『桜魂の継承者』-BLOOM OF ETERNAL BONEDS-

第22話 小さな変化

春の昼下がり、団地の十階は静かや。
窓を通る風に、どこか湿った空気が混ざる。福田朋広はベランダに立ち、修理から戻った原付をぼんやり眺めていた。

「直ってるんやな……修理屋さん、ええ仕事してくれたんや」

ポケットのスマホを取り出す。割れたはずの画面は、最新機能で見慣れぬ通知がちらほら。朋広は自然にノリツッコミを入れる。

「おお、カメラのフィルターまで進化しとるやんけ……誰が設定したんや」

まるで友達と会話するように、スマホに軽口を叩きながら画面を眺める。
その様子を、廊下の向こうから久世桔梗が通りかかる。

「朋広くん、原付、直ってよかったね」
短く一言。雨上がりの光が髪に反射して、ほんのり温かさを添える。
朋広は気づかず、にやりと笑って答える。

「せやな、ありがとう。いやあ、原付も自分も生き返った感じや」

隣の部屋の伏見美琴も顔を出す。

「こんばんは。今日はいい天気で助かりますね」
淡い笑みが、団地の夕暮れと溶ける。
朋広は自然に会釈するだけで、特に深く考えない。

しかし、ふと腕の内側に違和感が走る。ほんの一瞬、温かさが身体を流れるような感覚。
目には見えない、でも確かに何かが変わった――そんな気配。

「……ん？　なんやろ、気のせいやろか」

天然な性格のせいで、変化の兆しに気づきつつも、すぐに忘れてしまう。
ただ、読者にはわかる。彼の身体には、微細な変化が静かに宿り始めたのだ。

窓の外、団地の屋根に落ちる夕日の光。
ささやかな日常が、いつも通りに過ぎるように見えて、世界のルールは静かに動き続けていた。