密と言われたらしっかり秘密を守れる口の堅さもあるから余計に人気者になって多くの噂話が入ってくるのだろう。
 子供の頃、朔は足が悪かったからいじめられていた。ヘンな歩き方で杖を持っている。それにおとなしい性格だ。いじめるには格好の餌食だった。それに親がいなくてじいちゃんと暮らしている。それも余計にいじめる理由になったのだろう。
 あの頃、俺はまだ体が大きい(とは言え肥満が主な理由ではあったが)から他の子を追い払うのに苦労しなかった。だから朔をいじめているやつを追い払ったり、奪われた杖を取り返してやったりしていた。
 そのせいで朔は未だに俺に懐いてくれているのか、時々話しかけてくる。
 女子に囲まれていればいいのに、未だに恋人のひとりも作らない朔を不思議に思う。
 綺麗な顔をしているし、女子にモテる。
 他校からわざわざ朔を見に来る女子だっているのに、朔は誰とも付き合わない。
 お前が話しかけてくるせいで睨まれる俺の身にもなれよと言いたくなる。
 さっさと彼女のひとりでも作ってくれればいいのに。
 そうしたら、俺のこの妙な気分も治まるかも知れない。
 もしかしたら、朔にも特定の誰か好きな相手がいるのかもしれないし、その誰かは既に他の恋人がいるのかもしれない。
 だけど、せめて誰が好きなのかわかれば……諦めもつくはず。
 
 そう、俺の好きな相手は朔だ。
 いつからと言われてもわからない。けれども他の男子がちょっと気になる女の子の話を始めたとき、俺にはそう言う子がいないことに気がついた。
 二次元の女の子が好きかと訊かれてもノーだ。そもそも女の子に視線が向かない。あの可愛らしい衣装に視線が行くかと言ってもノーだ。全く惹かれない。
 と言うのも、オタクではあるが所謂アニメのオタクではない。
 元々図鑑が好きだった。爬虫類が好きで、所謂マニアに属するのかもしれないが、家でヘビやトカゲを飼育しているから部屋に籠もりがちなのでオタクという表現も間違ってはいないはずだ。
 生き物を飼うには責任が伴うし、餌が餌だから母さんに世話を頼むわけにもいかない。
 ガラスケースの中の友達には冷凍マウスやコオロギを用意して食べさせる。照明や温度の調節にも気を使う。彼らの世話にいくらでも時間を使えるほど熱中している。
 かと言って、生き物を恋人代わりにする人種でもない。爬虫類しか友人がいないような寂しい人間ではないのだ。
 ただ、自然の視線が向く相手が朔だった。
 線が細く美形で、いつもぽやぽやしている。正直なにを考えているのかわからないし、放っておけないという空気だ。
 たぶん誰が見てもそうで、彼の周囲では誰かしらが彼の世話を焼こうとする。
 美形は得だとかそう言った話ではない。なんというか、朔はふわふわ浮いていて地に足がついていないような雰囲気なのだ。
 正直なところ、朔へ抱いているこの感情が所謂恋愛だとかそういった物なのかさえわからない。ただ、視線が向いてしまう。それは放っておけないだとか、つい世話を焼きたくなるとかそう言った次元だけの話なのか、それとも彼を性愛対象として見ているのか。
 わからない。
 ただ、惹かれる。視線が向いてしまう。話す時に心地いい。
 かといって裸がみたいだとかそう言うわけでは……ないと思う。
 細すぎてちゃんと食べているのかと心配になることはあっても。

 夏服の白シャツに、あまり着る人のいない学校指定の夏カーデ。
 そう言えば朔が半袖を着るところを見たことがない気がした。
 寒がりで、冬場なんかはくっついてくることがあるけれど、どうせ俺の体が大きくてふにふにしているからだとかそう言う話だ。
 体型の話だって他のやつに言われると腹が立っても、不思議と相手が朔なら気にならない。
「きーちゃん、お昼一緒に食べたい」
 当たり前の様に声をかけてきた朔に驚く。
 たくさん女子が誘いに来るのに、わざわざ俺の席に来るなんて。
 後ろで女子が睨んでるじゃないか。
「その呼び方やめろって」
 ガキみたい。
 実際子供の頃から朔はそうやって呼ぶ。
「じゃあ、きよし?」
 あまり好きではない名前。
 けれどもあのイケメン演歌歌手と比べて溜息を吐くばあちゃんに呼ばれる時とは違う。
 朔が口にすると特別な響きに感じられる。
「女子達に誘われてたんじゃないのか?」
「うん。でもみんなどこのクラスのだれがかっこいいとかそういう話ばっかりだから」
 それに朔がイケメンだとか、かわいいだとか化粧が似合いそうだとかそんな話をしているのだろう。実際クラスのイケてるグループの女子は朔の顔で遊びたがる。
「こないだなんて口紅塗られただろ」
「あれ? 見てた? あれはなかなか落ちなくて大変だったなぁ」
 朔は困ったように笑って、菓子パンとコーヒー牛乳を机の上に置く。
「げ、またそれだけ?」
「うん? 朝コンビニで買ってきた」
「だからそんなに細いんだろ。これもやるから食え」
 弁当の中から昨夜の残り物と思われるとんかつを三切れくらいとミニトマトをひとつ蓋に乗せて渡せば朔は目を輝かせる。
「いいの?」
「ああ。そんなんじゃ午後持たないだろ」
 それに俺も少しは減量に繋がるかもしれない。
 一応は体型を気にしているんだ。
「きよしのお母さん料理上手だから嬉しいな」
 朔は躊躇わず、手でおかずを食べる。
 不思議とこういう仕草さえ気品があるように見えるのは、朔のおじいちゃんの影響だろうか。
「うん、おいしい」
「よかったな」
 それから、会話は続かない。
 朔は朔でおとなしいし、俺は俺であまり会話が得意な方ではない。
 お互い黙々と食べる。
 そして先に食べ終わった朔が両手を合わせて「ごちそうさまでした」とこれまた綺麗な所作を見せてくれる。
 いいとこの坊ちゃん。
 なにも知らない人が見れば、きっとそう見えるのだろう。
 おじいちゃんと二人暮らしで、足が悪い。
 悪口を言われても気づかない程度にはとろくて、いつもぼけーっとしている。
 顔がよくて静かで穏やかな、ちょっと病弱に見えるくせに風邪一つ引かないタイプ。
 でも、実は朔も一種のオタクだ。
 弦楽器工房。それが朔の家だ。
 朔のじいちゃんはその業界では結構有名な人らしい。そして朔もそこで手伝いというか修行というか、そういったことをしている。
 イケメンで、物静かで、楽器が弾ける。そして少し病弱そうな雰囲気。
 もう完璧だ。女子のハートは鷲掴みだろう。
 けれども朔は演奏より楽器製作の方が好きで、弦楽器について語らせるととても長い。普段のおとなしさが嘘のように話し始める。
 つまり、一種の同類なのだ。違いは容姿と社交性。
 朔はオタクでもイケメンであればモテるということを証明してしまうような存在だ。
 自分から昼飯に誘ってきたくせに、食べ終わるとさっさと雑誌を開きはじめる朔はマイペース過ぎる。けれどもそれが全く不快にならない。
 得な人種だと思ってしまう。
 熱心に見ているその雑誌は弦楽器の専門誌で主に演奏家向けのものだ。けれども朔が一番熱心に見るのは弦楽器マイスターのインタビューだ。
 さっきからずっと同じページを広げている。
 そんなことがわかってしまうくらいに朔を見てしまう。
「きよし?」
 不思議そうな声は俺が見ていることに気がついたのだろう。
「もしかして、弦楽器に興味持ってくれた?」
「べつに。ああいうのって小さいときからやらないとだめなんだろう?」
「そんなことないよ。大人になってからはじめる人だってたくさんいるし」
 初心者向けのセットもたくさんあるよと広告ページを開いて見せてくる。
 庶民には手が届かない価格帯で初心者向けだなんてふざけてる。
 訂正。やっぱり朔はいいとこの坊ちゃんだ。
「やっぱ住む世界違うな」
 それを言ったら爬虫類飼育だってそこそこ金が掛かる趣味だけど、弦楽器は次元が違うように思える。
 朔は一瞬驚いた顔をして、それからまた雑誌に視線を戻した。
 傷つけただろうか。
 それから一言も会話がなく、それでも昼休みが終わるまで朔は俺の前を動かなかった。




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