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返事

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「あの、ルイス公子は────精霊眼・・・を持っていらっしゃるんですか?」

 ────精霊眼とは、その名の通り精霊を見ることが出来る目のこと。
契約の有無に関わらず姿を感知出来るため、重宝されている。
と言うのも、契約を狙える機会が普通の人間より圧倒的に多いから。
応じてくれるかどうかはさておき、『ちゃんとそこに居る』と分かった上で交渉を持ち掛けられるのは強かった。
ただ、精霊眼の持ち主は非常に少なく、百年に一度現れるか程度。
なので、見つかったら世界中大騒ぎになるのだが……。

「────いえ、残念ながら私は精霊眼を持っていません。ただ、伯爵領の空気が妙に清々しくて……自分の契約精霊に訳を尋ねたら、『そこら中に精霊が居るからだ』と」

「なるほど」

 『その手があったか』と納得する私は、おもむろに顎を撫でる。
自然豊かで大きな災害もなく、毎年豊作である我が領を思い返す中、ルイス公子は身を起こした。

「まあ、とにかく私は精霊のことをもっとよく知るために伯爵領について調べたいのです。もちろん、わざわざ結婚しなくても調査は可能ですが、より深く長く調べるには第三者の枠を飛び越える必要があると判断しました」

 確かにそれは一理あるわね。
他領にずっと居座り、あれこれ調べるのは失礼に当たるから。
他人の家を土足で踏み荒らしているのと一緒。
それに今は温和な両親がトップだからいいけど、私の代に移り変わったらどうなるか分からない。
私自身は特に気にしないけど、私の夫もそうとは限らないから。
もし嫌がれば、調査はやりづらくなるだろうし……最悪、撤退の可能性も。
だから、今のうちに外堀を埋める作戦は非常にいいと思う。

 『賢い』と心の中で絶賛していると、ルイス公子が居住まいを正す。
どことなく緊張した様子でこちらを見つめる彼は、真剣な顔付きに変わった。

「結婚を申し込んだ理由は、以上となります、これらを踏まえた上で、レイチェル嬢の返事をお聞かせください」

 『結婚に関する情報は全て話した』と告げ、ルイス公子はこちらの反応を窺う。
一応、第二公子という立場を利用して強引に結婚することは出来るが、調査のことを考えるとそれは悪手。
なので、ターナー家の一人娘である私をきちんと味方につけておきたいのだろう。
いくら第二公子と言えど、婿の立場で婚家を自由にする権限はないから。
物事を円滑に進めるため、敢えて面倒な方法を取るルイス公子に感心していると、彼はおずおずと口を開く。

「本当は急かすような真似をしたくないのですが、今日のようなことがまた起きるかもしれないので……出来れば、今ここでご決断を」

 申し訳なさそうに眉尻を下げながら、ルイス公子は即日返答を求めた。
僅かな期待と不安の入り交じった瞳を前に、私は手元へ視線を落とす。

 私の現状を抜きにしても、ルイス公子は結婚相手として申し分ない。
むしろ、私には勿体ないくらいよ。
だから、断る理由なんてないのだけど……一つだけ、懸念があった。

 己の結婚プラン……というか人生計画を思い浮かべ、『これだけは確認するべきだ』と考える。
『結婚して後悔しても遅いんだから』と自分に言い聞かせながら、私は顔を上げた。

「ルイス公子、結婚後の生活はどうお考えですか?」

「『どう』とは?」

 具体的な説明を求めるルイス公子に、私は一瞬迷う。
どういう言葉や表現を使うべきか?と。
でも、直ぐに結論が出た。

「回りくどい言い方では伝わらないと思うので、率直に言いますね。私は────俗に言う、ニートになりたいのです」

「はあ、そうですか。ニートに……えっ?ニート?」

 虚をつかれた様子のルイス公子は、目を丸くして固まる。
珍しく間抜け面を晒す彼の前で、私は『さすがに直球すぎたか?』と反省するものの……既に後の祭りだった。
やってしまったものはどうしようもないため、勢いで乗り切ろうと決意する。

「私はとにかく寝て、食べて、グータラしてという生活がしたいのです。屋敷の管理や貴族同士の交流社交などは、やりたくありません。ハッキリ言って、面倒臭いです」

 淡々と本心……というか願望を話し、私は真っ直ぐに前を見据えた。

「なので、伯爵夫人としての役割を求めないで頂けると助かります」

「……な、なるほど」

 ルイス公子は戸惑いながらも何とか相槌を打ち、暫し黙り込む。
困ったような……でも、どこか呆れたような表情を浮かべ、頭を捻った。
かと思えば、覚悟を決めた様子でこちらに視線を戻す。

「────分かりました。出来る限り、快適な生活をご提供します。ただ、私が不在時の屋敷の管理や大きなイベントの参加はして頂きますけど……」

 『年中ニート生活はさすがに無理です』と述べるルイス公子に、私は首を縦に振った。

「はい、それはもちろん。ちゃんとしなきゃいけない時は、ちゃんとします」

 元々年中ニート生活を送るのは無理だと諦めていたため、すんなり受け入れる。
『両親の庇護下に居る今でも、時々仕事や社交をしているし』と思いつつ、背筋を伸ばした。

「こちらの懸念もなくなったので、プロポーズのお返事をさせていただきます」

 改まった態度で話を切り出し、私は席を立つ。
出来る限り礼を尽くそうと右手を胸元に当て、もう一方の手でドレスを摘み上げた。
と同時に、お辞儀する。

「私、レイチェル・アイレ・ターナーはルイス・レオード・オセアンのプロポーズを受け入れ、妻になることを宣言します」

 硬い口調と声色で返事すると、ルイス公子は満足そうな表情を浮かべた。
安堵に満ちた瞳でこちらを見つめ、スッと立ち上がる。
足早にこちらまでやってきた彼は、そっと私の手を取り柔らかく微笑んだ。

「いいお返事が聞けて、大変嬉しいです。私のプロポーズを受け入れてくださり、本当にありがとうございます。絶対に後悔はさせませんので、安心して私の傍に居てください。これから、よろしくお願いします」

 そう言って、ルイス公子は私の手に軽いキスを落とした。
柔らかな唇の感触とリップ音を前に、私は顔色一つ変えない。
『ルイス公子のファンだったら卒倒する出来事だなぁ』と思いつつ、真っ直ぐ目を見つめ返した。

「こちらこそよろしくお願いします、ルイス公子」

 ────というやり取りを経て、私達は無事婚約。
両家の顔合わせも済ませ、大々的に婚約を発表した。
オセアン大公家に敵対する家門や、ルイス公子に恨みを持つ者達への牽制を込めて。
私達はこれで平穏を取り戻せると信じていた……それなのに────何故、こうなってしまったのだろう?

 宣戦布告・・・・したためた一通の手紙を前に、私はクシャリと顔を歪めた。
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