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「ごめん、ルネ。明日からはルネが届けにいってくれる?」
「え?」
お弁当を騎士団のテントに届けに行ったケイさんが顔色を悪くして帰ってきた。どうやら向こうで何かあったようだった。
「どうかしたんですか?」
「……元夫がいた」
「へっ? 旦那さんは王都の第一騎士団ですよね? こんな田舎街に?」
「しかも団長までいたの。知らされていないだけで今回の魔獣は半端なく大物よ」
「わかりました! 明日からは私が行きますね。気にしないでください」
魔獣退治を専門とする騎士団は各街に存在する。(サーバルは街の騎士団に所属している)大抵小さな魔獣は街の騎士団で退治できるのだが大物の場合は稀に王都から精鋭部隊が派遣される。その中でも第一騎士団は別格なのでこんな田舎に派遣されたとなるとそれほどの大物が現れたという事なのだろう。
「……あの、そんな会話をしている二人に申し訳ないんだけどお弁当箱の回収もしたいから夕方の開店までにはもう一度行ってもらうことになるわよ?」
「大丈夫です! 私が行ってきます。逆にそんな大物の相手ならサーバルさんは逆にいないでしょう」
「ごめんね。ルネ」
一度引き受けたのにと済まなさそうに言うケイさんから笑って引き受けると慌ただしいランチタイムを経て午後の仕込みをしてから騎士団のテントに向かった。
「すみませーん」
テントに声をかけたけれど誰もいないようだった。仕方ないのでどこかに食べ終わったお弁当箱を置いているだろうとテントの周りを探してみた。
一番森に近いテントが一番大きくて、そこの周りも見て見ようと足を運んだ。
グルル……
テントの裏から低い声が聞こえたと同時に生臭い匂いがした。ここからは危険だと私の勘が言っていた。早く後ろに下がって逃げないと、と頭では分かっていても実際は足がすくんで動けなかった。その時、後ろからガシリと口を押えられながら体を拘束された。
「声をだすな」
「んっ」
恐ろしさに身をすくめる。拘束してきた男は私が声を出さないと分かったのか口元からは手を離した。
「いいか。真っ直ぐ走るんだ。決して振り向くな」
男はそう言うと私の身体を反転させた。振り向かずに、走る。走らないと。
「走れ!」
男が叫んだと同時に私はガクガクしている足を動かして走った。すぐ後ろでゴウッと火を噴く音がして男が私の後ろで魔法を使ったのが分かった。
足を前に出して
走らないと
いつもなら真っ直ぐ走れるのに足が震えて視界が揺れる
焦れば焦るほど足がもたつく。
聞きたくないぐちゃぐちゃという音と鼻が曲がるような焦げた汚物のような匂い。
振り返らなくても『魔獣』なんだと分かった。魔獣とは死にきれなかった怨念のような存在。この世に未練と恨みをもち、死にたくとも死ねない獣になった元獣人……。
怖くて涙が出てくる。
でも
走らないと。
「あっ!」
それまで何とか走れていたのにつまずいて身体が傾いた。地面に落ちるところをスローモーションのように感じているとグッと腰を掴まれた。
「ぐっ」
その瞬間私は誰かに担がれていた。成人した女を腕一本で抱えて男は私が走るよりも何倍も早く走った。
「もう少し我慢しろ」
それだけ言って男はもう片方の手から魔法を展開して後ろの魔獣に火を放っていた。
上位種が凄いとは聞いていたが、こんなにも、凄いなんて。
大人しくすることが今自分の出来る最善の事だと思ってジッと我慢して男の身体の揺れに体を預けた。
「そこで隠れていろ。声をかけるまで出てくるな」
岩の裏の隙間に私を押し込んだ男はそう言うといなくなった。私は怖くて膝を抱えてブルブルと震えていた。魔獣はこの世に恨みを持った獣人のなれの果てだと言われている。数百年前に『奴隷制度』というものが普通にあって生まれた時から奴隷と決められた人たちがいた。それはもう酷い扱いだったようだ。ある日、奴隷の中に強い魔力を持つものが産まれた。けれどもそれは歪んだ魔力で獣人の性質を異質に変える能力を持っていたという。そしてその果てに『魔獣』が産まれたと言われている。
バシュッと風をきるような音、何かをつぶすような音。怖くて耳を伏せて縮こまっていた。
「もう、大丈夫だ」
そう、声をかけられたのは数十分だったかもしれないし、数分だったのかもしれない。時間の感覚すら図ることが出来なかった。私はやっと顔を上げることが出来た。
「……」
見上げた先には話にしか聞いたことのない竜種がいた。艶やかな漆黒の髪は先の方で少しウェーブしていた。縦に割れる金色の瞳。恐ろしく整った作り物のような顔。私は絶句するしかなかった。
――こんなにも美しい人が世の中に存在するなんて。
「泣いていたのか?」
その男は黒い手袋を外すと私の目の下を拭った。その動作は酷く優しいものだった。ドクリと心臓が跳ねるのを感じた。 岩の隙間から出るように手を引かれ、でも情けないことに腰が抜けたようであるくことが出来なかった。
「ま、魔獣は……」
「大丈夫だ。倒した」
その言葉にホッとすると男が私を見て微笑んだ。
「よく頑張って走ったな」
頭を撫でられて引っ込んでいた涙が溢れ出てしまった。止めることが出来ずに泣いていると男が背中をさすってくれた。初めて会う人にさせるようなことではなかったけれど、酷く怖かったのもあってとても安心できた。
「俺はガイという。君は?」
「ル、ルネっていいます。あ、あの、助けていただいてありがとうございました」
「いや、それは助けられて良かったんだが、どうしてあそこに? 野営地に来るなんて危険だ」
「あの、近くのバルで働いているんです。お弁当箱の回収に来ていたんです」
「もしかして配達を頼んだ奴がいるのか?」
「え、と。届けるようにと」
「なんてことを! あ、いや、ルネに怒ったんじゃない。気にしないでくれ。明日からは取りに行かせるし、弁当箱も返しに行くように言うから大丈夫だ」
「あ、ありがとうございます。あ、あの、その、もう大丈夫です」
撫でてもらうのが心地よすぎて甘えてしまっていて恥ずかしかった。それからガイ様はとても親切でお弁当箱を持ってくれて店まで私を送ってくれた。ガイ様と別れた後も私は何だか体が地面から浮いているような気分になった。
――とても素敵な人だった。
助けてくれて、強くて、しかもとても優しかった。飛び切りの美男子で竜種というのはすごいのだなぁって改めて思った。
「え?」
お弁当を騎士団のテントに届けに行ったケイさんが顔色を悪くして帰ってきた。どうやら向こうで何かあったようだった。
「どうかしたんですか?」
「……元夫がいた」
「へっ? 旦那さんは王都の第一騎士団ですよね? こんな田舎街に?」
「しかも団長までいたの。知らされていないだけで今回の魔獣は半端なく大物よ」
「わかりました! 明日からは私が行きますね。気にしないでください」
魔獣退治を専門とする騎士団は各街に存在する。(サーバルは街の騎士団に所属している)大抵小さな魔獣は街の騎士団で退治できるのだが大物の場合は稀に王都から精鋭部隊が派遣される。その中でも第一騎士団は別格なのでこんな田舎に派遣されたとなるとそれほどの大物が現れたという事なのだろう。
「……あの、そんな会話をしている二人に申し訳ないんだけどお弁当箱の回収もしたいから夕方の開店までにはもう一度行ってもらうことになるわよ?」
「大丈夫です! 私が行ってきます。逆にそんな大物の相手ならサーバルさんは逆にいないでしょう」
「ごめんね。ルネ」
一度引き受けたのにと済まなさそうに言うケイさんから笑って引き受けると慌ただしいランチタイムを経て午後の仕込みをしてから騎士団のテントに向かった。
「すみませーん」
テントに声をかけたけれど誰もいないようだった。仕方ないのでどこかに食べ終わったお弁当箱を置いているだろうとテントの周りを探してみた。
一番森に近いテントが一番大きくて、そこの周りも見て見ようと足を運んだ。
グルル……
テントの裏から低い声が聞こえたと同時に生臭い匂いがした。ここからは危険だと私の勘が言っていた。早く後ろに下がって逃げないと、と頭では分かっていても実際は足がすくんで動けなかった。その時、後ろからガシリと口を押えられながら体を拘束された。
「声をだすな」
「んっ」
恐ろしさに身をすくめる。拘束してきた男は私が声を出さないと分かったのか口元からは手を離した。
「いいか。真っ直ぐ走るんだ。決して振り向くな」
男はそう言うと私の身体を反転させた。振り向かずに、走る。走らないと。
「走れ!」
男が叫んだと同時に私はガクガクしている足を動かして走った。すぐ後ろでゴウッと火を噴く音がして男が私の後ろで魔法を使ったのが分かった。
足を前に出して
走らないと
いつもなら真っ直ぐ走れるのに足が震えて視界が揺れる
焦れば焦るほど足がもたつく。
聞きたくないぐちゃぐちゃという音と鼻が曲がるような焦げた汚物のような匂い。
振り返らなくても『魔獣』なんだと分かった。魔獣とは死にきれなかった怨念のような存在。この世に未練と恨みをもち、死にたくとも死ねない獣になった元獣人……。
怖くて涙が出てくる。
でも
走らないと。
「あっ!」
それまで何とか走れていたのにつまずいて身体が傾いた。地面に落ちるところをスローモーションのように感じているとグッと腰を掴まれた。
「ぐっ」
その瞬間私は誰かに担がれていた。成人した女を腕一本で抱えて男は私が走るよりも何倍も早く走った。
「もう少し我慢しろ」
それだけ言って男はもう片方の手から魔法を展開して後ろの魔獣に火を放っていた。
上位種が凄いとは聞いていたが、こんなにも、凄いなんて。
大人しくすることが今自分の出来る最善の事だと思ってジッと我慢して男の身体の揺れに体を預けた。
「そこで隠れていろ。声をかけるまで出てくるな」
岩の裏の隙間に私を押し込んだ男はそう言うといなくなった。私は怖くて膝を抱えてブルブルと震えていた。魔獣はこの世に恨みを持った獣人のなれの果てだと言われている。数百年前に『奴隷制度』というものが普通にあって生まれた時から奴隷と決められた人たちがいた。それはもう酷い扱いだったようだ。ある日、奴隷の中に強い魔力を持つものが産まれた。けれどもそれは歪んだ魔力で獣人の性質を異質に変える能力を持っていたという。そしてその果てに『魔獣』が産まれたと言われている。
バシュッと風をきるような音、何かをつぶすような音。怖くて耳を伏せて縮こまっていた。
「もう、大丈夫だ」
そう、声をかけられたのは数十分だったかもしれないし、数分だったのかもしれない。時間の感覚すら図ることが出来なかった。私はやっと顔を上げることが出来た。
「……」
見上げた先には話にしか聞いたことのない竜種がいた。艶やかな漆黒の髪は先の方で少しウェーブしていた。縦に割れる金色の瞳。恐ろしく整った作り物のような顔。私は絶句するしかなかった。
――こんなにも美しい人が世の中に存在するなんて。
「泣いていたのか?」
その男は黒い手袋を外すと私の目の下を拭った。その動作は酷く優しいものだった。ドクリと心臓が跳ねるのを感じた。 岩の隙間から出るように手を引かれ、でも情けないことに腰が抜けたようであるくことが出来なかった。
「ま、魔獣は……」
「大丈夫だ。倒した」
その言葉にホッとすると男が私を見て微笑んだ。
「よく頑張って走ったな」
頭を撫でられて引っ込んでいた涙が溢れ出てしまった。止めることが出来ずに泣いていると男が背中をさすってくれた。初めて会う人にさせるようなことではなかったけれど、酷く怖かったのもあってとても安心できた。
「俺はガイという。君は?」
「ル、ルネっていいます。あ、あの、助けていただいてありがとうございました」
「いや、それは助けられて良かったんだが、どうしてあそこに? 野営地に来るなんて危険だ」
「あの、近くのバルで働いているんです。お弁当箱の回収に来ていたんです」
「もしかして配達を頼んだ奴がいるのか?」
「え、と。届けるようにと」
「なんてことを! あ、いや、ルネに怒ったんじゃない。気にしないでくれ。明日からは取りに行かせるし、弁当箱も返しに行くように言うから大丈夫だ」
「あ、ありがとうございます。あ、あの、その、もう大丈夫です」
撫でてもらうのが心地よすぎて甘えてしまっていて恥ずかしかった。それからガイ様はとても親切でお弁当箱を持ってくれて店まで私を送ってくれた。ガイ様と別れた後も私は何だか体が地面から浮いているような気分になった。
――とても素敵な人だった。
助けてくれて、強くて、しかもとても優しかった。飛び切りの美男子で竜種というのはすごいのだなぁって改めて思った。
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