お見合い婚するはずが、溺愛豹変した御曹司に蕩かされて娶られそうです

加地アヤメ

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1巻

1-1

   プロローグ


「君を抱きたい」

 激しい口づけのあと、彼――あおさんにそう言われて、心臓が大きく跳ねた。
 初めて訪れた彼の部屋で二人きり。これから私は、この美しい男の人と体を重ねる。
 ――まさか……この人と自分がこんなことをする仲になるなんて……
 少し前まで会話を交わしたことすらなかった。だって彼は、私とは住む世界が違う人だから。

「はあっ……、あ……ン……、や……」

 キスから始まり、胸の愛撫あいぶへ。それからショーツの中に手を差し込まれ、蜜口に指が触れた。すでに溢れていた蜜が音を立て、とろりと彼の熱い指に纏わりつく。

「もうこんなになってる」
「やだ……。言わなくていいから……」

 すでにじゅうぶんに蜜は溢れているものの、こういったことをするのは数年ぶり。どうしても無意識のうちに体が強張ってしまう。でも、彼の優しい愛撫によって心も体もだんだんほぐれてきた。
 ――気持ちいい……
 緩やかな快感に浸っていると、不意に彼の長い指が中の敏感なところを強く擦り上げた。甘いしびれに襲われて、体がビクッと揺れる。

「ここ、気持ちいいんだ? 指増やそうか」
「え……、ま、待って、ま……」

 でも、彼は待ってくれなかった。さらに蜜口へ指を差し込まれ、ますます翻弄ほんろうされてしまう。
 それどころか、今度は舌で蜜口をめ始めた。あまりの快感にシーツを掴み、上半身をらせて悶える。

「……っ、は……、ン……っ、ああっ……!!」
「ン……、すごく濡れてる……興奮する……」

 嬉しそうにピチャピチャと音を立てながら蜜口を舐め上げる碧さんの目が、熱く滾っている。
 さわやかでキリッとした普段の彼とのギャップに目眩めまいがするほど興奮する。
 ――あの碧さんと私がこんなことになるなんて……今でも信じられない。
 大企業の御曹司である彼と、ごく普通の私。
 そんな私たちが恋人になったのは、きっと出会うべくして出会ったから。
 つまり、縁があったから。
 快感にとろけながらも、頭の片隅で私はそんなことを考えていた。



   一


 緑豊かな景色の中で、悠然と泳ぐ色鮮やかな鯉。たまにどこからか鴨もやってきて、愛らしい姿を参拝客に披露してくれる。
 街のオアシスのようなこの神社は、長年にわたって地元の人々から愛されてきた。
 ひっそりと佇む静かな神社だが、とある著名人がここを参拝したあとに意中の人との結婚が決まったと明かしたことをきっかけに、遠方からの参拝者の姿を目にすることも多くなった。
 そんなとある神社に、思いを馳せる私――剣持晶葉けんもつあきは、二十六歳。
 ――庭の掃除、やってくれたかなあ……。本殿の裏に落ち葉が結構あったんだよね……
 オフィスでパソコンのモニターを眺めながら、ぼんやり思う。

「剣持さん、ちょっと見積もり出してもらっていいかな。この前のベランダの雨漏り修理の件」

 背後から社員の男性に声を掛けられて、現実に戻った。

「はい。急ぎですか?」
「うん。この内容で入力してもらって、できたら施主さんに送って」
「はい」

 背筋を伸ばして再びモニターに向かう。
 ――えーっと、FRP防水処理か……。ベランダって経年劣化でよく水漏れするんだよね……。うちも大丈夫かな。今度チェックしてもらおうかな……
 処理内容を確認しつつ、入力して見積もり書を作成する。出力を終えて、書類を封筒に入れた。

「じゃ、出してきます」

 席を立ち、壁際のデスクにいる六十代の社長に声を掛けた。

「あ、剣持さん。ついでに俺の昼飯買ってきて。カップラーメン。豚骨がいいな」
「今日はお弁当じゃないんですか?」
「奥さんが友達と旅行に行っちゃってさ。明日まで帰ってこないんだよ。だから今日はお弁当がないの」

 社長は普段お弁当だが、たまにこうやって奥さんがいない時は嬉しそうにカップラーメンを食べる。
 ――多分、普段は奥さんに止められてるんだろうな。

「豚骨ですね、わかりました。行ってきまーす」

 トートバッグに財布とスマホ、それと発送する書類を入れて職場を出た。
 私が勤務しているのは、実家から徒歩で通える住宅設備会社。トイレや洗面台、キッチンなどの水回り品の設置や修理、それから今回のような住宅の水漏れ修理も請け負う。
 社長と社員、パートを含めて従業員が十数人の小さな会社ではあるが、先代社長が開業してから五十年近い歴史がある。そのため懇意にしている業者や顧客も多く、売り上げは堅調だ。
 大学在学中に内定をもらったベンチャー企業をわけあって二年で退社し、実家から近いこの会社に転職して二年。残業も休日出勤もないので、穏やかな日常を過ごせている。
 ――前の仕事を辞める時はどうなることかと思ったけど、あの決断は間違いじゃなかったな~。
 私が二年で前職を辞めたのには事情がある。それは、うちの家業と関係しているのだが……


けまくもかしこき伊邪那岐いざなぎ大神おおかみ筑紫つくし日向ひむかたちはな小戸おど阿波岐原あはぎはらみそはらたまひしときせる祓戸はらえど大神おおかみたち諸々もろもろ禍事まがごとつみけがれらむをばはらたまきよたまへともうすことをこしせとかしこかしこみももうす」


 土曜の昼前。自宅を出た私の耳に入ってきたのは、祝詞を唱える兄の声。
 ――お兄ちゃん、祝詞のりとが上手くなったな……
 私の実家は代々隣にある神社の宮司ぐうじを務めている。現在の宮司は父、そして大学で神道を学び神職の資格を取った兄が、次の宮司となるべく禰宜ねぎとして奉職中である。
 神社の敷地に入り、まっすぐ社務所へ向かう。あらかじめ自宅で着替えてきた私は、そのまま御守りなどを販売する窓口に向かった。

「交代します。よかったら休憩に入ってください」

 朝八時半からご奉仕してくださったパートの巫女さんに代わり、私が窓口販売の席に着いた。
 実は私。本職が休みの日限定で、父と兄が奉職している神社のバイト巫女をしているのだ。
 しかし、最初からこの生活をしていたわけではない。
 この神社を継ぐのは兄と決まっていたし、私は神職の資格を取る必要もないので、神職とは全く関係ない大学の経済学部に進んだ。
 神社は父や、当時はまだ元気だった祖父、それに叔父なども奉職していたので、巫女のバイトをすることもなく就職し、忙しい毎日を送っていた。
 しかしある日。それまで元気だった祖父が突然の病で床に伏し、奉職することができなくなった。それを皮切りに叔父が怪我、社務所で巫女をしていた母が実家の両親の介護のために奉職が不可能となってしまったのだ。
 急に人手不足に陥り、急いで求人を募集したもののそう簡単に人は集まらず、残った父と兄と、怪我を押して窓口を担当した叔父の三人でどうにか業務を行っていた。
 その時の私はといえば、通勤に一時間かかる職場で、ほぼ毎日残業。繁忙期は休日出勤の嵐。仕事にやりがいを感じていたものの、家族が困っている時に全く戦力になれない自分が歯がゆくてもどかしかった。
 そんなある日。ついに多忙を極め、父が倒れてしまった。
 ――今の仕事じゃだめだ。せめて、手がいている時に家族を手伝えるような職場じゃないと……!!
 そう強く感じ、転職を決意したわけだが、最初は家族に反対された。

『神社のことはこっちでなんとかするから、お前がせっかく入った会社を辞める必要はないよ』

 家族三人にそう言われて、決意が揺らいだ。でも、やっぱり大切な家族が苦労しているのを見過ごせなかった。
 そんな時に見つけたのが今の職場だ。実家から徒歩五分。お給料は少しだけ下がったけど、ちゃんとボーナスも出るし人間関係も良好。副業もOKで申し分ない環境だ。
 良い条件の職場を見つけたから安心してほしいと家族を説得し、私は無事転職した。
 あれからパートさんと、休日だけシフトに入ってくれる学生アルバイトさんも入った。祖父も回復し、週に数回神社に顔を出せるようになった。
 とはいえ、介護を続ける母は未だに多忙なので、こうして週末に時間がある時は、今も巫女として手伝いをしているのだ。

「お車のご祈祷ですね。では、こちらの用紙にご記入をお願いいたします。終わりましたら、指定の場所までお車のご移動をお願いいたします」
「あっ、はい! しまった、車のナンバーわかんない! 見にいってきていいですか?」
「はい、どうぞ」

 用紙に手を着ける間もなく、祈祷を申し込みにきた女性が駐車場へ戻っていった。その間、何気なく敷地内を見回していると、スーツを着た参拝客数人の姿が目に入った。おそらくさっきまで本殿でご祈祷を受けていた人たちだ。その中に背が高く、すらりとした体型の男性を見つけた。
 小さな顔に長い手足。まるで紳士服のモデルのようにビシッとスーツを着こなしている男性は、周囲の参拝客の視線を一人で集めている。
 ――あ。あの人。また来てくれたんだ……
 見覚えのある姿に自然とそう思った。というのも、あの人はうちの神社に多額の寄付をしてくれている大手企業――カシイ重工の人だからだ。
 創業者がこの地域の出身ということで、カシイ重工さんは昔からうちの神社にお参りに来てくれる。新社屋の建設では地鎮祭をうちの神社に申し込んでくれたり、創業者一族の方々がプライベートで参拝に来てくれたり。とにかく懇意にしてくださっている……と、以前祖父が言っていた。特に創業記念日に近い週末は商売繁盛を願って、今日のように役員全員でご祈祷を受けにくるのが毎年恒例となっている。
 ――それにしても、今回も目立ってるなぁ……あの人。
 私はいつも遭遇するわけじゃないけれど、父や兄がたまにカシイ重工さんの話をしていたり、巫女のバイト中に何度か見かけて、すっかり顔を覚えてしまった。ただでさえ端正なイケメンなのに、年配の人たちの中に混ざっているから余計目立つのだ。
 ――若いのによくご祈祷に来てるってことは、役員だったりとか……いや、まさかね……
 それとも役員のご家族の方とか? 自分なりに考えをめぐらせていると、男性がこちらを見た。
 思いがけず視線が合ってしまい、慌てて小さく会釈えしゃくをした。
 ――いけない。見すぎちゃった……!
 しまったと焦ったけれど、相手が穏やかに微笑みながら会釈を返してくれたので、ホッとする。
 こっちも顔が緩みかけたところで、車のご祈祷を申し込み中の女性が戻ってきた。

「お待たせしちゃってすみません!! えーっと、ひらがなから記入すればいいですか?」
「あ、いえ。車番だけで大丈夫です」

 視線を申し込み用紙に落としてからしばらくして、さっきの男性がいた辺りに視線を戻す。でも、そこに男性の姿はなかった。
 そのことを特に気に留めず、私は淡々と業務に戻った。


 それから数週間後。

「車の祈祷をお願いしたいのですが」

 社務所が開いてすぐ窓口にやってきた男性に、仕事を忘れて目をパチパチさせてしまった。
 あの時に目が合った男性が、今、目の前にいる。
 カシイ重工さんの、あの人が。

「お……お車のご祈祷ですね、かしこまりました……」
「はい。お願いします」

 前回はスーツだったけど、今日は私服だ。この前はシャツで隠れていた首筋が、今日は露出していて少しどぎまぎする。
 ――この人、私がいる時に個人的な参拝は初めてじゃない? びっくりした……

「で、では……、こちらの用紙にご記入をお願いいたします」

 彼の前に用紙とボールペンを差し出すと、男性がさらさらとそこに個人情報を記入し始めた。
 それを見てまず驚いたのは、彼の名前だ。
 カシイ重工さんに関係のある方だとは思っていたけど、まさか名前が香椎かしいだとは思わなかった。
 ――え。この人、香椎さんっていうの? じゃあカシイ重工の創業家の人……?
 確か、現社長も会長も、名字は香椎だ。思わず内心びびる。そんなすごい人に対して粗相があってはいけない、言動には細心の注意を払わなければ。

「これ、祈祷料の違いってなんですか?」

 急に香椎さんが顔を上げたので、ビクッとしてしまう。

「は……はい、授与品の内容が違います。こちらですとお札が入ります」
「なるほど」

 頷くと、香椎さんは一番高い金額にマルをした。祈祷料の支払いを終えると、まずはお祓いをするために本殿の祈祷待ちスペースに案内した。
 車のご祈祷の流れとしては、まずご本人のお祓いを本殿で済ませてから、車の祈祷スペースに移動して車のお祓いをする。まだ朝早くご祈祷希望の参拝者がいないため、香椎さんだけ本殿に入ってもらった。
 今日、ご祈祷を担当するのは父だが、父は香椎さんを見た瞬間に誰かわかったようだ。

「ああ、香椎さん。いつもお世話になっております」
「いえ、こちらこそ。先日はありがとうございました」

 深々と頭を下げる父に、香椎さんも立ち上がって頭を下げている。授与品を持ってきた私は、そんな二人の姿をぼんやり眺めてから本殿をあとにした。
 ――お父さんも、あの人のことは覚えてるんだな。
 さっき申込書に書いてもらったあの人の名前は、香椎碧。ご祈祷する関係上読み仮名を振ってもらったので、名前の読み方は「あお」だとわかった。爽やかな外見にぴったりの響きに思わず感心してしまった。
 名前までおしゃれだなあ、なんて思いながら私は社務所に戻った。
 香椎さんがどんな車に乗っているのかなんとなく気になりつつも、ぽつぽつと窓口にやってくる参拝客の対応を続けた。ご祈祷希望の参拝客が数名いて、さっきのように本殿に授与品を持って行ったりと、社務所と本殿を何度か行き来している途中、若い男性の参拝客に声を掛けられた。

「すみません、この辺りにあるっていう城跡に行ってみたいんですけど……」

 男性はおそらく二十代前半くらい。手には地元の自治体が発行している名所マップがある。

「城跡ですか、でしたら、ここからは二百メートルほど進んでいただいてですね……」

 簡単にだけど、外を指差して説明する。そんなに有名な城跡ではないけれど、たまに聞かれることがあるので説明も慣れっこだ。

「……です。マップのアプリでも場所の確認はできると思いますので……」

 しっかり説明したので、多分わかるだろうと思った。しかし男性が、「待ってください」と私が社務所に戻ろうとするのを引き留めた。

「ちょっとよくわかんないんで、一緒に行ってもらいたいんですけど。休憩時間とかないですか? それか仕事が終わってからでも……」

 ここでピンときた。これってナンパだ。

「いえ、そういったことはしておりませんので。失礼いたします」

 丁寧に頭を下げて早々に逃げようとしたけれど、男性は進行方向に回り込んできた。

「あ、じゃあ。休みの日でいいです! お茶だけどうですか?」
「いえ、申し訳ありません」
「ええ~!! どうしてもだめですか? 俺、お姉さんすごく好みで……。どストライクなんです。だからせめて一度だけ」

 両手を合わせてお願いされても困る。全くといっていいほど心が動かない。
 これまでも時々こうして声を掛けられることがあったから、対処法はわかっている。相手を逆上させないよう、淡々と丁寧に対応する。しかし毎度のことながら、こういう誘いを断るのは結構面倒だ。

「せめて一度だけ、なんなんです?」

 まるで私の心の声を代弁するかのように、どこからか声が聞こえてきた。
 ――ん? 今の声って……
 声のした方を見ると、そこにいたのは香椎さんだった。

「困りますね。人の彼女に気軽に声を掛けないでもらいたいな。ねえ、晶葉」

 冗談とも本気とも取れるような口調で香椎さんがそう言った。その顔は至極真面目だ。
 だけどちょっと待って。今この人、私の名前を口にしたけど、なんで知ってるの?
 ――? 名札もないのに、どうして?
 これは、さすがに私もどうしていいかわからずに固まった。すると、私の隣に来た香椎さんが、耳元でこそっとささやいた。

「話、合わせて」

 それで理解した。この人は、ナンパを撃退するために私と付き合っている振りをしてくれているのだと。
 名前の件はモヤモヤするけど、そうと決まれば私も素早すばやく乗っかる。

「あの……。この人とお付き合いしておりますので、お茶とかそういったことはできません」
「えっ……そ……それは……え? マジ、ですか?」

 きっぱり答えた私に、男性が私と香椎さんを交互に見ながら尋ねてきた。

「はい」

 真顔で頷くと、男性は観念した様子ではあ……とため息をついた。

「なんだ……残念」

 男性はぼそっと独りごちてから、失礼しましたと去っていった。
 安堵した私は、男性の背中が見えなくなってから、改めて助けてくれた香椎さんの方へ体を向けた。

「このたびはどうもありがとうございました。助かりました」

 深々と頭を下げてお礼を言う。
 たまたま通りかかっただけなのに、さっき窓口で応対しただけの私を助けてくれた香椎さんに心から感謝していると、当の本人はお礼を言われるようなことじゃない、と笑った。

「とんでもないです。男としても嫌がる女性に無理強いするようなヤツはいけ好かなくて。頭で考えるより先に勝手に体が動いていたんです。恋人の振りをしただけで諦めるような人でよかったですね」

 爽やかに微笑む香椎さんについ見とれる。
 ――綺麗な顔だなあ……。こういうイケメンに好かれる人って、前世でどんだけ徳を積んだんだろう……
 だけどすぐに名前の件を思い出して、我に返った。

「あっ、あの。なんで私の名前をご存じだったんですか? もしかして以前どこかでお会いした、とか……」
「そうではないんですが、仕事の関係で何度かお世話になっているうちに、宮司さんから伺ったんです。人手が足りなくて、週末は外に働きに出ている娘にまで手伝ってもらっている、と。若い神主さんと顔立ちがよく似ていらっしゃるのですぐわかりました。あなたが晶葉さんだと」
「え、あ……。そういうことでしたか……」

 話を聞いて納得した。香椎さんの言う『若い神主さん』とはきっと兄のことだろう。
 というのも、私と兄の奏哉そうやは顔がよく似ている。兄が女装をすれば私そっくりになるし、やったことはないけれど、私が男装したら兄にそっくりになると思う。
 年齢は四つ離れているので、兄はもう三十歳。この神社の跡継ぎとして、父である宮司のあとに控える禰宜として奉職している。

「晶葉さん、大丈夫ですか? もしかして私が来る前にあの男性に何か言われました?」

 香椎さんが身を屈めて私の顔を覗き込んでくる。

「あ、いえ。大丈夫です。それより、助けていただいたお礼をしたいのですが……」

 近くにある美味おいしい豆大福のお店に今すぐ飛んでいって、香椎さんに贈りたい。そう考えながら話を続けようとしたところで、香椎さんが「では」と口を開いた。

「本来であれば、お礼なんか……と言いたいところですが、実は、今夜予定していた会食が先方の都合で急にキャンセルになってしまって。まだ店に連絡を入れていないので、よければご一緒していただけたら嬉しいのですが。いかがでしょう」
「急にキャンセルですか……それは困りましたね。私でよければ……って、あ」

 OKしかけてあることに気付き、口を手でおおった。
 ――いけない、いけない。つい流れでOKするところだった。
 私が口をつぐんだせいか、香椎さんの表情が曇る。

「どうかされましたか?」
「その。男性と二人でお食事はちょっとまずい……かな、と。縁談を控えているので……。少々お待ちくださいね」

 香椎さんを待たせて社務所に走った私は、とある御守りを手に彼の元へ戻った。
 ちゃんとその場で待ってくれていた香椎さんに安心しながら、てのひらに載せた御守りを彼に差しだした。

「お待たせしました。あの、お礼と言っては些少ですがこれ、うちの御守りです。よかったらどうぞ」

 香椎さんの視線が私の掌にそそがれる。

「交通安全の御守りはもうお持ちなので、勝守りにしてみました。勝負事とか、仕事とか、いろいろなことで勝てるようにという御守りです」
「それは……ありがとうございます」

 御守り用の袋に入れて香椎さんに渡す。
 受け取った香椎さんは、その御守りを袋から出し、まじまじと眺めている。ごくごく普通の御守りだが、彼はやけに勝守りに興味があるようだった。

「じゃあ、早速試してみようかな」
「試す? 何をですか?」
「晶葉さんの縁談相手に勝てるかどうか」

 ――……? ちょっと、今、何を言われたのかわかんないんだけど……
 思わずこめかみに指を当て、香椎さんを見上げた。

「あの……、仰っている意味がよくわからないのですが」
「その通りの意味だけどな。それよりも、その縁談っていうのはもう決まったことなんですか?」

 縁談に関しての突っ込みに、目が泳いでしまう。

「決まったこと……と言いますか、父の知り合いの息子さんとの間で少し前からそういう話が出ているんです。まだ会う前なんですけど、父とそのお相手の間ではもう決定事項といいますか……。私も決まった相手はいないので、断る理由もないですし。ですから、そういう状況で他の男性と二人きりでお食事をするのはあまりよくないかな、と……」

 自分の状況を明かすと、香椎さんの目が大きく見開かれた。

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