16 / 17
過去篇
ぼくらは恋を自覚する(仮)6-2
しおりを挟む
「里崎さんは、昴のことをどう思っているんですか?」
訝し気な視線の中に切実な感情を込めて、昴の父は慶太を見た。
思っていたよりもずっと直球な質問に思わずたじろぐ。遠慮がちな態度を取りながらも急に本心をぶつけてくるところがそっくりで、やっぱり二人は親子なのだと実感させられた。
「昴があなたのことを慕っているのはすぐにわかりました。あんなふうに素直に甘える昴を見たのは久しぶりです。
いつの間にか、あの子は家族にさえ遠慮するようになっていたんですね。僕は昴から笑顔を奪っていたのだと痛感しました」
「そんなことは……」
肩を落とした昴の父に対し、慶太は掛ける言葉を見つけられなかった。
事実ではある。けれど、誰が悪い訳でもない。現に、昴は誰も責めることはせずに、自分自身を責めてしまっている。
「お気遣いなく。事実は事実です。
あの子は、里崎さんの前だとよく笑うのでしょう?」
「ええ。泣いたり、笑ったり、拗ねたり。はじめは警戒心が強く、内面を表さない子だと思いましたが、今は色々な表情を見せてくれます。
だからオレは、昴の……昴くんの居場所になりたいと思っています」
「この家には、あの子の居場所はないと思いますか……」
己の失言に、慶太は顔を顰めた。
昴の父の自嘲を含んだ嘆息が、二人の間にある空気をいっそう重くした。
ふと、シューズボックスの上に飾られた色とりどりの折り紙が目に入る。
輪郭がふわふわした拙いクワガタと、角が尖ったクワガタ。前者の作者は蓮人として、後者の作者は昴か、それとも両親のどちらかなのだろう。
「オレは、あまり立ち入ったことは聞いていません。
ただ、昴はご家族に対する不満をこぼしたことはありません。先ほどお渡ししたアイスを買う時だって、昴は誰がどの味を好むのかきちんと把握していました。蓮人くんはチョコレート、お父さんはラムレーズン、お母さんはストロベリーだと」
慶太は、アイスクリームショップで真剣に商品を選ぶ昴の横顔を思い浮かべた。思わず口元が綻ぶ。
上手に気持ちを整理できていなくても、昴は家族を大切に思っている。だからこそ、この家族には幸せでいてほしい。壊れてほしくない。
一番抜本的な解決方法はわかりきっている。けれど、それを望む人間がどこにもいない以上、対症療法的なやり方しかできない。
慶太は真摯な眼差しを昴の父に向けた。
「若輩者のオレに言われるのは気分がいいことではないと思いますが、あまりご自分を責めないでください」
昴と父親、二人が何より似ているのは自罰的なところだ。理由を自分に求めてばかりいては行き詰まる。
「オレは昴のことが好きです。
繊細で思慮深くて甘えることが下手で、見ているとつい手を差し出してしまいたくなります。大人として知っている、一番楽な道筋を教えてやりたくなる。
ですが、オレはそれが昴にとって良いことだとは思いません。だから、昴の意志を尊重しつつ成長を見守りたいと思っています」
「昴の意志を……」
慶太が言った「好き」には恋愛感情も含まれる。別の表現を用いることも考えたが、嘘偽りない言葉で伝えなければならないと思った。
どちらの意味で取られても構わない。顔を合わせた瞬間に、昴に対する愛情の重さを見抜かれていたような気がする。昴の父が一瞬見せた驚きの表情はおそらく、慶太の見た目に対するものではなかった。
「それは、」
慶太の決意を前に、昴の父は顎に手を添え目を伏せた。
沈黙が慶太の不安を煽る。
リビングからも外からも切り離された玄関が、酷く異様な空間に感じた。背中を汗が伝う。クーラーの冷気はここまで届かない。玄関ドアのすりガラスから差し込む陽の光が慶太の足元をじりじりと焦がした。
「あなたのやさしさを、利用する形になっても?」
残酷な言葉とは裏腹に、その声はかすかに震えていた。数分にも感じた空白は、きっと一分にも満たなかっただろう。無音のように感じていた世界に音が戻る。ドア一枚隔てた向こう側から、蓮人の笑い声が聞こえた。
試されているとは思わない。昴の父が口にしたのは痛切な願いだ。慶太はゆっくりと、子供に言い聞かせるように頷いた。
「昴の幸せに繋がるなら」
訝し気な視線の中に切実な感情を込めて、昴の父は慶太を見た。
思っていたよりもずっと直球な質問に思わずたじろぐ。遠慮がちな態度を取りながらも急に本心をぶつけてくるところがそっくりで、やっぱり二人は親子なのだと実感させられた。
「昴があなたのことを慕っているのはすぐにわかりました。あんなふうに素直に甘える昴を見たのは久しぶりです。
いつの間にか、あの子は家族にさえ遠慮するようになっていたんですね。僕は昴から笑顔を奪っていたのだと痛感しました」
「そんなことは……」
肩を落とした昴の父に対し、慶太は掛ける言葉を見つけられなかった。
事実ではある。けれど、誰が悪い訳でもない。現に、昴は誰も責めることはせずに、自分自身を責めてしまっている。
「お気遣いなく。事実は事実です。
あの子は、里崎さんの前だとよく笑うのでしょう?」
「ええ。泣いたり、笑ったり、拗ねたり。はじめは警戒心が強く、内面を表さない子だと思いましたが、今は色々な表情を見せてくれます。
だからオレは、昴の……昴くんの居場所になりたいと思っています」
「この家には、あの子の居場所はないと思いますか……」
己の失言に、慶太は顔を顰めた。
昴の父の自嘲を含んだ嘆息が、二人の間にある空気をいっそう重くした。
ふと、シューズボックスの上に飾られた色とりどりの折り紙が目に入る。
輪郭がふわふわした拙いクワガタと、角が尖ったクワガタ。前者の作者は蓮人として、後者の作者は昴か、それとも両親のどちらかなのだろう。
「オレは、あまり立ち入ったことは聞いていません。
ただ、昴はご家族に対する不満をこぼしたことはありません。先ほどお渡ししたアイスを買う時だって、昴は誰がどの味を好むのかきちんと把握していました。蓮人くんはチョコレート、お父さんはラムレーズン、お母さんはストロベリーだと」
慶太は、アイスクリームショップで真剣に商品を選ぶ昴の横顔を思い浮かべた。思わず口元が綻ぶ。
上手に気持ちを整理できていなくても、昴は家族を大切に思っている。だからこそ、この家族には幸せでいてほしい。壊れてほしくない。
一番抜本的な解決方法はわかりきっている。けれど、それを望む人間がどこにもいない以上、対症療法的なやり方しかできない。
慶太は真摯な眼差しを昴の父に向けた。
「若輩者のオレに言われるのは気分がいいことではないと思いますが、あまりご自分を責めないでください」
昴と父親、二人が何より似ているのは自罰的なところだ。理由を自分に求めてばかりいては行き詰まる。
「オレは昴のことが好きです。
繊細で思慮深くて甘えることが下手で、見ているとつい手を差し出してしまいたくなります。大人として知っている、一番楽な道筋を教えてやりたくなる。
ですが、オレはそれが昴にとって良いことだとは思いません。だから、昴の意志を尊重しつつ成長を見守りたいと思っています」
「昴の意志を……」
慶太が言った「好き」には恋愛感情も含まれる。別の表現を用いることも考えたが、嘘偽りない言葉で伝えなければならないと思った。
どちらの意味で取られても構わない。顔を合わせた瞬間に、昴に対する愛情の重さを見抜かれていたような気がする。昴の父が一瞬見せた驚きの表情はおそらく、慶太の見た目に対するものではなかった。
「それは、」
慶太の決意を前に、昴の父は顎に手を添え目を伏せた。
沈黙が慶太の不安を煽る。
リビングからも外からも切り離された玄関が、酷く異様な空間に感じた。背中を汗が伝う。クーラーの冷気はここまで届かない。玄関ドアのすりガラスから差し込む陽の光が慶太の足元をじりじりと焦がした。
「あなたのやさしさを、利用する形になっても?」
残酷な言葉とは裏腹に、その声はかすかに震えていた。数分にも感じた空白は、きっと一分にも満たなかっただろう。無音のように感じていた世界に音が戻る。ドア一枚隔てた向こう側から、蓮人の笑い声が聞こえた。
試されているとは思わない。昴の父が口にしたのは痛切な願いだ。慶太はゆっくりと、子供に言い聞かせるように頷いた。
「昴の幸せに繋がるなら」
0
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
30歳の誕生日、親友にプロポーズされました。
凪
BL
同性婚が認められて10年。世間では同性愛に対する偏見は少なくなってきた。でも結婚自体、俺には関係ないけど…
缶ビール片手に心を許せる親友と一緒に過ごせればそれだけで俺は満たされる。こんな日々がずっと続いてほしい、そう思っていた。
30歳の誕生日、俺は親友のガンちゃんにプロポーズをされた。
「樹、俺と結婚してほしい」
「樹のことがずっと好きだった」
俺たちは親友だったはずだろ。結婚に興味のない俺は最初は断るがお試しで結婚生活をしてみないかと提案されて…!?
立花樹 (30) 受け 会社員
岩井充 (ガンちゃん)(30) 攻め
小説家
片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる