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本編

激怒

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「へぇ……?僕の愛するジュリアが浮気を……ちなみにそれはいつ・どこで・誰と・何をしていたんだい?」

 怒気を孕んだテノールボイスに、体が強ばる。
氷のように冷たい無表情を浮かべるニコラスは少しだけ怖かった。

 まさか、ソフィアの話を信じるの……?私が浮気出来ない状況にあることは、ニコラスが一番分かっている筈なのに……。

 ニコラスに見捨てられたような気がして涙目になっていると、彼は『大丈夫だよ』とでも言うように私の腕を優しく撫でた。
それと同時に、ソフィアが彼の質問に答える。

「えっと……ジュリアお姉様の浮気現場を目撃したのは確か……三日前だわ。王都の中央広場で男性と仲良く腕を組んでいたの。残念ながら、その男性が誰かは分からなかったけど……」

「そう。三日前、ね……」

 迷うように紡いだ妹の言葉に、ニコラスは意味深にそう呟くと、不意に笑みを浮かべる。
でも、その笑みはいつも私に向ける柔らかいものではなくて……嘲笑にも似た不穏なものだった。

「ソフィア・フローレンス侯爵令嬢、一ついいことを教えてあげよう。三日前、ジュリアは────ずっと僕と一緒に居たよ」

「!?」

 あっさり嘘を見破られ、私の浮気をでっち上げたソフィアは大きく目を見開いた。
動揺を隠し切れない彼女は返す言葉が見つからないようで、口をパクパクさせていた。
そんな彼女に、ニコラスは更なる追い討ちをかける。

「それにね、今ジュリアは浮気なんて出来る状況じゃないんだよ。ジュリアの体を見て、気づくことない?」

「え……?気づくこと……?」

 桃髪の美女はニコラスの言葉に首を傾げながら、私のことをじっと見つめる。
そして、大きく膨らんだ私のお腹を見て、『あっ!』と声を漏らした。

 ソフィアったら、今気づいたのね……私がしていることに。

「見ての通り、ジュリアは今、妊娠中でね。しかも、出産予定日間近なんだ。浮気はおろか、外に出ることだって出来ないよ。まあ、そうじゃなくてもジュリアが浮気することなんて有り得ないけどね」

 そう言い切ったニコラスは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、私の大きなお腹を撫でる。
すると、お腹の中で眠る我が子が少しだけ動いた。

 記念すべき第一子がもうすぐ産まれるのかと思うと、ワクワクが止まらないわ。
早く、この子の顔が見たい。

 ゆるゆると頬を緩める私とは対照的に、嘘がバレた妹はサァーッと青ざめる。
さすがの彼女でも、公爵夫人の不貞を疑うことがどれだけ罪深いことなのか理解しているのだろう。

「あ、あの……ごめんなさい。お姉様の浮気は私の勘違いだったみたい……だから、その……」

「────謝って許されることだとでも?」

「っ……!!」

 浮気のでっち上げはある意味死刑と同じくらい、罪深いことだ。
相手が女性ともなれば、尚更……。
 女性の浮気と男性の浮気では、周囲に与えるインパクトや影響力が全然違う。
男性であれば、ある程度容赦されるが、女性の場合は『はしたない』『最低な女だ』と非難の対象とされる。
だからこそ、ソフィアの所業は決して許されることではなかった。

 今回は私が妊娠中だった事と妹が周りに言いふらさなかった事が幸いして、大きな騒動にはならなかったけど、謝って許されることではないわ。

「ソフィア・フローレンス侯爵令嬢、今日のところは帰ってもらって構わない。でも、これだけは言っておく────僕の妻を陥れようとした対価は必ずどこかで支払ってもらう。ロバーツ公爵家現当主ニコラス・ロバーツからの報復を怯えながら待つといい」

 ニコラスはサファイアの瞳に蒼炎を宿し、青ざめるソフィアを睨みつけた。
怒りや憎悪といった感情を普段あまり表に出さない“氷の貴公子”が明確な殺意を露わにしている。
 ────どうやら、愚鈍な妹は決して怒らせてはいけない人を激怒させてしまったらしい。
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