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過去と現在《アルティナ side》

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 きっと、お父様はお母様の生き写しのような私を見るのが辛かったんだと思う。
『妻と娘は別物だ』と頭の中では分かっていても、感情が追いつかなくて……。
どうしても、私を通してお母様のことばかり思い出してしまうのだろう。

 として認識することが出来ない父に、多少なりとも怒りや落胆はある。
でも、悩みすぎて精神を病んでしまった父を責めることは出来なかった。

 十五歳という若さで男爵家の全権限を委ねられた時は、さすがにどうしようかと思ったけどね……まあ────お母様だと勘違いされたことに比べれば、全然マシだけど。

 自宅で療養している哀れな父の姿を思い出し、私は複雑な気分になる。
精神を病んで以降本当の名前で呼ばれることがなくなったからか、時々自分を見失いそうになった。
『私は一体、何なんだろう?』と。

 でもね────ヘクター様と出会って、変わったの。
まるで、灰色の世界が華やいだかのように。

「────そこの君!ちょっと待ってくれ!」

 そう言って、ヘクター様が引き止めてきたことを今でも鮮明に覚えている。
最初は悠々自適に暮らしてきた、金持ちのボンボン程度の認識だった。
好意もなければ、嫌悪もない。
本当にただただ、どうでもいい存在。

 また愛人のお誘い?最近、多いのよね。
私が一人で男爵家を切り盛りしているからって、つけ込もうとする馬鹿が。

 やれやれと内心肩を竦める私は、面倒ながらも立ち止まり後ろを振り返る。
さすがに伯爵令息を無視する訳には、いかなかったから。
『適当に断って早く帰ろう』と思いつつ、愛想笑いを浮かべる。

「はい、何でしょう?」

 礼儀正しく、でも媚びを売っているようには見えないよう注意しながら、返事した。
すると、彼は一瞬言葉に詰まる。
────が、意を決したように顔を上げた。

「突然こんなことを言っても、信じてくれないと思うが────君に一目惚れした!僕と結婚を前提に付き合ってほしい!」

 曇りなき眼でこちらを見つめ、彼は唐突に告白してきた。
一瞬虚言を疑ったものの、耳まで赤く染める彼の姿を見て本気だと悟る。
でも、本当にいきなりだったので警戒心は消えない。
『雰囲気に流されちゃダメ』と自分に言い聞かせつつ、じっと彼の目を見つめた。

「お気持ちは嬉しいですが……ラードナー令息には、婚約者がいらっしゃいますよね?」

 『結婚なんて不可能では?』と主張する私に、彼は間髪容れずにこう答える。

「レイチェルとは────婚約破棄する!」

「えっ!?」

「多少揉めるだろうが、必ず別れるから安心してくれ!俺は君一筋だ!」

「っ……!?」

 真剣な顔付きで愛を叫ぶ彼に、私はついつい胸を高鳴らせてしまう。
ここまで真っ直ぐ好意を伝えてきた人は、初めてだったから。
出会って間もない相手を熱心に口説く、というだけでも驚きなのに。

 変な人……。

 そんな感想を抱きながら、私は口元に手を当てる。
────緩んだ頬を彼に見られたくなくて。

「私は……しがない男爵令嬢です。ラードナー令息に釣り合うような女性じゃ……」

「そんなことは関係ない!俺が欲しいのは、君自身だ!君の持つ身分や財産に恋をした訳じゃない!」

「っ~……!」

 『心外だ!』と言わんばかりに思いの丈をぶつけてくる彼に、私は何も言い返せなかった。
じんわりと熱を持つ頬に手を当て、俯くだけ。
歓喜と羞恥の狭間で揺れる私は、どんどん早くなる鼓動を……芽生えつつある恋心を、止められなかった。

 ちゃんと分かっている。一時の気の迷いである可能性や演技である可能性の方が高いって。
でも────この人なら私をちゃんと見てくれるんじゃないかって、思ったの。
よそ見せず、真っ直ぐと。

 彼から向けられる熱っぽい眼差しを前に、私はキュッと唇を引き結ぶ。
愚かな決断であることは、重々承知だ。
期待した挙句、裏切られる捨てられるリスクも孕んでいる。
それでも、私は────

「きちんと結婚して頂けるのであれば……告白を受け入れます」

 ────と、ヘクター・カルモ・ラードナーに愛されることを選んだ。

 ……それなのに、このざまは何なの?

 過去の回想を得て、私は改めてヘクター様の暴走っぷりを見る。
そして、皮膚に爪が食い込むほど強く手を握り締めた。

 やっと、自分の幸せを見つけたと思ったのに……ヘクター様もお父様と同様に、私を見てくれない。
事ある毎にレイチェル様を気にして……本当、嫌になる。

 『第二公子の誕生日パーティーに行くまでは順調だったんだけどなぁ……』と、私はぼんやり考える。
一瞬で過ぎ去っていった幸せな時間を思い出しながら、暖炉に灯る炎を見つめた。

 どうすれば、私は幸せになれるんだろう?
やっぱり────レイチェル様の存在を消すしかないのかな?
でも、どうやって?私はしがない男爵令嬢で……暗殺を実行出来るほどの力はない。
仮に出来たとしても……ルイス様の目を掻い潜るのは、難しいわ。
婚約した以上、彼はレイチェル様のことを本気で守るでしょうし……。

 少しずつ勢いを増していく炎を見つめ、私は悶々とする。

 一応、あの子・・・に頼る手もあるけど……あくまでそれは最終手段。
出来れば、頼りたくない。

 『友達に殺人なんてさせられないもの』と考えつつ、私は知恵を絞る。
────と、ここでヘクター様がチェス盤と駒をぶちまけた。
ガシャンと大きな音を立てて床に転がるソレらを前に、私は身を固くする。
突然のことに驚いてしまって……。

 ヘクター様ったら、ついにご家族からの贈り物にまで手を出し始めたわ。
そのチェス盤と駒、凄く大事にしていたのに。

 思い出の品や高価な物でも関係なく八つ当たりの道具にするヘクター様に、私は溜め息を零す。
『冷静になった時、後悔しそうね』と考え、床へ散らばった駒やチェス盤を拾い上げる。
幸い、壊れてはいなかったが……ところどころ傷がついていた。
『キングなんて、先端にヒビが入っているし』と嘆く中────私はふとあることを思いつく。

 そうだわ。正攻法でいけば、いいのよ。
それなら、レイチェル様を……あの女を殺しても、文句は言われない。
後ろ指だって、さされない。
まあ、ターナー伯爵家とオセアン大公家の恨みは買いそうだけど……表立って、何かしてくることはない筈。
だって────領地戦・・・で、人が死ぬのは当然だもの。何もおかしくないわ。

 ニヤリと口元を歪める私は、執務机にチェス盤を置いた。
そして、初期位置に駒を並べると、先端にヒビのあるキングを指で突つく。

「まずは宣戦布告から始めないとね」

 誰に言うでもなくボソリと呟き、私はうっそりと目を細めた。
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