Wit:1/もしも願いが叶うなら〜No pain, no live〜

月影弧夜見(つきかげこよみ)

文字の大きさ
133 / 256
断章Ⅱ〜最終兵器にアイの花を〜

母として、旧知として———

しおりを挟む
◆◇◆◇◆◇◆◇


 カレンは、機神アテナの元付き人だった。

 十数年ほど前……突如として、成層圏より飛来し、地上に舞い降りた月天使徒殲滅制圧用機神兵器、アテナ。

 その機神の管理を任されていたのが、私と……雪斬宗呪羅だった。

 任務として、さまざまな地域、さまざまな亜人を、この機神アテナのスペアボディと共に滅ぼしてきたのだ。

 そこに慈悲など一切なく、ただただひたすら、与えられた任務を遂行していたのが、私だった。


 ただただひたすら、殺して、殺して。

 機神アテナと共に、亜人という亜人を。オリュンポスに逆らう者どもを、ひたすら血祭りに上げることしか、私にはできなかった。



 それは家庭環境がどうとか、そういう問題ではなくって。

 ただただ私が強かったからこそ、そんなことを強いられてきたのだと。
 ソレに、もはや抵抗すらなかったのだから、その頃の私は人の形相をしていなかったのだろう。



 そうして、1年前の出来事が巻き起こる。

 久しぶりの任務だった、消えた神殿国の神剣、の神気反応があるからと、西大陸へ赴くことになった時の事。

 当時6番隊の隊長を務めていた私は、皆がアテナ機神体に搭乗したことを確認して、出発しようとしていた時のことだった。



 アテナ機神体が、突如動き始めたのだ。


 アテナは、我々ゴルゴダ機関の意向にかなり忠実な機神であったため、ライセンスが5以上の者の指示しか聞かない……そのはずだった。

 それでも、私の乗り込む前に動き出したとあれば、消去法で考えるとライセンス-5以上の、6番隊の者しかいなくなるわけで。


 それが指し示す人物はただ1人。
 6番隊副隊長、ラース赤髪の女であった。




 彼女は……他のゴルゴダ機関隊員と違って、孤児ではなく普通の家庭で育った少女だった。

 母親は早くして亡くなったが、父親と共に十数年間、大人しく過ごしてきた……そんな子だった。

 それでも……まあ、金がないからと、そんな単純な理由でゴルゴダ機関へと入ってきたのが……始まりだった。




 彼女のすることに、彼女の父は全くの無関心を貫いていたそうだ。

 普段は———というかいつもカーテンの奥にて姿を隠しており、逆らったらただただ叱られる、そんな生活。

 例え彼女がどれだけ頑張って、学校のテストでいい点を取ろうと、格闘技の大会で優勝を飾ろうと、その父は———ただ一言、「やめてしまえ」としか言わなかったと言う。
 
 端的に言えば———褒められたことがなかったのだ。


 ……まあ、彼女の行動原理はすぐに見てとれた。
 金が欲しい———確かにソレもあるのだろうが、彼女が一番欲しかったのは、だったのだ。
 
 

 いいや違う、一度だけ、たった一度だけ、あったらしい。
 ……彼女が、学校でうまくいかなかったことがあった時、彼女は父にこう言ったらしい。

「学校とか、勉強とか……やめていい?」

 普通は怒られる、叱られるようなものだったため、彼女も嗚咽混じりの声でそう言ったらしいが、父からは、

「賢明な判断だ」

 ……と、一言。


 …………ただの、それだけだったらしい。




「……………………どうしたら、ねえ、どうしたら、私はパパに……褒められるのかな……あの時みたいに、どうやったら褒められるのかな……!」


 ずっと。ずっと、彼女はそればかりを聞いてきた。任務中はただずっと、大人しく———されど冷酷にやるべきことをやっていたのに。

「……泣かないで、ラース。貴方は泣かない方がずっといい———だから、お願い、その瞳を、涙で濡らさないで」


「……でも、でも……!」

「気持ちは……分かるわ。……でも、泣いたら……ずっと落ち込んでたら、貴方の褒められるべきところさえも、台無しになってしまうでしょうから」


 ……きっと、彼女の言う「あの時」が、彼女にとってのハードルを上げ続けていたのだと。



 だからこそ彼女は、私に無断でアテナに命令をし、自分1人でも任務がこなせると、そう信じて戦地へ赴いたのだろう。
 ———彼女のは、過信に過ぎなかった。

 たった1人で、任務を遂行すれば———その時こそようやく、、とでも思ったのだろうか。

 ……だからなのか、あの、例の任務神威(仮称)及び『鍵』奪取作戦の直前、彼女が妙にソワソワしていたのは。






 6番隊だった頃、私のすぐ下に付いていたこの子を、私はまるで———母のように愛した。

 もちろん、初めはただの同僚……先輩後輩の間柄だったが、なぜだろうか、いつかのタイミングから、徐々にねじれていったのだ。

 ……太陽の影が、徐々にその姿を地面に落とすように、ゆっくり、じっくりと。

 あの子も、まるで私を親子のように慕い、自他共に認める擬似的な親子関係へと発展しようともしていた。
 

 最後に、もう少し———彼女のことを褒めておけば、とも思ったが。
 

 ———そんな、最中の出来事だった。







「超巨大高圧密度の魔力が……」
「機神……アテナ、反応……消失」

『……アテナが、機神アテナが、堕とされました!』
「西大陸のヤツらに……?」
「まさかぁ……魔王か!」

「ガイア・コンソールを使ったというのか?」
「馬鹿な、まさか魔王城からあの距離で命中させたと言うのか?!」

「……6番隊、おそらく全滅かと……」
「だからあれほど別機体と連れて行けと……!」




 あの子が乗っていった機神アテナが、魔王の魔槍ガイア・コンソールによって……破壊されたのである。
 当然ながら、6番隊は私を除いて




「は……あ……ラース、は、ラースは、あの子はどうなって……!」

「…………おそらく、亡くなった」

「……っ!」

 1番隊隊長、レインから告げられたのは、どうやっても覆しようのない、現実だった。

「なん、で、なんで、どうして……!……これから、あの子は、だったのに……!」

「………………非常に惨い、結末だ」





 
 アテナも、その神核のみを残して完全に破損。後に神核ごと行方不明に。


 

「わた……私の、私のせいで、死んだんだ……私が、私があの場にいなかったから、ラースを……守れなかった……!」







 ……だが、アテナは———生きていた。
 そう、あの子———ニトイちゃんとして。

 おそらく神核ごと、自らの新生を試みたのであろう。……そしてそれは成功に終わり、あのニトイちゃんが生まれた。








 ———ソレよりもさらに数年前。私は、宗呪羅とアテナの会話を聞いてしまった。

 それは、アテナの中にもなかった『アイ』の感情について。
 そして、いずれアテナが出会うであろう『運命の人』について。


 ———だからこそ、元付き人として。
 新生を果たしたその子を、初めて「機神だ」と認識した時に思ったことは、『この子を幸せにしてあげなければ』などと言う感情であった。

 それはまるで、母性のような。
 いつかの誰か、ラースにだって与えたように———と。



 ……だから、もう一度。
 守れなかった……では、終わらせたくなかったのだ。

 
 





 あの日。
 ツバサ君が、夜中に突然……ゴルゴダ機関に押しかけてきた日。
 私は、ニトイをさらったのが誰なのか、それを知ってしまったからこそ。




 この問題こそ、私が決着をつけなくてはと。
 かつての旧知を前にして、そう思ってしまったのだ。






『……生きて、いたのね。ラース』

『そう、そうよ!……今度、こそ、任務を果たす為に……!』

 静かににやけたその笑顔は、もはや前の———純粋のようにものとは違うと知った。

「……何が目的なの、ニトイちゃんをさらって、何をするつもりだったの」

「『鍵』を誘き出す。オマエだって、誰が『鍵』だか、見当はついてるんでしょ……?」

「そう、本来の目的はツバサ君だった。……そういう、こと」

「…………邪魔をするなら……オマエも殺して……あげるっ!!!!」



 でも、今の私はあの子と、ツバサ君の想いも背負っているわけだから。
 だから———例え我が子と見なした者でも———手にかけなければならないと、一瞬そう思い。


 本当ならば、戦いたくはなかったのだ。
 こんな事、ただただ無益でしかなかった。
 
 もっと、出会えるならもっと穏やかに、もっと穏便に、もっと感動的な出会いをしたかった、そう思っていたのに。




「……終わり、ね……!」

 ———気がついた時には。
 既に、私の腑は引き裂かれていた。


 本来、私がこの子に負けるはずがなかった。
 いくら相手がだろうと、私が本気を出せば……確実にあの世に送ることができたのだ。


 そう、本気を出せば。


「あっけなーい……! そんなに雑魚だったかしらねぇ……?」

 最初から、殺す気で行けば。


「でも、もうこれでおしまい。あとは……『鍵』を殺すだけ……そうすれば、パパに……褒めてもらえる…!」
 
 そんな感情など、アテナと共に既に捨て去ったはずの慈悲などという感情を、その心に浮かばせなければ。


「やっと、やっと褒めてもらえる……ようやく……!」


 違う、か。
 私は、どうあっても、この子に負ける運命だった。


 この子を殺して、ツバサ君を救うか。
 この子に付き従って、『鍵』も殺して、そうして———その先に救いがあるかは分からないけど、それでもこの子を救うために動くのか。


 判断する猶予はたったの数瞬ほどしかなかったが、そこで答えを出せなかった———どうするかを選べなかったからこそ、私は負けたのだ、と。




 ……でも、まだ生かしてもらえるというのなら。
 
『……どうか、あの子を……ラースを、殺して、あげて…………!』


 せめて、母に成ろうとした者として。

 それが私の負うべき罪で、地獄の果てまで背負って、持っていくべき十字架なのだとしたら。 


 せめて、せめてそれだけでも願うべきだと、それだけでも祈るべきだと、私の中の何かがそう言っていた気がしたのだから。

 ……だから、お願い。
 こんなことを祈るのは、自分勝手かもしれないけど。

 それでも、今の『死』に囚われた———ソウルレスと化したラースを、せめて殺してあげることが、私の———私の意志を継いだ、誰かがやるべきことだと思ったのだから。



 ……これは私の責任だ。

 もっとあの子の笑顔を尊重してあげれば、こんな事にはならなかったはずだ。

 もっとあの子の為に、せめて私だけでも尽くしてやれば、あの子に、誰かを殺させる、だなんて判断をさせなければ、或いは———。

◇◆◇◆◇◆◇◆
しおりを挟む
感想 203

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...