可愛いだけの無能な妹に聖女の座を譲ろうと思います

あーもんど

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1巻

1-3

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 少なくとも、私みたいな小娘が雑に扱っていい代物しろものではないわね……
 私は、お宝の山となっているクローゼットの中を見て頬をらせながら、パステルカラーのワンピースを手に取った。
 それから、着替えを終えた私はタイル張りの小さなキッチンの前に立っていた。
 たなから調理器具や必要な材料を取り出し、それらを調理台の上に並べる。
 そして、昔、メイドに教えてもらったレシピを思い出しながら、私は恐る恐る包丁を手に取った。
 今日は精霊国移住の件でお世話になったジンやベヒモスにお礼をするため、お菓子作りに挑戦することにした。
 ちなみに今日作るのは、甘くて美味おいしいアップルパイだ。
 お菓子作りなんて初めてだからうまくできるかわからないけど、やれるだけやってみよう。
 そう決意した私は、ゆっくりと慎重に林檎りんごの皮をはじめた。


 初めてのお菓子作りは、そう簡単にはいかなかった。
 包丁で指を切ったり、煮詰めた林檎りんご素手すでで触って火傷やけどしたりと、いろいろハプニングがあったけれど……なんとかアップルパイを完成させることができた。
 出来立てホカホカのアップルパイは湯気を立てながら、甘くて香ばしい香りを放っている。
 昔、若いメイドが夜中にこっそり作ってくれたアップルパイより少しが目立つけれど、とりあえず大丈夫そうだ。
 ふぅ……お菓子作りって、意外と大変なのね。
 メイドが簡単そうにスイスイ作業をこなしていたから、こんなに難しいものだとは思わなかったわ。
 でも……久々にすごく楽しかった。
 初めての連続で戸惑とまどうことばかりだったけど、それすらも楽しく感じた。
 誰かのために頑張るって、こんなに楽しいものだったのね。
 今までの私は、周りに認めてもらうことに必死だったから……
 頑張りや努力の質は同じでも、目的が違うだけで、気持ちってこんなにも違うのね。
 出来上がったアップルパイを見つめ、頬を緩めていると……ふと背後から視線を感じた。
 反射的に後ろを振り返る。
 そこには――窓越しにこちらをじっと見つめる精霊たちの姿があった。
 ジンと同じ小人サイズの精霊たちがこっちを……いや、正確にはアップルパイを見ている。
 なんでこんなところに精霊が……? ここって、街外れよね……?
 近くには精霊の集落や家はないって、精霊王様は言っていたはずだけれど……
 もしかして……アップルパイの匂いにつられて、やってきたとか……?
 精霊は鼻がいいっていうし……。それに、精霊はみんな、とても甘いものが好きだから。
 アップルパイの甘くて香ばしい匂いを頼りに、ここにやってきてもおかしくはない。
 それくらい、彼らは甘いものに目がないのだ。
 ふふふっ。食いしん坊なお客様ね。
 私はクスリと笑みを漏らすと、アップルパイに釘づけになっている精霊たちを手招きした。

「よかったら、アップルパイの味見をしてくれないかしら? 友達に渡す前に味の感想を聞いておきたいの」

 窓のかぎを開けて、食いしん坊の精霊たちに笑いかけると、彼らは我先にと家の中に飛び込んできた。
 精霊たちが飛び込んできた勢いで風が巻き起こり、ふわりとワンピースのすそが舞う。
 ふふふっ。そんなにあわてなくても大丈夫よ。ちゃんとみんなにあげるから。
 私はソワソワと落ち着きのない精霊たちに笑みを向けながら、冷めてきたアップルパイに包丁を差し込んだ。
 丸いアップルパイを、八等分にする。
 そのうちの半分を、小人サイズの精霊たちに合わせて小さく切り分けると、それらをまとめて大きな皿に盛りつける。
 もちろん、残り半分はジンとベヒモスの分として、調理台のすみけてある。
 せっかく二人のために作ったのに、食べてもらえなかったら、悲しいもの。
 私はテーブルの上で座って待つ精霊たちの前に、コトンとアップルパイがのった皿を置いた。
 小人サイズの精霊たちは、胃袋を刺激する甘い香りにジュルリとよだれを垂らす。
「早く食べたい」とばかりにアップルパイをじっと見つめているけれど、まだ手を伸ばそうとはしない。
 私からの許しを待っているらしい。
 精霊は自由奔放じゆうほんぽうだというけれど、礼儀正しいのね。
 私はきっちりマナーを守る彼らに好感をいだきながら、近くの椅子に腰掛ける。

「たんと召し上がれ」

 今か今かと待っている精霊たちに微笑むと、彼らは一斉いっせいにアップルパイに手を伸ばした。みんな、小さく切り分けたアップルパイを、口いっぱいに頬張っている。
 ふふふっ。そんなにあわてなくても大丈夫なのに。
 ものすごい勢いでアップルパイを食べ進める精霊たちの頬はパンパンだ。
 まるでリスみたい。

「うふふっ。そんなに急いで食べなくても、アップルパイはまだまだたくさん……って、あれ? もうないの……?」

 私は「まだまだたくさんあるから、大丈夫よ」と言おうとしたのだけれど、もうすでからになった皿を見て、わずかに目を見開いた。
 欠片かけら一つ残さず、食べきったらしい。それも、この短時間で……
 い、一体どこにあの量が入ったの……?
 小さな見た目に反して、胃袋が大きいのかしら?
 アップルパイの半分を一瞬で平らげた精霊たちは、ポッコリ膨らんだお腹を満足そうに撫でている。
 けれど、その視線の先にはからになったお皿があった。
 私はそれに気づいて、頭を悩ませる。
 まだ食べたいのかしら……? でも、残りはジンたちと私の分だし……
 四切れあるから一人分は余るけれど、彼らの食べっぷりを見る限り、それだけでは満足しないでしょう。
 新しいアップルパイを作るには、時間がない……
 でも、このまま帰ってもらうのはなんだか申し訳ないし……あっ! そうだわ!

「ちょっと待ってて!」

 私はガタッと音を立てて席を立つと、キッチンに置いてあるなべのところに向かった。
 そこには余ってしまった、煮た林檎りんごが大量に残っている。
 実は分量を間違えて、林檎りんごをたくさん作っちゃったのよね……。林檎りんごは嫌いではないから、あとで一人で食べようと思ってたけれど……せっかくだから彼らに振る舞いましょう。
 アップルパイが食べられるなら、その材料である林檎りんごも食べられるかもしれないし……!
 私は大量に余った林檎りんごを再び火にかけ、温め直す。
 温め直すだけなら、そんなに時間は必要ないから、すぐに食べられるわよね。
 私はグツグツと煮詰まり始めたなべを見て頬を緩め、火を止めた。
 両手にミトンを装着し、なべをそのままテーブルに持っていく。
 そんな私の様子を、精霊たちは何も言わずにじっと見つめていた。

「これは林檎りんごっていって、さっき食べてもらったアップルパイの材料なの。甘くて、とっても美味おいしいから、よければ食べて」

 私は温め直した林檎りんごを小皿に移して、それを精霊たちの前に出した。
 彼らは互いに目を合わせると、恐る恐る林檎りんごに近づく。
 そして湯気が立つそれを風魔法で浮かせ、それぞれ口元まで持っていった。
 この子たちの口に合うといいけれど……
 私は少し心配しながら、彼らを眺めた。
 アップルパイの材料とはいえ、林檎りんごは結構好き嫌いが分かれる。
 アップルパイは食べられるけれど、林檎りんごは食べられないという人も少なくない。
 ドキドキしている私を置いて、彼らはその小さな口を「あー」と大きく開ける。
 そして、ホカホカでトロトロの林檎りんご一斉いっせいに口に含んだ。
 もぐもぐと黙って咀嚼そしゃくする彼らの様子を、ハラハラしながら見守る。
 ど、どうしましょう……? ここで「美味おいしくない」なんて言われたら……
 いえ、別にそれは構わないのだけれど、「不味まずいもの食わせやがって!」って、怒らないかしら……?
 私は普通の人間より精霊と関わる機会が多かったけれど、関わってきた精霊は多くない。
 それは、私が精霊たちの常識や価値観を、きちんと理解できていないということ。
 だから、思ってもみないことで怒られる可能性も十分ある。
 せっかく精霊国への移住が決まったのに、先住民である精霊たちに嫌われたら、最悪ここから追い出されてしまうかもしれない……
 お菓子が不味まずかったという小さなことでも、精霊たちと常識が違っている可能性がある以上、ありえない話ではない。
 私の中でどんどん不安が膨らんでいく中、精霊の一人が口を開いた。

「――うまいっ!」

 満面の笑みを浮かべて、その精霊はそう一言ひとことつぶやいた。
 今まで何も言葉を発しなかった精霊が、私のお菓子をめてくれたのだ。
 たったそれだけのことなのに、どうしてだろう……? こんなにも嬉しい。
 今までにも何度かめられることはあった。
 古代文字の解析、新しい魔道具の考案、魔法に関する論文などなど……私は周りに認めてもらうために多くのことに挑戦し、成功してきた。
 そのたびに、めてくれる大人はいた。
 でも、どうしても嬉しく思えなかった。
 だって、あの人たちのめ言葉には心がこもっていないから。
 内心ではみにくい私を見下しているのが、けて見えた。
 だから、どうしても心から喜べなかった。
 けれど――今、この子がつぶやいた「うまいっ!」というめ言葉は、私の心を揺さぶった。
 別に絶賛されているわけではない。よい点を詳細に伝えられたわけでもない。
 なのにどうしようもなく、私の心を震わせる。
 それはきっと、この子の言葉には心がこもっているから。
 心の底から私が作った林檎りんご美味おいしいと思ってくれているのがわかるから。
 たった一言ひとこと……十文字にも満たないめ言葉がこんなにも嬉しいなんて、知らなかった。

「ありがとう。たくさん食べてね」

 私は林檎りんごに夢中な彼らにそう声をかけ、緩やかに流れるこの時間を楽しんだ。


 それから、精霊たちはものすごい勢いで林檎りんごを食べ尽くし……満腹になって眠気が来たのか、ウトウトし始めた。
 彼らはゴシゴシと目をこすりながら、ボケ~ッとしている。寝てしまう寸前という感じだ。
 まあ、あれだけ食べれば眠たくなるわよね。この家、日当たりもいいし、お昼寝には持ってこいの場所だもの。
 ここで寝るのは構わないけど、この子たちは家に帰らなくていいのかしら?
 もうそろそろ、昼食の時間だと思うのだけれど……
 あれだけ食べたあとだから、昼食を食べることができるのかはわからないけれど……
 私はコテン、コテンと次々に眠ってしまう精霊たちを眺め、苦笑を漏らす。

「まぁ、今日はいいかしら」

 だって、気持ちよさそうにスヤスヤ眠る彼らを起こすのは、なんだか可哀想なんだもの。
 ぽっこり膨らんだお腹をかかえながら眠る彼らを見下ろし、私はそっと席を立つ。
 そして、からになったなべや小皿をキッチンに持っていった。
 えーと、汚れたお皿って、確か聖魔法で洗うことができたわよね?
 聖魔法の一種、どんなけがれも払える洗浄魔法の応用で、お皿も洗えたはず……。とりあえず、魔法陣を出して……

「――甘い匂いにつられてやってきてみれば……何やら面白いことになっているね」
「!?」

 洗い場の前で皿洗い用に魔法陣を組んでいると、突然後ろから声をかけられた。
 耳に馴染む優しいテノールボイスは、昨日聞いたそれとよく似ている。
 こ、この声って、確か……
 脳内にある人物を思い浮かべながら、私は恐る恐る後ろを振り返る。
 すると、そこには――柔和にゅうわな笑みを浮かべる、銀髪美人の姿があった。

「精霊王様……一体いつから、そこにいらしたんですか?」
「今さっきだよ。仕事が一段落したから、甘い匂いの正体を探りに来たんだ」
「そうだったんですか……。お仕事お疲れ様です。精霊は鼻がいいって話、本当だったんですね」

 ここから精霊城までは結構距離があると思うのですが……精霊王様の鼻には関係なかったみたい。
 さすがは精霊王様としか、言いようがないわね。
 精霊王様は眠ってしまった精霊たちを見下ろし、ゆるりと口角を上げる。
 楽しげに笑う柘榴ざくろの瞳からは、優しさが垣間見かいまみえた。

「それにしても……すごくなつかれたみたいだね。この子たちが初対面の人の前で爆睡するなんて、初めて見たよ」
「そうなんですか……? お菓子のおかげですかね? この子たち、無我夢中むがむちゅうでお菓子を頬張っていましたから……。別になつかれたわけじゃないと思いますよ?」

 だって、私はこの子たちと会話もわしていないのよ?
「うまいっ!」とは言ってくれたけれど、あれは会話というより独り言に近い感じだったし……
 私は精霊王様の見解をやんわり否定すると、完成した魔法陣を発動させる。
 すると、白い光に包まれたなべや皿が一瞬で綺麗になった。まるで新品みたいだ。
 私はそれらをたなに戻したあと、お湯をかす。
 すると突然、精霊王様が笑い声を漏らした。

「ふふっ。まあ、そう感じるのも無理ないよ。この子たちはシャイだからね。初対面の人間と、会話ができないんだよ……。あっ、でも、なつかれてるのは本当だよ? 確かに僕たち精霊は甘いものに目がないけど、お菓子をもらう相手はちゃんと選ぶ。心の汚い人間からのお菓子は絶対にもらわないんだ。だから、お菓子につられてこの子たちが君になついたわけじゃないよ」

 優しく、子供をさとすように言葉を重ねる精霊王様の口元は、緩んでいた。
 確かによくよく考えてみれば、お菓子でつられるほど精霊は安い存在じゃないものね。
 甘いもの好きなのは本当だけど、誰彼構わずお菓子を強請ねだっているわけじゃないんだわ。
 そう考えると、自分が特別な存在のようで、少し嬉しい。
 私はお湯がいたところでティーポットにそそぎ、お茶をれる。
 そして、トレイの上にれたての紅茶と余っていたアップルパイを一切れのせ、テーブルに歩み寄った。

「精霊王様も、よろしければどうぞ」
「ふふっ。ありがたくいただくよ」

 精霊王様に席をすすめ、ティーカップとアップルパイを置くと、銀髪美人は嬉しそうに微笑んだ。
 彼は、ふと思い出したように私に問う。

「そういえば、ジンとベヒモスはどうしたんだい? 一緒じゃなかったの?」
「ジンとベヒモスはそれぞれ故郷に帰っています。夕方か夜に戻ってくる予定です」
「なるほどね。彼らとは一緒に住むのかい?」

 私は精霊王様の言葉にハッとし、口をつぐんだ。

「……」
「ノーラ?」

 アップルパイを美味おいしそうに食す精霊王様は、突然無言になった私に首を傾げる。
 そんな彼を前に、私はうつむいた。
 ジンとベヒモスとの、共同生活……
 実はそのことについて、私は今すごく悩んでいる。
 ジンとベヒモスは、私と同居する気満々だったけれど、私としては、彼らには故郷で仲間たちとともに暮らしてもらいたい。
 私と一緒に暮らしたいと言ってくれる彼らの気持ちは、もちろん嬉しい。
 でも、長年力を貸し続けてきた人間の国から、せっかく祖国に帰ってきたんだから、故郷でゆっくり暮らして欲しいという気持ちがあった。
 私の精霊国移住についていろいろ頑張ってくれたみたいだし、これ以上二人に迷惑をかけるのは避けたい。
 優しい二人のことだから「迷惑だなんて思ってない」と言うだろうけれど、これ以上彼らに甘えたくなかった。

「……ノーラ、僕でよければ相談に乗るよ? 力になれるかどうかはわからないけどね」

 悶々もんもんと考え込む私の姿を見ていられなかったのか、精霊王様はフォークでアップルパイをつつきながら、そう申し出てくれた。相変わらずの柔らかい表情で……
 精霊王様にわざわざ相談するようなことではないけれど……せっかくだから、相談に乗ってもらおうかしら。
 ここで精霊王様の厚意をかたくなに遠慮するのも失礼だし……話すだけ話してみましょう。

「実は……ジンとベヒモスとの共同生活について悩んでいまして……。二人は私と同居する気でいるのですが、私としては、二人には故郷で仲間たちと一緒にゆっくり暮らして欲しいんです。私のことは気にせず、自分たちの生きたいように生きて欲しいというか……とにかく、もうこれ以上二人には迷惑をかけたくないんです」

 今までの私は自分のことで精一杯で、二人のことを考えてあげられなかった。
 でも、こうして心に余裕ができて……自分のことを客観的に見たとき、二人にどれだけ迷惑をかけてきたのか、よくわかった。
 だから、もう二人には自由になって欲しい。故郷の仲間たちと仲良く暮らして欲しい……
 私は、そう願っている。
 精霊王様はフォークで切り崩したアップルパイを一口ひとくち含み、深紅しんくの瞳をこちらに向けた。
 その目はニコリとも笑っていない。どこか真剣味を帯びた瞳だった。

「ノーラ、君は本当に……鹿だね」

 ……はいっ?
 私は精霊王様が放った言葉に、ポカーンと口を開けていた。
 私は誰かに認められるため、様々な努力をしてきた。
 もちろん勉学もそのうちの一つで、高成績以外とったことがない。
 だから、『馬鹿』とののしられることはなかった。
 私を罵倒ばとうする言葉は、いつも『ブス』や『みにくい』といった、外見を指すものだった。
 誰かに『馬鹿』とののしられることは新鮮……というか、初めてだった。

「え、えっと……理由をお伺いしても?」

 私がひどく動揺しながら聞くと、精霊王様はスッと目を細める。

「構わないよ。というか、君はなんで僕に『馬鹿』と言われたのか、わからないのかい?」
「は、はい……お恥ずかしながら、全く」

 フルフルと首を横に振ると、精霊王様は見るからにあきれたような表情を浮かべた。
「何故わからない?」とでも言いたげだ。

「ジンとベヒモスの口から聞いたわけでもないのに『迷惑をかけた』と決めつけている君の考えが、馬鹿馬鹿しいと言っているんだ。いいかい? ノーラ。迷惑かどうかは相手が決めることであって、自分が決めることじゃない。君の謙虚けんきょな姿は嫌いじゃないが、その考えはジンとベヒモスに失礼だからやめて欲しい。彼らは君のために頑張ったのに、勝手にそう言われたら、悲しむと思うよ」

 精霊王様はまくてるようにツラツラ言葉を並べる。
 精霊王様の指摘により、先入観にとらわれた私の考えが、パラパラと砂の城のように崩れ去っていく。
 迷惑かどうか決めるのは私じゃない……ジンとベヒモスが決めること。
 そうか……そうよね。私、勝手に決めつけてた。二人に迷惑をかけているって。
 私は二人のお荷物だと、勝手に思い込んでいた。
 二人はただ、私のために頑張ってくれていたのに……私はそれを踏みにじろうとしていたのね。
 精霊王様に相談して正解だったわ。
 このままだったら、二人のことを傷つけていたもの。
 私は反省し、ゆっくり口を開いた。

「そうですよね……すみません、私の勝手な考えでした。きちんと認識を改めます……」
「うん、そうしてくれると助かるよ。あと……ノーラはもう少し他人に頼ることを覚えたほうがいい。君は誰かに頼ったり、甘えたりすることを嫌うところがある。共同生活の件を二人の迷惑になると判断したのが、いい例だね。君は極度の甘え下手べたなんだと思う。まあ、生まれ育った環境があれだったから仕方ないといえば仕方ないけどね……。でも……もう甘えていいんだよ? ノーラ」

 精霊王様は、まるで私のことを私以上に理解しているみたいに、柘榴ざくろの瞳をわずかに細め、優しく言い聞かせてくれた。
 私は今まで、誰かに甘えることを許されなかった。
 ――いえ、そもそも甘えられる相手がいなかった。
 ルーシーが、笑顔で私から人も物も奪っていくから……
 だから、私は一人で頑張るしかなかったんだわ。
 誰かに頼るなんて、もってのほかだと思っていた。
 だから――精霊王様の言葉が泣きたくなるほど嬉しかった。
 そっか……私はもう、甘えていいのね……! もう一人で頑張らなくて……いいのね。
 私は感極かんきわまってしまい、目尻に涙を浮かべる。
 涙脆なみだもろい私に精霊王様は笑うと、席を立った。

「ノーラ、もう一人ぼっちで戦わなくていいよ。今までよく頑張ったね」
「っ……!」

 精霊王様は涙ぐむ私のもとに歩み寄ってくると、そっと肩を抱き寄せてくれた。
 柑橘かんきつ系の香りが、ふわりと鼻孔をくすぐる。
 かつての婚約者――ダニエル・シュバルツ様とは全然違う優しい香り……
 嗚呼ああ……なんでこの人の香りや笑顔は、こんなにも優しく感じるのだろう?
 なんでこの人の言葉はこんなにもぐなのだろう?
 なんで……なんでこの人は、こんなにも温かいのだろう?
 私は精霊王様のお腹に顔をうずめ、ホロホロと温かい涙を流した。

「今はたくさん泣くといい。嫌なことは全部涙で流して、これからは楽しいことをたくさんして、たくさん笑おう。多少のワガママなら、いくらでも聞いてあげるから。だから、これからは僕にもたくさん甘えるといい」

 精霊王様の優しくて、どこか甘い言葉は私の胸にじわりと溶け込んでいく。
 彼の声はすんなりと耳に入り、不思議と心地よかった。

「っ……! ありがとう、ございます……!」

 嗚呼ああ、本当にこの人は――優しすぎる。
 優しさにれる機会が少なかった私にとって、彼の無限に広がる優しさは、どこまでも続く海のように思えた。


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