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1巻
1-2
「そうなんですね。その方と会うのはいつです?」
「いえ、まだ決まっていないんです。ですから今の段階では縁談がある、としか言えないんですけど……」
せっかく誘ってもらったのに、こんな返事しかできなくて申し訳なかった。
香椎さんはかっこいいし、困っているところを助けてくれた。いい人だと思う。でも、だからといって二人で食事をするのは、縁談相手に申し訳ない気がする。
少しでも後ろめたい気持ちがあるのなら、食事はするべきじゃない。
そう思っているのに、なぜか香椎さんがさっきよりも力の籠もった目で私を見つめてくる。
「それって、まだ縁談がまとまったというわけじゃないですよね」
「そ、それはそうかもしれませんけど……。でも、父と懇意にしている方のご子息なんです。失礼があってはいけませんし……」
「であれば、まだセーフですよ。食事くらい友人同士でもします」
「いや、でも……」
二人きりで食事をするような異性の友人なんて、私にはいないんですが……と言おうとして、やめた。
この香椎さんという人、すごく頭の回転が速い。おそらく何を言っても、上手くかわされるのは目に見えている。
――困ったな……。どうしよう……
正直言って、縁談に乗り気かというとそうでもない。
相手の顔は写真で見せてもらったけど、酷いことを言うようだが可もなく不可もなくといったところで、特別心も動かなかった。経歴も然り。
だけど話を持ってきてくれた父の面子を立てて、一度だけ食事するくらいならいいよ、という返事をした……のが、縁談に関するここまでの流れだ。
確かに縁談が決定したわけじゃない、相手にも直接会ってはいない。
思考がぐらぐら揺らぐ中、目の前で微笑みながら私の返事を待っている香椎さんをチラ見して、もう一度自分に問う。
普通は待っていたって、いい人はやってこない。なのに、こんな素敵な男性が声を掛けてくれたのだから、ここは流れに乗ってみてもいいかもしれない。
――誘いに……乗ってみる? みちゃう? どうする、私。
「晶葉さんとこうして神社で知り会えたのは、きっと何かの御縁だと思うんです。どうでしょうか」
――御縁……
香椎さんの一言が、だめ押しとばかりに私の心を動かす。
神社の宮司を父に持つ私は、子どもの頃から何かにつけて御縁という言葉を大事にしなさいと教えられてきた。
父が持ってきた縁談も御縁かもしれない。でも、ここで香椎さんと知り合ったのもまた、御縁だ。
恋人も婚約者もいない今なら、その御縁を信じて行動してもいいのではないか。
そう思ったら、不思議とすんなり気持ちが落ち着いた。
「そう……ですね。まだ婚約も何もしていませんし、食事をするくらいなら……いいかな」
「本当ですか?」
自分に言い聞かせるように独りごちた言葉に対し、香椎さんが素早く反応した。
心なしか、目が輝いているような。
「え、ええ。せっかく誘ってくださったので……私でよければ」
はっきりそう返事をすると、香椎さんは眩しいくらい微笑んだ。
「ありがとうございます! では……夕方お迎えに上がります。お仕事は何時までですか?」
「五時まで、です。ただ、着替えをするので……六時以降なら大丈夫です」
「わかりました。では。夕方六時にこちらの駐車場でお待ちしています」
では、後ほど。と言い残し、香椎さんは爽やかに去っていった。
彼の姿が見えなくなっても、食事に誘われたことが夢ではないかと思い、私はしばらくその場から動けなかった。
五時少し前にバイトを上がり、実家に戻った。
急に男性と二人で食事などというある意味非日常的な出来事が起きたせいで、私は酷く慌てた。
バイト中、一つ結びにしていた長い髪を解き、ほぼすっぴんだった顔にナチュラルメイクを施す。
服は上下の組み合わせを考えるのが面倒だったので、ワンピースを選んだ。
――一時間あれば余裕だと思ってたのに、意外と時間ないなあ!
アクセサリーをじっくり選ぶ余裕はなく、適当に選んで身に付けたところで約束の五分前。慌ててバッグを掴んで部屋を飛び出した。
家族に夕飯はいらないと伝えて家を出て、隣にある神社の駐車場に急ぐ。すると今朝、ご祈祷申込書で見たナンバーを付けた真新しい白い車が停まっていて、心臓がドクンと跳ねた。
――香椎さんだ。
車に近付くと、向こうも私の姿を見つけたらしく、車の中から香椎さんが出てきた。格好は昼間と少し違っていて、黒いトップスの上にジャケットを羽織っていた。
「晶葉さん」
先に向こうが私の名前を呼んでくれた。それにドキドキしながら、彼の前に立った。
「お待たせしてごめんなさい。もしかして、結構前から待っていてくださいました……?」
「いえ、そうでもないです。晶葉さんがどこから来るのかが気になって、キョロキョロしてしまいました。もしかしてあちらがご実家ですか?」
香椎さんが神社の敷地の隣の日本家屋に視線を送る。
「はい、そうなんです」
「かなり大きいですね」
しみじみと言う香椎さんの気持ちもわかる。確かにうちは敷地が広い。敷地内には祖父母が暮らす家と、私たち家族が暮らす家、それと神社に関する物を収めた二階建ての蔵もある。
蔵にはなかなか貴重なものが収まっているらしく、自治体の文化財にも指定されている。かなり古い文献などは自治体に寄贈したけれど、他にも厳重に保管すべきものが多いため、持ち主の家族といえども自由に入ることはできない。
「大きいんですけど、古いんですよ……。かといってリフォームするにもお金がかかるので、維持が大変です」
「晶葉さんのお部屋もですか?」
「サッシだけは新しいものに変えましたけど、壁がもうボロボロなんです。まあ、慣れました」
ていうか、今日初めて会話を交わした相手に何を話しているのだ、私は。
「それよりも、今夜はよろしくお願いいたします……」
気を取り直して会釈すると、香椎さんも会釈を返してくれた。
「こちらこそ。では、どうぞ。乗ってください」
助手席のドアを開けてくれた香椎さんに恐縮しながら、車に乗り込む。
乗ってすぐ、新車独特の匂いがした。何気なく目をやったハンドルに刻まれていたエンブレムから高級車だとわかった。
――わー、こんな高級車、初めて乗った!
でも、この人がもし私の想像通りカシイ重工の創業家出身なら、お金持ちなのも納得だ。
助手席のドアを閉めたあと、香椎さんがするりと運転席に乗り込んできた。
「さて、行きましょうか」
「はっ、はい。よろしくお願いします……」
「ははっ、堅い堅い。もっと気楽にいきましょうよ」
香椎さんは軽やかに笑っているけれど、私に余裕なんかない。
御縁は大切に、と思って一緒に食事に行くことにした。でも相手が相手だけに、どうしたって緊張する。
「無理ですよ……。香椎さんって、カシイ重工さんの創業家の方ですよね」
エンジンをかけながら、香椎さんがおっ、という顔をした。
「ご存じでしたか」
「わかりますよ。カシイ重工さんがご祈祷にいらした時、お見かけしたことがありますから」
「そうでしたか。いや、覚えてくださっていて嬉しいですね」
本当に嬉しそうに微笑みながら、香椎さんは車を発進させた。
――ついこの前、会社でご祈祷に来てくれた時も目が合ったような気がしたけど……まあ、覚えてるわけないか。
心の中でそう思ったけど、口には出さない。
「ところで、今夜はどちらへ?」
「ああ、はい。フレンチですが……お好きですか?」
「えっ、もちろん! 好きって言えるほど食べませんけど……」
「よかった。もしお嫌いだったらどうしようかと思いました」
ははは、と笑っている香椎さんを横目で見つつ、ちょっと待ってと冷静になる。
――香椎さんが行くようなフレンチのお店って、もしかして私なんかがお邪魔するのは場違いなところなのでは……
急に背中の真ん中がひんやりしてきた。
適当な服を着てきてしまったけれど、これでよかったのか。靴も普段履いているバレエシューズだけど、汚れてはいなかったかとこっそり確認した。
「あの……、そのフレンチって、どういう……」
「ん? ああ、昔有名ホテルで修行していたシェフが結婚後にご夫婦で出した店なんですよ。古い一軒家を改装して、気軽にフレンチを楽しんでもらいたいと思って始めたみたいで、敷居も高くなくて通いやすいんです。でも、味は間違いないですよ」
敷居は高くない、と聞いてホッとした。
もしかして香椎さん、私がフレンチと聞いておののいたことに気が付いたのだろうか。だとしたら、すごくよく見られてる。
――いや、気のせいかな。たまたま食事することになっただけだし……
気を取り直して姿勢を正す。
「さっきの話の続きになりますけど、香椎さんって、会社ではどういうお立場なんですか……?」
「というと?」
「いやあの、カシイ重工さんって、ご祈祷の時、役員の皆様でいらっしゃるじゃないですか。その中にいるってことは、もしかして役職に就かれているんじゃないかな、と思って……」
「なるほど。晶葉さんの読みは合ってますよ。私は常務取締役なんです」
――や……やっぱり!!
隣にいる人は予想以上にすごい人だった……と、助手席に座ったまま、思わず香椎さんから距離を取ってしまう。
「となると、やっぱり将来的には香椎さんが社長さんとか……」
「や、それはわかりません。現社長は父ですが、今後は世襲ではなく優秀な人材が上に立つべきだと常々言っていますから。それに、私もその通りだと思っています」
考え方もしっかりしている。
――すごい、こんな人、今まで近くにいなかったな……。それとも一流企業の創業家ともなると、子どもの頃からそういう教育を受けてきたんだろうか……
「なんと言うか……ご立派ですね」
「そんなことはないですよ。晶葉さんの前なので、それっぽいことを言っているだけです。実際は何も考えていないんですよ」
「またまた」
香椎さんの軽いノリに、思わず顔が緩む。
何も考えていない人が大企業の重役なんか務まるわけがない。絶対、今の地位に就くまでにすごく努力をしているはずだ。
――偉ぶらないところも素敵。こりゃ、すごくモテそうだなあ……
バレンタインに箱いっぱいのチョコレートをもらっている香椎さんの姿を勝手に想像していると、隣から「晶葉さんは」と話を振られた。
「普段は別のところにお勤めだと、以前宮司さんにお伺いしました。それなのに週末は巫女のバイトをされているとなると、あまり休みを取れていないのでは?」
私のことを心配してくれているのだろうか。なんていい人なんだろう。
そんな香椎さんに、「いえ」と慌てて私の置かれた状況を説明する。
「確かに週末は巫女のバイトをしていますけど、人手が足りない時にちょこっと入っているだけなので。今日も忙しくない時間帯は実家で休んでいましたし」
「あ、そうなんですね」
「はい。それに神社に関することは生活の一部みたいなところがあるので、あまり神経も使いませんし。むしろいいバイトだと思ってます」
「それならよかった。お忙しいのに誘ってしまって、却って申し訳なかったかな、と気になっていたんです。安心しました」
「そんなことはないです! 逆に気を遣わせてしまってすみません」
――香椎さんてすごくいい人そうだけど、カシイ重工さんのお偉いさんだと思うとやっぱり緊張しちゃうな……
別に私がカシイ重工さんに気を遣わなければいけない特段の理由はない。
でも、よくうちの神社に会社で参拝してくれるし、大口の寄付もしてもらっていることに変わりはないので、やはりそれなりの気遣いは必要だと思う。失礼なことはしちゃいけないと改めて思い、気が引き締まる。
たわいのない会話をしているうちに、車は繁華街から離れ、郊外の住宅街にやってきた。あまり来たことがない街だ。
「この辺りにあるんですか?」
「ええ。もう少しですよ」
店自体には駐車場がないということで、お店が指定した近くのパーキングに車を停める。車から降り、店までは香椎さんと並んで歩くことに。
隣に立って歩いていると、香椎さんの身長の高さを思い知る。多分、私よりも二十数センチは高い。
――私が百五十八センチだから……百八十ちょっとはあるかな。うちの兄も結構身長あるけど、兄よりも高い人は久しぶりだなあ……
身長が高いところも香椎さんを素敵だと思うポイントの一つだけど、他にもまだある。この人、すごくいい匂いがする。
香水なのかシャンプーなのかわからないけど、上品な大人の男というイメージの匂いに、うっかりあてられそうになる。
――だめだめ、まだ食事もしていないのに今からこんなんじゃ……
たまたま相手がいなくなったから、運良く私が誘われただけ。そのことを忘れないようにしなければ。
香椎さんと並んでいたはずなのに、気が付くと彼の半歩後ろを歩いていた。するとそれに気が付いたのか、香椎さんが声を掛けてくれた。
「どうしました?」
「あ、すみません、つい」
「ああ……歩くのが速かったですね、すみません。気が急いてしまって」
香椎さんはわざわざ歩を止め、今度は私の速度に合わせて歩き出した。
――すごい……。元彼なんか、私の歩幅なんか構わずガンガン先を歩いてたな……
ふと、二年くらい前に別れた元彼のことを思い出してしまった。正直言って、あまりいい思い出ではない。
元彼は大学の時の同級生で、卒業してから偶然再会して、そこからお付き合いをすることになった。最初は優しかったけれど、付き合い始めてから態度が少しずつ変わり、モラハラ気質なところがちらほら露見するようになった。
そんな元彼のことを兄に相談したところ、すぐに別れろと言われた。でも、好きなことには変わりなかったし、すぐに行動できなかった。だけどやっぱりモラハラは積もり積もると体へのダメージも大きく、彼に会うのがだんだん怖くなってしまった辺りで、こちらから別れを切り出した。
案の定、最初は「嫌だ」と抵抗されてしまい、そう簡単に別れることはできなかった。でも、繰り返し別れたいと訴えたら、向こうも根負けしてようやく承諾した。
でも、あとになって共通の友人が明かしてくれた話によると、実は職場に気になる女性がいたようで、私と別れてすぐそちらに乗り替えたらしい。
普通だったら「別れたばっかりなのに、すぐ次に行くなんて!!」と腹立たしく思うかもしれない。でも、私の場合はむしろホッとした。次の相手が見つかったからこそ、すんなり私から離れたように思えたのだ。私にとっていい結果になったのは、後腐れなく別れさせてほしいと何度もうちの神様にお願いしたからかもしれない。
――そう、うちの神様、結構すごいのよ。
心の中でうちの神様に、今日も香椎さんと出会わせてくれてありがとうございます……とお礼を言っているうちに、目的地に到着したらしい。
「ここです。どうぞ」
香椎さんが先にドアを開け、中に入るように促してくれた。それにお礼を言いつつ中に入ると、すぐに白いシャツに黒いパンツ姿の女性スタッフが出てきた。
「いらっしゃいませ。香椎様、本日はご予約ありがとうございます」
「こんばんは。今夜もよろしくお願いします」
スタッフの女性は、香椎さんの顔を見てすぐに誰かわかったようだ。それに彼も笑顔で返し、私たちは店の奥にある席に通された。
おそらく外から見た感じでは、建物自体の築年数はかなり経っている。でも、内装はリフォームしたのか、壁と床は真っ白でとても清潔感がある。
席数はあまり多くなく、テーブルが四つ。カウンター席もあるけど、夜は完全予約制らしい。
白いクロスをかけた長方形のテーブルには、すでに皿やカトラリーがセッティングされており、席に着くとすぐに飲み物のメニューを渡された。
「晶葉さん、お酒は? 私は運転するので飲めませんけど、晶葉さんはお好きなだけ飲んでください」
「いやいや、そんな。私もそんなには飲めないので……一杯くらいで……」
「じゃあ、シャンパンとかどうです?」
香椎さんに勧められるままに、じゃあそれを、と応えた。彼はガス入りの水を頼んでいた。
ディナーはコース二種類のみで、香椎さんは事前にコースを選んでいたらしい。聞いたら高い方のコースで、心の底から「恐縮です……!」と声が出た。
「まずは乾杯かな。今日はお疲れ様でした」
「お疲れ様です」
運ばれてきたばかりの炭酸水とシャンパンで乾杯した。早速シャンパンを口に含むと、フルーティな味が口の中いっぱいに広がった。
「美味しいです……!」
思わず顔が緩む。そんな私を見て、香椎さんも満足げに微笑んだ。
「よかった。ここ、出されるものがすべて美味しいんだよ」
そう言われて、このあとどんなものが出てくるのか、俄然期待感が高まる。
まずアミューズ、それからオードブル、スープと進む。どれも食材を丁寧に調理し、見た目も味も申し分ない料理だった。特に蕪のポタージュは、蕪ってスープにするとこんなに美味しいんだ……と感動した。
食べている間も香椎さんとちょこちょこ会話したけれど、あまりの美味しさに話の内容を忘れてしまうほどだった。
魚料理は鱈で、ふわっふわ。メインの仔牛のローストは、これまた食べたことがないくらい柔らかくて肉自体に甘みがあって最高だった。マデラソースもとんでもなく美味しかった。
「やばいです……美味しすぎます……」
語彙力がなくて本当に申し訳ないが、こういう時って美味しいという単語しか出てこない。
何度も美味しい、美味しいと繰り返す私を見て、香椎さんが笑った。
「あはは。そんなに喜んでもらえたら誘ったこっちも嬉しくなるな」
「いやだって、本当に美味しいんですもん……。キャンセルされた方には申し訳ないですけど、今日香椎さんとお会いできて幸運でした」
両手を動かしながらちらっと香椎さんに視線を送る。すると、なぜか香椎さんがじっとこっちを見つめていて、ちょっとドキッとした。
「実は……会食の予定は元々なかった、って言ったらどうします?」
「……え?」
私が聞き返すと、香椎さんがふっ、と表情を緩めた。
「なんてね。それより、さっきの話ですが神社も人手が足りていないとは。どこも人手不足は一緒ですね」
香椎さんが丁寧な所作で肉をカットし、口に運ぶ。
「そうですね……。父が言っていたんですが、求人を出したとしても問い合わせが少ないそうです。それに神社でのご奉仕となると、髪を染めちゃいけないとか、ネイルは不可とか、採用条件がいくつかありますし……」
「晶葉さんも髪は染めていらっしゃらないようですね」
「はい、今は染めてないです」
巫女のバイトをしていなかった大学時代は、何回か髪を染めてみたこともあった。だけど、なんとなく自分には似合ってないような気がして、早々に元に戻した。
「今は、か。髪を染めた晶葉さんを見てみたいような気もしますね」
「普通ですよ~。金髪とかなら変化も大きいと思いますけど」
「金髪かあ。尚更見てみたいな」
和やかなムードで食事を進め、ついに食事も終盤。デザートがやってきた。身も心も満足しながら、白い皿に載ったウフアラネージュというデザートを口に運ぶ。クレームアングレーズにメレンゲを浮かべたデザートなのだそう。
――ああ美味しい。最初から最後まですべてが美味しい。
お酒に弱い私でも、最初に乾杯したシャンパンはあっという間に飲み干してしまった。香椎さんが気を利かせてくれて、もう一杯シャンパンを追加したせいもあって、私は今、ほろ酔いだ。
「香椎さん、今夜は本当にありがとうございました。こんなに美味しいお食事をいただいて、なんとお礼を言ったらいいのか」
素直な気持ちを伝えたところ、なぜか香椎さんがクスッと笑った。
「とんでもない。今夜はこんな素敵な時間を一緒に過ごすことができて、私の方がお礼を言いたいくらいです」
ずっとブレずにスマートなままの香椎さんに惚れ惚れしてしまう。
「いえいえ。香椎さんと一緒に過ごしたい女性はたくさんいると思いますし……」
「ところで晶葉さん」
謙遜していたら、香椎さんが急に話を変えた。
「昼間教えてくださった縁談のことですけど、相手の方とはまだ会っていないんですよね?」
「え? あ、はい……。でも写真では見ていますし、うちに参拝してくださっている方なので、あちらは私のことを知っているらしいんです」
「なるほど。ということは、あちらが晶葉さんを見初めて縁談を持ちかけた、といったところでしょうか」
これに関しては私もよくわからないので、小さく首を傾げる。
「さあ……見初めたかどうかはわかりませんが、年齢が近くてお互い独り身だから、というのが大きな理由のようです。父がそう言っていました」
「どうかな。本音は別のところにあるような気がしてならないな」
そうぼそっと零した一言の意味を考えていると、いつの間にかデザートを食べ終えていた香椎さんが、テーブルの上で腕を組み、身を乗り出してきた。
「でもあなたはその縁談に乗り気ではないんですよね?」
「……はあ……まあ……そう、ですかね……。正直ピンと来てないと言いますか……。でも、父の面子もありますし、会うのは避けられないかなと」
「では、縁談の前に恋人を作ってしまう、というのはどうでしょうか」
「……恋人、ですか?」
香椎さんが優しく微笑んだ。
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