最近のよくある乙女ゲームの結末

叶 望

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番外編 アレクサンデルの再起

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 クリスティーナから受諾の返事を受けて、アレクサンデルは浮足の立つような気分で城へと戻った。だが、浮かれたままでは説得など出来るはずもない為、少しだけ気持ちを落ち着かせてから両親へ報告に向かう。

「今、何て言ったの?アレクサンデル……。」

「ですから、クリスティーナが結婚の申し出を承諾してくれたと申し上げました。」

 頭を抱える王妃にアレクサンデルはもう一度同じ言葉を繰り返した。あり得ないという表情をありありと浮かべて王妃はアレクサンデルを見た。

「私達はもう、後押しなどはできません。分かっていますね?」

 一度反故にしたものを再び元に戻したい。これをすぐに認めてしまう事は国を背負う者としてあり得ない。
 だからこそ、王妃は自分たちが認めざるを得ない程の状況を自分で作り出せと言っているのだ。

「分かっています。ただ、必要な準備が出来たなら、認めていただけますか?」

「お前にその覚悟があるのなら、見せてみなさい。」

 それ以上の言葉は貰えなかったが、認めるとは断言していないものの考慮する余地があることにほっと息をつく。王妃の言葉に国王も黙って頷いた。
 アレクサンデルは二人に報告が終わった後で向かった先はこの国の政治を司る宰相の元だ。すでに時間を取って貰えるようにお願いしてある。
 話を聞いた宰相は難しい顔をして考え込むとテーブルの上をとんとんと指で数回叩く。そして、やっと口を開いた。

「殿下、我が国が今、他国にどのように思われているのかご理解いただけていますか?」

「私の行動のせいで色々と迷惑をかけていることは理解している。」

「いいえ、分かっておいでではないようだ。本来、婚約とは契約です。契約は信用の元に成り立つもの。殿下はそれを大々的に反故になされた。他国から我が国は信用を失っている状態なのです。今はまだ陛下がいらっしゃるから大きな問題にはなっていませんが、次期国王である殿下が継いだ時、果たして我が国を信用しても良いのかどうか試されている事になります。そして、今、反故にしたものを再び元に戻そうとしている。これでは信用ならないとご自身で宣言するようなものですよ?普通に考えて認められるはずがない。国にも民にも示しがつきません。」

 宰相の言葉は最もで、アレクサンデルは反論の余地はない。

「それでも、私はクリスティーナを諦めたくはない……。」

 声が多少小さくなってしまっているのは無理もないだろう。国を思えばアレクサンデルが取ろうとしている行動はとても褒められたものではない。
 その苦悩している表情をアレクサンデルから読み取った宰相はごほんと一つ咳払いをした。

「これはあくまで国として考えての私の意見です。ですが、殿下をただの一人の男性として考えた場合、愛する人を諦めたくない気持ちは私も同じ男ですから良く分かります。勿論、子を持つ父としても同様です。きっと両陛下も同じ気持ちなのでしょう。それだけクリスティーナ様は認められていましたから。」

「宰相……。」

「私に言えるのは、殿下であればどうすれば周囲の貴族たちの気持ちを動かし認められるようになるのか…すでに分かっているのではないですか?それならば、それを信じて貫くしかありますまい。多くの貴族が賛同すれば、国も殿下とクリスティーナ様の婚約を認めざるを得なくなるでしょう。勿論、簡単なことではありませんが。」

「ありがとう。感謝する。」

「……殿下一つだけ、女性とは噂が大好きです。特に色恋沙汰は。」

「必ず認めて貰えるように努力する。皆が賛同してくれたら協力してほしい。」

「考慮しておきましょう。」

 宰相の言葉もまた、同じ形で締めくくられた。
 この先の努力はアレクサンデル一人ではできない。クリスティーナが体調を戻し落ち着いてきた頃を見計らって共に奔走することになる。

「殿下が決められたのであれば従うまでですわ。」

 そう告げたのは社交界の中でも特に発言力があり、おしゃべりが大好きな婦人として知られているマデリン伯爵夫人だ。

「違うのだ。命令ではなく、認めて貰いたいと考えている。」

 王太子からのお願いなど命令に他ならない。多くの貴族に声をかけるも返ってくるのはこういった素っ気ない返事ばかり。

 そこで、アレクサンデルは方向性を変えた。

 ただ、真摯に認めて貰うだけでは足りない。

 宰相のアドバイスに従ってマデリン伯爵夫人の元へクリスティーナを伴って会いに来ていた。

「まあ、殿下。認めて貰いたいなんて一言命じれば済む話ではありませんか。」

「……あれは彼女が倒れたという話を耳にした時の事だ。」

 突然アレクサンデルはクリスティーナが倒れた時の事を話しだした。突然話を始めたアレクサンデルにクリスティーナも目を丸くしている。
 だが、クリスティーナの表情はみるみる真っ赤に染まり顔から湯気が出そうなほどになる。

「だから、私はもう彼女を手放すことなど出来ないと思い、彼女に結婚の申し出をしたのだ。」

 アレクサンデルが話を終える頃にはクリスティーナは恥ずかしさのあまり穴があったら入りたい気分になっていただろう。俯いてぷるぷると震えているが耳まで赤く染まっているのを見れば、誰もが気が付く。
 そんなクリスティーナを見てマデリン伯爵夫人は喜色をにじませてクリスティーナの両手をそっと握った。

「まぁ、ではクリスティーナ様は殿下の求婚を受け入れたのですね。」

 小さく頷いたクリスティーナにマデリン伯爵夫人はにっこりと微笑んだ。

 その後、社交界ではアレクサンデルとクリスティーナの話で大いに盛り上がることになった。アレクサンデルの葛藤とクリスティーナの献身的な愛、そしてかつての学院での話も交えていつしか壮大な愛の物語へと誇張され広がっていく。
 その話を耳にするたびにクリスティーナは頬を染め、アレクサンデルはそんな愛おしい彼女を支え続けた。二人は社交界でも公認の仲となり、少しずつではあるがアレクサンデルに向けられる厳しい視線は軟化していっているように思われた。

 そんなある時、アレクサンデルはファーメル王国のエルン王子が留学から帰ってくるという話を聞いたのだ。その時に感じた心の騒めきはじわじわとアレクサンデルを蝕むことになる。

 エルン王子はアレクサンデルがクリスティーナと以前婚約しているときに出会っている。
 姉のジュリア殿下はクリスティーナを一目見て気に入り、常々自分が男であったなら嫁にしたのにとアレクサンデルに文句を言っていたものだ。
 幼いエルン王子もクリスティーナには懐いており、よく一緒に遊んでいたのを思い出す。小さなお茶会と称したおままごとでは必ずエルン王子がクリスティーナに妻の役をやらせたものだ。
 幼い王子がクリスティーナと共に遊ぶ様子は見ていて微笑ましいものがあったはずなのに、今の自分は一体何を焦っているのだろう。
 あの時は何も思わなかったアレクサンデルだが、じわじわと込み上げてくる何かに焦りを感じる。クリスティーナとの婚約は未だ認められていない。

 落ち着かないのはそのせいだろうか。

 多くの貴族から信望を集めているクリスティーナはいつでも社交界の話題の的だ。一時期離れていたが、彼女が社交の場に戻ってしまえばすぐにそんな事は無かったかのように注目を浴びる。

 美しさ、気品、どれをとっても彼女以上の女性は居ない。

 この気持ちは一体何なのだろう。

 アレクサンデルはしばらくその感情に気が付かないままだった。だが、焦りは募るばかり。クリスティーナを見れば一瞬落ち着くものの、すぐに不安な気持ちが込み上げてくる。
 そしてとうとうアレクサンデルはもう一度両親に婚約の話をすることにした。

 婚約さえすればこの気持ちも収まるような気がしたからだ。

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