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第四章 アダルトに突入です
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店員の女が舞台に立つと、その女目当ての客が“ジャンケン”に参加した。
なるほど。ジャンケンについては、説明を受けてだいたいは理解した。
ジャンケンは勝ち抜き戦で、客同士が二人組でジャンケンし、勝ち残った同士がまた二人でジャンケンする。そうして最後まで残った奴が、舞台上の女と肩を組んで一緒に歌を歌えるというものだった。
……くだらねえ。
歌なんて歌いたくねえし、ましてや人前でなんて問題外だ。
だが、アリスが俺以外の男に肩を組まれたのを見せられ、目の前でベタベタとしながら歌を歌われるのかと思うと、腸が煮えくり返りそうになる。
他の奴らの歌など、これっぽっちも頭に入ってこなかった。
そして、いよいよアリスが舞台に上がった。
男達が一斉に立ち上がり、異様な熱気を放ち始める。
このカフェに居る男、ほぼ全員立ってんじゃねえかよ⁉︎ これだけの奴に勝ち残れっていうのか?
ここはコイツらに“この女は俺のモノだ”と威嚇しておかなければならないと思った俺は、注目を集める為にテーブルを叩いて派手な音を立てた。……今回はテーブルをぶっ壊す程の力は入れてはいない。
その音は効果覿面で、熱気溢れ騒がしかった店内が一瞬でシン……と静まり返った。そして、ほぼ全員が音を立てた張本人である俺の顔を見る。
そこで、俺は眼帯を取ってやった。
俺の両眼の色に気付いた奴らが騒めき始める。
「え……あの眼の色って……」
「ま、まさか……魔王の眼じゃねえの……!?」
「う、嘘だろ!? 何でこんなトコに魔王!?」
「あの風貌……如何にも魔王って感じだろ……ッ!」
この眼の色だけでも充分ビビっているのは伺えたが、念には念を入れて俺の得意とする闇の精神魔法を俺の眼を見ている奴らに呪詛と共にかけてやる。
「いいか、俺はこれから“パー”を出す。遊びだろうとこの俺に刃物を向けて無事で済むと思うなら向けてみろ。命が惜しくねぇならな」
俺の言葉を聞いて、アリスが呆れたように呟いた。
「“刃物”って。“チョキ”のこと? ちょっと大袈裟じゃない? いくら負けたくないからって」
「……ホント、ここまでやるかなぁ? リディア大人気なくない?」
エルまでもが呆れ口調だ。
「……うるせぇな。勝てればなんでもいーんだよ」
駄目押しの闇魔法が効いたのか、脅しが効いたのか、俺に勝負を挑んだ奴は全員グーを出して散っていった。俺は勝ち抜いた。
やった。
やってやった。
俺は初めて、魔王の眼を持って生まれてきたことに感謝した。
「……リドって負けず嫌いよね」
「そういうわけじゃねぇけどな……。つーか、“ご主人様”だろ?」
「そうでした。『ご主人様、舞台へどうぞ』」
差し伸べられた手を取って舞台に上がる。さぞ呆れた顔をしているかと思いきや、隣に立ったアリスの表情は、思ったより悪くなかった。そのかわり、客席からは嫌悪に塗れた視線が絡みついてきたが、無視することにする。
「さて、何を歌う? 一応、恋の歌を一緒に歌うことになっているのだけど」
「あ? 歌わねぇ」
「はい?」
「歌なんて知らねぇし。歌ったことねぇ」
「はぁー? じゃあ何で勝ち残っちゃったの!? 卑怯な手まで使って!」
“何で”だと?
決まってんだろ!
目の前で他の男とイチャつくお前を見たくねぇからだよ! ……とは言えず。
「さあな」
「“さあな”じゃ困るよ! リドが歌う気がないなら、ジャンケンやり直ししなくちゃ」
「何だと!?」
苦労して(?)勝ち残ったってのに、やり直しだと!?
「ふざけんな。……歌えばいーんだろ? 歌えば。クソッ」
とはいえ、アーネルリストに来てからは歌など聴いてこなかったので、若干途方に暮れる。
歌といえば本当に幼い頃、母親が歌っていたのを何気無く聞いていただけだ。
「ログワーズの歌ならまだしも、アーネルリストの歌なんか知るかよ」
思わず本音が口をついていた。
俺のそんな小さな愚痴を、アリスは聞き逃さなかった。
『じゃあ、ログワーズ国の歌を歌おうよ!』
突然、アリスが流暢なログワーズ語で語り掛けてきて、俺は驚きに目を瞠る。
呆然とアリスを見下ろすと、彼女は俺を真っ直ぐに見上げて、はにかんだ笑みを浮かべた。
『な、何……ッ?』
『上手く話せてるかな? 実はヴィヴィに習ってたの。いつか貴方の力になれたらいいなって』
その瞬間、ブワッと、俺の身体中から何かが吹き出した。
身体が……熱い。
ヤ、ヤバイッ!! なんだコイツ……ッ!?
健気過ぎんだろ……。
今すぐキツく抱き締めたくなった衝動を、何とか理性で抑える。
俺は表情を読み取られないように、片手で自分の額と目を覆い隠した。
『……ログワーズの歌も……歌えるのか……?』
『うん。ログワーズの歌は情熱的だから、少し照れるけど』
俺の方が照れるわッ!! クソッ!
身体中に、アリスへの愛しさがひろがる。
コイツはいつだってそうだ。
俺をあったかいもんで包み込む。
“いつだって”……?
そうだ。こんな気持ち、前にも感じたことがあった。
いつだった? やっぱりこんな舞台の上で……。
劇の時か?
否、違う。もっとずっと前だ。
もっと幼くて……もっと追い詰められていて……。
身体中にあったかいもんが広がって……天使みたいだって感動して……。
そして俺はコイツの肩を抱きながら、一生コイツを守るって固く誓って……。
脳裏に、幼い女の子の姿が蘇る。それは、俺がよく知っている優しい笑顔だった。
『ねえ、リド! “愛する人へ花を”って歌はどう? 知ってる?』
遠い日の記憶から、ハッと現実に引き戻される。
今の記憶は何だ?
短い髪の……アリス?
『リド?』
『……リドじゃねぇだろ? “ご主人様”だろ』
ログワーズ語で『ご主人様』と言ってやる。アリスはその言葉は知らなかったようで、眉を寄せて少し難しい顔をした。
『えっと……“ゴシュジンサマ”……あってる?』
『ああ。上出来だ。それよりお前は歌えんのかよ? リズム感ねぇくせに』
辿々しいログワーズ語に愛しさを感じ、俺は照れ隠しに悪態をつく。
頬を膨らませたアリスの肩を抱き寄せて、祖国の愛の歌を共に歌った。
柔らかな歌声は心地好く、聴く者の耳を喜ばせる。
重なり合った和音が空気に溶けて、俺は歌声にさえ嫉妬していた。
俺の身体もこんな風に、今すぐアリスと交わって、溶けてしまえたらいいのに……と。
なるほど。ジャンケンについては、説明を受けてだいたいは理解した。
ジャンケンは勝ち抜き戦で、客同士が二人組でジャンケンし、勝ち残った同士がまた二人でジャンケンする。そうして最後まで残った奴が、舞台上の女と肩を組んで一緒に歌を歌えるというものだった。
……くだらねえ。
歌なんて歌いたくねえし、ましてや人前でなんて問題外だ。
だが、アリスが俺以外の男に肩を組まれたのを見せられ、目の前でベタベタとしながら歌を歌われるのかと思うと、腸が煮えくり返りそうになる。
他の奴らの歌など、これっぽっちも頭に入ってこなかった。
そして、いよいよアリスが舞台に上がった。
男達が一斉に立ち上がり、異様な熱気を放ち始める。
このカフェに居る男、ほぼ全員立ってんじゃねえかよ⁉︎ これだけの奴に勝ち残れっていうのか?
ここはコイツらに“この女は俺のモノだ”と威嚇しておかなければならないと思った俺は、注目を集める為にテーブルを叩いて派手な音を立てた。……今回はテーブルをぶっ壊す程の力は入れてはいない。
その音は効果覿面で、熱気溢れ騒がしかった店内が一瞬でシン……と静まり返った。そして、ほぼ全員が音を立てた張本人である俺の顔を見る。
そこで、俺は眼帯を取ってやった。
俺の両眼の色に気付いた奴らが騒めき始める。
「え……あの眼の色って……」
「ま、まさか……魔王の眼じゃねえの……!?」
「う、嘘だろ!? 何でこんなトコに魔王!?」
「あの風貌……如何にも魔王って感じだろ……ッ!」
この眼の色だけでも充分ビビっているのは伺えたが、念には念を入れて俺の得意とする闇の精神魔法を俺の眼を見ている奴らに呪詛と共にかけてやる。
「いいか、俺はこれから“パー”を出す。遊びだろうとこの俺に刃物を向けて無事で済むと思うなら向けてみろ。命が惜しくねぇならな」
俺の言葉を聞いて、アリスが呆れたように呟いた。
「“刃物”って。“チョキ”のこと? ちょっと大袈裟じゃない? いくら負けたくないからって」
「……ホント、ここまでやるかなぁ? リディア大人気なくない?」
エルまでもが呆れ口調だ。
「……うるせぇな。勝てればなんでもいーんだよ」
駄目押しの闇魔法が効いたのか、脅しが効いたのか、俺に勝負を挑んだ奴は全員グーを出して散っていった。俺は勝ち抜いた。
やった。
やってやった。
俺は初めて、魔王の眼を持って生まれてきたことに感謝した。
「……リドって負けず嫌いよね」
「そういうわけじゃねぇけどな……。つーか、“ご主人様”だろ?」
「そうでした。『ご主人様、舞台へどうぞ』」
差し伸べられた手を取って舞台に上がる。さぞ呆れた顔をしているかと思いきや、隣に立ったアリスの表情は、思ったより悪くなかった。そのかわり、客席からは嫌悪に塗れた視線が絡みついてきたが、無視することにする。
「さて、何を歌う? 一応、恋の歌を一緒に歌うことになっているのだけど」
「あ? 歌わねぇ」
「はい?」
「歌なんて知らねぇし。歌ったことねぇ」
「はぁー? じゃあ何で勝ち残っちゃったの!? 卑怯な手まで使って!」
“何で”だと?
決まってんだろ!
目の前で他の男とイチャつくお前を見たくねぇからだよ! ……とは言えず。
「さあな」
「“さあな”じゃ困るよ! リドが歌う気がないなら、ジャンケンやり直ししなくちゃ」
「何だと!?」
苦労して(?)勝ち残ったってのに、やり直しだと!?
「ふざけんな。……歌えばいーんだろ? 歌えば。クソッ」
とはいえ、アーネルリストに来てからは歌など聴いてこなかったので、若干途方に暮れる。
歌といえば本当に幼い頃、母親が歌っていたのを何気無く聞いていただけだ。
「ログワーズの歌ならまだしも、アーネルリストの歌なんか知るかよ」
思わず本音が口をついていた。
俺のそんな小さな愚痴を、アリスは聞き逃さなかった。
『じゃあ、ログワーズ国の歌を歌おうよ!』
突然、アリスが流暢なログワーズ語で語り掛けてきて、俺は驚きに目を瞠る。
呆然とアリスを見下ろすと、彼女は俺を真っ直ぐに見上げて、はにかんだ笑みを浮かべた。
『な、何……ッ?』
『上手く話せてるかな? 実はヴィヴィに習ってたの。いつか貴方の力になれたらいいなって』
その瞬間、ブワッと、俺の身体中から何かが吹き出した。
身体が……熱い。
ヤ、ヤバイッ!! なんだコイツ……ッ!?
健気過ぎんだろ……。
今すぐキツく抱き締めたくなった衝動を、何とか理性で抑える。
俺は表情を読み取られないように、片手で自分の額と目を覆い隠した。
『……ログワーズの歌も……歌えるのか……?』
『うん。ログワーズの歌は情熱的だから、少し照れるけど』
俺の方が照れるわッ!! クソッ!
身体中に、アリスへの愛しさがひろがる。
コイツはいつだってそうだ。
俺をあったかいもんで包み込む。
“いつだって”……?
そうだ。こんな気持ち、前にも感じたことがあった。
いつだった? やっぱりこんな舞台の上で……。
劇の時か?
否、違う。もっとずっと前だ。
もっと幼くて……もっと追い詰められていて……。
身体中にあったかいもんが広がって……天使みたいだって感動して……。
そして俺はコイツの肩を抱きながら、一生コイツを守るって固く誓って……。
脳裏に、幼い女の子の姿が蘇る。それは、俺がよく知っている優しい笑顔だった。
『ねえ、リド! “愛する人へ花を”って歌はどう? 知ってる?』
遠い日の記憶から、ハッと現実に引き戻される。
今の記憶は何だ?
短い髪の……アリス?
『リド?』
『……リドじゃねぇだろ? “ご主人様”だろ』
ログワーズ語で『ご主人様』と言ってやる。アリスはその言葉は知らなかったようで、眉を寄せて少し難しい顔をした。
『えっと……“ゴシュジンサマ”……あってる?』
『ああ。上出来だ。それよりお前は歌えんのかよ? リズム感ねぇくせに』
辿々しいログワーズ語に愛しさを感じ、俺は照れ隠しに悪態をつく。
頬を膨らませたアリスの肩を抱き寄せて、祖国の愛の歌を共に歌った。
柔らかな歌声は心地好く、聴く者の耳を喜ばせる。
重なり合った和音が空気に溶けて、俺は歌声にさえ嫉妬していた。
俺の身体もこんな風に、今すぐアリスと交わって、溶けてしまえたらいいのに……と。
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