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『自分の出来ることはここまでだ』と宙に浮いたまま後ろへ下がるヴァルテンを見届け、私は前へ出る。
ここから先のことは、当事者である私がやるべきだから。
「何故、私を断罪することにここまで拘っているのか分からないけど、もし少しでも迷いがあるならやめた方がいいわ。先程見た映像の通りになるとは限らないけど、神殿と皇室の対立は確実に国民の首を締めることになるから」
『本末転倒』ということを強調しながら、私は正論を口にした。
ぐうの音も出ない様子で俯くトラヴィス殿下を前に、私はそっと膝を折る。
「一番守らなきゃいけない存在が、苦しむ羽目になるのは嫌でしょう?」
優しく諭すような口調でそう言い、私はにこやかに笑った。
相手の緊張を解すように。
「貴方の見据えるべき未来は何なのか、今一度よく考えて。国のために今すべきことは、何?」
両膝に手を置き、私はコテンと首を傾げる。
すると、トラヴィス殿下はピクッと反応を示した。
「私という存在を排除して、この国は……民は幸せになるのかしら?貴方の自己満足で終わる予感しかしないのだけれど」
子供っぽい言動から一変、私はわざと意地の悪い言動を取る。
相手の心を揺さぶるために。
核心をつかれて固まるトラヴィス殿下を前に、私はスクッと立ち上がった。
腰まである茶髪を手で払い、ゆるりと口角を上げる。
「美しい言葉でどんなに着飾っても、本音は隠し切れないものよ」
『いい加減、誤魔化すのはやめなさい』と述べ、私は半ば強引にトラヴィス殿下の心を剥き出しにした。
建前という名の壁を失った彼は、自分の汚い部分と対面し……戦慄する。
見たくもなかった現実を直視し、ショックを受けているようだ。
悲壮感にも似た雰囲気を放ちながらそろそろと顔を上げ、こちらを見つめる。
悔しそうな……でも、どこか縋るような眼差しを前に、私はニッコリと微笑んだ。
「現状、貴方の行動を正当化することは不可能よ。それでもこの茶番を続ける気なら付き合うけど、どうする?」
『幕引きくらい、自分でやりなさい』と突き放し、私は決して助け船を出さなかった。
きっと、彼は自分の面子を守りながらも退くしかない状況に変えてほしかったんだろうが……それはあまりにも虫が良すぎる。
『私がそこまでやる義理はない』と跳ね除けると、トラヴィス殿下は顔を歪めた。
────が、自分の蒔いた種であることは重々承知の上なので逆上することなく、こちらの返答を受け入れる。
そして、
『申し訳なかった』
と口の動きで伝え、項垂れるようにして頭を下げた。
これを合図に、後ろで待機していた騎士達も謝意を示し、パトリシア嬢や神官達がそれに続く。
全面降伏する姿勢を見せた彼らに、私は一先ずお引き取り願う。
まだ聖女としての役割が残っていたし、何より────教皇聖下や皇帝陛下の意見を仰がなければ、ならなかったから。
さすがに私の一存で公爵令嬢と皇太子を裁く訳には、いかないもの。
だから、保留が妥当。
────と判断し、後始末に追われること一ヶ月……私は以前の日常を取り戻しつつあった。
と言っても、変わった点はたくさんあるが。
いつものように神殿本部の廊下を歩く私は、あちこちから向けられる尊敬の眼差しに苦笑する。
実はヴァルテンを地上に降臨させたことが、どこかから漏れてしまったらしいの。
まあ、元々どこかのタイミングで言うつもりだったから構わないんだけどね。
教皇聖下に『信徒や神官が神聖力を受け入れるまで、発表は待ちなさい』と言われて、ひた隠しにしていただけだから。
『予定が前倒しになった』程度の認識しかないため、私は周囲の視線をスルーした。
────と、ここで後ろから声を掛けられる。
「せ、聖女……様!」
取って付けたような敬称に、私は『まだ慣れていないみたいね』と思いつつ、後ろを振り返る。
すると、そこには────シスター服を身に纏うパトリシア嬢の姿があった。
「こ、これ……どうぞ」
おずおずといった様子で手に持った書類を差し出し、パトリシア嬢は控えめにこちらを見つめる。
未だに新生活に慣れないのか、終始ソワソワとしていて落ち着きがない。
でも、不快感や嫌悪感といった拒絶反応は見せなかった。
────実家を勘当され、修道院送りになったというのに。
理由はもちろん、聖女に濡れ衣を着せようとしたから。
一見すると、厳しい罰を受けたように見えるが────本人は泣いたり、喚いたりもせず働いている。
むしろ、公爵令嬢だった頃より活き活きしているくらいだ。
きっと、人に感謝されたり褒められたりするのが嬉しくてしょうがないのだろう。
『ある意味、天職かもしれないわね』と思いつつ、私は書類を受け取る。
「ありがとう」
「う、うん……!じゃなくて、どういたしまして……!」
頬を赤く染めながら返事するパトリシア嬢は、とにかく一生懸命だった。
『言葉遣いって、難しい……』と下を向き、悶々とする。
そんな彼女のもとに────一人の神官が駆け寄ってきた。
「パトリシアさん、お客様がお見えですよ」
「えっ?あっ、はい!今、行きます!」
ハッとしたように顔を上げ、パトリシア嬢は慌てて居住まいを正す。
そして、私に『失礼します!』と挨拶すると、呼びに来た神官の後ろをついていった。
この時間帯のお客様となると────公爵夫人かしら?
ここから先のことは、当事者である私がやるべきだから。
「何故、私を断罪することにここまで拘っているのか分からないけど、もし少しでも迷いがあるならやめた方がいいわ。先程見た映像の通りになるとは限らないけど、神殿と皇室の対立は確実に国民の首を締めることになるから」
『本末転倒』ということを強調しながら、私は正論を口にした。
ぐうの音も出ない様子で俯くトラヴィス殿下を前に、私はそっと膝を折る。
「一番守らなきゃいけない存在が、苦しむ羽目になるのは嫌でしょう?」
優しく諭すような口調でそう言い、私はにこやかに笑った。
相手の緊張を解すように。
「貴方の見据えるべき未来は何なのか、今一度よく考えて。国のために今すべきことは、何?」
両膝に手を置き、私はコテンと首を傾げる。
すると、トラヴィス殿下はピクッと反応を示した。
「私という存在を排除して、この国は……民は幸せになるのかしら?貴方の自己満足で終わる予感しかしないのだけれど」
子供っぽい言動から一変、私はわざと意地の悪い言動を取る。
相手の心を揺さぶるために。
核心をつかれて固まるトラヴィス殿下を前に、私はスクッと立ち上がった。
腰まである茶髪を手で払い、ゆるりと口角を上げる。
「美しい言葉でどんなに着飾っても、本音は隠し切れないものよ」
『いい加減、誤魔化すのはやめなさい』と述べ、私は半ば強引にトラヴィス殿下の心を剥き出しにした。
建前という名の壁を失った彼は、自分の汚い部分と対面し……戦慄する。
見たくもなかった現実を直視し、ショックを受けているようだ。
悲壮感にも似た雰囲気を放ちながらそろそろと顔を上げ、こちらを見つめる。
悔しそうな……でも、どこか縋るような眼差しを前に、私はニッコリと微笑んだ。
「現状、貴方の行動を正当化することは不可能よ。それでもこの茶番を続ける気なら付き合うけど、どうする?」
『幕引きくらい、自分でやりなさい』と突き放し、私は決して助け船を出さなかった。
きっと、彼は自分の面子を守りながらも退くしかない状況に変えてほしかったんだろうが……それはあまりにも虫が良すぎる。
『私がそこまでやる義理はない』と跳ね除けると、トラヴィス殿下は顔を歪めた。
────が、自分の蒔いた種であることは重々承知の上なので逆上することなく、こちらの返答を受け入れる。
そして、
『申し訳なかった』
と口の動きで伝え、項垂れるようにして頭を下げた。
これを合図に、後ろで待機していた騎士達も謝意を示し、パトリシア嬢や神官達がそれに続く。
全面降伏する姿勢を見せた彼らに、私は一先ずお引き取り願う。
まだ聖女としての役割が残っていたし、何より────教皇聖下や皇帝陛下の意見を仰がなければ、ならなかったから。
さすがに私の一存で公爵令嬢と皇太子を裁く訳には、いかないもの。
だから、保留が妥当。
────と判断し、後始末に追われること一ヶ月……私は以前の日常を取り戻しつつあった。
と言っても、変わった点はたくさんあるが。
いつものように神殿本部の廊下を歩く私は、あちこちから向けられる尊敬の眼差しに苦笑する。
実はヴァルテンを地上に降臨させたことが、どこかから漏れてしまったらしいの。
まあ、元々どこかのタイミングで言うつもりだったから構わないんだけどね。
教皇聖下に『信徒や神官が神聖力を受け入れるまで、発表は待ちなさい』と言われて、ひた隠しにしていただけだから。
『予定が前倒しになった』程度の認識しかないため、私は周囲の視線をスルーした。
────と、ここで後ろから声を掛けられる。
「せ、聖女……様!」
取って付けたような敬称に、私は『まだ慣れていないみたいね』と思いつつ、後ろを振り返る。
すると、そこには────シスター服を身に纏うパトリシア嬢の姿があった。
「こ、これ……どうぞ」
おずおずといった様子で手に持った書類を差し出し、パトリシア嬢は控えめにこちらを見つめる。
未だに新生活に慣れないのか、終始ソワソワとしていて落ち着きがない。
でも、不快感や嫌悪感といった拒絶反応は見せなかった。
────実家を勘当され、修道院送りになったというのに。
理由はもちろん、聖女に濡れ衣を着せようとしたから。
一見すると、厳しい罰を受けたように見えるが────本人は泣いたり、喚いたりもせず働いている。
むしろ、公爵令嬢だった頃より活き活きしているくらいだ。
きっと、人に感謝されたり褒められたりするのが嬉しくてしょうがないのだろう。
『ある意味、天職かもしれないわね』と思いつつ、私は書類を受け取る。
「ありがとう」
「う、うん……!じゃなくて、どういたしまして……!」
頬を赤く染めながら返事するパトリシア嬢は、とにかく一生懸命だった。
『言葉遣いって、難しい……』と下を向き、悶々とする。
そんな彼女のもとに────一人の神官が駆け寄ってきた。
「パトリシアさん、お客様がお見えですよ」
「えっ?あっ、はい!今、行きます!」
ハッとしたように顔を上げ、パトリシア嬢は慌てて居住まいを正す。
そして、私に『失礼します!』と挨拶すると、呼びに来た神官の後ろをついていった。
この時間帯のお客様となると────公爵夫人かしら?
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