『桜魂の継承者』-BLOOM OF ETERNAL BONEDS-

8話「団地内でのさりげない接点」

退院から数日、春の風が団地の廊下に差し込む昼下がり。
朋広は原付を駐輪場に停め、団地内の小さな共用スペースでノートを広げていた。

「ふぅ……ここなら雨も関係ないな」

書きかけの小説に目を落とす彼の横を、九条つばめ（30）が明るい笑顔で通り過ぎる。
元アイドルらしい華やかさを漂わせつつも、内面は繊細。
朋広がぼんやりしているのを見つけると、軽く声をかけてくれる――
「こんにちわ、朋広さん、今日も執筆中？」

天然鈍感な朋広は、声をかけられたことに少し驚きつつも、
「おお、うん、まぁ……ぼちぼちやな」と、何事もなかったかのように返す。

階段の踊り場では香椎天音（19）が偶然すれ違う。
看護学校生らしい真剣な目線が、事故の記憶を持つ朋広に無意識に向けられるが、彼はその意味を理解できない。
「お疲れ様です」と小さく挨拶されるだけで、朋広は「おお、うん、ありがとな」と答える。

コンビニ前の自動販売機では、微かに揺れるシルエットが二つ。
読者には、後に重要キャラとなる存在だとわかるが、朋広は気づかない。
彼はただ、自販機で温かいお茶を買い、雨上がりの団地の陽射しを感じているだけ。

胸ポケットのスマホには、まだ割れた痕は残るものの、桜模様のアプリが静かに光を放つ。
朋広はノリボケ気味に画面をタップし、
「おお、なんやこの桜、勝手に動くんか？」
とひとりツッコミ。
核や装具の存在、20才姿などは、彼には理解できない。

廊下の端では、微かな光が揺れ、冥の桜の影響で少し濁った枝も、朋広の何気ない行動でガラス色に戻りつつある。
小さな日常の積み重ねが、団地という舞台の中で静かに“奇跡”を生み出している――