Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

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断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜

勃発、正妻戦争

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「……ようやくお目覚めか?……まったく、1度人の道を踏み外したヤツは、最後まで化け物らしい生き方をしろってんだ……!」

 薄暗がりな部屋にて、俺はその目を開ける。


 目を開けると、あの男……クラッシャーが目の前にいて。
 オマケに手足は拘束されている。
 それでもなお、自らの身が無事だという状況を見るに、この男の目的は俺たちを捕らえる、ってことなんだろうけど。

「……ニトイは、ディルはどうした……!」
「ディルが何者かは知らねえが、ニトイってヤツならお前の隣のヤツだろうな」

 しかし……捕らえられた……のだが、一体コイツの本当の目的はなんだ……? 
 結局それは、依然として分かりはしなかったため、

「何なんだ、お前の目的はなんなんだよ」

 と問うと、

「これはあくまで交換条件、ヤツらと協力するための交換条件だ。後は煮るなり焼くなり、ヤツらの好きにさせるぜ……」

「……っぁおい待て!」

 そう意味深気に告げると男———クラッシャーは、流れるようにその部屋の暗がりへと消えた。



 しかしここはどこだ?
 光もないため、この部屋がどう言った形状をしているのかが全く分からない。
 オマケに……「ヤツら」の存在も分からないまま。

 分からない、一体何が起こってるんだ……?


「……ツバサ……?」

 横から聞こえてきた、弱々しく可愛らしい声に振り向く。



「ニトイ……無事、だったんだな……!」

「……ニトイ、アイスクリーム、たべたい」
「んなこと言ってる場合じゃないだろ……」

 いきなり馬鹿なこと言い出すニトイに、心の中で笑いつつも、俺は今の状況を憂いていた。
 ……すると。


「………………随分と、ご機嫌なようね」

 暗がりから人影が現れる。

 とんがり頭……の帽子に、少しばかり古ぼけた服を着て、金色の少し長い髪をたなびかせた……女……?

 手には杖……ってことは、魔法使い……なのか?


「誰、だ、誰なんだ、お前は」
「…………忘れた、っての……?」
「は……あ……?」


 すると、女は俺に掴みかかり、

「忘れた、忘れただなんて言わせない……!

 貴方は、貴方が一番、自分を見失っちゃいけないってのに、って、そう決めた……はずよね……!!」


 ……と、鬼気迫る勢いで責め立てる。
 だが、俺には全く何の事か分からない。
「贖罪」、妙に、俺にはその言葉が引っかかる。

「誰なんだ、誰なんだよ、お前は!」

「……そう、そう……! 本当に、本当に忘れたってのね……!……だったら教えてあげる。私の、名前は……」

 
 怒りに打ち震えた、噛み締めるような声で、女はその名を口にした。



「私の、名前は……。サナ・グレイフォーバス。本当の名じゃ、ないけどね……!」



 グレイ……フォーバス……?
 ニトイと、同じ……名前……?
 一体、何が、どうなって……


「…………分かんない、のね……やっぱり、どうやっても。………………解除」

 女……サナがそう発した瞬間、俺とニトイの拘束が解かれる。


「な……何してるんだ、お前……俺たちの拘束を解くような真似して……いいのか……?」

「…………私のやりたいことは、そんな事じゃない。、貴方とケジメをつけることが、今の私のやりたいことよ」


 し、ろ……?
 白……?

「……なあニトイ、白、って誰なん…………っ……!」

 すぐ横に目をやると、無機質な目をして、身体中の武装を既に開放させたニトイがそこにいた。


「…………だめ。白、は、わたさ、ない……!」

 白は渡さない……って、どういう事……なんだよ……?

「……ニトイ、いや、もはやニトイじゃないか。

 ……とりあえず、ちょうだい。……そうしたのは、貴女なんでしょ……?」


 記憶……俺は、俺は何かを忘れてしまっているとでも……っ……!!







「……っあ、あああ、ああああああっ!!」

 瞬間、身体に電撃が走る。
 身に覚えのない記憶が、身体の隅々からインプットされる。






 偽りの仮面。


 偽りの名前。


 偽りの身分。


 偽りの人格。


 偽りの記憶。


 強烈な頭痛、重度の目眩。
 吐き気をもよおす内部変貌に、他ならぬ自分が耐えきれなくなってきた頃。
 ……ようやく、全て思い出した。



 俺は、そうだ、俺は『雪斬ツバサ』じゃなかった。


 点となって思い出された全てが、線と線でつながってゆく。


 そうだ、俺は———、


 ジャンおじさんに育てられ。
 宗呪羅師匠に、教えられ。
 黒に、叩き込まれ。
 サナと出会い。
 リーを倒し、
 イデア……兄さんと再会し。
 センと出会い。
 コックと出会い。
 黒騎士を倒し。


 そして、魔王を倒した、勇者。

 世界を救った、「救世主」、「アレン・セイバー」であり。
「無辜の人を守る剣」を受け継いだ、「雪斬白郎」で。




「———そうだ、俺は」

 突然植え付けられた記憶。
 本当かどうかも定かではないが、少なくとも嘘の可能性は少ない、ということは、今ここにある神威———俺のずっと携えていた刀が示していた。




「俺が、……だったか」



「…………おかえり、白」

 一段と、普段よりも低いサナの声が聞こえる。


「私、誰だか……分かった……?」

「……分かったさ。……俺と共に、世界を救った……魔法使い。

 そして、俺が———




 サナは少し微笑んだ後、告げた。

「…………だったら、私かニトイ、どっちか選んで」



 ……そう、目に見えて分かるだろう。記憶が戻った俺にとっては、手に取るように分かった。

 俺の知らないところで。俺の気付かないうちに。



 正妻戦争が、勃発していたのであった。


 
 正直、俺は今自分が置かれた状況が、分からなくなりつつあった。

 今まで俺が、「運命の人」と思い込んでいた人は、その実偽物で。
 急に現れた誰かさんが、俺の本当の「運命の人」だってえ……?

 そりゃあそのはずだ、サナだって俺と一緒に旅をしてきた仲なんだ。
 





 ……それで、どっちが俺の運命の人か、だと……?

 ……いいや、勘違いかもしれない。実はもっと、別のことについて聞いてるのかもしれない。そう思いたくなってきた。


「ニトイ、これって一体……」

 不意に、ニトイに答えを望んでしまう、が。

「……白、……選んで。ニトイ、か、サナ……か」

 だが現実は非情で。
 一瞬たりとも、微塵もそうは思い込ませてくれなかった。




 選ばなきゃいけない。

 おそらく、「どっちも」は死ぬ。確実に。
 必ず、どちらかを選ばなきゃいけない。今の俺にとって、どっちが「運命の人」かを。

 じゃあ、選べるか?

 どちらか一方を蔑ろにして、どちらか一方を取るか?

 ……ダメだ、それも俺には……



 場には静寂の刻が流れる。
 まるで、時が止まったかのような、誰一人として微塵とも動かない、完全に静止したような世界が。

 結論を出すことは終ぞ叶わなかった。
 だが、それでも、今の俺にとって誰が大事か。
 それは結局、もう既に分かりきっていたことだった。



 ……結果、俺は夜に佇む「月」ではなく、数々の星々の中から、自分の好きな人を、選んだ。


「俺には、やっぱり受け入れられなかった。

 いきなり、そんなこと言われても、俺には全くもって分からないし、それを自然に見ろって言われても、そんなのは……やっぱり無理だった。

 だからこそ、今の俺は雪斬白郎じゃなくて、白でもなくて、雪斬ツバサだったんだ。

 ……そうじゃなければ、俺が俺でなくなる……からだ。だから……!」

 ———ニトイへと手を伸ばす。



「……そう、貴方は………そっちを選ぶのね」

「……すまん、サナ。勝手に、前から消えて。俺は、多分お前の気持ちを……裏切った。

 でも、選べと言われたら、それがどんなに残酷なことでも、選ぶしかなかったんだ」



「……あ……し、ろ……?」

 こちらを見上げ、不安そうにそう呟くニトイに。

「違う。……俺は、雪斬ツバサだ」

 他の誰がどう言おうと。
 今の俺は、絶対に雪斬ツバサだった。


「……行って。早く、外に出て……!」

 サナは、必死に呟く。
 まるで、何かを押しのけるように、力強く。


 ……すぐに、ニトイの手を引き外に出る。
 きっとサナも、そんな自分は見てほしくなかった……のだろう。

 だからこそ、絶対にそれだけは、戻って盗み聞きなど、絶対にしてはならないと、俺の記憶が叫んでいたから。



********


「…………あーあ……もう…………嫌だな…………!」

 少女は1人、その運命に咽び泣く。
「こんなことなら……さっさと……告白……しとけばよかったってのに……!!」

 今までの全てを振り返る。
 今までの全てを否定する。
 結局そんなことはなかった、と。
 結ばれることはなかった、と。

 痛みが喉を通り、心の芯に突き刺さる。
 喉元まで出かかった「やめて」の言葉が詰まる。
 大粒の涙と共に。
 残った想いを、サナはその場に吐き捨てた。
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