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十七話
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「ねぇ、私も聞いていいかな。どうして、纐纈君は私が右耳聞こえないことを覚えていてくれたの?」
公園を出てバス停に向かいながら問いかけると、纐纈君は一度こちら見て、少しぶっきらぼうに答えた。
「一学期の初めに自己紹介で言ってたから」
「そうだけど、片耳難聴のことなんて、あんまり話さない人はすぐ忘れちゃうものだよ。なのに、纐纈君は色々気にかけてくれたでしょう?」
「特に理由は……。」
「もしかして、纐纈君には片耳難聴の知り合いがいる?」
だとしたら、ものすごく納得できる。
私は片耳難聴の人に会ったことはないけれど、世の中には結構な数いるらしい。できることなら一度くらい、会って話をしてみたいなぁなんて思うのだけれど。
「もしそうなら」
「いや、いない!」
期待するような言い方がよくなかったのか、纐纈君は焦ったようすで強く否定した。
大きな声に頭がキンとして、思わず耳を塞いでしまう。
そんな私を見て、纐纈君は「ごめん」とつぶやき頭を下げた。
「格好悪い話だから、あんまり突っ込まれたくなかったんだ」
「今日の私より格好悪い話なんてそうそうないよ?」
我ながら捨て身な言い方だなと思いつつ覗き込むと、纐纈君は狙い通り複雑な表情を浮かべていた。
角を曲がりバス停が視界に入ったせいか、歩調が緩やかになる。
話してくれる気になったようだ。
「十二月頃、下駄箱のところでパスケースを落としたの、覚えてる?」
「落としもの? あ、誰かが拾って職員室に届けてくれたやつ?
拾ってくれたのって纐纈君だったんだ? ありがとう」
「ああ……」
どうにも歯切れが悪い。不思議に思い「何か問題があった?」と踏み込むと、纐纈君は辛そうに眉を顰めた。
「あの時さ、本当は手渡そうと思ったらすぐにできたんだ。
だけど、落ちてたのが苗木の足元だったから、拾うよりは教えた方がいいと思って「落としてるよ」って声を掛けたんだ。そうしたら、苗木は一瞬こっちを見たんだけど、すみませんって言って気まずそうな顔をしてそのまま逃げるようにその場を立ち去ってさ」
「うわぁ、ごめん。多分、靴を取るのに邪魔だから声を掛けられたと思ったんだ……」
話している内に思い出してきた。
あの日、帰宅時間が遅くなったこともあって下駄箱には誰もいなかった。だから、私は周りを気にすることせずにその場で鞄を漁っていた。
ふと、何か聞こえたような気がして振り向いたら、違うクラスの人が真後ろに立ってたんだ。じっとこっちを見ていたから、長い時間待たせてしまったんだと焦った。無言の圧力を感じて、怖かったからつい……。
「今思うとそうだよな。
だけど、あの時オレはどうしてああいう態度を取られたのかわからなくて、追いかけることもしなかったんだ。どう考えたって、状況的に落ちていたパスケースは苗木のものだったのに」
全然悪いことなんかしてないのに、纐纈君は申し訳なさそうに肩を窄めた。
「後から苗木の耳のことを知って、自分の想像力の無さが情けなくなった」
「いやいや、それは纐纈君の反応が普通だと思う。モヤモヤさせちゃってごめん!
私がちゃんと聴き返すべきだったよ」
「オレも、呼び止めてもう一回話せばよかったと思う。
だから、同じクラスになった時、苗木が困ってたら今度はちゃんと助けようって思ったんだ。それが、オレが苗木のことを気にし出したきっかけだよ」
「そうなんだ……」
しつこくせがんでおいて、碌な感想が言えない自分に腹が立つ。
自分のほっぺたを触ると、また熱くなっていた。
纐纈君にとっては思い出したくないことのようだけれど、私はうれしい。
格好悪くなんかない。後悔をやさしさに変えられる人は素敵だ。
言葉が途切れたまま、私たちはバス停に辿り着いた。
纐纈君が乗るバスと私が乗るバスは行き先が違う。どちらが先に来るかなと時刻表を見ていたら、ちょうど私が乗るバスが遠くに見えた。
「あ、バス来た。じゃあね。今日は本当にありがとう!」
「苗木」
パスケースを手に一歩踏み出すと、急に後ろから手を引かれた。
振り返った瞬間、纐纈君の顔が近付く。
彼は私の右耳に向かって、何かを囁いた。
「え? なんでこっち」
「文化祭が終わったら、もう一回言うよ」
くるりとターンさせられると、そこにはもうバスが到着してた。仕方なく、開いているドアから乗り込む。
席に座ってバス停に視線を向けると、後ろからバスが来ていたらしく纐纈君の姿はもう見えなかった。
公園を出てバス停に向かいながら問いかけると、纐纈君は一度こちら見て、少しぶっきらぼうに答えた。
「一学期の初めに自己紹介で言ってたから」
「そうだけど、片耳難聴のことなんて、あんまり話さない人はすぐ忘れちゃうものだよ。なのに、纐纈君は色々気にかけてくれたでしょう?」
「特に理由は……。」
「もしかして、纐纈君には片耳難聴の知り合いがいる?」
だとしたら、ものすごく納得できる。
私は片耳難聴の人に会ったことはないけれど、世の中には結構な数いるらしい。できることなら一度くらい、会って話をしてみたいなぁなんて思うのだけれど。
「もしそうなら」
「いや、いない!」
期待するような言い方がよくなかったのか、纐纈君は焦ったようすで強く否定した。
大きな声に頭がキンとして、思わず耳を塞いでしまう。
そんな私を見て、纐纈君は「ごめん」とつぶやき頭を下げた。
「格好悪い話だから、あんまり突っ込まれたくなかったんだ」
「今日の私より格好悪い話なんてそうそうないよ?」
我ながら捨て身な言い方だなと思いつつ覗き込むと、纐纈君は狙い通り複雑な表情を浮かべていた。
角を曲がりバス停が視界に入ったせいか、歩調が緩やかになる。
話してくれる気になったようだ。
「十二月頃、下駄箱のところでパスケースを落としたの、覚えてる?」
「落としもの? あ、誰かが拾って職員室に届けてくれたやつ?
拾ってくれたのって纐纈君だったんだ? ありがとう」
「ああ……」
どうにも歯切れが悪い。不思議に思い「何か問題があった?」と踏み込むと、纐纈君は辛そうに眉を顰めた。
「あの時さ、本当は手渡そうと思ったらすぐにできたんだ。
だけど、落ちてたのが苗木の足元だったから、拾うよりは教えた方がいいと思って「落としてるよ」って声を掛けたんだ。そうしたら、苗木は一瞬こっちを見たんだけど、すみませんって言って気まずそうな顔をしてそのまま逃げるようにその場を立ち去ってさ」
「うわぁ、ごめん。多分、靴を取るのに邪魔だから声を掛けられたと思ったんだ……」
話している内に思い出してきた。
あの日、帰宅時間が遅くなったこともあって下駄箱には誰もいなかった。だから、私は周りを気にすることせずにその場で鞄を漁っていた。
ふと、何か聞こえたような気がして振り向いたら、違うクラスの人が真後ろに立ってたんだ。じっとこっちを見ていたから、長い時間待たせてしまったんだと焦った。無言の圧力を感じて、怖かったからつい……。
「今思うとそうだよな。
だけど、あの時オレはどうしてああいう態度を取られたのかわからなくて、追いかけることもしなかったんだ。どう考えたって、状況的に落ちていたパスケースは苗木のものだったのに」
全然悪いことなんかしてないのに、纐纈君は申し訳なさそうに肩を窄めた。
「後から苗木の耳のことを知って、自分の想像力の無さが情けなくなった」
「いやいや、それは纐纈君の反応が普通だと思う。モヤモヤさせちゃってごめん!
私がちゃんと聴き返すべきだったよ」
「オレも、呼び止めてもう一回話せばよかったと思う。
だから、同じクラスになった時、苗木が困ってたら今度はちゃんと助けようって思ったんだ。それが、オレが苗木のことを気にし出したきっかけだよ」
「そうなんだ……」
しつこくせがんでおいて、碌な感想が言えない自分に腹が立つ。
自分のほっぺたを触ると、また熱くなっていた。
纐纈君にとっては思い出したくないことのようだけれど、私はうれしい。
格好悪くなんかない。後悔をやさしさに変えられる人は素敵だ。
言葉が途切れたまま、私たちはバス停に辿り着いた。
纐纈君が乗るバスと私が乗るバスは行き先が違う。どちらが先に来るかなと時刻表を見ていたら、ちょうど私が乗るバスが遠くに見えた。
「あ、バス来た。じゃあね。今日は本当にありがとう!」
「苗木」
パスケースを手に一歩踏み出すと、急に後ろから手を引かれた。
振り返った瞬間、纐纈君の顔が近付く。
彼は私の右耳に向かって、何かを囁いた。
「え? なんでこっち」
「文化祭が終わったら、もう一回言うよ」
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