怠惰なご令嬢は元婚約者に関わりたくない!〜お願いだから、放っておいて!〜

あーもんど

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お食事

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 社交辞令……では、なさそうね。
ルイス公子は一体、何を企んでいるのかしら?
ウィルの言う通り、決闘の真相を知りたいとか?
でも、それにしては大人しいのよね。
少なくとも、昨日のことを探るような様子はない。

 『じっくり仲を深めてから聞く算段なのか?』と疑問に思いつつ、私は警戒心を強める。
ルイス公子の真意が掴めず悩んでいると、彼は困ったように眉尻を下げた。

「迷惑でしょうか?婚約者がいらっしゃらないなら、誘っても問題ないと判断したのですが……」

 僅かに視線を下げ、落ち込んだ様子を見せる彼に、私は『面倒臭いな』と内心毒づく。
健気な姿を見せて同情を誘われると、こちらも断りづらいから。
家の格差のせいでただでさえ、弱い……というか、不利な立場にあるのに。
着々と塞がれていく逃げ道を前に、私は頑張って策を練る。
『頻繁に食事へ誘われては堪らない』と、自分に言い聞かせて。

「えっと……迷惑という訳ではないのですが、婚約破棄や決闘のことで少し疲れていて……屋敷でじっくり休養を────」

 ────取りたいんです。

 と、続く筈だった言葉は店の外から聞こえてきた怒号で掻き消された。

「何で食事が出来ないんだ!?席なら、無駄に余っているだろう!」

 聞き覚えのある声に導かれ、後ろを振り向くと────そこには、ヘクター様の姿が……。
ペコペコと頭を下げて謝罪する店員に対し、これでもかというほど文句を言う彼は怒りに顔を歪める。
せっかく来たのに入店を拒否されて、プライドが傷ついたのだろう。
恋人たるアルティナ嬢も一緒なので、『恥を掻かされた!』と思っているのかもしれない。

 格好つけたい気持ちは分かるけど、多分余計惨めになるだけよ?

 『なんだ、なんだ』と店の前に集まってきた野次馬を一瞥し、私は嘆息する。
既に赤の他人とはいえ、元婚約者の愚行を目の当たりにするのはちょっと辛かった。
『なんというか、情けない気持ちになるのよね……』と、私は遠い目をする。
その瞬間────ヘクター様がこちらを見て、固まった。
かと思えば、『あっ!』と大きな声を出す。

 ……なんだか、凄く嫌な予感が。

 『面倒なことが起こりそうだ』と本能的に感じ取る私を前に、ヘクター様はニヤリと笑った。
そして店員を押し退け、半ば無理やり中へ入ると、とんでもないことを口走る。

「やっぱり────二人はグルだったんだな!」

 こちらを指さし、『どうだ!』と言わんばかりに胸を張るヘクター様は実に得意げだ。

「公子が審判役を買って出るなんて、おかしいと思ったんだ!」

 演技かかった動作で額を押さえ、ヘクター様は小さくかぶりを振る。
まるで、『残念でしょうがない』とでも言うように。
気分はさながら、名探偵と言ったところだろうか。
まあ、彼の推理は一から十まで全部間違っているが……。
『出直してこい』と言いそうになるのを必死に堪える中、ヘクター様は両手を腰に当てた。

「決闘でレイチェルが勝つよう、何か細工をしたんだろう!」

 決定的な一言を述べると、ヘクター様はこれでもかというほど鼻の穴を大きくする。
『言ってやったぞ!』と言わんばかりの満足顔だが……恐らく、すぐ青ざめることになるだろう────隣で震えるアルティナ嬢のように。

「へ、ヘクター様……もうそこら辺に……」

「心配するな!ティナの屈辱は、俺が晴らしてやるからな!」

 場違いと言わざるを得ないほど明るく振る舞うヘクター様に対し、アルティナ嬢は表情を強ばらせた。
かと思えば、彼の腕に抱きつき、必死に笑顔を作る。

「わ、私は大丈夫ですから……!本当にお気持ちだけで……!」

「ダメだ!それでは、俺の気が済まない!好きな女を陥れた責任は、取ってもらう!それがたとえ、大公家の人間であろうとも!」

 グッと手を握り締め、ヘクター様は『決まった……!』と言わんばかりに頬を緩めた。
この場面だけ見れば、彼はまさしく勇者だが……実際は言い掛かり同然のデマを吹聴しているクレーマーに過ぎない。
それも、目上の人に……。
命知らずとは、まさに彼のことである。
『破滅願望でもあるのか?』と言うほど無鉄砲な彼は、顔面蒼白のアルティナ嬢など目に入っていない。
そうじゃなければ────

「第二公子ルイス・レオード・オセアン!貴様に決闘を申し込む!」

 ────なんて、言わないだろうから。
手袋代わりに投げつけられたポケットチーフを前に、私は『あら、まあ……』と呆れ返る。
そして、今にも泣きそうなアルティナ嬢と真顔になるルイス公子を交互に見た。
ついでにレストランの店員も……って、半数以上気絶している。
『まあ、普通そうなるわよね』と共感を示していると、ヘクター様が芝居がかった動作で両手を広げた。

「俺が勝てば、レイチェルとティナの決闘で不正したことを認めてもらおう!」

 『白黒ハッキリつけようじゃないか!』と意気込むヘクター様に、私は溜め息しか出てこない。
本来、決闘結果に文句を言うことは出来ない。
要するに勝敗を上書きしたり、条件を無効にしたりするのは原則禁止ということ。
ただ────審判役の判断を非難し、決闘の正当性や信憑性を下げることは可能……。
貴族同士の決闘は謂わば名誉の争いなので、これをされると厄介だった。

 相当いやらしい手段の上、負け惜しみにしか見えないため大抵の人間はやりたがらないけどね。
でも、効果抜群の嫌がらせであることは確か。

 『ヘクター様はきっと、そこまで考えていないだろうけど……』と思いつつ、私は肩を竦める。
一応当事者の一人として会話に参戦するべきか迷う中、ルイス公子がこちらを見た。
かと思えば、一瞬だけ微笑み、ヘクター様の方へ向き直る。
その後ろ姿は非常に頼もしいが……どこか危うい雰囲気を感じた。

「不正行為の幇助ほうじょを疑ってきた挙句、決闘ですか……私も舐められたものですね。これほどまでの侮辱を受けるのは、初めてですよ」

 先程と変わらない口調、声、音量だが……ルイス公子は間違いなく怒っている。
静かに……でも、抑え切れないほど凄く。
ただでさえ張り詰めていた空気が重々しくなる中、アルティナ嬢は堪らずといった様子で涙を流した。

「る、ルイス公子!申し訳ございません!ヘクター様は今、混乱中で……!」

「ティナ、俺は至って正常だ!心配してくれるのは嬉しいが、邪魔しないでくれ!これは男同士の問題なんだから!女のお前が、口を挟むことじゃない!」

 アルティナ嬢の反対献身を払い除け、ヘクター様は闘志を燃やす。
『必ず勝ってティナの名誉を挽回してやる!』と言い、泣き崩れる彼女の頭を撫でた。
『いや、そうじゃないだろ……』と言わざるを得ない頓珍漢な言動に、誰もが目眩を覚える。
思わず目元を押さえる私達の前で、ヘクター様は────

「まさか、断るなんて言いませんよね?ルイス公子」

 ────と、煽ってきた。
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