お見合い婚するはずが、溺愛豹変した御曹司に蕩かされて娶られそうです

加地アヤメ

文字の大きさ
表紙へ
3 / 17
1巻

1-3

しおりを挟む

「お互い独り身だからお見合いをする。なら、恋人ができればお見合いをする必要はなくなりますよね?」
「いや~……それはそうですけど、そんな簡単に恋人なんてできませんよ。職場でも出会いは皆無ですし……」
「私でよければどうです」

 思わず無言のまま香椎さんを見つめる。あと残りわずかのデザートを食べる手も止まった。

「え? それは、どういう……」
「そのままです。私は、喜んで晶葉さんの恋人になります」
「や、あの、えーっと……それはどういう意味で取ったら……ちょっと今、私、酔ってるのもあって、上手く頭が働かなくて……」

 額に手を当てながら、ちらっと香椎さんに視線を送る。私の反応に少し困ったような顔をしつつも、彼は再び口を開いた。

「ではもう一度。その縁談は受けず、私とお付き合いしませんか」

 ――本気で言ってるの? この人。
 驚きと困惑で、目をパチパチしてしまった。

「えっと……その、香椎さんとは今日会ったばかりで……今はまだ、そういったことは考えられません……」
「お互い顔は知ってたじゃないですか」

 ――そ、そうだけど!!

「付き合うとなると話は変わってくるといいますか……せめてもう少し考える時間をください」

 縋るようにそうお願いすると、根負けしたのか、香椎さんはため息をついた。

「仕方がないですね。待ちましょう。でも、縁談相手に会う前には決断していただきたいです」
「そっ、それは……はい……」
「まあ、断られても諦めませんけどね」

 だめ押しの一言に面食らう。

「諦めないって、どういう……!? 最初から私に選択肢はないってことですか?」
「晶葉さんには選択肢がありますけど、私に諦めるという選択肢はないということです」
「言ってることめちゃくちゃですけど……!!」

 私たちがデザートを食べ終わったのを見計らって、食後のコーヒーが運ばれてきた。
 さっきまでの流れなら、コーヒーでホッと一息つけるはずだった。なのに香椎さんからの申し出に動揺してしまい、一息つくどころじゃない。
 一気にコーヒーを飲み干したい気持ちなのに、熱くて少しずつしか飲めず、歯がゆい。

「なんで私なんですか? 今日一日で香椎さんに好きになってもらえるようなこと、私、何もしてませんよね……?」

 香椎さんがコーヒーを一口飲んでから、それに対する答えをくれた。

「なんでと言われても、ごく自然にあなたのことを意識するようになった、いうところでしょうか。実は、私が晶葉さんを見かけたのは前回の参拝の時と今日だけではないんです。個人的に、あの神社には子どもの頃から定期的に参拝していたので」
「そうなんですか?」

 すぐに聞き返したら、香椎さんがにこりと微笑んだ。

「ええ。ある時は祖父と、ある時は父と参拝しました。子どもの時はさすがに晶葉さんの存在には気付きませんでしたが、二十歳はたちを過ぎてから何度かあなたを社務所で見かけています。あの初々しさは高校生だったんじゃないかな。御守りとお札を販売していました」
「それは……確かに、高校の頃は週末とか長期休みにバイトしてたので……」

 その頃を思い出してか、香椎さんが優しく微笑んだ。

「考えてみたらあの時からじゃないかな、私が晶葉さんの存在を認識したのは。それから何度か訪れているうちに、晶葉さんが宮司さんの娘さんだと知りました。それからですね、来るたびにあなたのことを見てしまっていたのは」
「そう、でしたか。結構前から見られていたんですね。ちょっと恥ずかしい……」

 普段あまり人に見られているという意識がなかったので、彼が私のことをそんな前から見ていたことに驚いてしまった。

「それにしても、悔しいな」

 言葉の通り、心底悔しそうな顔をしてため息をつく香椎さんに、何を? と首を傾げる。

「うちは宮司さんとも以前から交流はあるし、晶葉さんのことはずっと前から知っていたのに、なぜ縁談の話を先に持ちかけなかったのかと」
「えっ……」

 縁談の話って。
 ――もしかして、私と結婚したい、ということ……?
 それを理解した途端、心臓がバクバクしてきた。

「正直ここ数年で一番悔しかった。やっぱり心から欲しいものがある時は、待っているだけじゃだめだと今回のことで学びました。ですので、さっきも言いましたけど、あなたのことは諦めませんので」
「諦めないって……ほ、ほんとに?」

 香椎さんの表情は柔らかいけれど、話す内容は全然柔らかくない。

「これからよろしくお願いしますね、晶葉さん」

 ノーと言わせないという強い意思が感じられる彼の言葉に、私はドキドキしながら俯くことしかできなかった。




   二


「はあ……」

 普通に仕事をしているだけなのに、定期的にため息が出てしまう。
 この原因は、私の前に彗星の如く現れた香椎さんのせいである。
 初めてまともに会話を交わしたその日に食事に誘われて、まさかそこで付き合ってくれと言われるとは思わなかった。
 ――ほ、本当に軽い気持ちで……お礼のつもりで誘いに乗っただけだったのに……
 ここ数年男性からのお誘いもなく、ようやく最近縁談をもらって近々会うかも、というこの状況で、あんなハイスペックな人にあんなことを言われるなんて。
 これも何かの御縁だと、親しくなれるきっかけになればいいな、くらいのつもりだった。なのに一足飛びで付き合おうとか、先に縁談を持ちかけなかったことが悔しいとか。
 あの夜はあまりにいろんなことを言われすぎて、頭がオーバーヒート寸前だった。
 数日経ったこともあり、さすがに少しは冷静になってきたけれど、今でもあの夜のことを思い出すとまたドキドキしてしまう。それだけ、香椎さんの眼差しや表情に強い意思を感じた。
 ――そのせいで帰りの車の中で何を話したかとか、なーんにも覚えてないんだよね……
 料理がどんなだったとか、他にもいい店を知ってるんでよかったら……とか、そういったことを話していたような気がする。でも話の途中くらいから、香椎さんがなぜ私を良いと思ってくれたのかが気になって、何を話しかけられても全然頭に入ってこなかった。
 そして家の前まで送ってもらったあと、香椎さんから連絡先が書かれた名刺を渡された。

『いつでも連絡ください。出られなかった時はこちらから折り返しますので』
【カシイ重工常務取締役 香椎碧】

 名刺に視線を落とし、改めて香椎さんの肩書きにびびる。

『かっ……かしいさん、お名前……あお、っていうんですね……』

 名刺を受け取った私は、名前の横のローマ字を読みながらそう呟いた。本当は車のご祈祷申込書を書いてもらった時に気が付いて、すでに知っていたものの、何を話していいかわからなくて咄嗟とっさに口にしてしまった。

『そうなんですよ。よく〝みどり〟と間違えられますけど、〝あお〟と読みます』
『爽やかなお名前ですね……』

 そんな私を見て、香椎さんがクスッと笑う。

『ありがとうございます。〝晶葉〟も素敵なお名前だと思いますよ』

 さりげなくそういうことを言うのが、できる男という感じがする。
 ありがとうございますとお礼を言い、香椎さんの車が見えなくなるのを目で追った。
 ――かっこ……よかったな……
 同級生だった元彼とは、友達の延長から恋愛関係に発展した。
 付き合い始めた時も『俺たち、付き合っちゃう?』みたいな軽いノリからのスタートだったので、香椎さんみたいなアプローチは一切なかった。
 だから今回のことは人生初の経験で、正直どうしていいかわからない。
 こういう時に相談できる恋愛経験が豊富な人って誰かいなかっただろうか。
 勤務先の住宅設備会社だと、女性は私の他にベテランのパートさん、それと社長の奥さんしかいない。それに恋愛の話なんか過去に一度もしたことがない。
 となるとやはり友人だろう。そう思い、昼休みに友人の翔子しょうこにメッセージを送った。

【急に付き合ってほしいって言われたんだけど、どうしたらいいの】

 これに反応してくれるのを待つ。するとIT関係の会社で働く彼女も昼休みらしく、すぐにメッセージが返ってきた。

【なにそれ、詳しく聞かせて】

 文章で書くと長くなるので、近いうちに会えないかと誘ったら、すぐにOKと返事が来てホッとする。
 翔子との約束を取り付けて安心したところで、お弁当を食べ進めた。
 お弁当は私と母が協力して家族全員の分を作る。忙しくて父と兄には時々注文してもらうこともあるけれど、基本的には毎日、夕飯の残り物なんかをサッと詰めるようにしている。
 お弁当を食べながら、香椎さんはどんなお昼を過ごしているだろうかとぼんやり考える。
 ――きっと前の日の残り物なんか食べないんだろうな、あんな大きな会社の重役は……
 そう思うと、自分と香椎さんじゃ釣り合わないんじゃない? と思えて仕方ない。
 あの人はそういうところ、ちゃんとわかっているのだろうか。
 さっきまでとは違う種類のため息をつきつつ、はしを動かす私なのだった。


 私の勤務先はよほどのことがないと残業はない。だから毎日きっちり五時には上がることができる。
 実家の神社の社務所も五時で閉めるので、平日の仕事終わりに手伝うことはない。でも社務所を閉めたあとでも、宮司である父は地域の集会に呼ばれたり、兄は青年会の集まりがあったりして家を空けることが多い。
 今夜も父が地区の集まりで不在のため、夕飯は各自好きなように済ませてほしいと帰り道に母から連絡が入った。こういう時、恋人のいる兄は決まって彼女のところへ行くので、私はいつも近くの商店街でお弁当を買って帰るか、家にある食材でぱぱっと適当に作ることが多い。
 ――だったら、翔子に今夜空いてるか聞けばよかったな。さすがに今からじゃもう遅いし、諦めるしかないよね……
 翔子と会うのはまた今度にして、帰り道にあるお弁当屋さんでキーマカレー弁当を買った。袋の中からふわりとただようカレーの匂いに食欲をそそられながら帰宅すると、実家と神社の境目辺りの壁際に人が立っているのが見えた。
 神社自体は夜でも入ることができるので、人が数人集まっていたりするのはよくあること。ごくたまにだが愛を語らう男女の姿があったりもして、そんな時は気付かれないようにこそこそしてしまう、なんてこともある。
 しかし今夜私が目にしたのは、若者の集団でもカップルでもなかった。見覚えのある背格好は、どう見たって香椎さんだった。

「え……香椎さん!?」

 驚きのあまり声を上げたら、彼がこちらを見て微笑んだ。仕事帰りなのか、スーツ姿の香椎さんに意図せずドキッと心臓が跳ねた。

「晶葉さん。お帰りなさい」

 いきなり爽やかなお帰りなさいをいただいてしまい、香椎さんにどんな声を掛けたらいいか言葉に詰まった。

「お、おか……お疲れさま、です……? それより香椎さん、どうしたんですか? 何かありました……?」

 ふらっと神社に立ち寄った、ならまだわかる。しかしもう社務所や本殿は閉じているし、周囲は真っ暗。参拝しにきたとは考えにくい。
 もしかしたらこの前、車に乗った時に忘れ物でもしたのではと思った。でも、そうではなかった。

「特別何かあったわけじゃないです。ただ、ここで待っていれば晶葉さんに会えるかなと思って、待っていました」
「まっ……え? 私を待ってた、んですか……?」
「仕事は五時で終わると言っていましたよね。五時過ぎにちょうど出先から直帰するのにこの近くを通ったので、運が良ければ会えるかなと思って。会えてよかったです」
「えっ、五時過ぎ……!? ってまさか、一時間近くここに……!?」

 まっすぐ帰ってくれば五時二十分くらいには帰宅できた。でも、今日は途中で百均やお弁当屋さんに立ち寄ったので、三十分くらい余分にかかっている。
 ――なっ……待ってるって知ってたら、まっすぐ帰ってきたのに!

「すみませんっ、帰りに買い物をしていて。もしご連絡いただけたらまっすぐ……あ」

 自分で言っていてしまった、と固まった。

「いや、連絡先まだ教えてもらってないんで……。晶葉さんに会うためには、直接赴くしか方法がなかったんです。すみません」

 スーツをビシッと着こなした香椎さんに謝られると、なんだかすっごく悪いことをしているような気がしてならない。

「いえ、とんでもないです……。あの、この前はご馳走さまでした。とっても美味しかったので、家族にあのお店のこと話したら、両親も兄もぜひ行ってみたいと言っていました」
「ぜひぜひ。あの店のご夫婦も喜ぶと思います」

 たわいない会話をしながら、香椎さんに連絡先を教えるべきか悩む。
 ずっと前から知っていたとはいえ、こうして話すのはまだ二回目。個人的な連絡先を教えるには早いのではという気持ちがある。
 ――でも、私に会うために待っててくれたのに、なんだか悪いな……
 せめて家の中でお茶でも……と思ったが、ポツポツと顔に水滴が落ちてきた。

「あ、雨ですね。天気予報でも夜は雨って言ってましたもんね」

 二人で空を見上げる。よかったら中に……と言おうとした。しかしそれより先に、香椎さんが口を開いた。

「晶葉さん、早く家の中へ。私もこれで失礼します」
「えっ。でも、せっかく来てくださったのに……あの、もしよければ家の中へ……」
「ありがとうございます。でも、今日は失礼します。晶葉さんに一目会えただけで満足しましたし」

 本気なのか冗談なのか、わかりにくい。
 でも香椎さんは言葉通り、駐車場のある方へ体を向けた。

「そんな……。何か用があったのでは……」
「はい。晶葉さんに会うという用があっただけなので、お気になさらず。では」
「え、ええ……」

 何か言おうと言葉を探している間に、香椎さんは駐車場へ走っていってしまった。
 ――本当に私に会うためだけに来てくれたの!?
 だんだん雨脚が強くなってきた。そんな中、駐車場を出て行く香椎さんの車が見えた。早く家の中に入った方がいいのはわかっていたけれど、なんとなく彼の車が見えなくなるまで目で追ってしまった。


「……というわけでね、わざわざ私に会うためだけに来てくれたみたいなの、その人」

 香椎さんが会いに来てくれた数日後。
 事前に会う約束を取り付けていた友人の翔子と、家の近所にある居酒屋にやってきた。翔子とは中学校で知り合い、同じ高校に進学した仲だ。大学は別だけどお互いに実家住まいで、今夜のように定期的に会っては近況を報告し合っている。
 この居酒屋はチェーン店で、価格がリーズナブルなのでよく利用する。安価だけど、焼き鳥も食事系メニューもそこそこ美味しい。たくさん飲みたいし食べたい時にはもってこいだ。
 衝立で仕切られた四人掛けのボックス席でお互いに生ビールで乾杯したあと、早速香椎さんの話題を出すと、翔子が食いついてきた。

「えー……すごいね。本当に会っただけで満足して帰っちゃうなんて。普通はそんなこと言っても相手が家に寄ってけって言ったら寄るよね……」

 仕事帰りの翔子は綺麗なボブヘア。眼鏡を掛けているので、ぱっと見は知的美人だ。
 彼女には大学の時からずっと付き合っている彼氏がいる。同棲も視野に入れているらしいけど、お互い仕事が忙しくてなかなか行動に移せないのが悩みだそうだ。

「私としては、帰りを一時間近く待つってことは、何か言いたいこととかがあったんじゃないかなって思ったのよ。それに昨日はお父さんもお兄ちゃんも出かけてたから、気を遣うことなく家に上がってもらえたと思うんだけど……」
「おばさんはいなかったの?」
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの介護で実家に行ってた。まあ、家族がいたとしても雨が降ってきたら家に上がってくれって言ったと思うけど」

 はあ……と思わずため息が漏れる。これは、どうしたらいいかわからないという意味のため息だ。

「特に気になることがないんなら、思いきって付き合っちゃえば?」

 翔子がささみ串を食べながら提案してくる。

「いや、だって相手はカシイ重工のお偉いさんよ……。お父さんとも付き合いあるみたいだし、もし付き合ってみて合わないってなったら、すごく気まずいし……」

 付き合い出したら結婚するしかない、みたいな恋愛はやっぱり踏み出すのが怖い。
 でも、私のそんな考えを翔子は一蹴する。

「そんな馬鹿な。おじさんだって娘の恋愛に口出しなんかしないと思うよ」

 翔子に言われて、それは一理あると思った。
 確かに父はこれまで、私の恋愛に口出ししたことなんかない。たとえ相手がカシイ重工さんの重役だとしても、私にあれこれ言うとは考えにくい。

「かといってなあ~~。まだ香椎さんのことよく知らないし、見た目だけでお付き合いを決めてもあとで困ったことになったら嫌だし」
「困ったことって、具体的にどんな?」
「えー……それはほら、最初はいい人そうな顔で近付いてきて、付き合った途端に俺様になったりモラハラが出てきたりとか。私、香椎さんみたいないい家柄の知り合いなんかいないしさ……それに、そもそもなんでただの、普通の会社員で実家が神社っていう普通の私を見初めたのか、そこが一番謎なのよ」

 ずっと疑問だったのがそれだ。
 香椎さんみたいな人なら、もっとすごい肩書きの女性と知り合うことなんかいくらでもできるはず。それなのに、なぜ私なのか。そこが理解できない。

「理解できないったって……好きになっちゃったら相手の肩書きとかってどうでもよくなるもんじゃない? 相手の方も、普通に神社にいる晶葉を見初めただけなんじゃないの」

 翔子が美味しそうに食べていたので、私もささみ串をもらった。それに少し山葵をつけて口に運ぶ。柔らかいささみの食感と、山葵のピリッとした辛さのあとに口の中に広がる甘さ。美味しいな……と思いつつ、頭に浮かべるのは香椎さんの顔だ。
 ――顔は……好きだけどな。爽やかでかっこいいし……
 でも、あんなかっこいい人が自分の彼氏とか、ピンとこなさすぎて。全然現実味がない。

「そうなのかなあ……」
「自分のどこがいいんですか、ってちゃんと聞いた?」

 今度はチャーハンを食べながら翔子が聞いてくる。

「なんで私なんですか、とは聞いた。でも、明確な答えは返ってこなかったような……。私もチャーハン食べたい」

 私の存在は知っていてずっと前から見ていた。自然に意識するようになった、としか聞いてない。

「……そこらへん、また会った時に聞くべきだよね……」

 取り皿にチャーハンを載せながら、自分自身に言い聞かせるように独りごちる。

「まあ。その方が晶葉もすっきりするとは思うね。でも、顔を見るためだけに来てくれるなんて、考えようによっては相当晶葉のことが好きなんじゃない? その人」
「……どうなんだろ。よくわかんない」

 もしそうだとしても、自惚れちゃいけないような気がする。
 考えすぎかもしれないけど、人生どんな落とし穴が待ってるかわからないから。

「まだだめ。なんとなく完全に信用しちゃいけないような気がしてさ。もしかしたら、何か思惑があって近付いてきたのかもしれないし……」
「思惑って何。例えば……晶葉の家の神社を乗っ取るとか?」

 翔子の予想が斜め上過ぎて、思わず飲み始めたビールを噴き出してしまう。

「さすがにそれはない……と思う。うちの辺りはそんなに地価も高くないし、万が一でも狙うなら、もっといいところはたくさんあるでしょ」
「いやいや土地じゃなくて! 例えば、晶葉の家の蔵にあるお宝とか」
「宝あ~? いやいや、家族だって中に何が入ってるか口伝えで、しかもほとんど見たこともないのに、香椎さんが知ってるとは思えない」

 私が聞いたことがあるものだと、刀とか、神社と縁のある絵師さんが描いた絵画とか、神社の歴史を記した巻物……くらいな気がする。しかも、刀も著名な刀鍛冶師の作ではないし、絵の価値も目の色を変えるほどではない。
 どれも香椎さんが私と結婚してまで欲しがるようなものではないと思う。
 あてが外れた翔子が、残念そうに肩をすくめた。

「そっか……。じゃあ、本人に直接聞いてみるしかないよね。あとはほら、晶葉が口癖のように言う御縁よ。この人だ! って思ったらお付き合いでも結婚でも決めちゃえばいいんじゃない?」
「御縁ねえ……確かにそれは、そうなんだけどね」

 初めて会話を交わしたあの日、これも御縁だと思って香椎さんとの食事を決めた。
 その後ああいう流れになって、御縁という単語も吹っ飛ぶくらい戸惑うことになったんだけど。
 ――もう一度ちゃんと会って話して、本当にお付き合いしてもいい人か見極めればいいか……

「そう考え込まなくてもさ、私たちまだ若いし。もしだめでも、次に行けばいいんだよ」
「次ねえ……。でも翔子は大祐だいすけ君と別れる気、ないんでしょ?」

 翔子がお付き合いしている人は大祐という。大学からの縁で静かに愛を育んでいる二人には、これまで別れの危機が訪れたこともなく、順調だった。
 大祐君の名前を出した途端、翔子が恥ずかしそうに笑う。

「ええ? うちはまあそうね。山もなく谷もなくで楽だから、他に行く気もなくなっちゃった」
「いいなあ。穏やかな恋愛っていいよね。憧れる」

 ビールを飲みつつ、幸せそうな翔子を眺める。

しおりを挟む
表紙へ
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。