Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

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断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜

最終兵器

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*◇*◇*◇*◇

 

 翌朝。
 ナマケモノの如く起き上がり、迎えにくるディルを待ちながらも、ニトイと共に朝ごはん、着替え、歯磨き———そうして、時計の針が7時45分を回った頃。

 迎えが来ないな~と呆けていた俺の頭を叩き起こしたのは、ニトイの一声だった。

「遅刻、遅刻! ツバサ……ちこく……する……!」

「遅刻……って、ディルはまだ来てな……7時45分?!」


「……………………ツバサ、走る、準備……おけ……?」
「はい……??」

 ———その後はニトイに手を引かれ、家のドアに鍵をかけぬままゴルゴダ機関へと一直線。



◇◇◇◇◇◇◇◇


「おーすツバサ、おはよーーっ!!」

 ゴルゴダ機関。
 ……そこには、さも当然の如く佇むディルがいて。

「おはよう、じゃねえよ、今日は迎え来ないのかよ?! いつもは俺たちが驚くほど早く来てるってのに?!」

「あー……ごめんよ、昨日少し調べ物があって、俺寝坊しちまったんだよ」

「…………はぁ」

 見知らぬ面々のいる別部隊の人混みを抜け、3番隊の控室へ。

『出撃、お願い……します』




 イチゴ隊長が放送にて発したその一言によって、レイラとカーオによる、ニトイを愛でる会の時間は終わりを告げる。

 ……ほんの一瞬だけだったが、あのように揉まれるニトイは意外とかわいい。

「あううううう……」



 今日は「エグゼキューティブ」が何とか、で、隊長は来ない……だとか言っていたが。






◇◇◇◇◇◇◇◇

 外出。
 警戒。
 監視。
 特に何もなく!
 ロストの1匹も出現しないまま、正午の休憩時間を迎えようとしていた!

「そら、おにぎりだ。4つあるからツバサとニトイちゃんで分けて食えよ」

「ありがとう、ディル……とにかく、ニトイに何もなくてよかったよ…」


「おにぎり……って、おい、しい……?」

 立っているだけでも吐き出しそうな、その強すぎる日差しが当たらない建物の影で、昼食をとることになったが。



「……ツバサさん、午後は気をつけた方がいいっす……午前でロストが1匹も出ないんなら、変異体が出現する確率だって十二分にある……ので」

 突如レイラの口より放たれたその一言。
 それに反応するようにカーオが、

「ツバサちゃん、祝福儀礼の爆剣は……いるかしら?」

 ……と返答する。

「祝福儀礼の……爆剣……? って、一体何なんだ…?」

「ロスト、及びソウルレスみたいな、人外全てに効果的な儀式が施された爆剣っす。

 普通なら、まず爆剣を打ち込んでコア———ロストやソウルレスの核となる赤い球体……を露出させて、それから畳み掛ける……のが一般的な討伐方法なんすよ」

「……丁寧な説明ありがとうレイラ。……じゃあ、1本だけでも……貰っとこうかな…」

 ってことで、カーオが秘密裏に保存していた爆剣を1本、貰うことになった。

 爆剣……と言っても、案外普通の十字型剣であった。

 持ち手は赤、刃の部分だけ極端に長い、普通の十字型剣。


 ……でもあら不思議、起爆剤となっているボタンを押して、刃の部分に衝撃を加えると爆発するという、恐ろしや。

 ……爆発するのなら使い捨ての武器ではないのか? と脳裏に疑問がよぎったが、まあそんなことはどうでもよい。

 最終的には刀で切り崩せば済む話なのだから。……使い捨てとして1本は心もとなさすぎるが。


 問題は、そのほぼ確実に出てくるであろう変異体ロストより、ニトイをどう守るか、ということなのだが。


 昼食を終え、歩き出そうと場に立ち尽くしたその瞬間、その異変は巻き起こる。


 ……地が、揺れたのだ。

 この天空神殿要塞、帝都オリュンポスにおいて、地震などあるはずもなく、「地震」などという災害は、人類や神が置いてきた過去のもの、という常識、認識があったからこそ。


 俺たちはいち早くその異変に気がついた。

 ……そして。



「……なあ、そんな簡単に、ポッと出てくるもんなのか?……変異体って」


 割れたコンクリートの地面より滲み出たのは、魔族の「スライム」と言っても過言ではないほどに液体の形状をしていて。

 それでいてなお、この世のものとは思えない配色、つまりは灰色をした、巨大な液体の生命体……だった。

「出やがったぞツバサ、変異体……Eだ」
「Eって、エクスパンションの略っすよ」
「……きもち、わるい……!」

 すぐさま戦闘体制に移る、が。


「民間人……! 逃げ遅れたか!」
「……ディル、俺が行ってくる」





「ひっ……!」

 逃げ遅れたスーツ姿の男は、未だに足がすくみ動けずにおり。


 だからこそ、俺たちゴルゴダ機関が助けなきゃいけないじゃないか……!!

「……ふっ!」

 振り下ろされる灰色の触手を掻い潜り、一刻も早く民間人を助ける。

 ……これか? 
 この責任が、俺の欠如していたもの……なのか?



「……おい、頼むから動くなよ!」

 スーツ姿の男を抱え、転がりながら後退し着地する。

「そら、さっさとどっか行け……邪魔だ……!」

「あ、ありがとうございます!」

 男を手放した数秒後。

「危ない!」

 そのディルの声と共に、横より飛んできた巨大な触手に吹き飛ばされ、体は宙を舞う。
 文字通り意識が動転する中、残った理性をかき集め、懐から爆剣を取り出す。

 爆剣は1本しかない、それでも狙って、確実に当てるしかない。
 だが心の奥底にて、俺の理性は「いける」と言っていたのだろうか。


 次の瞬間、何とか空中で腰を捻り、剣を持った右腕を引き。

 その不安定な姿勢にて、爆剣を見事投擲、そして命中させてみせた。
 ここまでの間、わずか4秒。

 ……そう、わずか4秒にして、勝負は早々に幕を下ろしたのであった。


 吹き荒れる爆風。
 何かが燃えて焦げつきたような、気分の悪い臭いがあたりに充満する。

「……ツバサのやつ、俺たち3番隊にとって思わぬ収穫……とは言ったが、まさか変異体をたった数秒で黙らせるなんてな……」

「……え? もう、終わった……ってコトすか?!」

「関心してる場合じゃないわよ、ツバサちゃんが作ったチャンスを無駄にしないように、ここで確実にロストを仕留めるのよ!」

 そう言いつつ、爆剣をそれぞれ3本ずつ構えたカーオが目にしたのは、とても不思議な光景だった。



 普通、祝福儀礼の施された爆剣で吹き飛んだロストは、コアの有無に関わらず、その再生が極端に遅くなる。

 神の祝福を受けた概念武装は、ヒトならざる者にとっては致命傷ともなりうるものだからだ。
 これはあくまでも常識であるもの。


 ……そのはず、だったが。



 再生、しているのだ。

 確かに、1秒前まではそのコアが剥き出しになっていたはずだ。

 ……しかし、ものの数秒で回復するロストなど見たことがなく。

 その異常事態に、そばで見ていただけのディルとレイラとカーオはとっくに気付いており、その事態の違和感を感じ始めていた頃だった。



「……っ」




 何とか足から着地。
 骨が折れている———箇所もなさそうだ。


 ……このままみんなで押し切れば大丈夫なんじゃ……と思いかけたその時。

「ツバサちゃあん! 今すぐ、そこから、逃げるのよ!!」

 振り向く……コンマ2秒前、その身体を覆ったのは影の幕。
 次の瞬間、俺は自身が死ぬ事を理解し。


 そのまた次の瞬間、俺は衝撃の光景を目にしてしまった。




 ……そういえば、ニトイのやつはどこ行ったんだろうな、と心配していたんだ。

 …………そんな時に見た光景だったが為に、その光景はどこか異質な雰囲気を醸し出していた。


「……だめ、ツバサは……ここでは、死なない。

『———月天使徒殲滅制圧用最終兵器機構、限定解除』」




 カーオたち3人の後ろに見えたのは。

「え……機械……?」



 白に塗られ、背中のありとあらゆるところに鱗のように敷き詰められた、剛鉄の翼。


 ———そして、右腕を前に突き出し。

 薄茶色の、美しき髪を風にたなびかせ。
 そして、その蒼壁の眼にてこちらを見据える、ニトイの姿だった。
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