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親から叱られた子供のようにショボンとするパトリシア嬢を前に、ヴァルテンは溜め息を零す。
「君はさ、もうちょっと視野を広く持つべきだよ。こんなことをしなくても親の関心は引けるし、特別な存在にならなくても愛は貰える。だって、君は望まれて生まれてきた子供なんだから」
『不安に思う必要なんて、どこにもないんだ』と語り、ヴァルテンはパトリシア嬢の額を指で弾いた。
その瞬間、彼女の過去が波紋のように広がる。
『嗚呼、私の愛しいパトリシア。元気に生まれてきてくれて、ありがとう』
頭に流れ込んでくる記憶に映るのは、パトリシア嬢の母である公爵夫人。
今よりずっと若く、美しい彼女は生まれてきたばかりのパトリシア嬢に頬ずりした。
愛おしくて堪らないといった表情を浮かべながら。
『私は貴方が居るだけで、幸せよ。これから、どんな子に成長するかは分からないけど────いつも笑顔で居てくれるといいな』
おくるみに包まれてスヤスヤと眠るパトリシア嬢を見つめ、公爵夫人は柔らかく微笑む。
今ある幸せを噛み締めるように。
────と、ここで過去の回想は終わった。
「これに懲りたら、無駄な反抗はやめることだね。もっと自分の立場や状況を客観視して、恵まれていることに気づいて。それで『自分は愛されている』と自覚したら、親孝行に励みなよ」
なんだかんだ言いながら優しいヴァルテンは、お節介を焼く。
顔には、『面倒臭い』とハッキリ書かれているけども。
パトリシア嬢は良くも悪くも子供っぽいから、放っておけないんでしょうね。
『こう見えて子供好きだから』と肩を竦め、私は号泣するパトリシア嬢を視界に捉えた。
『愛されている自信がなくて、今まで不安だったのね』と彼女の心情を察し、少しだけ哀れむ。
まあ、それにしたって反抗の仕方があまりにも不器用で的外れだが……。
「あぁ、それと────付き合う人間はちゃんと選んだ方がいいよ。君は無駄に素直で流されやすいから。悪い人にすぐ感化されちゃう」
『危なっかしい』と言い、ヴァルテンはパトリシア嬢の欠点を指摘した。
が、彼の視線は彼女じゃなくて────トラヴィス殿下に向けられている。
事の発端……いや、元凶は殿下だと考えているのか、少しばかり空気が重くなった。
まあ、いくら公爵令嬢といえど、ここまで大掛かりなことは出来ないからね。
猪突猛進タイプのパトリシア嬢となれば、尚更。
恐らく、彼女はただ唆されただけだと思われる。
本件の発起人は間違いなく、トラヴィス殿下ね。
『計画の内容はお粗末だけど』と溜め息を零す中、ヴァルテンはパライバトルマリンの瞳に侮蔑を滲ませる。
と同時に、ふわりと宙へ浮いた。
「私は悪人じゃない。国のために動いただけだ────とでも言いたげな顔だねー」
トラヴィス殿下と目線を合わせ、ヴァルテンは真正面から顔を覗き込む。
すると、トラヴィス殿下はパライバトルマリンの瞳を負けじと見つめ返した。
どうやら、自分の行いに『正しい事をやった』という確信を持っているようで、全く悪びれない。
『だから、なんだ!』と言わんばかりに開き直り、堂々としていた。
「君の目は随分と曇っているようだねー。一体、何を見てきたのやら……こんな奴が皇太子なんて、世も末だよー」
やれやれと頭を振り、ヴァルテンは『国民が可哀想』と嘆く。
『何が言いたい……』とでも言うように顔を顰めるトラヴィス殿下の前で、ヴァルテンは小さく笑った。
「『国のため』を免罪符にするなら、この結果もちゃーんと受け止めてねー」
そう言うが早いか、ヴァルテンはトラヴィス殿下の額を思い切り押す。
その反動で殿下は後ろへ倒れ、尻餅をついた。
と同時に、何かの映像が目に……いや、頭に飛び込んでくる。
トラヴィス殿下が目の前に居るヴァルテンを無視して、半ば強引に私を拘束するシーン。
神殿の反対を押し切って、私を断罪するシーン。
神殿や国民と対立し、戦争へ発展するシーン。
互いの領域に干渉しないことを条件に、一応神殿と和解が成立するものの、他国の侵略を受けて帝国が滅ぶシーン。
────などなど……帝国の悲惨な末路が、細切れに見えた。
これは……これから起こる未来?
脳裏を駆け巡る断片的な情報を繋ぎ合わせ、私は一つの結論へ至る。
あくまで未来のことなので、本当にこうなるかどうかは分からないが……妙に生々しく感じた。
全部、ヴァルテンの妄想だと一蹴出来ないくらいには。
そう感じたのは、私だけじゃなかったようで……トラヴィス殿下も、騎士達もびっしょり汗を掻いている。
悪い夢でも見たかのように、震えながら。
「国のために動いたのに逆効果どころか、破滅だなんて……とんだ、皮肉だよねー」
「っ……!」
「まあ、今見たものをどう受け止めるかは自由だけど、よーく考えることだねー」
頭を抱え込み苦悶するトラヴィス殿下に、ヴァルテンは追い討ちを掛ける。
『もっと色んな角度から物事を見るように』という助言を添えて。
「君はさ、もうちょっと視野を広く持つべきだよ。こんなことをしなくても親の関心は引けるし、特別な存在にならなくても愛は貰える。だって、君は望まれて生まれてきた子供なんだから」
『不安に思う必要なんて、どこにもないんだ』と語り、ヴァルテンはパトリシア嬢の額を指で弾いた。
その瞬間、彼女の過去が波紋のように広がる。
『嗚呼、私の愛しいパトリシア。元気に生まれてきてくれて、ありがとう』
頭に流れ込んでくる記憶に映るのは、パトリシア嬢の母である公爵夫人。
今よりずっと若く、美しい彼女は生まれてきたばかりのパトリシア嬢に頬ずりした。
愛おしくて堪らないといった表情を浮かべながら。
『私は貴方が居るだけで、幸せよ。これから、どんな子に成長するかは分からないけど────いつも笑顔で居てくれるといいな』
おくるみに包まれてスヤスヤと眠るパトリシア嬢を見つめ、公爵夫人は柔らかく微笑む。
今ある幸せを噛み締めるように。
────と、ここで過去の回想は終わった。
「これに懲りたら、無駄な反抗はやめることだね。もっと自分の立場や状況を客観視して、恵まれていることに気づいて。それで『自分は愛されている』と自覚したら、親孝行に励みなよ」
なんだかんだ言いながら優しいヴァルテンは、お節介を焼く。
顔には、『面倒臭い』とハッキリ書かれているけども。
パトリシア嬢は良くも悪くも子供っぽいから、放っておけないんでしょうね。
『こう見えて子供好きだから』と肩を竦め、私は号泣するパトリシア嬢を視界に捉えた。
『愛されている自信がなくて、今まで不安だったのね』と彼女の心情を察し、少しだけ哀れむ。
まあ、それにしたって反抗の仕方があまりにも不器用で的外れだが……。
「あぁ、それと────付き合う人間はちゃんと選んだ方がいいよ。君は無駄に素直で流されやすいから。悪い人にすぐ感化されちゃう」
『危なっかしい』と言い、ヴァルテンはパトリシア嬢の欠点を指摘した。
が、彼の視線は彼女じゃなくて────トラヴィス殿下に向けられている。
事の発端……いや、元凶は殿下だと考えているのか、少しばかり空気が重くなった。
まあ、いくら公爵令嬢といえど、ここまで大掛かりなことは出来ないからね。
猪突猛進タイプのパトリシア嬢となれば、尚更。
恐らく、彼女はただ唆されただけだと思われる。
本件の発起人は間違いなく、トラヴィス殿下ね。
『計画の内容はお粗末だけど』と溜め息を零す中、ヴァルテンはパライバトルマリンの瞳に侮蔑を滲ませる。
と同時に、ふわりと宙へ浮いた。
「私は悪人じゃない。国のために動いただけだ────とでも言いたげな顔だねー」
トラヴィス殿下と目線を合わせ、ヴァルテンは真正面から顔を覗き込む。
すると、トラヴィス殿下はパライバトルマリンの瞳を負けじと見つめ返した。
どうやら、自分の行いに『正しい事をやった』という確信を持っているようで、全く悪びれない。
『だから、なんだ!』と言わんばかりに開き直り、堂々としていた。
「君の目は随分と曇っているようだねー。一体、何を見てきたのやら……こんな奴が皇太子なんて、世も末だよー」
やれやれと頭を振り、ヴァルテンは『国民が可哀想』と嘆く。
『何が言いたい……』とでも言うように顔を顰めるトラヴィス殿下の前で、ヴァルテンは小さく笑った。
「『国のため』を免罪符にするなら、この結果もちゃーんと受け止めてねー」
そう言うが早いか、ヴァルテンはトラヴィス殿下の額を思い切り押す。
その反動で殿下は後ろへ倒れ、尻餅をついた。
と同時に、何かの映像が目に……いや、頭に飛び込んでくる。
トラヴィス殿下が目の前に居るヴァルテンを無視して、半ば強引に私を拘束するシーン。
神殿の反対を押し切って、私を断罪するシーン。
神殿や国民と対立し、戦争へ発展するシーン。
互いの領域に干渉しないことを条件に、一応神殿と和解が成立するものの、他国の侵略を受けて帝国が滅ぶシーン。
────などなど……帝国の悲惨な末路が、細切れに見えた。
これは……これから起こる未来?
脳裏を駆け巡る断片的な情報を繋ぎ合わせ、私は一つの結論へ至る。
あくまで未来のことなので、本当にこうなるかどうかは分からないが……妙に生々しく感じた。
全部、ヴァルテンの妄想だと一蹴出来ないくらいには。
そう感じたのは、私だけじゃなかったようで……トラヴィス殿下も、騎士達もびっしょり汗を掻いている。
悪い夢でも見たかのように、震えながら。
「国のために動いたのに逆効果どころか、破滅だなんて……とんだ、皮肉だよねー」
「っ……!」
「まあ、今見たものをどう受け止めるかは自由だけど、よーく考えることだねー」
頭を抱え込み苦悶するトラヴィス殿下に、ヴァルテンは追い討ちを掛ける。
『もっと色んな角度から物事を見るように』という助言を添えて。
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