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第4章:呼び名
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教室の窓から、うるさいほどのセミの鳴き声が響いていた。
席で前の授業の復習をしていた沢井のもとへ、西村が腕を
組みながら近づいてきた。
「ねえ、アッコ、ちょっといい?昨日の話なんだけど」
沢井は教科書を閉じ、西村の正面に座った。
西村は続けた。
「あれから、3人で練習について話し合ったの」
「彼、『サッカー部のことは僕の範囲で、沢井さんには関係ないです』
って主張して、今までなかった土曜日の練習を追加するように
愛瀬を説得しちゃったの」
「まあ、しっちゃんが決めたことは滅多に引っ込めないけど、
アッコからもう一度聞いてみて」
沢井は、松岡の気遣いが少し照れくさく、でも嬉しくて、
「うん、いいよ」
と答えた。
続いて、西村は沢井の顔を見ながら言った。
「今日はリップしてないんだ」
「まあ、アッコの自由だけど、前に言いそびれたこと、
言っておくね」
「しっちゃんにあんまり興味持たない方がいいよ。
彼、中学からずっとミッチに片思いしているから」
「じゃあ、練習のこと頼むね」
数日後の資料室。
松岡が資料を抱えて部屋に入ると、沢井は机の上の
資料を広げずに待っていた。
松岡が席につくと、沢井は真剣な眼差しで見つめながら言った。
「松岡くん。始める前に、話があるの。聞いてくれる?」
松岡は姿勢を正しながら答えた。
「なんか重大そうな話かな。いいよ」
沢井は少し席を近づけて言った。
「サッカーの練習のこと。やっぱり、平日に練習した方が
いいと思うの」
松岡は途中で遮って聞いた。
「平日?誰かに土曜の練習のことを聞いたのか?…のりっぺだな」
沢井は少し目を伏せながら答えた。
「うん。でも、のりっぺはサッカー部や松岡くんのことを考えて…」
松岡は少し強い口調で言った。
「この件はアルバム作成作業とは関係ない。沢井さんの
作業を増やすつもりは毛頭ない。沢井さんも受験が
あるだろう」
「あくまでも部活は僕の問題。沢井さんは気にしなくていい」
「この件は、これでおしまい。のりっぺには言っておく」
沢井は、きつい口調に少し驚いたがしばらく考え、答えた。
「うん、わかった。松岡くんも筑波大学の受験勉強、がんばってね」
松岡の受験校を沢井が知っていたことに驚いたのだろう。
その件には触れず、
「さあ、アルバムのレイアウトに取り掛かろう」
と続けた。
作業中、沢井はふと手を止めて松岡の横顔を見つめた。
気づかれないようにそっと視線を戻し、そんな自分を
隠すように、また手を動かした。
松岡に惹かれつつある自分に気づかないふりをして。
数日後、
次週から中間試験が始まるため、アルバム作成作業は今日で
一時停止と決めていた。机の上には、まだ整理されていない
写真とレイアウト案が広がっていた。
暑さを和らげるためにドアが開け放たれ、部屋の明かりが
外に溢れていた。静かな空気の中、紙をめくる音だけが
響いていた。
沢井は写真を見ながら口を開いた。
「このページ、もう少し余白を作ったほうが見やすいかも
しれないね」
松岡は頷きながら答えた。
「そうだな。こっちに寄せたら視線が流れるし…沢井さんの方が、
美術的センスあるかもな」
沢井は少し照れたように微笑んだ。
「ありがとう。でも…ちょっと無難すぎて、印象に
残らないかも」
松岡は優しく言った。
「いや、僕は好きだよ。全体に落ち着きがあるし。
沢井さんは落ち着いたセンスだよね」
松岡が写真を手に取って言った。
「これ、二年の時の文化祭だね」
沢井は写真を覗き込みながら言った。
「あ…小林さんが写っているね」
沢井の声は少し上ずった。それに気づかれないよう、
慌てて続けた。
「小林さんって…かわいいよね」
松岡は写真を見つめながら答えた。
「うん。写真写りもいいし、性格もよくて…ちょっと派手だけど」
松岡は別の写真を手に取り、沢井に見せた。
「こっちに沢井さんの写真もあるよ。これも入れない?」
沢井は少し間を置いて言った。
「小林さんに似ているって言われたことがある」
「毎週こうして一緒に作業しているの、私なんだよね」
茶化すように
「松岡くん、小林さんと一緒にいる気分だった?
だったら、ちょっと期待外れだったかもね」
そう 言った瞬間、自分が何を言っているのか分からなくなり、
続けた。
「だから、小林さんの写真だけで十分じゃない?
私なんて、載せなくても…」
「小林さんは、私に似ているなんて言われたことないと思う。
全然比較にならないもん」
松岡は何も言わなかった。ただ、机の上の写真を黙って見つめていた。
ちょうどその時、廊下を誰か通りかかった。小林だった。
教室を覗き、二人の様子を眺めたあと、軽やかに声を
かけてきた。
「しっちゃん、何してるの?」
松岡は笑いながら答えた。
「アルバム委員だよ。今はレイアウトの調整中。
ミッチの写真も載っているよ」
小林は教室を見回して言った。
「いっしょにいるのは…沢井さん?へぇ~、意外な組み合わせ」
「沢井さん、しっちゃんのこと教えてあげるね」
「サッカー部のキャプテンは知っているでしょ」
「意外と勉強もできるの。私といつも上位をせっているのよ。
生意気に」
「しっちゃんって、サッカーだけじゃなくてギターもできるの
知っていた?」
一呼吸おいて、沢井の様子を探るように続けた。
「あと、結構人気あって。うちの部の一年生が熱を上げて
騒いでいる」
「しっちゃん、全然相手しないんだもん。」
松岡は困ったように笑った。
「え?騒いでいるって?ミッチ。嘘だろう。よく話にはくるけど」
小林は軽く手を振って言った。
「沢井さんに教えているの。じゃ、がんばってね~!」
小林は何かを確かめるように二人を見つめた後、足早に
去っていった。小林が去ったあと、教室に静寂が戻った。
沢井は、さっきのやりとりを黙って思い返していた。
(初めて話した。噂通りの人。誰にでも声をかけられる空気。
松岡くんとは『あだ名』で呼び合っていたなぁ。
でも私は『沢井さん』かぁ)
開きかけた心が、風に吹かれ、小さく揺れている。
小林は着替えのためロッカー室にいた。後輩の部員が
「ミッチー先輩、お疲れさまでした」
と挨拶しながら出ていく。
「勉強もちゃんとするのよ」
と返事しながら、別のことを考えていた。
(あの子が沢井さんか。初めて近くで見たけど…男子が
騒ぐのもわかるなあ。あんな瞳でじっと見つめられたら)
小林は鏡の前で髪を整えながら、ふと微笑んだ。
(でも、しっちゃんはどう思っているんだろう。
あの空気、ちょっと気になった)
席で前の授業の復習をしていた沢井のもとへ、西村が腕を
組みながら近づいてきた。
「ねえ、アッコ、ちょっといい?昨日の話なんだけど」
沢井は教科書を閉じ、西村の正面に座った。
西村は続けた。
「あれから、3人で練習について話し合ったの」
「彼、『サッカー部のことは僕の範囲で、沢井さんには関係ないです』
って主張して、今までなかった土曜日の練習を追加するように
愛瀬を説得しちゃったの」
「まあ、しっちゃんが決めたことは滅多に引っ込めないけど、
アッコからもう一度聞いてみて」
沢井は、松岡の気遣いが少し照れくさく、でも嬉しくて、
「うん、いいよ」
と答えた。
続いて、西村は沢井の顔を見ながら言った。
「今日はリップしてないんだ」
「まあ、アッコの自由だけど、前に言いそびれたこと、
言っておくね」
「しっちゃんにあんまり興味持たない方がいいよ。
彼、中学からずっとミッチに片思いしているから」
「じゃあ、練習のこと頼むね」
数日後の資料室。
松岡が資料を抱えて部屋に入ると、沢井は机の上の
資料を広げずに待っていた。
松岡が席につくと、沢井は真剣な眼差しで見つめながら言った。
「松岡くん。始める前に、話があるの。聞いてくれる?」
松岡は姿勢を正しながら答えた。
「なんか重大そうな話かな。いいよ」
沢井は少し席を近づけて言った。
「サッカーの練習のこと。やっぱり、平日に練習した方が
いいと思うの」
松岡は途中で遮って聞いた。
「平日?誰かに土曜の練習のことを聞いたのか?…のりっぺだな」
沢井は少し目を伏せながら答えた。
「うん。でも、のりっぺはサッカー部や松岡くんのことを考えて…」
松岡は少し強い口調で言った。
「この件はアルバム作成作業とは関係ない。沢井さんの
作業を増やすつもりは毛頭ない。沢井さんも受験が
あるだろう」
「あくまでも部活は僕の問題。沢井さんは気にしなくていい」
「この件は、これでおしまい。のりっぺには言っておく」
沢井は、きつい口調に少し驚いたがしばらく考え、答えた。
「うん、わかった。松岡くんも筑波大学の受験勉強、がんばってね」
松岡の受験校を沢井が知っていたことに驚いたのだろう。
その件には触れず、
「さあ、アルバムのレイアウトに取り掛かろう」
と続けた。
作業中、沢井はふと手を止めて松岡の横顔を見つめた。
気づかれないようにそっと視線を戻し、そんな自分を
隠すように、また手を動かした。
松岡に惹かれつつある自分に気づかないふりをして。
数日後、
次週から中間試験が始まるため、アルバム作成作業は今日で
一時停止と決めていた。机の上には、まだ整理されていない
写真とレイアウト案が広がっていた。
暑さを和らげるためにドアが開け放たれ、部屋の明かりが
外に溢れていた。静かな空気の中、紙をめくる音だけが
響いていた。
沢井は写真を見ながら口を開いた。
「このページ、もう少し余白を作ったほうが見やすいかも
しれないね」
松岡は頷きながら答えた。
「そうだな。こっちに寄せたら視線が流れるし…沢井さんの方が、
美術的センスあるかもな」
沢井は少し照れたように微笑んだ。
「ありがとう。でも…ちょっと無難すぎて、印象に
残らないかも」
松岡は優しく言った。
「いや、僕は好きだよ。全体に落ち着きがあるし。
沢井さんは落ち着いたセンスだよね」
松岡が写真を手に取って言った。
「これ、二年の時の文化祭だね」
沢井は写真を覗き込みながら言った。
「あ…小林さんが写っているね」
沢井の声は少し上ずった。それに気づかれないよう、
慌てて続けた。
「小林さんって…かわいいよね」
松岡は写真を見つめながら答えた。
「うん。写真写りもいいし、性格もよくて…ちょっと派手だけど」
松岡は別の写真を手に取り、沢井に見せた。
「こっちに沢井さんの写真もあるよ。これも入れない?」
沢井は少し間を置いて言った。
「小林さんに似ているって言われたことがある」
「毎週こうして一緒に作業しているの、私なんだよね」
茶化すように
「松岡くん、小林さんと一緒にいる気分だった?
だったら、ちょっと期待外れだったかもね」
そう 言った瞬間、自分が何を言っているのか分からなくなり、
続けた。
「だから、小林さんの写真だけで十分じゃない?
私なんて、載せなくても…」
「小林さんは、私に似ているなんて言われたことないと思う。
全然比較にならないもん」
松岡は何も言わなかった。ただ、机の上の写真を黙って見つめていた。
ちょうどその時、廊下を誰か通りかかった。小林だった。
教室を覗き、二人の様子を眺めたあと、軽やかに声を
かけてきた。
「しっちゃん、何してるの?」
松岡は笑いながら答えた。
「アルバム委員だよ。今はレイアウトの調整中。
ミッチの写真も載っているよ」
小林は教室を見回して言った。
「いっしょにいるのは…沢井さん?へぇ~、意外な組み合わせ」
「沢井さん、しっちゃんのこと教えてあげるね」
「サッカー部のキャプテンは知っているでしょ」
「意外と勉強もできるの。私といつも上位をせっているのよ。
生意気に」
「しっちゃんって、サッカーだけじゃなくてギターもできるの
知っていた?」
一呼吸おいて、沢井の様子を探るように続けた。
「あと、結構人気あって。うちの部の一年生が熱を上げて
騒いでいる」
「しっちゃん、全然相手しないんだもん。」
松岡は困ったように笑った。
「え?騒いでいるって?ミッチ。嘘だろう。よく話にはくるけど」
小林は軽く手を振って言った。
「沢井さんに教えているの。じゃ、がんばってね~!」
小林は何かを確かめるように二人を見つめた後、足早に
去っていった。小林が去ったあと、教室に静寂が戻った。
沢井は、さっきのやりとりを黙って思い返していた。
(初めて話した。噂通りの人。誰にでも声をかけられる空気。
松岡くんとは『あだ名』で呼び合っていたなぁ。
でも私は『沢井さん』かぁ)
開きかけた心が、風に吹かれ、小さく揺れている。
小林は着替えのためロッカー室にいた。後輩の部員が
「ミッチー先輩、お疲れさまでした」
と挨拶しながら出ていく。
「勉強もちゃんとするのよ」
と返事しながら、別のことを考えていた。
(あの子が沢井さんか。初めて近くで見たけど…男子が
騒ぐのもわかるなあ。あんな瞳でじっと見つめられたら)
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