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第9章:恋人たちの帰り道(プロローグ)
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ヒグラシの鳴き声が
「かなかな」
と聞こえる頃。サッカー部部室と顧問室の掃除を終え、
汗を拭きながら、西村が戸締りを終え、一息麦茶を飲み干した。
「花火大会は楽しかったけど、後始末は私ばっかりか……」
ため息をつき、カバンを持って歩き始めた。
西村は、高校から宝塚へと続く、木々が連なる小道を、
考え事をするときによく歩いて帰る。
このバス道に並行して縫うように続く小道は、学生たちから
「恋人たちの帰り道」
と呼ばれている。
カップルが二人でこの道を帰ると、長続きすると言われているからだ。
西村は中学時代のことを思い出していた。
「あの頃は、ミッチ、シュート、しっちゃんと私で、
いつも一緒に遊んでいたなぁ」
春にはハイキング、夏には花火いつも一緒に行動していた。
ミッチとシュートが付き合い始め、私も
「しっちゃん」
に告白したことがある。
「ミッチが好きだから」
そう断られたことが、胸に浮かんだ。あの時は、そんなに辛くなかった。
まだ子供だったし、ミッチとシュートが羨ましいという気持ちも
あったから。
「シュートは急な病気で、天に召されてしまった。
病室でシュートは、私としっちゃんにこう言った。
『ミッチが俺のことを早く忘れられるよう、二人で支えてやってほしい』
と。そう言い残して、天国へ旅立ったんだ」
あれから三年。シュートが欠けたこと以外は、何もなかったかのように
元に戻った。高校になってサッカー部のマネージャになった。
やっぱり、しっちゃんのそばにいたかったから。
家に着く頃は、早めの鈴虫の鳴き声が聞こえていた。
資料室
「この前は、楽しかった?」
と松岡が部屋に入ってきた。
「うん。楽しかった。夏休みのいい思い出になったよ」
と先に待っていた、沢井が明るい声で答えた。
「じゃあ、休みでサボっていた分、エンジンかけるか!」
そう言う松岡に、沢井は少し拗ねたように答えた。
「サボってなんかないよ。休養していただけだよ。
愛瀬に『休みも勉強のうちだ』って言われたもん」
ぺろっと舌を出して見せる。
ゆっくりと作業を進め、
「今日はこの辺にしとこうか。疲れてない?」
と顔を覗き込みながら尋ねた。
沢井は少しおどけて、
「大丈夫だよ。意外とタフなんだから!」
と答えた。
アルバムを閉じながら、沢井はぽつりと呟いた。
「卒業したら、こんなふうに隣に座ることもなくなっちゃうんだね」
恥じらいながらも、笑顔を添えて続けた。
「この委員会、ほんとにやってよかった。高校生活の中で、
いちばん大切な時間だったかも」
少し間を置いて、沢井は話題を変えた。
「ほんとは、もっと話したかったんだ。特に音楽のこと……
なんだか、言いそびれちゃって」
「松岡くん、『風』とか『イルカ』とか、鼻歌で歌っていたでしょ?
私、イルカの『海岸通り』って歌大好き。
あれって、伊勢さんの曲?」
「そうだよ」
松岡が頷くと、沢井は少し照れながら言った。
「伊勢さんの曲って、女の子の気持ちがすごく丁寧に描かれていて
…経験ないのに、なんか胸に残るんだよね」
「男目線もいい曲多いよ。『お前だけが』が一番いいよ」
沢井は少し躊躇いながら言った。
「…松岡くん、ギター弾けるんだよね。…もしよかったら、
いつか聴かせてくれない?」
「ごめんね、急に。…なんか、変なこと言っちゃったかも」
松岡は驚いたように沢井を見つめた。
その瞳には、どこか嬉しそうな光が宿っていた。
「ううん。…今度、放課後にでも。愛瀬のギターでも借りるか」
その笑顔は、どこか照れくさくて、でもとても自然だった。
夕暮れの光が窓から差し込み、資料室の空気をやわらかく染めていた。
松岡は、ふと胸の奥に浮かんだイメージを思い出す。
――『パーマン』の“パー子”。完璧なアイドル・星野スミレとしての顔と、
仲間の前でだけ見せる、明るくて快活で、少しお転婆な
“素の姿”。
晶子の冗談交じりの言葉、音楽への感性、そしてギターを
聴かせてほしいと照れながら言うその仕草。
それらすべてが、パー子がパーマンの前でだけ見せていた姿と
重なって見えた。言葉にしきれない感情が、静かに二人の間を
流れていく。それは、初秋の訪れを知らせる風のように、
そっと心に染み込んでいった。
資料室にて。
何度かの作業を進めておおよその目処がたってきた夕方。
作業が長引き、校舎の外はすっかり薄暗くなっていた。
松岡は立ち上がり、静かに言った。
「じゃあ…今日はありがとう。今日は遅くなったので終わりにしよう」
少し間を置いて、彼は声をかけた。
「…一緒に帰ろうか。バス、もう出ちゃったろ?」
沢井は驚いたように振り返った。
「ううん、大丈夫。一人で帰れるから――」
松岡は優しく言葉を重ねた。
「宝塚まで送ろう。日の落ちるのが早くなったので。
沢井さんが無事に帰れる方が大事だから」
沢井は、アルバム委員の活動を通じて、松岡の前では飾らない
自分でいられることに気づいていた。
そして今、彼の「一緒帰ろうか」と言う言葉に、心がふっと揺れた。
(…他の男子なら、きっと断っていた。けれど――何より、
そばにいたいと思ってしまった)
(…私、松岡くんのこと…好きなんだ)
そう思った瞬間、胸の奥が温かくなるのを感じた。
沢井は、そっと頷き、彼の隣に並んで歩き出した。
道は緩やかな坂。日暮れが早くなった歩道は、
暗くなるにつれて足元が不安定になっていた。
ほんの一瞬、沢井がつまずきそうになったとき、
松岡が声をかけた。
「足元、暗いから…袖、持ってていいよ」
沢井は言葉を返さず、そっと彼のシャツの袖を指先でつまんだ。
歩きながら、言葉は交わされなかった。風の音の間に、
二人の距離は少しだけ近づいていた。
“恋人達の帰り道”は新しいカップルを見守るように
二人を包んでいた。
補修で遅くなった西村はこの二人を見てしまった。
二人の静かな距離に目を留め、唇をきゅっと噛みしめた。
「かなかな」
と聞こえる頃。サッカー部部室と顧問室の掃除を終え、
汗を拭きながら、西村が戸締りを終え、一息麦茶を飲み干した。
「花火大会は楽しかったけど、後始末は私ばっかりか……」
ため息をつき、カバンを持って歩き始めた。
西村は、高校から宝塚へと続く、木々が連なる小道を、
考え事をするときによく歩いて帰る。
このバス道に並行して縫うように続く小道は、学生たちから
「恋人たちの帰り道」
と呼ばれている。
カップルが二人でこの道を帰ると、長続きすると言われているからだ。
西村は中学時代のことを思い出していた。
「あの頃は、ミッチ、シュート、しっちゃんと私で、
いつも一緒に遊んでいたなぁ」
春にはハイキング、夏には花火いつも一緒に行動していた。
ミッチとシュートが付き合い始め、私も
「しっちゃん」
に告白したことがある。
「ミッチが好きだから」
そう断られたことが、胸に浮かんだ。あの時は、そんなに辛くなかった。
まだ子供だったし、ミッチとシュートが羨ましいという気持ちも
あったから。
「シュートは急な病気で、天に召されてしまった。
病室でシュートは、私としっちゃんにこう言った。
『ミッチが俺のことを早く忘れられるよう、二人で支えてやってほしい』
と。そう言い残して、天国へ旅立ったんだ」
あれから三年。シュートが欠けたこと以外は、何もなかったかのように
元に戻った。高校になってサッカー部のマネージャになった。
やっぱり、しっちゃんのそばにいたかったから。
家に着く頃は、早めの鈴虫の鳴き声が聞こえていた。
資料室
「この前は、楽しかった?」
と松岡が部屋に入ってきた。
「うん。楽しかった。夏休みのいい思い出になったよ」
と先に待っていた、沢井が明るい声で答えた。
「じゃあ、休みでサボっていた分、エンジンかけるか!」
そう言う松岡に、沢井は少し拗ねたように答えた。
「サボってなんかないよ。休養していただけだよ。
愛瀬に『休みも勉強のうちだ』って言われたもん」
ぺろっと舌を出して見せる。
ゆっくりと作業を進め、
「今日はこの辺にしとこうか。疲れてない?」
と顔を覗き込みながら尋ねた。
沢井は少しおどけて、
「大丈夫だよ。意外とタフなんだから!」
と答えた。
アルバムを閉じながら、沢井はぽつりと呟いた。
「卒業したら、こんなふうに隣に座ることもなくなっちゃうんだね」
恥じらいながらも、笑顔を添えて続けた。
「この委員会、ほんとにやってよかった。高校生活の中で、
いちばん大切な時間だったかも」
少し間を置いて、沢井は話題を変えた。
「ほんとは、もっと話したかったんだ。特に音楽のこと……
なんだか、言いそびれちゃって」
「松岡くん、『風』とか『イルカ』とか、鼻歌で歌っていたでしょ?
私、イルカの『海岸通り』って歌大好き。
あれって、伊勢さんの曲?」
「そうだよ」
松岡が頷くと、沢井は少し照れながら言った。
「伊勢さんの曲って、女の子の気持ちがすごく丁寧に描かれていて
…経験ないのに、なんか胸に残るんだよね」
「男目線もいい曲多いよ。『お前だけが』が一番いいよ」
沢井は少し躊躇いながら言った。
「…松岡くん、ギター弾けるんだよね。…もしよかったら、
いつか聴かせてくれない?」
「ごめんね、急に。…なんか、変なこと言っちゃったかも」
松岡は驚いたように沢井を見つめた。
その瞳には、どこか嬉しそうな光が宿っていた。
「ううん。…今度、放課後にでも。愛瀬のギターでも借りるか」
その笑顔は、どこか照れくさくて、でもとても自然だった。
夕暮れの光が窓から差し込み、資料室の空気をやわらかく染めていた。
松岡は、ふと胸の奥に浮かんだイメージを思い出す。
――『パーマン』の“パー子”。完璧なアイドル・星野スミレとしての顔と、
仲間の前でだけ見せる、明るくて快活で、少しお転婆な
“素の姿”。
晶子の冗談交じりの言葉、音楽への感性、そしてギターを
聴かせてほしいと照れながら言うその仕草。
それらすべてが、パー子がパーマンの前でだけ見せていた姿と
重なって見えた。言葉にしきれない感情が、静かに二人の間を
流れていく。それは、初秋の訪れを知らせる風のように、
そっと心に染み込んでいった。
資料室にて。
何度かの作業を進めておおよその目処がたってきた夕方。
作業が長引き、校舎の外はすっかり薄暗くなっていた。
松岡は立ち上がり、静かに言った。
「じゃあ…今日はありがとう。今日は遅くなったので終わりにしよう」
少し間を置いて、彼は声をかけた。
「…一緒に帰ろうか。バス、もう出ちゃったろ?」
沢井は驚いたように振り返った。
「ううん、大丈夫。一人で帰れるから――」
松岡は優しく言葉を重ねた。
「宝塚まで送ろう。日の落ちるのが早くなったので。
沢井さんが無事に帰れる方が大事だから」
沢井は、アルバム委員の活動を通じて、松岡の前では飾らない
自分でいられることに気づいていた。
そして今、彼の「一緒帰ろうか」と言う言葉に、心がふっと揺れた。
(…他の男子なら、きっと断っていた。けれど――何より、
そばにいたいと思ってしまった)
(…私、松岡くんのこと…好きなんだ)
そう思った瞬間、胸の奥が温かくなるのを感じた。
沢井は、そっと頷き、彼の隣に並んで歩き出した。
道は緩やかな坂。日暮れが早くなった歩道は、
暗くなるにつれて足元が不安定になっていた。
ほんの一瞬、沢井がつまずきそうになったとき、
松岡が声をかけた。
「足元、暗いから…袖、持ってていいよ」
沢井は言葉を返さず、そっと彼のシャツの袖を指先でつまんだ。
歩きながら、言葉は交わされなかった。風の音の間に、
二人の距離は少しだけ近づいていた。
“恋人達の帰り道”は新しいカップルを見守るように
二人を包んでいた。
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二人の静かな距離に目を留め、唇をきゅっと噛みしめた。
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