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第一章

羞恥③

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「それはそれは……大変失礼しました。僕にとっては掛け替えのない思い出でしたので、忘れられたと聞いてガッカリしてしまったのです」

 『つい、意地悪してしまった』と謝罪し、ヴィンセントはメインのステーキに手を伸ばした。
ビクッと大きく肩を震わせる父達の前で、彼は優雅に肉を切り分ける。

「ところで、ずっと気になっていたのですが」

「な、何でしょう?」

 『今度は何をするつもりだ?』と警戒心を露わにする父は、若干身構えた。
これでもかというほど表情を硬くする彼に対し、ヴィンセントは困ったような笑みを浮かべる。

「成人した方にこのようなことを言うのは失礼かと思ったのですが、陛下の御前ですので……一応、注意致しますね」

 そう前置きしてから、ヴィンセントはセシリアたるアイリスに視線を向けた。

「セシリア、ナイフとフォークが逆だよ。あと、お肉を切り分ける時は力任せに引っ張るんじゃなくて、こうやって……刃先を滑らせるようにして、ゆっくり引くんだ」

 自身のステーキで実演しながら、ヴィンセントは優しく……でも、ハッキリとテーブルマナーの悪さを指摘した。
それも、ロジャー皇帝陛下やルパート殿下に見せつけるように。

「ぁ……うん。分かった」

 困惑気味に首を縦に振り、セシリアたるアイリスはナイフとフォークを持ち直す。
と同時に、顔を赤く染めた。
この状況を冷静になってよく考えてみると、凄く恥ずかしかったのだろう。
『っ……!』と声にならない声を上げつつ、彼女は再びステーキを切り分けようとする。
だが、しかし……力加減を誤ったようで、切れたお肉が勢いよくお皿から飛び出した。

「あっ……」

 真っ白なテーブルクロスを汚すステーキに、セシリアたるアイリスはもはや半泣き。

「ご、ごめんなさ……」

「これ、片付けて。あと、早急に新しいナイフとフォークを」

 給仕役の侍女を呼び寄せ、ヴィンセントは『よろしくね』と頼む。
首を縦に振って応じる侍女を他所に、彼はチラリとこちらを見た。

「セシリアはアイリス嬢を見習った方がいいね。ほら、綺麗にステーキを食べている。姿勢や所作も完璧だ。まるで、数ヶ月前の君を見ているようだよ」

「「「!?」」」

 『やっぱり、気づかれている!?』とでも言うように目を剥き、父達はヴィンセントを凝視した。
この場におかしな空気が流れる中、ヴィンセントは戻ってきた給仕役を再度下がらせる。
と同時に、席を立った。

「うん、やっぱり────君、セシリアじゃないよね?」
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