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断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜
トーデストリープ
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*◆*◆*◆*◆
始めて母の顔を見た時。
その時の母は、死んでいた。
そう、生まれてきてすぐに、私が見た母の顔は……既に死んだ後のものだった。
いいや、死んでいたのは母だけではない。
父も、兄も、その下の兄も、虫けらの如く、そこらに散らばった医者たちも。
みんながみんな、灰色に変色し、崩れ落ちながら死んでいた。
そんな死溢るる世界にて。
1人、崩壊すらせずに立っていた男がいた。
「特殊な神技……領域を形作っている……って事か」
まだ物心もついちゃいない、生まれたばかりの時の記憶だった。
「まあいいか……このフードさえあれば……いや、それにしてもどうしようか…………」
そう言いながらも、男は私に……謎のフードを被せる。
———そこで、その赤ん坊の頃の記憶は終わっていた。
物心ついたときには、その記憶しか残っていなかったのだ。
次の記憶は……喪失の記憶だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「イチゴーーっ! 遊びに行くかーーっ?」
身寄りがなく、孤児院に入れられた私にとって、唯一の楽しみが、友達と遊ぶことだった。
一緒に遊ぶ友達の中の筆頭が、この同い年の少年……ツバサだった。
「はいイチゴ、パースっ!」
「あ……っ、あうん、ありがとう」
楽しかった。
生まれた時より、喪失しか経験しなかった私にとって、その孤児院での「1年」は、かけがえのない経験となった。
そう、1年経ったある日。
その日も、いつも通り外で、ただただ、遊んでいただけなのだ。
だからこそ、その日は「暑いから」なんて何気ない理由で、今まで何気なく身につけていたフードを脱ぎ捨て、そのままサッカーをしていた……ただそれだけなんだ。
———37分後。
友達の1人が、「自分の手の感覚が無い」と訴える。
———39分後。
友達の5人が、「身体の四肢の感覚が無い」と訴える。
———47分後。
友達のほぼ全員が、足から崩れ落ちる。
もう2度と見ないと思っていた光景だった。
一緒に遊んでいた友達は、全員、ただただ崩れ落ちていった。
既に、その命諸共崩れ去った友達も出始めた頃。
「なあ、何でお前……崩れてないんだよ」
その場に立ち尽くした私の足を掴んだのは、既に半身が崩壊したツバサだった。
「なあ、何でお前……死なないんだよ……何で、何でお前だけ生き残るんだよ…! 俺たちは全員……この通り、崩れ落ちたってのに!!」
「どうして…何で俺が死んで、お前だけが生き残るんだよ……何で、俺じゃなければいけなかったんだよ!
……なあ、死んでくれよ、俺の代わりに死んでくれよ! 俺はまだ死にたくないんだよ、だから頼む、俺の代わりに死んで……」
そんな事をぼやく「友達」は、数分後にはただの灰色の塵と化していた。
友達、じゃ…………なかったのか。
「どうしてお前だけが生き残るんだよ」、その言葉が、私の耳をつんざく。
突如私を襲った「崩壊」は、私の心にも大きな傷を残していった。
昨日まで、私たちは友達で、みんなで仲良く遊んで……いつまでも、ずっとそれが続くと思っていたのに。
誰かいないか、と思って入った孤児院の中も、ヒトだったはずの灰の塵でいっぱいだった。
「俺の代わりに死んでくれよ」
おそらく一生、私の心で木霊するであろうその言葉が、私の未来を無様に歪めたんだ。
死にたかった。
私は、死にたかった。
私の身の回りを襲う「崩壊」なる現象が、その死へと向かうデストルドーを加速させていた。
生きている実感などしなかった。
私の周りで生きる命は、皆等しく崩壊へと向かうのだから。
気味悪がられたよ、どこでも、いつでも。
私の周りにあるだけで「崩壊」は有るのだから。
何度も何度も忌み嫌われ、理解されず、排斥され。そういう噂が立った時点で、私の人生は決まっていたようなものだった。
それでも、数多くの「崩壊」を経験してゆく中で、この……誰にもらったかすら分からない、このフードを着ていれば、「崩壊」は止まる、という結論に至った。
なぜか、など私にも分からない。
きっと、このフードをくれた男こそ、この「崩壊」の意味を知っているのだろう。
だからこそ、今の私は誰かと一緒にいれて。
このフードを被って初めて、誰かと一緒にいる権利がもらえた、と気付いた時には……既に、私の周りに他人はいなかった。
既に私は、他人と関わる事を怖がっていた。
裏切られるのが怖かったんだ。
あの時———親友だったはずのアイツから、「君が死ね」と言われたあの日から。
それでも、私は日々を一生懸命に生きた。
生きて、生きて、どこまでも生きて。
そうしてたどり着いたのが、ここだった。
それより少し前、とある男に救われ、そして裏切られた経緯はあるものの。
ゴルゴダ機関———いや、あの時は「殺生院」だったか。
時の流れに身を任せ、今この第3大隊の隊長をする事になった現在……だが。
結局私は、未だに他人と一緒にいる事が怖くて。
このフードを着ていれば、何も心配することはない……と分かっていても、それでもやはり、他人に触れ傷付くことを恐れている自分がいて。
そんなどうしようもない気持ちは、未だになくなることはなかった。
それでも、つい最近———私の心を再び揺るがす事が起こった。
ゴルゴダ機関———3番隊に新しく、ある少年が配属された。
その少年の名前は……「ツバサ」。
皮肉にも……私の親友にして、私を裏切った誰かさんと同じ名前だった。
最初は、私の知っているあの人———じゃないかと、くだらない妄想を巡らせてみたことも、今となっては懐かしい。
それでも、最初に私と模擬戦をした時の刀は、どこか温かくて。
どこか、家族のような……そんな温もりを感じさせるような、そんな一太刀だった。
……くだらない。
結局お前だって、死の間際になれば、人の気持ちなど優に裏切ると言うのに。
…………ツバサと、そしてアイツのように。
所詮人間はそんなもんだ、と私は見てきたのだから。
私の気持ちなど裏切られるのがオチだと、既に知っているのだから。
ならば最初から、思い入れなど少なくすれば良いのだ。
こんなやつ、いつ死んでも構わないと。
くだらない情など注がないと、私は決めたはずなのに。
それでも、いつの間にやら、私はこの……アイツがきた後の第3番隊の雰囲気が好きになっていた。
なぜかは知らない、いつからかは分からない。
それでも、こんな何でもない日常が好きだと、まるで孤児院にいた時の、そしてあそこにいた時のように———。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ちょう、隊長! 隊長っ!」
———その瞼が、ようやく開く。
重々しく……まるで、今までおもりでも吊るされていたかのように……ゆっくりと。
「よかった……俺のせいで……また俺のせい…………かと……!」
また俺のせいで、身の回りの人がいなくなってしまうところだった、と、ツバサは涙で頬を濡らす。
どうして?
どうして……私の為に涙を流すの?
そもそもなぜ、ツバサ君は泣いていて……私は一体何をして……っ!
考えに考え、思考を巡らせ蒸発した脳にさらに印象深く焼き付いたのが、次の光景だった。
「なん……で、抱きついて…………いるの、ツバサ……君」
抱きしめられた……のだ。
「…………いや、なんでも」
ツバサは、少し恥ずかし気に、頬を赤らめながらそう発した瞬間、私をその手から離す。
「……………………どうして、抱きついたり……したの」
「いなくなってほしくなかったから……じゃ、ダメですか?」
返ってきたのは、既に私にとっては薄れて消え失せてしまった感情で。
他人に期待する事すら忘れてしまった私に、まるで何かを気付かせにきてるような……そんな答えだった。
「…………その気持ちを……裏切られる……とか、考えない……の……?」
「例え裏切られても、俺は自分の気持ちを裏切りたくは……ありません。……って、おかしいですよね、俺が直接隊長に危害を加えた……だとか、そういう訳じゃないのに……ハハ。
———それでも、つい最近……というより今朝……俺のせいで、ある人がいなくなってしまったんです。
だから……だから俺は……もう、そんな思いはしたくなくて…………っ」
それは、ただ……自らの業から逃げているだけだ、と糾弾したくもなったが。
だがしかしそれは、私も同じだと。そう、思ってしまったのだから。
「そう………………君は、私と……同じ……」
「同……じ……?」
「身の回りの人を……失って、誰かと触れ合う事に……怯えている」
「それでも、失う事が怖くたって、俺は数多くの出会いに支えられて……ここにいます。
……実際、そんなに多くはないんですけど……それでも俺は、今まで沢山の出会いに支えられた…そんな気がしてならないんです。
だから、俺は———」
「…………そう、怖く……ないのね……私の、見当違い…………か……」
「それにしても隊長、いきなりどうしたんですか、急に気を失って……?」
「……そうか、私……気を失って…………ううん、少し、昔の事を思い出していた……の。……それに、少しばかり貧血気味で……」
どう見ても、反応的に———取ってつけた嘘だということが、ツバサには手に取るように分かったのだ。
「昔のこと……ですか」
「……でも、いいの。……私……はもう、1人じゃない……し、意外と身近に……同じ経験をした人が……いた、から」
「…………話さなくて、いいんですか。吐き出さなくても、それでもいいんですか」
「……もう、いいの。……例え裏切られるかもしれなくても……それでも、君が……そう言ってくれたから」
「そう言ってくれたから……??」
「何でも、ない……任務に戻ろう、ディルたちも……待ってるはず、だから……?」
そう発して見上げた空は、既に黄昏で満ちていた。
「任務……はいいんですけど、もう日没……なんですよね」
日没、か……
いつの間にやら、とも思ったが、果てしなく長い道のりを来たような気も……しなくもない。
……と、呆けていたところに差し込まれたのが、ディルたちの声だった。
「……はあ、隊長……急にどうしたんすか?……急に倒れて、色々と大変だったんですよ?
エグゼキューティブ……から送られてきたエージェントたちも隊長を探してましたし……まあ、暗殺者が襲ってきた件については、めんどくさくなりそうなんで言ってませんけど!」
「……いって……ない……なら、ありがたい。……少しばかり、貧血気味で倒れた、だけ。だから、心配する必要は、ない」
「心配されるほど、弱い人じゃないですしね」
「……私を、怪力馬鹿だとかと……勘違いして、ない……?」
「ったく、素直に喜んでれば可愛い人なのになぁ……なんでこの風貌で彼氏さんも夫もいないのか不思議なくらいだが、やっぱしそういう……」
「…………その話、二度と触れないで。
……そして隊長に対する、口の利き方が……なってない」
「はいはい……………………」
———その日の仕事は、そんな他愛もない談笑で幕を閉じたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「……で、やっぱり神力波長は……」
「ツバサ君、は、『鍵』で……ニトイ、ちゃんが…………『███』と酷似」
「やっぱりそうなんすね……どうします、この案件? なんとかして隠蔽しますか?」
「……『鍵』と、『███』に何があるのかは……知ら、ない。…………でも、その謎を解き明かすのが…………私たち第3だった、はず」
「隊長…………まあ、そっすね……話したところで……って感じですし」
「…………絶対に、この事が知られては、ダメだから」
「分かってますよ、俺も、そんなヘマをしでかす人間じゃないですから」
始めて母の顔を見た時。
その時の母は、死んでいた。
そう、生まれてきてすぐに、私が見た母の顔は……既に死んだ後のものだった。
いいや、死んでいたのは母だけではない。
父も、兄も、その下の兄も、虫けらの如く、そこらに散らばった医者たちも。
みんながみんな、灰色に変色し、崩れ落ちながら死んでいた。
そんな死溢るる世界にて。
1人、崩壊すらせずに立っていた男がいた。
「特殊な神技……領域を形作っている……って事か」
まだ物心もついちゃいない、生まれたばかりの時の記憶だった。
「まあいいか……このフードさえあれば……いや、それにしてもどうしようか…………」
そう言いながらも、男は私に……謎のフードを被せる。
———そこで、その赤ん坊の頃の記憶は終わっていた。
物心ついたときには、その記憶しか残っていなかったのだ。
次の記憶は……喪失の記憶だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「イチゴーーっ! 遊びに行くかーーっ?」
身寄りがなく、孤児院に入れられた私にとって、唯一の楽しみが、友達と遊ぶことだった。
一緒に遊ぶ友達の中の筆頭が、この同い年の少年……ツバサだった。
「はいイチゴ、パースっ!」
「あ……っ、あうん、ありがとう」
楽しかった。
生まれた時より、喪失しか経験しなかった私にとって、その孤児院での「1年」は、かけがえのない経験となった。
そう、1年経ったある日。
その日も、いつも通り外で、ただただ、遊んでいただけなのだ。
だからこそ、その日は「暑いから」なんて何気ない理由で、今まで何気なく身につけていたフードを脱ぎ捨て、そのままサッカーをしていた……ただそれだけなんだ。
———37分後。
友達の1人が、「自分の手の感覚が無い」と訴える。
———39分後。
友達の5人が、「身体の四肢の感覚が無い」と訴える。
———47分後。
友達のほぼ全員が、足から崩れ落ちる。
もう2度と見ないと思っていた光景だった。
一緒に遊んでいた友達は、全員、ただただ崩れ落ちていった。
既に、その命諸共崩れ去った友達も出始めた頃。
「なあ、何でお前……崩れてないんだよ」
その場に立ち尽くした私の足を掴んだのは、既に半身が崩壊したツバサだった。
「なあ、何でお前……死なないんだよ……何で、何でお前だけ生き残るんだよ…! 俺たちは全員……この通り、崩れ落ちたってのに!!」
「どうして…何で俺が死んで、お前だけが生き残るんだよ……何で、俺じゃなければいけなかったんだよ!
……なあ、死んでくれよ、俺の代わりに死んでくれよ! 俺はまだ死にたくないんだよ、だから頼む、俺の代わりに死んで……」
そんな事をぼやく「友達」は、数分後にはただの灰色の塵と化していた。
友達、じゃ…………なかったのか。
「どうしてお前だけが生き残るんだよ」、その言葉が、私の耳をつんざく。
突如私を襲った「崩壊」は、私の心にも大きな傷を残していった。
昨日まで、私たちは友達で、みんなで仲良く遊んで……いつまでも、ずっとそれが続くと思っていたのに。
誰かいないか、と思って入った孤児院の中も、ヒトだったはずの灰の塵でいっぱいだった。
「俺の代わりに死んでくれよ」
おそらく一生、私の心で木霊するであろうその言葉が、私の未来を無様に歪めたんだ。
死にたかった。
私は、死にたかった。
私の身の回りを襲う「崩壊」なる現象が、その死へと向かうデストルドーを加速させていた。
生きている実感などしなかった。
私の周りで生きる命は、皆等しく崩壊へと向かうのだから。
気味悪がられたよ、どこでも、いつでも。
私の周りにあるだけで「崩壊」は有るのだから。
何度も何度も忌み嫌われ、理解されず、排斥され。そういう噂が立った時点で、私の人生は決まっていたようなものだった。
それでも、数多くの「崩壊」を経験してゆく中で、この……誰にもらったかすら分からない、このフードを着ていれば、「崩壊」は止まる、という結論に至った。
なぜか、など私にも分からない。
きっと、このフードをくれた男こそ、この「崩壊」の意味を知っているのだろう。
だからこそ、今の私は誰かと一緒にいれて。
このフードを被って初めて、誰かと一緒にいる権利がもらえた、と気付いた時には……既に、私の周りに他人はいなかった。
既に私は、他人と関わる事を怖がっていた。
裏切られるのが怖かったんだ。
あの時———親友だったはずのアイツから、「君が死ね」と言われたあの日から。
それでも、私は日々を一生懸命に生きた。
生きて、生きて、どこまでも生きて。
そうしてたどり着いたのが、ここだった。
それより少し前、とある男に救われ、そして裏切られた経緯はあるものの。
ゴルゴダ機関———いや、あの時は「殺生院」だったか。
時の流れに身を任せ、今この第3大隊の隊長をする事になった現在……だが。
結局私は、未だに他人と一緒にいる事が怖くて。
このフードを着ていれば、何も心配することはない……と分かっていても、それでもやはり、他人に触れ傷付くことを恐れている自分がいて。
そんなどうしようもない気持ちは、未だになくなることはなかった。
それでも、つい最近———私の心を再び揺るがす事が起こった。
ゴルゴダ機関———3番隊に新しく、ある少年が配属された。
その少年の名前は……「ツバサ」。
皮肉にも……私の親友にして、私を裏切った誰かさんと同じ名前だった。
最初は、私の知っているあの人———じゃないかと、くだらない妄想を巡らせてみたことも、今となっては懐かしい。
それでも、最初に私と模擬戦をした時の刀は、どこか温かくて。
どこか、家族のような……そんな温もりを感じさせるような、そんな一太刀だった。
……くだらない。
結局お前だって、死の間際になれば、人の気持ちなど優に裏切ると言うのに。
…………ツバサと、そしてアイツのように。
所詮人間はそんなもんだ、と私は見てきたのだから。
私の気持ちなど裏切られるのがオチだと、既に知っているのだから。
ならば最初から、思い入れなど少なくすれば良いのだ。
こんなやつ、いつ死んでも構わないと。
くだらない情など注がないと、私は決めたはずなのに。
それでも、いつの間にやら、私はこの……アイツがきた後の第3番隊の雰囲気が好きになっていた。
なぜかは知らない、いつからかは分からない。
それでも、こんな何でもない日常が好きだと、まるで孤児院にいた時の、そしてあそこにいた時のように———。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ちょう、隊長! 隊長っ!」
———その瞼が、ようやく開く。
重々しく……まるで、今までおもりでも吊るされていたかのように……ゆっくりと。
「よかった……俺のせいで……また俺のせい…………かと……!」
また俺のせいで、身の回りの人がいなくなってしまうところだった、と、ツバサは涙で頬を濡らす。
どうして?
どうして……私の為に涙を流すの?
そもそもなぜ、ツバサ君は泣いていて……私は一体何をして……っ!
考えに考え、思考を巡らせ蒸発した脳にさらに印象深く焼き付いたのが、次の光景だった。
「なん……で、抱きついて…………いるの、ツバサ……君」
抱きしめられた……のだ。
「…………いや、なんでも」
ツバサは、少し恥ずかし気に、頬を赤らめながらそう発した瞬間、私をその手から離す。
「……………………どうして、抱きついたり……したの」
「いなくなってほしくなかったから……じゃ、ダメですか?」
返ってきたのは、既に私にとっては薄れて消え失せてしまった感情で。
他人に期待する事すら忘れてしまった私に、まるで何かを気付かせにきてるような……そんな答えだった。
「…………その気持ちを……裏切られる……とか、考えない……の……?」
「例え裏切られても、俺は自分の気持ちを裏切りたくは……ありません。……って、おかしいですよね、俺が直接隊長に危害を加えた……だとか、そういう訳じゃないのに……ハハ。
———それでも、つい最近……というより今朝……俺のせいで、ある人がいなくなってしまったんです。
だから……だから俺は……もう、そんな思いはしたくなくて…………っ」
それは、ただ……自らの業から逃げているだけだ、と糾弾したくもなったが。
だがしかしそれは、私も同じだと。そう、思ってしまったのだから。
「そう………………君は、私と……同じ……」
「同……じ……?」
「身の回りの人を……失って、誰かと触れ合う事に……怯えている」
「それでも、失う事が怖くたって、俺は数多くの出会いに支えられて……ここにいます。
……実際、そんなに多くはないんですけど……それでも俺は、今まで沢山の出会いに支えられた…そんな気がしてならないんです。
だから、俺は———」
「…………そう、怖く……ないのね……私の、見当違い…………か……」
「それにしても隊長、いきなりどうしたんですか、急に気を失って……?」
「……そうか、私……気を失って…………ううん、少し、昔の事を思い出していた……の。……それに、少しばかり貧血気味で……」
どう見ても、反応的に———取ってつけた嘘だということが、ツバサには手に取るように分かったのだ。
「昔のこと……ですか」
「……でも、いいの。……私……はもう、1人じゃない……し、意外と身近に……同じ経験をした人が……いた、から」
「…………話さなくて、いいんですか。吐き出さなくても、それでもいいんですか」
「……もう、いいの。……例え裏切られるかもしれなくても……それでも、君が……そう言ってくれたから」
「そう言ってくれたから……??」
「何でも、ない……任務に戻ろう、ディルたちも……待ってるはず、だから……?」
そう発して見上げた空は、既に黄昏で満ちていた。
「任務……はいいんですけど、もう日没……なんですよね」
日没、か……
いつの間にやら、とも思ったが、果てしなく長い道のりを来たような気も……しなくもない。
……と、呆けていたところに差し込まれたのが、ディルたちの声だった。
「……はあ、隊長……急にどうしたんすか?……急に倒れて、色々と大変だったんですよ?
エグゼキューティブ……から送られてきたエージェントたちも隊長を探してましたし……まあ、暗殺者が襲ってきた件については、めんどくさくなりそうなんで言ってませんけど!」
「……いって……ない……なら、ありがたい。……少しばかり、貧血気味で倒れた、だけ。だから、心配する必要は、ない」
「心配されるほど、弱い人じゃないですしね」
「……私を、怪力馬鹿だとかと……勘違いして、ない……?」
「ったく、素直に喜んでれば可愛い人なのになぁ……なんでこの風貌で彼氏さんも夫もいないのか不思議なくらいだが、やっぱしそういう……」
「…………その話、二度と触れないで。
……そして隊長に対する、口の利き方が……なってない」
「はいはい……………………」
———その日の仕事は、そんな他愛もない談笑で幕を閉じたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「……で、やっぱり神力波長は……」
「ツバサ君、は、『鍵』で……ニトイ、ちゃんが…………『███』と酷似」
「やっぱりそうなんすね……どうします、この案件? なんとかして隠蔽しますか?」
「……『鍵』と、『███』に何があるのかは……知ら、ない。…………でも、その謎を解き明かすのが…………私たち第3だった、はず」
「隊長…………まあ、そっすね……話したところで……って感じですし」
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