お人好しの悪役令嬢は悪役になりきれない

あーもんど

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第二章

形勢逆転《ニクス side》

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「「「「リディア(嬢)……!」」」」

 薄暗い・・・空間の中に目当ての人物を見つけ、僕達は歓喜する。
と同時に、困惑した。
だって────地下室の半分ほどが、世界から切り取られたように全てを遮断しているから。
レーヴェン殿下の魔法の影響を受けていないのが、いい例だ。

 僕達の声も聞こえていないみたいだし……。

 こちらを見向きもしないリディアの姿に、僕はスッと目を細める。
『原因はなんだ?』と自問しながら。

「あれは結界……?いや、それならリディアがとっくに壊している筈……じゃあ、もっと異質な何かか?」

 転移出来なかった理由なども考えつつ、僕は一先ず近づいた。
慎重にその空間へ手を伸ばし、『もしかしたら、入れるんじゃないか』という一縷の望みに懸ける。
だが、しかし……

「やっぱり、無理か」

 静電気が走るかの如く、バチッと手を弾かれてしまった。
幸いダメージはないが、ここまで強力な壁となると押し入るのはほぼ不可能。
『さて、どうするか』と悩む中、特待生がこちらへ駆け寄ってきた。

「だ、大丈夫ですか……!?」

「ああ、問題ない」

 片手を上げて応じる僕は、クルリと後ろを振り返る。
そして、思案顔の幼馴染みをじっと見つめた。

「なあ、リエート────お前のギフト、今ここで使えるか?」

「!!」

 驚いたように目を見開き、リエートは一瞬固まった。
かと思えば、

「おうよ!」

 と、元気よく返事する。
本当は使いたくないだろうに。
何故なら、リエートのギフトは使った後の反動が凄まじいから。
ここ数年で体も大きくなり、耐性がついたとはいえ……ギフトを酷使すれば、寝込んでしまう。
だから、この手はあまり使いたくなかったのだが……リディアを一人で戦わせるのは、どうしても嫌だった。

「そんな辛気臭い顔すんなって!」

 『大丈夫、大丈夫!』と笑い飛ばし、リエートは右手の手首を噛みちぎる。
と同時に、溢れてきた血を床に垂らした。
ハッとしたように息を呑む特待生とレーヴェン殿下の傍で、リエートは何やら呪文を唱える。
すると────血溜まりの中から、白く美しい剣が姿を現した。

「……聖剣エクスカリバー」

 さすがは『光の乙女』とでも言うべきか、特待生はリエートのギフトを知っているようだ。
口元を押さえて固まる彼女を他所に、リエートはそっと剣を掴む。

「んじゃ、行きますか」

 暗い雰囲気を払拭するためか明るく振る舞い、リエートは例の空間へ近づいた。
かと思えば、大きく振り被る。

「ニクス、殿下、ルーシー!あとは頼んだぜ!」

 そう言うが早いか、リエートは思い切り剣を振り下ろした。
と同時に、隔離された空間が切り裂かれる。
『万物切断』というギフト名に恥じない切れ味を見せる中、レーヴェン殿下の光がリディア達を照らした。
その瞬間、戦闘に熱中していた三人は弾かれたように顔を上げ、放心する。

「み、皆さん……!?」

「何故、ここに……!?」

「飯?」

 ダラリと涎を垂らす黒髪の男……いや四天王アガレスに、僕は目を細めた。
『思ったより弱そうだな』と思いつつ、膝から崩れ落ちるリエートを支える。
もう聖剣を仕舞ったのか、手ぶらの幼馴染みを一旦床に下ろし、前を見据えた。

「殿下は僕のサポートを。特待生はリエートを頼む」

 そう言うが早いか、僕は学園長とアガレスの足を凍らせる────筈が、防御される。
どうやら、自分達の周囲だけ空間を切り取ったらしい。
つまり、先程の縮小版。
『これって、連発出来るのか?』と疑問に思っていると、リディアがこちらへ駆け寄ってきた。

「お兄様……!」

「よく頑張ったな、リディア。ここから先は僕達に任せて、ゆっくり休め」

 傍まで来た彼女を片手で抱き締め、僕は『本当に無事で良かった』と頬を緩める。
もし、リディアに何かあったら……僕はきっと、魔力暴走を引き起こしていただろうから。
『よし、怪我もないな』と安堵する中、リディアはこちらを見上げた。

「いえ、私も戦闘に参加します。学園長のギフトを考えると、人手は多い方がいいでしょう」

「ギフト?」

「あっ、まだ話してませんでしたね。実は────」

 慌てて状況を説明するリディアに、僕は相槌を打ちつつ驚愕する。
傍で控えるレーヴェン殿下やダウンしたリエートも、目を白黒させた。

「魔王がそんな能力を……」

「でも、これで空間のカラクリは解けたな……」

 額に汗を滲ませながらも何とか笑い、リエートは『あと二回くらいなら対処出来るぜ』と強がる。
本当はもう限界のくせに。

「リディア、そのギフトを使われてから何分くらい経った?」

「えっと、多分……二十分くらいですかね?」

「そうか。なら────もう使えないだろう。それほど強力なギフト、連発すれば命に関わる」

 『出来たとしても、さっきの防御程度』と推測し、僕はカチャリと眼鏡を押し上げた。
ビクッと肩を震わせる学園長の前で、僕は敵意を剥き出しにする。

「ジャスパー・ロニー・アントス、お前の悪事もここまでだ」

「っ……!」

「聞きたいこともあるから、今すぐ殺す真似はしないが……僕の妹に牙を向けたんだ、それなりの対価は支払ってもらおう」

 『無傷タダで済むと思うな』と主張し、僕は学園長とアガレスの周囲だけ思い切り温度を下げた。
一歩間違えれば、凍死してしまうほどに。

 僕の妹は争いを好まない性格なんだ。
きっと、無理をして戦っていたに違いない。

 リディアの精神状態を案じ、僕は『絶対に許さない』と憤る。
────と、ここで学園長はゲートを開いた。
恐らく、『空間支配』による瞬間移動を使えないから代わりに転移魔法で逃げるつもりなんだろう。

「アガレス様、お手を!」

 『早く!』と急かす学園長は、必死に手を伸ばした。
魔王との約束だからか、アガレスも連れていくつもりらしい。
『一人なら、まだ逃げられたかもしれないのに』と思いつつ、僕は────

「無駄な悪足掻きだったな」

 ────ゲートを氷で囲んだ。
要するに、通過出来ないよう壁を使ったのである。

「そ、そんな……!?」

 行く手を阻む氷に縋り付き、学園長は青ざめた。
ヘナヘナと座り込む彼を前に、僕は

「リディアの転移を邪魔した報いだ」

 と、冷たく言い放つ。
あのとき無事転移できていたら……リディアは怖い思いをせずに済んだだろうから。
目の前でゲートが消えた光景を思い返し、僕は眉間に皺を寄せた。

「逃げるなんて、出来ると思うな」

「ひっ……!」

 学園長は涙目になりながら後退り、怯えた表情を浮かべる。
もはや顔を見るのも怖いのか、ずっと下を向いていた。

「す、すみません……!お願いします!見逃してください!」
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