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決闘

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 命知らずとも言うべき駄目押しに、この場は一気に静まり返る。
『もうダメだ、こいつ……』という空気が流れる中────ただ一人……喧嘩を売られた張本人だけは笑っていた。
多分、ヘクター様の行動が馬鹿すぎて怒りを通り越してしまったのだろう。
『これはある意味、ラッキーか?』と思案する私を他所に、ルイス公子はカチャリと眼鏡を押し上げた。

「そこまで仰るのなら、いいでしょう────決闘の申し出を受け入れます」

 床に落ちたポケットチーフを拾い上げ、ルイス公子は席を立つ。
長い足を動かし、ヘクター様の目の前まで行くと、ゆるりと口角を上げた。

「その代わり────こちらが勝利したら、謂れのない罪を被せた罰として薙髪ちはつして頂きます」

 そう宣言して、ルイス公子はポケットチーフを強く握り締めた。

 ────という出来事に見舞われてから、半月後の今日。
皇室主催で、ルイス・レオード・オセアンとヘクター・カルモ・ラードナーの決闘の場が設けられた。
審判役は、まさかの────レウス・ニーロン・バハルである。
そう、ここバハル帝国の皇帝陛下だ。

 聞いたところによると、決闘の話を聞きつけたレウス皇帝陛下が自ら審判役を買って出たらしい。
『面白そうだから』という理由だけで……。
まあ、第二公子の参加する決闘で公平な判断を出来る者は少ないから、ある意味ラッキーだったけど。
下手したら、『大公家に圧力を掛けられて、ルイス公子に有利な判断を下している』と難癖をつけられるかもしれないし。

 『命知らずなヘクター様ならやりかねない』と危機感を覚えながら、私は一つ息を吐く。
すると────隣に座るアルティナ嬢も同じタイミングで、溜め息を零した。
今回、私達は騒動のきっかけを作った人物として特別席に案内されている。
レウス皇帝陛下はきっと気を利かせて用意してくれたんだろうが……正直、見世物みたいで気分が悪い。それにちょっと気まずい。

 ヘクター様の元婚約者と現婚約者が、肩を並べて座るとか……何の罰ゲームよ。

 決闘会場の脇に建てられたテントで、私は一人頭を抱えた。
そして、練武場を取り囲む形で配置された客席を見回す。
レウス皇帝陛下が調子に乗って皇城の敷地内にある騎士団本部を一般開放したため、ここは人で溢れ返っていた。
おかげで、視線が痛い。

「ねぇ、あの子がルイス公子の……?」

「ええ────恋人・・らしいわよ」

「今回の決闘だって、彼女のために引き受けたと言うじゃない」

「まあ!あの子ったら、愛されているわね!」

 日傘片手にキャッキャと騒ぐ貴婦人達は、『若くていいわね~』と頬を緩める。
それに対して、未婚の令嬢達は────

「ルイス様はきっと、あの女に騙されているのよ!」

「婚約破棄されるなり、直ぐに違う男のところへ行く女なんて信用出来ない!」

「『一方的に婚約破棄された』というのも、怪しいわよね!」

「確かに!元婚約者より、いい男を見つけたから婚約破棄されるよう仕向けたんじゃないの?」

 ────嫉妬からか、事実とは異なる中傷を口にした。
『したたかね~』と繰り返し呟き、令嬢達はこちらを軽く睨む。
その様子は、異国にある般若の面とそっくりだった。
『なんという風評被害……』と辟易しつつ、私はそろりと視線を逸らす。

「なあなあ、ラードナー令息と第二公子どっちが勝つと思う?」

「そりゃあ、もちろん第二公子だろ。だって────皇国騎士団の団長を勤め上げる方だぞ」

「でも、剣を振るうことは滅多にないって噂だぜ。実はめちゃくちゃ弱かったりして」

「いや、それはさすがに……だって、騎士団は実力社会だろう?」

 色恋沙汰を気にする女性陣と違って、勝負の行方が気になる男性陣は結果を予想して盛り上がる。
ついには、賭け事まで始める者も……。
純粋に決闘を楽しむ彼らの姿に、私は『気楽でいいなぁ……』と羨ましがる。

 ────と、ここで審判役たるレウス皇帝陛下が姿を現した。
特別席の横に建てられた特設ステージへ上がり、椅子に腰掛ける陛下は観客達を見下ろす。
その瞬間、周囲は一気に静まり返った。
誰もがサッと跪き、レウス皇帝陛下のお言葉を待っている。
席に座っていた私やアルティナ嬢も直ぐさま立ち上がり、片膝をついた。

おもてを上げよ」

 威厳のある声に促され、顔を上げると────白髪混じりの青髪を後ろでまとめる、ご老人の姿が。
アメジストに近い紫色の瞳で我々を見つめ、微かに笑っている。
皇位の象徴たるサファイアの王冠が、キラリと光った。

「難しい話は好かぬ故、省く。さっさと決闘を始めよう────ルイス・レオード・オセアン、並びにヘクター・カルモ・ラードナー、こちらへ来たまえ」

 無駄に長い挨拶や意味のない礼法を嫌うレウス皇帝陛下は、早くも本題へ入る。
後ろで宰相と思しき文官が頭を抱えているが……知らんふりして、入場を促した。
すると────西側東側それぞれの通路から、ルイス公子とヘクター様が会場入りを果たす。
レウス皇帝陛下が用意したと思しき騎士服を身に纏う二人は、帯剣していた。
恐らく、こちらも支給品。だって、全く同じものを使っているから。

 もし、自由にしていいなら別のものを選んでいるでしょう。
ヘクター様は、特に。

 派手好きな元婚約者の性格を思い出し、私は内心苦情を零す。
陛下の御前で跪くルイス公子とヘクター様を視界に捉え、小さく息を吐いた。
────と、ここでレウス皇帝陛下が口を開く。

「両者、宣誓を」

 その言葉を合図に、本日の主役である二人はサッと立ち上がった。
当たり前のように後ろで手を組むルイス公子に対し、ヘクター様は自身の胸元に手を当てている。
まるで、己の存在を誇るかのように。

「私────ヘクター・カルモ・ラードナーはルイス・レオード・オセアンとの決闘において、“不正”などせず、正々堂々と戦うことを誓います。審判役たるレウス・ニーロン・バハルの判断の元、決められた勝敗に従い、否を唱えることはありません。また、決闘中に起こった出来事は全て自己責任であり、謝罪や補填は求めないと宣言します」

 必要のない文言である『不正』をわざわざ追加・強調し、挑発するヘクター様は勝ち誇ったように笑う。
────が、ルイス公子は無反応。
子供のようにやり返すこともなく、普通に宣誓を終えた。
なんとも大人な対応に、周囲の人々は感心するものの……ただ一人ヘクター様だけは不服そうな表情を浮かべていた。
きっと、思ったような反応が返ってこなくて『面白くない』と感じているのだろう。

「二人の宣誓、しかと聞き届けた。では、改めて決闘の内容を説明する。認識に齟齬などあれば、その都度言ってくれ」

 審判役として場を取り仕切るレウス皇帝陛下は、ヘクター様の幼稚な対応を受け流した。
別に表立って暴言を言った訳でも、進行を妨害した訳でもないため、言及出来なかったのだと思う。
言動の端々から、明確な悪意は感じ取られるが……。

「種目は剣術による真剣勝負。先に剣を手放した方の負けとする。無論、観客に危害を加えたり、場外へ出たりするのは禁止だ」

 地面に引かれた白い線と応援に駆けつけた観客達を一瞥し、レウス皇帝陛下は説明を終える。
そして、ルイス公子とヘクター様に決闘の内容が間違っていないか確認を取った。
『こちらの内容で合ってます』と答える二人に一つ頷き、レウス皇帝陛下はおもむろに席を立つ。

「では、これよりルイス・レオード・オセアンとヘクター・カルモ・ラードナーの決闘を執り行う。配置につきたまえ」
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