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領地戦の申し出

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◇◆◇◆

 領地戦……これは完全に盲点だった。

 執務机に置かれた一通の手紙を前に、私は項垂れる。
『当主代理アルティナ・ローズ・メイラー』と書かれた部分をじっと見つめ、深い溜め息を零した。
だって、今度は決闘のようにいかないから。
規模はもちろん、背負わなければいけないリスクも被害も段違いだった。

 ────領地戦。
それは領主貴族同士の戦いのこと。
所謂、内戦みたいなもの。
どちらかが降参するか、直系血族いずれかの首を切り落とすまで続き、勝った方は負けた方に何でも一つお願い出来る。
領地の明け渡しとか、財産の譲渡とかね。
でも、アルティナ嬢に限ってそれはなさそう。

 『物に執着するタイプには見えないし……』と思案する中、ウィルが後ろから顔を覗き込んできた。

「何をそんなに悩んでいらっしゃるんですか?」

「メイラー男爵家に領地戦を申し込まれて、どうするか考えているの」

「そうですか、領地戦……って、えぇ!?領地戦!?それも、メイラー男爵家から!?」

 動揺のあまり仰け反るウィルは、大きな声を出した。
その瞬間────部屋の扉が開き、両親がなだれ込んで来る。
『聞き捨てならない!』と言わんばかりの気迫で。

「レイちゃん、またメイラー家に迷惑を掛けられたの!?」

「全く、けしからん奴らだ!いい加減、身の程を弁えろ!」

 バンッと執務机を叩いてこちらに身を乗り出す両親は、これでもかというほど憤慨している。
婚約者を奪うだけじゃ飽き足らず、我が家の領地や財産まで掠め取るつもりか!と。
悪意しか感じられないメイラー家の行動に、『馬鹿にするのも大概にしろ!』と目を吊り上げた。

「そんな茶番にわざわざ付き合ってやる義理は、ない!後でパパの方から、断っておいてやるからな!」

「そうよ!レイちゃんはお部屋でゆっくりお昼寝でもしてて!」

 『後のことはパパとママに任せなさい!』と申し出る両親に、私はそっと眉尻を下げる。

「そうしたいのは山々ですが……領地戦は決闘と同様、家の名誉に関わるためそう簡単に断れませんよね?」

「あら、レイちゃんってば物知りね~。でも、心配いらないわよ────だって、ウチは最後の領地戦からまだ三十年経ってないもの!」

 自信満々にそう言い切り、母は得意げに胸を逸らした。
恐らく、領地戦の禁止期間について言っているのだろう。
領地戦は権力の一点集中や帝国の治安悪化を避けるため、各家三十年に一回と決まっている。
『それを理由に断れば、問題ない』と考えているんだろうが……。

「あの、奥様。残念ですが……最後に領地戦を行ったのは────三十二年前です」

 おずおずと手を挙げ、話に割り込んできたのは執事のウィルだった。
困ったように眉尻を下げる彼はいつの間にか持ってきていた本を広げ、ある一文を指さす。
そこには、最後に行った領地戦の日付けが書かれていた。

「えっ?どうして……確かに二年前、行った筈じゃ……」

「そうだ。例年通り、ラードナー伯爵家と……あっ」

 何かを思い出したように目を見開き、父は呆然とする。
そのまま数秒ほど固まると、額に手を当てて俯いた。

「そうだった……婿となるヘクターくんに────領地戦を仕切ってもらおうと思って、延期にしたんだ」

 せめて、こちらの環境に慣れるまでの配慮として行ったことが仇となり、父は愕然とする。
『気にせず例年通り、行っていれば……』と悔やむ父は、絶望を露わにした。
普段、楽観的な母も事態の深刻さを理解して崩れ落ちる。
ウチは基本争い事なんてしないため、動揺を隠し切れないのだろう。

 三十年ごとにやっている領地戦だって、ほとんど遊びみたいなものだし。
と言っても、私は参加したことないのだけど。
ただ、記録を読む限り雪合戦とか、掛けっことか子供の遊びばかりみたい。
それで負けた方の領主貴族が晩餐会を開き、参加してくれた騎士や領民にご馳走を振る舞う……というのが、お約束らしい。
だから、我が家の領地戦は一種のお祭りとして扱われている。

 ここまでお気楽なのは多分ウチとラードナー家くらいだろうが、形ばかりの領地戦を行っているのはどこも同じ。
本気でやる貴族なんて、本当に極小数だ。
まあ、その極小数に今まさにカウントされそうなところなんだが……。

「こうなったら、他の家と今すぐ領地戦をするしか……」

 現実的な解決策を提示する私に対し、両親はパッと目を輝かせる。

「そうよ!『先約が居るから』って、断っちゃえばいいんだわ!レイちゃんってば、天才ね!」

「そうだな!さすが、私達の子だ!よし、今すぐラードナー家に連絡を……」

 元気よく顔を上げ、早速行動へ移ろうとする父だったが……ある事に気がつき、立ち竦む。
『この世の終わり』とも言うべき表情を浮かべ、サァーッと青ざめた。

「……ヘクターくんの実家であるラードナー家は、私達に味方してくれるだろうか」

 最も注視すべき懸念点を述べ、父は小さくかぶりを振る。
『ラードナー家は頼れない』と、早くも結論を出したようだ。

 ラードナー伯爵も夫人もいい人達だから、きっと例年通り領地戦……という名のお遊びに付き合ってくれるだろうけど、ヘクター様やアルティナ嬢の介入が絶対にないとは言い切れない。
安全を考えるなら、ラードナー家との領地戦は控えるべきだろう。

 『不安要素が多すぎる』と思案する中、父はおもむろに腕を組む。

「よし、他の家に領地戦を申し込もう」

「そうは言っても……今すぐ領地戦を行える家門なんて、あるのかしら?少なくとも、付き合いのある家はどこも禁止期間に差し掛かっている筈だけど」

 我が家で最も人脈の広い母が、困ったように首を傾げる。
『探してみるけど、見つからないかも……』と弱音を吐き、彼女は項垂れた。
不安でしょうがない様子の母を前に、私は暫し考え込む。
そして────

「ルイス公子に領地戦のこと、相談してみます。上手く行けば、大公家と領地戦を行えるかもしれませんし……そうじゃなくても、何か良いアドバイスを頂けるかも」

 『早速、今から行ってみます』と言い、私は席を立つ。
珍しく積極的に行動する私を前に、両親はもちろんウィルまでポカンとしていた。
恐らく、いつも通り丸投げされると思っていたのだろう。

 いや、今回はさすがに任せ切りにしないわよ。家門の一大事だし。
私だって、少なからず責任を感じているんだから。
間違いなく一番悪いのはヘクター様とアルティナ嬢だけど、私の対応が不味かった可能性は否めない。
だから、この事態をどうにかするまでニートはお休みするつもり。

 『自分に出来ることをやらなければ』と思い立ち、私は怠惰な自分を封印した。

「ウィル、大公家に早馬を送って。それから、馬車の手配も」

 そう言って、部屋を出ていったのが────三時間ほど前。
素早く身支度を整え、馬車に乗り込んだ私は目的地であるオセアン大公家を訪れていた。
高級感漂う家具たちに囲まれながら、私は婚約者のルイス公子と向かい合う。
突然の訪問にも拘わらず快く応じてくれた彼だが、若干お疲れ気味のようだ。
目の下に出来た薄い隈を前に、私は罪悪感を募らせる。
でも、我が家の一大事なので相談を後日に持ち越すことは出来なかった。

 『寝不足のところ、申し訳ない』と思いながらも、私はここに来た事情や経緯を話す。
すると────ルイス公子の表情が、明らかに曇った。

「領地戦、ですか。これはまたなんというか……厄介なものを仕掛けてきましたね」

 困ったような……でも、どこか呆れたような口調でそう零し、ルイス公子は考え込む。
返事までの猶予があまりないせいか、落ち着かない様子でトントンと膝を指で叩いた。
悩ましげに眉を顰める彼の前で、私は居住まいを正す。

「ルイス公子。不躾なお願いかとは思いますが、大公家と領地戦を行うことは出来ませんか?」
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